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【カナン再生記】黒と白の心(第1回/全3回)

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【カナン再生記】黒と白の心(第1回/全3回)

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第4章 動き始める思惑 1

 その時、『神聖都の砦』で見張りをしていた兵士は、門番が交代する時を見計らって砦の中に侵入した影に気づくことはなかった。
(侵入成功か……)
 男の名は佐野 亮司(さの・りょうじ)。影の中に紛れるがごとく、全身を黒の隠密服に身を包んだ彼は、敵の目をかいくぐって先へと進んだ。それはまさしく一瞬の隙であった。足音をほとんど立てず、見張りの背後を駆け抜ける。
 道中、彼は銃型HCを取り出して何やら入力をしていた。見張り、兵士の数、内部のルートと構造。調べられることは全て入力をしてゆく。
 扉を見つけた。
 だが……焦る必要はない。むこう側で息づくのはやはり兵士の気配だ。ピッキングで開けられないこともないが、不用意に行っては見つかってしまう。亮司は左右を見渡した。すると、廊下の向こう側から角を曲がってきたのは、一人の兵。
(もしかして……)
 亮司はすぐ近くの壁の裏で息をひそめた。これなら、すぐに兵士に近づくことができる。
 かつかつと足音を立てて近づいてくる兵士。それはやがて、亮司が困っていた扉の前につくと鍵を取り出した。
(ビンゴ……!)
 扉が開いたその瞬間を狙って、兵士の後ろを亮司が通り抜けた。無論――それだけ近づけば気配は皆無ではない。
「ん……?」
 兵士が思わず後ろを振り返った。
 が――亮司は兵士が振り返るその隙さえも利用して、次なる壁の後ろに隠れている。もちろん、兵士の目の前には何もない。
「気のせいか……」
 首をひねった兵士は、そのまま扉の鍵を閉めた。
 ある意味で、隠密行動はいかにして見つからないかが勝負。ギリギリの選択を行うことも少なくないが、迷わずに動くことが肝要だ。
 亮司はひやひやとした息をついて、再び行動を開始した。階段をあがり、目的の場所に近づくにつれて警備の目も厳しくなってゆく。
 すると――そんな亮司の耳に、苦しげな男の声が聞こえてきた。
(なんだ……?)
 思わず壁から身を乗り出してそれを確認する亮司。彼の目に映ったのは、バンダナを猿轡代わりにして口を絞められ、尋問を受ける一人の兵だった。尋問するのは……同じく隠密で砦へと侵入していた毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)だ。
「……ということは、ここから先の階段を上って奥が、石像の保管場所だな?」
「う……うぐ……ぐ」
 言葉を発することすら苦しげに、兵士はこくこくと頷いた。
 なるほど、この廊下の奥か。棚から牡丹餅的に幸運にも情報を得た亮司。兵士には感謝しなくてはならないな。と、彼が思ったそのとき、大佐の腕が軽やかに動いた。
 ぐぎゃ。
 不気味な音だった。まるで悲鳴そのものが音となったようなそれは、兵士の首がへし折られた音だ。骨が折れ、肉が奇妙な形に曲がり――兵士の顔は驚きのまま固まっている。二度と、動くことはないだろう。
「見ているなら出てくればどうだ?」
 大佐は兵士をさびついたロッカーに押し込みながら言った。もちろん、その対象が背後で隠れていた亮司であることは明らかだった。彼女が自分に気づいていたことに驚きながらも、亮司はつとめて冷静を装って姿を現した。
「気づいていたんだな」
「まあな。普通なら気づかんところだが、同じ隠密行動中だ。自分とおなじような気配を出す奴なら、嫌でも気づく」
 大佐はそう言うと、自嘲的に笑った。
 なるほど。確かに。そうでなければ、自分も大佐に気づいていなかっただろう。恐らくは、兵士の気配がないところで尋問を始めたはずだから。
 亮司は、ロッカーに押し込まれた兵士の死体を見て顔をしかめた。あまり、良い気分ではない。
「そこまでする必要があるか?」
「死はいないも同然だろう? スニーキングに支障はないが?」
 それは、確かにそうだが。必要以上に敵の命を奪うのは感心しない。
 無論――それが大佐のやり方であるということは理解できた。敵の尋問を行えばより素早い情報収集が可能だということも。だが、ある意味で危険性もある。死体が見つかれば侵入がバレることもそうであるし、そうでなくとも、突然消えてしまった兵士の存在には不審を抱かせるだろう。
「なんにせよ……向こうが石像だ。一緒に行くか?」
「ああ……」
 大佐に誘われて、亮司はともに石像へと向かった。
 出会った以上、別々に行動するよりかはそちらのほうが良い。目的も、どうせ同じだ。石像は、廊下の先にあった階段を上って、さらに奥に進んだところにあった。
 一気に開けたその場所は、逆になぜか不気味なほど兵士の数が少ない。出来うる限り石像に近づいて、間近で見ることが出来るのは数十秒だけだった。それ以上は、敵兵に見つかってしまうからだ。
「あれは……女?」
 どこかで見たような気がしないでもない女性の像。
「亮司……退くぞ。敵兵が来た。ここにいたら危険だ」
「お、おお……」
 二人はともに撤退を開始した。任務はとりあえず達成である。
 しかし……どこかで見たことがあるような石像の姿。亮司は、それになにか引っ掛かるものを覚えていた。



