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第11章



 葛葉翔は、疲弊しつつあった。
 ディフェンダー数人を黒20番・緋柱陽子につけた分、守備は確かにあちこちが手薄になった。その分「バーストダッシュ」や「軽身功」等を習得している「ダッシュ使い」がフィールドを走り回らなければならない。
 が、後半が始まってからと言うもの、ミカンボールの主導権はずっと黒チームのままだ。
 正面へのカウンターパスは無理。ドリブルやパスワークによる突破も絶望的。
 ボールを持ったらなりふり構わずサイドラインに蹴り出したり、シュート対策としてダッシュ使いを数人ゴール内に常駐させてとにかくゴールを守る、という文字通りの「背水の陣」を敷いて何とか失点を防ぐのが精一杯だ。
(参ったな……)
 これで最前線が得点でも決めてくれれば話は別だが、ベンチの方を見てもクレア・シルフィアミッドからのサインは何もない。
 ――便りがないのは悪い便り、か。くそ、全然笑えない。
 朱桜雨泉が笛を吹き、旗をコーナーに向けた。後半が開始してから、十数度目のコーナーキックの宣言になる。
 ルータリアの弾いた危険球はゴール裏で待機していた紫月唯斗・エクス・シュペルティア組によって止められ、替えのボールを準備していた空京稲荷狐樹廊が新しいミカンボールを当該のコーナーアークに向けて放る。ボールが外に出る度に新しいものにまめに交換されるので、前回の試合のようにキーパーがボールを破壊し、それで時間を稼ぐ事も出来そうにない。
「……あの」
 声をかけられた。振り向くと、少し怯えた顔をした高峰結和が立っていた。
(何か用か!? 手短に言え!)
 そう怒鳴りつけようとしたのを必死で飲み込んだ。仮にもキャプテンがカリカリ来てどうするってんだ?
「……何かあったか?」
 努めて口調を落ち着け、訊ねる。
「あの……黒チームさんの『緋双』ですけど、バランス崩せば、どうにかできるんじゃないかな、って」
「バランス?」
(何の話だ?)
「あの技って、うちのFWが繰り出す『ツイントルネード』って技と基本は同じなんですよね? 熱と冷気の魔法を組み合わせてその反発を威力とスピードに変える、っていう」
「そうらしいな?」
「でも、熱と冷気の反発のコントロールって、すごく難しいと思うんですよ。その、『サイコキネシス』とかで軌道を随時修正できるのならともかく、打ちっ放しのロケットを狙ったところに当てるみたいな……」
「……何が言いたいんだ?」
(もったいつけずにさっさと言え!)
 その台詞も飲み込んだ。
「だから、ボール蹴った時って、物凄い繊細なバランスでふたつの魔力が、ボールに押し込められてると思うんです。そのバランスを崩せば、『緋双』も『ツイントルネード』も、狙ったところに飛ばなくなるんじゃないかと思うんですけど……」
 ――なるほど。面白いところに目をつける。
 葛葉翔は、少し感心した。魔法使いの経験が少ない自分には思いつかない見方である。
 だが、
(今さらそんな事を知ってどうなる?)
とも思った。こちらのFWが二人がかりでやってる技を、向こうはひとりで、もっと高い威力でぶっ放している、というのが分かっただけじゃないか?
「……キャプテン」
 また声をかけられた。思い詰めた顔で、セルマ・アリスがこちらを見ていた。
「あいつに撃たせましょう。撃たせて、外させて、あいつの大砲を封じる。流れを変えるには、それしかありません」
「……何を企んでいる?」
「すみません、今は詳しく話している時間がなさそうです」
 ちらり、と彼方のコーナーに眼を向けた。
 遠野歌菜が「バーストダッシュ」でコーナーアークの位置についたところだった。
「ひとつだけ答えろ。お前の悪だくみ、分はどれだけある?」
「正直、五分五分、いや、四分六で、こっちが四……」
「……分かった」
 葛葉翔はセルマの肩を叩いた。
「この試合、お前にくれてやる」
「……キャプテン」
「仮に負けても、その責任はお前の策を取った俺にある」
「いや、そんな事は……!」
「気にするな、キャプテンってのは責任をひっかぶるのが仕事だからな。
 だから結果は気にするな、仕込みがあるなら存分にやれ! 頼んだぞ」
「……はい!」
 朱桜雨泉が笛を吹いた。コーナーキックが蹴り出された。

