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人形師と、写真売りの男。

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人形師と、写真売りの男。
人形師と、写真売りの男。 人形師と、写真売りの男。

リアクション



5


「今頃、どうなっているんでしょうね」
 ティースプーンで紅茶に入れたミルクを混ぜながら、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は呟いた。
「変な目に遭ってなきゃいいけど……」
 先程工房を出て行ったクロエのことが気になるのか、やや落ち着かない様子でリンスが言う。それに対して、「大丈夫ですよ」とベアトリーチェは穏やかに微笑んだ。
「お二人ともとてもお速いですし、それにいざとなったら美羽さんがクロエさんを守ります」
「そうならないといいんだけどね。どんな奴がなんの目的でやってるのかわからないのに、小鳥遊とクロエは……」
 気を揉み過ぎたのか、リンスは疲れたように息を吐き。
 それから紅茶を飲み干した。
「おかわり、淹れます?」
「うん」
 ティーポットを傾けながら、ベアトリーチェは数十分前のことを思い出した。


 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は最初、工房に集まり遠巻きに見る面々と一緒になって工房を見ていた。
 それから工房に招き入れられると、やはり他の人々に混じってしばらくリンスを眺め――
「……小鳥遊まで何やってんの」
「えへ。真似っこ」
 バレるまで続けてみた。
 だって、わからなくもなかったから。
「女の子はね、イケメンを見るのが好きなんだよ?」
 はぁ、と気の乗らない返事をされたので、この話題は打ち切って。
「……実は私も撮られちゃったんだよね」
「え、小鳥遊も? 写真?」
「そう。盗撮」
「同じか……」
 げんなりとした様子の中に、かすかな苛立ちが見えた。そんな表情を見たのは初めてだ。
「怒ってくれるの?」
「? そりゃ、怒るでしょ。友達が盗撮されてたら」
「そっか」
 なんとなく嬉しくなったので、にこーっと笑ってみた。疑問符を浮かべられたので、再びにこり。それから真面目モードに戻して、
「それでね。私、見られ慣れてるからリンスほどは困ってないんだけど……でも、犯人確保に協力したいなって思って。
 だから、クロエ!」
「ほえ?」
 突然名前を呼ばれたクロエが、ベアトリーチェの膝の上で素っ頓狂な声を上げた。
「手伝って! 一緒に犯人を追いかけるの!」
「おいかけるの?」
「そう。私とクロエのダブルろけっとだっしゅで、犯人を追いかけて捕まえちゃう!」
「おにごっこね? わたし、とくいなのよ!」
 そうと決まれば、1,2の、ダッシュ!
「ちょ、」
 リンスが何か言いかけた? 気にしない。ベアトリーチェがフォローしてくれるはずだ。
「どっちが先にヴァイシャリーの街に着くか競争ね!」
「まけないからね!」
 楽しみながら街まで走って、
「写真屋さぁーん!」
「どーこー!?」
 あらん限りの声を出して、探してみる。
 途中、不自然にカメラを下げた黒スーツの男を見たが、あまりに堂々と往来を歩いていたので写真が趣味の『そっちの方』かもしれないので、保留しておいて(だってクロエに危険が及んだら嫌だもの!)。
「写真屋さぁーん! 提案があるんだってばー!」
「でーてーきーてー!」
 縦横無尽に、駆け巡る。


*...***...*


 クロエが美羽と街へ駆けて行くのとすれ違いに、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は工房を訪れた。
「あ、クロエちゃんだ。ダリル、あの子がクロエちゃんだよ」
 すぐに遠くなる背中をルカルカが指差しながら言うと、
「あれが人形? ……馬鹿な。あれでは魂があるようだぞ」
 不思議そうにダリルが返す。
「あるんだってば」
「いやしかし、機晶エネルギーは検出されなかった。仕組みが知りたいな……是非一度分か」
「ダリル? ……分、何?」
「いや、失礼」
 ごほん、と咳払いを一つしてから、工房の戸を叩いた。


