蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

エリザベート的(仮想)宇宙の旅

リアクション公開中!

エリザベート的(仮想)宇宙の旅

リアクション


第9章


 総合管理室。
「どうゾ」
 アルラナ・ホップトイテ(あるらな・ほっぷといて)は、ティーカップをゼレンの机の横に置いた。カップの中から芳醇な香りが漂った。
「ありがとうございます。いい葉を使ったりされてるのでしょうが、そちら方面には疎くて……」
「お構イなク。多少なりトモ香りや味を楽しんでクダサレバ、それに勝るヨロコビはありまセン」
 ゼレンは紅茶をすすりながら、操作盤のキーボードを操作して先刻のフライトの記録を眺めていた。ただの映像のみならず、衛星群内でどういう情報のやりとりが行われたか、あるいは地球上の通信回線の記録なども、液晶に表示されている。
「……この宇宙は、地球に大して非情デスネ」
 アルラナは、第2フライトの記録にそう感想を述べた。台詞の中の「宇宙」や「地球」は、仮想空間のそれの事だ。
「まるデ、人が宇宙に出るのヲ拒んデいるかのようデス」
「空を覆っているのは『人工』の衛星です。打ち上げたのも仮想地球の人類ですから、過去の人の宿業が、天に満ち溢れているって事です」
「驚きますネ。この仮想地球にはそんな裏設定があったのですか?」
「ただの思い付きです、本気にしないで下さい──ただ、そう考えたりすると、この仮想フライトももっと楽しくなるでしょうね?」
「楽しイ、ですカ……フライトの度に怒鳴り込んでくる皆さんガ楽しんでいるヨウには思えません」
「ミッションを達成してしまえば、苦渋は全部『楽しさ』に変わるでしょう。彼らならできますよ、知恵も能力もあるんですから」
 総合管理室のドアが開いたのは、そんな事を話し合っている時だった。
 入室したのは青野武、清風青白磁、七尾蒼也、ユリウス・プッロ、師王アスカの面々。先頭に立つ野武は、手に書類ばさみを持っている。
「失礼します」
 野武はゼレンに頭を下げた。
「次のシミュレーション開始に先立ち、ラビットホール側への要望があるのですが、どなたにお話を通せばよろしいでょうか?」
「今回の宇宙飛行ミッションの実施責任者は私です。打ち合わせ用の机がありますので、こちらにどうぞ」
 ゼレンは統括席を立った。
(オゥ。皆サン本気のようデスネ)
 前回までのように「怒鳴り込む」というわけではなかったが、入室してきた面々の顔はいずれも真剣だった。
 加えて彼らは、いずれも「根回し」や「説得」に長けていたはず。
「宇宙と地球の在り様が、マタ変わるようデスネ」

 青野武、清風青白磁、七尾蒼也、ユリウス・プッロ、師王アスカらは、管制室での作戦会議をもとにラビットホール側への要望をまとめ、交渉に赴いた。
 対応したのはゼレンである。
 彼らの主な要望及び、ゼレンからの回答は以下の通り。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1.仮想宇宙に「太陽」を設けて欲しい
    周回軌道を巡る人工衛星は太陽電池で動いていると考えるのが妥当。
    現在仮想宇宙は万遍なく光に照らされているのに、太陽がない。
    このままでは宇宙空間に出た「OvAz」は際限なく狙われ続け、理不尽。
  回答
    仮想宇宙をこれ以上広げるのは難しい。
    が、仮想宇宙限界面に光源としての「太陽」は設ける。
    もちろん、地球の陰である「夜」の領域に入った人工衛星は、
   活動が制限される事にする。

 2.本仮想ミッション参加者が搭乗できる「OvAz」を増やして欲しい
    「OvAz」搭乗定員は16人だが、エリザベート校長の呼びかけに応え、
   本ミッションに駆けつけた人数はそれを遙かに超えている。
    膨大な迎撃衛星群という設定が相当イレギュラーであったことを勘案しても、
   第1フライトも第2フライトも、ミッションの中断や終了は一方的かつ理不尽で
   到底納得できない。
    現状を分析するに、提示されたミッションを単機で達成するのは不可能であり、
   達成不可能な仮想ミッションというのはそもそも存在意味がない。
    最低限、搭乗機体は3機として欲しい。
    第2フライトで変更された迎撃衛星等の設定は設定として受け入れるが、こちらの
   要望も聞き入れてもらいたい。
  回答
    了解した。
    仮想宇宙内の「OvAz」は増やす。
    搭乗可能な機体を増やし、操縦室も新たに準備する。
    確認するが、
      仮想宇宙内の「OvAz」は増やす。
      搭乗可能な機体を増やし、操縦室も新たに準備する。
    上記の回答でよろしいか。
  回答への回答
    問題ない

 3.「OvAz」にステルス素材のフェライトを塗装させて欲しい
    天を覆わんばかりの迎撃衛星群の観測・索敵能力は極めて高く、
   現状では「OvAz」は離陸後から大気圏突破に至るまで詳細に航路を監視され、
   大気圏突破後は極めて精度の高い予測と狙撃によって撃墜される。
    その観測や狙撃能力も仮想宇宙の設定として受け入れるが、こちらとしても
   ある程度のステルス能力は保証して欲しい。
    機体がレーダー波を吸収したとしても、「昼」の地球上空を飛行していれば、
   複数の迎撃衛星から光学観測をする事により現在位置や航路の予測は可能なので、
   迎撃側のアドバンテージを一方的に崩す事はないと考える。
  回答
    了解した。「OvAz」フェライト塗装およびその特性を認める。
    上記の要望に対応するのは時間を要する。
    要望を容れた上でのシミュレーションは明日にならないとできない。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 かくして、第3フライトは翌日に持ち越しとなった。
 イルミンスール生は一度帰宅し、他校の生徒は近くの下宿や学生寮の空き部屋へ宿泊する措置が取られた。四方天唯乃は「しゅねゑしゅてるん」に連絡を取り、寝具などの準備で対応に追われた。
 もっとも、第1フライト搭乗者の一部は、ラビットホール内での寝泊りを希望した。
 理由は、外に出る際、空を見たくないからである。