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【カナン再生記】黒と白の心(第1回/全3回)

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【カナン再生記】黒と白の心(第1回/全3回)

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第5章 奪還への道標 2

 砂漠を駆け抜けるのは、一台の軍用バイクであった。猛然とした虎のごとく、砂嵐を巻き散らして駆ける軍用バイクを操るはニーナ・イェーガー(にーな・いぇーがー)と呼ばれる女。砂嵐を避けるためのバカでかいゴーグルの奥で、ニーナの目はひたすらに正面を見据えている。
 そして、そんなニーナの操る軍用バイクのサイドカーでは、あくびを噛み締めるやる気なさげな少年がいた。
「まったく、だだ広いよなぁ」
「これだけの砂漠ですから、もしかしたら巨大なモンスターとかいるかもしれませんよ?」
「マジで……? そんなの勘弁してほしいよ」
 少年――夜月 鴉(やづき・からす)は、ぐでんと顔を仰向けにしてお手上げと言わんばかりに愚痴る。モンスター退治とは言うものの、さすがに無謀なことまではしたくない。首にひっかけたヘッドホンで再び音楽でも聴いて過ごそうか――先行する仲間からモンスターを発見したとの連絡を受けたのは、そんなことを思った時だった。
『鴉……見つけた』
「マップは……もう転送してたか。よし、じゃあ今からそっちに向かう。ニーナ、頼むわ」
「了解、です」
 精神感応を通じて受けた連絡とともに、篭手型HCにマップが転送されてきた。ニーナにマップを見せると、彼女はそれをもとに軽やかに操縦桿を動かした。軍用バイクが唸りをあげる。
 あらかじめ決めていたルート上であるし、そうそう離れてはいない。ニーナたちはすぐに先行していた別のバイクに追いついた。
「凪、ティナ、どこだ?」
「あっち……」
 砂漠の岩影に隠れて、くい、と白羽 凪(しろばね・なぎ)が指をさした方角に目を向ける。そこには、集団の虫のような軟体生物がうじゃうじゃと蠢いていた。
「おいおい……巨大じゃなねぇけど……数できたか」
「……結構いるみたいですね。どうしますか?」
「どうしますかもなにも……やるしかねぇだろ? ……めんどくせぇけどな」
 とは言うものの、さすがにいきなり突撃するほど鴉も考えなしではなかった。とりあえず、ライフルを持つニーナには得意の狙撃で遠方から狙ってもらおう。接近戦は……自分とティナだ。
「凪はニーナのサポート、かな」
「う、うん……」
 凪が頷くのを確認して、鴉はアルティナ・ヴァンス(あるてぃな・う゛ぁんす)とともに敵の集団に近づいていった。
 ガチャ……と、スナイパーライフルに弾を装填するニーナ。まずは、牽制を含めた一撃を敵にお見舞いしてみせる。
「ニーナさん……」
 凪が心配そうに呟いた声に、大丈夫といったようにニーナは頷いた。
 そして――引き金を絞ったとともに、ライフルの銃口から火が噴く。
「いまだ、ティナ!」
「了解です、主」
 瞬間、ティナが動き出した。
 岩を蹴って敵の中央に躍り出たティナは、バーストダッシュの勢いでモンスターたちを蹂躙する。まるでワームか何かのように、極めて獰猛な金切り声をあげて襲いかかってくるモンスターたち。
 だが、ティナの振り回す大剣は、それに勝ってモンスターたちをちぎるように斬断した。
「はあああぁぁ!」
 気合の声を張り上げて、爆炎が唸る。
 その瞬間を狙って、ニーナの銃弾が的確に敵を穿った。爆炎波で吹き飛ぶ敵が、宙で銃弾の的と化す。それでも、全てを狙い撃つことは不可能だ。
 残った敵がティナへと襲いかかろうとするが、それを防ぐのは鴉だった。
「させるかよ!」
 振り上げたライトブレードは、ワーム状の敵をぐしゃりと潰し、そのまま回転する勢いで叩き斬る。
 遠方の援護射撃と二人の剣が、モンスターの集団をどんどん散らしていった。
 無論――数が数だ。隙をついてニーナへと立ち向かってくる残党もいるにはいたが、そこは凪のサイコキネシスが黙っていない。
 万全の態勢で挑むモンスター狩り。やがて、全てが砂漠の地に屠られたときには、さすがに鴉たちの息も喘ぐに至っていた。
「はぁ、はぁ……くそ、ゾンビかよ。多すぎだっての」
「元は、ただの昆虫か何かのようですね」
 斬られたばかりでピクピクと揺れるモンスターを見下ろして、ニーナがそんなことを言った。
「元……か。何が原因でこうなっちまったんだろうな」
「やはり、セフィロトの力が奪われたからでしょうか?」
 遠く彼方に見えるカナンの世界樹セフィロト。今となっては、それもまるでカナンを見下ろす残酷な玉座のようだ。
「ん……?」
 そんなことを思いながらセフィロトを見ていたニーナは、死んだモンスターの身体から溶け出ていく何かに気づいた。それは、闇の中へと一瞬にして消えていった。
 はっとなるニーナ。同様に鴉もそれを見ていたようで、彼は茫然と呟いた。
「影……?」
 そういえば。南カナンの『神聖都の砦』を任されているとされる魔女は、影を操る力を持っているらしい。不吉な予感を覚えるニーナと鴉が見下ろすモンスターは、すでに事切れていた。



