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第12章



 サッカーの試合において、サッカー部員は別格の強さを持つ。競り合いではまず負けない。
 広大なフィールドで、ボールがあちこに飛び交う試合となれば、素早く移動できる「バーストダッシュ」や「軽身功」「神速」などの「ダッシュ使い」は、絶対的なアドバンテージを持つ。
 なら、この両方を兼ね備えたらどうなるか?
 その答えがここにあった。
 青の陣地、すなわち黒の前線に展開していた黒のプレーヤーが一斉に「青のキャプテン」と「白のキャプテン」ふたりに殺到する。
 それらがドリブルやフェイント、パスによって次々と抜かれていく。強引なチェックは、葛葉翔が「金剛力」で押し返した。
 目前、黒14番が現れる。ルカルカ・ルー。何度こいつに突破を阻まれた事だろう。
 ――そう。何度も阻まれてきた。
(だから、仕掛けてくるタイミングも丸見えだ!)
「キャプテン!」
 葛葉翔が合図を出すと、芦原郁乃が後ろにつく。
 ルカルカが跳ねた。ロンダートからバック転、抱え込み後方3回宙返り。「メンタルアサルト」。目を奪われるフォームと動きが、ふたりの頭上を飛び越えていった。
 が、その技は見なければいい。
 追撃してきた黒の「ダッシュ使い」――ザカコがボールをさらいに来たが、ボールはもう葛葉翔の足元にはない。
 ボールは芦原郁乃に渡っていた。
 ルカルカの床体操技――「メンタルアサルト」を、葛葉翔の体をスクリーンとして遮った。葛葉翔の体をスクリーンとして、スキル「隠れ身」で黒の選手の眼から一瞬逃れた。葛葉翔の体で罠を潜り抜け、そして罠とした芦原郁乃が、葛葉翔からボールを受け継ぎ、黒の攻撃ラインの基部に向かって走る。
 トマスとマイト・オーバーウェルムがその両脇につき、迫る――
(「ちぎのたくらみ」ッ!)
 ただでさえ低く、小さな芦原郁乃の体躯が、さらに小さく縮んだ。
 身長はもう、100センチをやっと越しているぐらいだろうか。
 両脇を固めるトマスとマイトの顔色が変わった。
(……これじゃ当たりに行けない!)
 ――サッカーにおいて、腕の使用は原則禁止されているが、肩で相手の肩を押す「ショルダーチャージ」という技は、反則ではない有効なテクニックである。
 ――また、反則にならないギリギリの範囲でどこまで「腕」を使うかは、サッカー選手としての技量を問うひとつの見方でもあるだろう。
 だが、背丈1メートル強程度の相手に「腕」を使おうとすれば、それは極めて「反則」を取られやすいプレーとなるだろう。
 ましてや迂闊に「腰」や「脚」でチェックをかければ、間違いなく審判の笛が鳴る。よくてフリーキック、下手をすれば一発退場になりかねない「危険な行為」だ。
(……やるなぁ、やるじゃねぇか、白のキャプテン!)
 マイト・オーバーウェルムは肉食獣じみた笑みを浮かべる。
(だが、俺たちだってただ走ってるわけじゃねぇぜ!)
 正面に、黒の選手が走ってきていた。
 黒の攻撃部隊の終端、すなわち土台に立ち、攻撃ラインを維持している司令塔、ダリル・ガイザック。この試合、両チームを通じてただひとり「行動予測」を使える選手だ。
 マイトとトマスは左右からプレッシャーをかけながら、芦原郁乃をダリルの方に追い込んでいたのだ。
(さぁどう出る、白のキャプテン!?)
 ダリルは心中で芦原郁乃に呼びかけた。
(右か? 左か? それともヒールリフトで頭上を越すか、俺の股下にボールを通すか?
 どれだけ機敏に動こうと、俺はお前の動きを100%読み切れる!
 青のカウンターは、この俺自身がデッドエンドだ!)

(右もダメ……左もダメ……股ぬきもダメ……ヒールリフトは相手の背が高いから絶対ムリ……)
 芦原郁乃は迷った。
 迷いに迷って、答えを得た。

 ダリルの脳裏に、一瞬先の未来が見えた。
(股ぬきか)
 芦原郁乃が咆吼と共に、ミカンボールを蹴り出した。
 スキルも何もない、ただのキック。
 ダリルの足元に、ミカンボールが転がった。
 恐るべきコントロールだった。並みの相手なら、簡単に両足の間を抜かれていただろう。そして、ダリルは「並み」ではない――。
 直後、ダリルの脳裏に、継続して一瞬先の未来が映った。
(……何だと!?)
 次の瞬間、ダリルの動きが止まった。
 その股下――両脚の間を、ミカンボールと、限界まで身を屈めた芦原郁乃の体躯がすり抜けた。