 ミカンボールは遠野歌菜からマイト・オーバーウェルムへ。
 マークについていたウィング・ヴォルフリードがボールを奪いに掛かる。
「ウィングゥ……かかってきやがれ!」
 そう言いつつも、マイトはウィングを振り切りに掛かる。
 ボールに向かって「ドラゴンアーツ」で脚を伸ばし、「超感覚」で走り抜けようとするコースに先回りを図った。
 不意に、ボールがあさっての方向に蹴り出された――あさっての方向ではなかった。競り合っている間にコーナーキックを蹴った遠野歌菜が「バーストダッシュ」で近寄っていたのだ。
「……くっ!」
 脚を伸ばすウィング。ミカンボールには届かない。ボールは遠野歌菜によってノートラップで蹴られ、コンビシュートの発射台になっている飛鳥桜へと渡る。
 インターセプト。
 葛葉翔だ。
 ――パスワークに割り込み、ドリブルでの突破を図ろうとして、中盤ラインに待機しているルカルカ・ルーの「メンタルアサルト」に気を飲まれ、ボールを奪われる――
 前半以来、セルマ、葛葉翔、芦原郁乃達が繰り返してきたパターンだ。
 が、今度は違う。
 葛葉翔は、ドリブルを開始した。フィールドを逆サイドに向かってドリブルする。
 その先にいるのは――
「和輝! 稔! マークを外せ!」
 指示を聞いたふたりは、耳を疑った。
「黒20番から離れろ! こんな流れ、終わりにしてやる!」
(……なるほど。それも手ですね)
 安芸宮稔はそう思った。
 ――失点直後は、同時に得点のチャンスでもある。
 ――黒の守備はダッシュ使いが充実していて柔軟かつ堅固なので、正直危険と言えなくもないが。
 ふたりは緋柱陽子から離れた。
 そして、葛葉翔からパスが出される。
 ボールは緋柱陽子の足元に転がり、止まった。

 客席のあちこちからブーイングが出て来た。
 悪態と一緒に、フィールドにゴミが投げ込まれた。
 緋柱陽子は鼻を鳴らし、葛葉翔と青の選手達に失望の眼差しを向けた。
(……まぁ、最初から負けるつもりなんて私にもありませんでしたけれど……)
 いざ、こうして相手に勝負を投げられると、何ともやりきれない。
(いえ――失点後のキックオフから攻めを仕切り直す、という戦術でしょうか?)
 やり方としては間違ってはいないが、気持ちで負けたら勝負など――
 いや。
 緋柱陽子は、葛葉翔の眼がまだ死んでいない事に気付く。
 ミスティ・シューティスが翼を広げて飛んできて、その隣に降り立った。
(まぁ、嬉しい)
 それなら潰しがいがある。二度と立ち直れないように心をへし折って、その眼の輝きを殺してしまおう。
 酷薄な笑みが浮かんだ。
 「封印解凍」。
 「紅の魔眼」。
 「シャープシューター」。
 「アルティマ・トゥーレ」。
 「朱の飛沫」。
 それらのスキルを同時に使用し、足元のミカンボールを蹴った。
 狙いは青のゴール――
(!?)
 違和感。
 直後、連鎖爆発の尾を曳いたミカンボールは、あさっての方向へと飛んでいき、エンドラインを割った。
 レッサーワイバーンに乗った紫月唯斗がミカンボールにダイビングし、吹き飛ばされた。
(……何故?)
 緋柱陽子は、自分の蹴り脚を確かめた。
 「シャープシューター」を使っているから、狙いがそうズレる筈はないのに?
 朱桜雨泉が笛を吹き、ゴールキックを宣言した。

 また狐樹廊が、替えのミカンボールをフィールドに放る。今度は青のゴール前に。
 蹴り出そうとするウィングに対し、セルマは声をかけた。
「キャプテンに――いや、黒の20番に回して下さい」
「……今のミスキック、偶然じゃないんですね?」
「六四……いや、七三の七の方で、必然です」
「……面白そうですね」
 ウィングが不敵に笑い、蹴った。
 ボールが再び緋柱陽子の足元に転がった。
(ずいぶんと……舐められたものですねぇ?)
 己の中で、何かが堰を切ろうとしているのを、彼女は必死になって抑えた。
 青チームのキャプテンは、目前に立ったままだ。目の輝きはいよいよ強くなり、口元には薄笑いさえ浮かべている。
(……!)
 ――いや。狙うべきは「そいつ」ではない。青のゴールだ。
 慎重に姿勢を取り、呼吸を整え、ふたたび必要なスキルを起動させる。
 再び――この試合、五度目の「緋双」。
 違和感――!
(!? 何故!?)
 さっきとは全く別な方向――そして青のゴールではない方向に向かってボールが飛んだ。
 エクス・シュペルティアが「天のいかずち」を落とし、ボールを粉砕した。
 葛葉翔は、緋柱陽子に背を向け、走り出す。
 ミスティはその場に留まったままだ。
 また朱桜雨泉が笛を吹き、ゴールキックを宣言した。
 いつの間にか、観客席のブーイングが止んでいた。
「……あなたですね?」
「うん」
 緋柱陽子が訊ねると、ミスティは頷いた。
「何をしたんです?」
「さぁ? 『氷術』を使っただけだけど?」
 フィールドの中で、流れの変わる音がした。

「芦原、走れるか!」
 青のゴール前、葛葉翔が声を出すと、芦原郁乃は
「もちろん!」
と答えた。
「声が小さいぜ、白のキャプテンっ!」
「おおっ!」
「これから借りを返しに行く、ちょっとつきあえ! ウィング!」
「何でしょう、キャプテン?」
「お前も最前線に出てくれ。仮にミカンが止められても構う事はない、グラスボールのやりあいに合流して、シュートを決めてきてくれ。今までの礼をして来てくれ、利息分も忘れるな!」
「……任せて下さい!」
 狐樹廊がミカンボールを放ってきた。
 受け取ったネノノが地面に置き、ちょん、と蹴って、葛葉翔に回す。
「セルマ」
「はい?」
「『緋双』は封じたんだな?」
「間違いありません。一から十まで、こっちのものです!」
「そっちは任せた。行くぞ、キャプテン!」
「オッケー、キャプテン!」