「ストレスは健康の大敵。太陽にだって当たらないと身体のバランスが崩れちゃうよ」
 ルカルカはリンスの額に手を当てながらそう呟く。
 熱が無いことを確認すると、次は脈拍の測定。
「例えば体内時計の調節だとか、免疫力の低下だとか。
 他にも気分の落ち込みを防いだりする効果があるから、太陽に当たらないとそれだけでマイナス面が多いの」
 ――75。
 正常値だと確認したら、続いて爪の確認。
「だから外に出た方がいいんだけど……あの写真のことがあったら、迂闊に出られないね」
 縞もないし、色艶も悪くない。というよりむしろ綺麗だった。手先を大事にしている証拠だろう。
「ねえ、さっきから何してるの?」
「ん? ドクタールカの訪問診断よ☆ 今のところ健康状態に問題はなさそうね。
 だけど、ちゃんと寝れてる? 食べてる? ……食べてなさげだけど」
 つい、っとそっぽを向かれた。図星らしい。嘘のつけないタイプだ。
「今ね、ダリルが薬膳料理を作ってくれてるから。だから、それを食べたらゆっくり休んで欲しいな」
「ん……でも、人に何かしてもらっておいて何もしないっていうのは」
「……いーい? リンスさん? あなたが今するべきことは、犯人が捕まるまで休息を取ることだと思う。栄養のある物をきちんと食べて、ちょっとは寝なきゃ。ソファで仮眠、でもいいから」
 まだ症状が現れてないから大丈夫、なのではなくて。
 その症状が現れないようにするにはどうするか、が大事だから。
「できたぞ」
 それまでキッチンを借りて調理をしていたダリルが部屋に戻って来て器を差し出した。
「野菜と茸と鶏のスープだ。使えそうな香辛料が大蒜だけだったから薄味だと思うが。食欲が無くても少しは食べろ、でないと倒れるぞ」
「身をもって知ったもんね、ダリルは?」
 ルカルカが笑うと、憮然とした表情をされたのでからかうのはおしまいにして。
 リンスに目を合わせ、ね? と視線で訴えてみたところ。
「わかった、いただきます」
 素直に食べてくれた。
 食べたらソファに横になってくれたので、眠りを妨げない程度の距離を取って。
「肖像権の侵害だし犯罪だわ」
 ゆっくりと、淡々とした声で呟いた。
「犯人のこと、一発殴ってぶっ飛ばしてやりたい」
「ルカが殴打したら殺しかねんから、やめとけ」
「わかってる。ちゃんと被害者であるリンスさんの意思を優先させるから、そこは大丈夫よ。
 ……だけど、許せないことには変わりない」
 感情の起伏なく言うルカルカの目に満ちていたのは、静かな怒り。


*...***...*


 ――あら……どうしましょう?
 以前頼み損ねたアーデルハイト人形の作成をお願いに来たところ、ルカルカのそんな言葉が聞こえて。
 ――なんだか、いろいろと大事になってしまっているようですね……。
 風森 望(かぜもり・のぞみ)は思わず笑みを浮かべた表情のまま凍りついた。
 なぜなら望もこの騒ぎに一役かっていたからだ。
 少し前のことである――。


「ロリ娘ショタっ子写真集の依頼をさせていただきます。こちら、前金で支払わせて頂きますので、どうか良いものをお願いしますね?」
「はぁ。りょーかいっス」
「それと……紡界様は綺麗なものがお好きだとか?」
「? 好きっスね、何スか突然?」
「ヴァイシャリーには美形の人形師さんが居らっしゃられるのですが、ご存知で?」
「や、知らなかったっスね。ヴァイシャリーとか行かないし。へぇ、気になってきた。今度行ってみるっスよ。情報どーもっス、望さん」


 ……そんな話が、会話に上ったことがあって。
 紺侍は綺麗なものを見ると、つい写真を撮ってしまうタイプの人間だという。
 望の発言をきっかけにリンスに会い、写真を撮って、そしてこの騒動……だとするのなら。
 ――発端は私ですか?
 もしかしなくとも、そうかもしれない。
 それならば、いやそうでなくとも望にはやることがある。
 ――紡界様が捕まる前に、何としても写真の回収をしなくては!
 前金で依頼しているのである。
 粛清として写真全廃棄、データ全消去……などとなったら目も当てられない。
 急いで工房を出て、携帯で聞いておいた紺侍の電話番号を呼び出して、
「もしもし紡界様? 私です。風森です。なんだか大変な事になって――え? 気付いている? ああ、そうでしたか。見た目ほどお馬鹿さんではないのですね。いえいえ、独り言ですのでお気になさらず。
 ――ええ、私もそちらに向かっております。合流しましょう」
 依頼の写真の他にも、元同級生のよしみだとか、助けて恩を打っておくのも手だとか、そういう打算も含めて。
 望はヴァイシャリーの街に急行する。