 一方――シャムス一行が門番の二人を眠らせる頃の話である。ニーナ・イェーガーたちが退治したモンスターの繁殖については、南カナンの各地にいる兵士たちにも伝わっていた。
 が――
「おい、遠方でモンスターが暴れ出してるらしいぞ!」
「ばか、それどころじゃない。こっちは現在進行形だ!」
 情報を受けた兵士が警告を発するが、事態はそんなことに耳を傾けている場合ではなかった。
 『神聖都の砦』の兵士たちの中には、ネルガルの恐怖による影響力を利用して野盗となんら変わらぬ傍若無人を働く者も少なくない。さすがに首都のニヌアにまではその手は及ばなくても、各地の村や町は絶えずそんな野盗兵たちの魔の手に支配されているのである。
 それを可能とするのは、モンスターを操るモンスター使いもどきたる兵がいることが理由であるのだが……それはいま、全く効果を成していなかった。
「おらぁっ!」
 モンスターの前に立ちはだかる木崎 光(きさき・こう)の腕が一瞬にして振りあげられる。すると、その手に握られるブロードソードが、モンスター使いの操る巨大なワームを斬り払った。さらに、追撃たる火術がその切り口からワームを焼き尽くす。傷口に塩を塗りたくるような容赦ない攻撃に、ワームは悲鳴をあげた。
 更には、モンスターに立ちはだかるのは光だけではなかった。
「悪霊退散!」
 どこに悪霊がいるのかはさておき、巫女姿の大岡 永谷(おおおか・とと)の手のひらから氷術の冷気が発する。冷気の渦は一瞬にしてワームを凍りつかせてしまい、敵の動きを封じてしまった。
「な、なんなんだこいつらは……!」
 突然現われた二人組に、兵士たちは戸惑いを隠しきれなかった。いわば、正義の味方たる二人組なのだろうが、その姿はまるで暴れ馬のごとくであり。
「てめぇ、悪か、悪だな、悪だろ! 悪は俺がぶった斬ってやる!」
「なんなのその理不尽感! ていうか、そっちのほうが悪役っぽさスゴいんだけど」
「うるせぇ! 俺様は正義のために戦うんだ! 悪役ヅラって言うな!」
 悪――実際にそうなのだが――と決めつけられた兵士を、光が思い切り追いかけまわしてきた。捕まったら最後、絶対にあのブロードソードで斬るつもりだ。だって光ってるんだもん、あの刃先。ていうか、悪だから斬るってどうなの!? 兵士の気持ち的にはギロチンのそれであった。
「ドーマンセーマンドーマンセーマン……」
 もう一人の正義の味方たる巫女は、日本古来の言語術を唱えながら指先に力をためて印を描く。兵士たちの間にどよめきが走った。
「な、なんだこの力は……ま、まさか陰陽師!?」
 そう、あれこそが日本古来の伝統的な力を振るう――
「…………えい」
「いま絶対最初の詠唱必要なかったよね!?」
 ぽーいと永谷は氷術で作りあげた氷の球をぶん投げた。
 どっかん! と兵士たちをなぎ払う球。いわばボーリング方式である。
 しかし、冗談はさておいたとしても、二人の実力は本物だった。
「村の人を襲うなんて、まったく、許せない所業です。お仕置きが必要ですね」
「てめぇらそこになおりなやがれ!」
 永谷の氷術が足元を氷の大地と化し、敵の動きを封じる。その隙に、光の剣が暴れ狂うワームたちを叩き斬っていった。
 巫女と剣士の二大大暴れといったところだ。ミスマッチな風景も良いところである。ただ……徐々に兵士の数は増えてゆき、兵士たちの意識は完全に二人の相手に捉われているようだった。
 それを確認して、二人はささやくようにこそこそと言葉を交わす。
「成功だぜ」
「ああ……俺たちのほうに注意が向けば、上出来だ。とにかく、もうひと暴れするか」
 二人はにやりと不敵に笑った。