 佐野 亮司が砦の中に侵入した頃。砦の上空から光学迷彩で姿を消した別の侵入者がいた。
 それは、鮮やかな金髪をなびかせるドイツ人の娘――ランツェレット・ハンマーシュミット(らんつぇれっと・はんまーしゅみっと)だ。そしてもう一人はパートナーであるミーレス・カッツェン(みーれす・かっつぇん)。ゆる族ののんびりとした着ぐるみの目が、先行する亮司を捉えた。
「ありゃりゃ……早く行かないと見失っちゃうかも」
「そうですね。では、さっそく向かいましょうか」
 ミーレスに答えて、ランツェレットは亮司が侵入したのを見計らって砦へと乗り込んだ。
 先行する亮司の後を追って、比較的安全に砦内を散策することができる。スニーキングは専門ではないが、アイデア一つでこうしてお嬢様であっても潜入は可能だった。
「ぱっと見たところ、魔獣の類はいなさそうですね」
「地下かどこかで仕込まれてるとかじゃない?」
「……それも考えられますが……ちょっと動いてみますか?」
 ミーレスの案に従って、亮司から離れたランツェレットは地下のほうへと向かった。さすがに奥までは入り込むことができないが、動物の餌らしきものを運ぶ兵士の姿を確認できる。遠くからだが……一応デジカメで撮影しておくか。
「ん……?」
 兵士が音を気にしたが、さっと身を引っ込ませたところで、なんとか気づかれずに済んだ。やはり、単独で動くといささか危ないか。
「でも……魔獣じゃないにせよ、何か飼ってるのは間違いなさそうですね」
 そう呟いて、ランツェレットは次の目的へと動いた。道中、時々デジカメで内部を撮影し、資料作成に努める。どれだけ情報を集めようと、言葉よりは写真など、実物を確認できる資料が最も有効的だ。
(…………誰か来る)
 はたと、ランツェレットは撮影を止めて影に引っ込んだ。ミーレスも同じようにランツェレットの後ろに隠れる。足音は、二人だった。
「アヤ殿……! 勝手に動かれては困ります!」
 一人は、兵士は兵士でも位の高そうな指揮官服に身を包んだ兵士だった。恐らくは階級的に上官に当たるだろう。砦一帯の指揮を行っているか、区画的な指揮官なのかは把握できぬところだが。
 だが、それ以上にランツェレットが気になったのは、その上官兵に追いかけられていた兵だった。純白でありながらも、禍々しい不吉そうな形の全身鎧を纏ったそれは、性別すら見た目では分からぬ。そいつは、仮面の奥から女性の声色で上官に声を返した。
「あら……私はモート様から自由に動いていいように指示されているのよ? それを邪魔するのは軍令違反ではなくて?」
 どうやら、女のようだ。
 モートというのはこの砦の指揮官か? 上官兵は鎧の女――アヤと呼ばれていた――に何も言い返せず、憎々しげな声を漏らした。
「ぐ……」
 それ以上、アヤと呼ばれた鎧の女は何も言うことなく、冷然とその場を立ち去った。上官兵は、その背中を睨みつけることしかできない。苛立たしげな声が唇から囁かれた。
「くそ……モート様は気まぐれが過ぎる! なぜあのような得体の知れない女を……」
 愚痴る上官兵を見やりながら、ランツェレットは女の名前を心にとどめた。
(アヤ……何者?)
 そのとき、ランツェレットは背後のほうで亮司ともう一人、侵入の際には見かけなかった別の誰かが脱出する音を聞いた。こちらも、そろそろ潮時か。
「行きましょう、ミーレス」
「は〜い」
 ランツェレットは、デジカメで撮影した写真データを確認した。
 いつの間に撮ったのだろう。――アヤ。そう呼ばれた鎧の女の姿は、はっきりとデータに残されていた。