(!?)
 その光景を目の当たりにした武神牙竜は、笛を吹こうとして迷った。
 危険なプレー――いや、背丈が低いんだから長身の相手の脚下を抜けようとするのはアリなのか? 接触してどっちかが倒れたわけでもないし――

(……やった!)
 芦原郁乃は心中で快哉を上げた。
(黒のラインを突破したっ! ここから一気に逆転を――!)
 ――それは、本当に一瞬の油断だった。
 そして決定的な一瞬だった。
 その一瞬の分だけ、正面から黒の選手がスライディングを仕掛けてくるのに気付くのが遅れた。
 ボールごと跳んで、それを避けた。そのつもりだった。
 中空と地上、すれ違いざまに滑り込んできた影が脚を伸ばし、浮かんでいるボールを引っかけ、青の陣地の方に戻した。
 ――!
(しまった……!)
「行けっ、キャプテン!」
 背中から、葛葉翔の声が追いかけてきた。
「構うな、行けっ! ゴールは俺達に任せておけっ!」

「ボールを前線に戻せ!」
 滑り込み、芦原郁乃からボールを奪い返したマイト・レストレイドは叫んだ。
「やつら、息を吹き返しやがった! こっちの主砲も完全に殺された! もう今まで通りにはいかんぞ!」
「お、おう!」
 ミカンボールを受け取ったトマスは、青ゴールに向かってドリブルを始めた。

「ダリルさんは、先を読みすぎたようですね」
 エオリア・リュケイオンは唸った。
「何だよ、どういう事だ?」
 訊ねるエース・ラグランツに対し、しばらくエオリアは言葉を選ぶ。
「……あの青25番・芦原さんは物凄いラフプレイをやったんですよ、ボールだけでなく、自分も脚の下を抜けるっていう。当然ダリルさんはそれを先読みしたでしょう――対抗しようと脚を閉じたら間違いなくファウルですが、さて、どっちに反則が取られますかねぇ?」
「……難しい問題だな」
 エースは首を傾げた。
「ラフプレイしかけたのは青だよな? けど、脚閉じたら人身事故になって……」
「ひっくり返る子供と大人。仕掛けたのは子供の方。けど、大人が脚を閉じなければ、事故が起こらなかったと考える事も出来ますね。実際、審判の笛は吹かれなかった」
「ダリルめ……そこまで考えた、考えてしまったか」
「まぁ、直後にヒャッハーじゃない方のマイトさんが上手くフォローしてくれましたけれども。色々とギリギリな動き方ではありましたが、『行動予測』というスキルが万能ではない事が明らかになった、という点では非常に興味深い。いや、いい物を見せて貰いました」

 青のベンチ上に、サインが出た。
「『黒』主砲封印 3番25番前線へ」

 何本目かの「ツイントルネード」を止めた時、ルイ・フリードは妙な気配を感じた。
(……?)
 青の攻撃部隊の眼に輝きが戻っている。今までの追い込まれていたような、怯えてさえいたのが嘘のようだ。
 ルイは青のベンチのサインを見て納得した。
「なるほど……何をどうやったのかは分かりませんが、実にしぶとい相手ですね」
 ルイは、ボールを風森巽に放った。
 ボールを受け取った風森巽は、「軽身功」と「神速」を用い、ドリブルを始める。
 群がってくる青の攻撃陣を力ずくで振り切り――「殺気看破」に反応。
(!)
 急制動。目前を影が通り過ぎかけ、そちらも急制動。
(白のキャプテン……! 青のゴール前にいたんじゃないのか!?)
 ――驚いた、隙を衝かれた。
 芦原郁乃はこちらの懐に飛び込み、強引に競り合いを挑んできた。グラスボールが奪われ、センタリングが出される。
「ウィングさぁん!」
「了解っ!」
 ボールの前に駆けつけてきたウィング・ヴォルフリートが、チャージブレイクとドラゴンアーツ、ヒロイックアサルトを同時に発動し、ノートラップでグラスボールを蹴った。
 轟音が鳴り響き、緑色の弾道が一直線に黒のゴールに向かって伸びる。
 再び轟音。
 龍の鱗を体に浮かび上がらせた霧雨透乃が、ボールをキャッチしながら地面を数回転がり、立ち上がった。
 受け止めた両掌と体全体に、衝撃と熱とが伝わっていた。
 体の芯までが熱くなり、ぶるぶると震えているかのようだ。
(熱いねぇ……!)
 威力がどうとか、込められた魔力のダメージがどうとか、そういう問題じゃない。
 ――生き返った。
 理屈抜きでそう感じた。
 このボールは生き返った。このボールに叩き込まれたシュートは生き返った。
 生き返った! たった心が今までにかけてたくせに、ものの見事に生き返った!
「面白い! 面白いね、おまえら!」
(気に入ったよ、絶対叩き潰してやる! 全力でね!)