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桜井静香の奇妙(?)な1日 前編

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桜井静香の奇妙(?)な1日 前編

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第4章 1時限目・華道――その花はまるで華のようで

 華道――植物を主体とし、様々な材料を組み合わせ、花を生ける芸術のこと。俗称・生け花。

 百合園女学院の授業体系は、日本にある全日制の学校のそれとほとんど変わらない。違うところがあるとすれば、華道、茶道、社交ダンス等のいわゆる「お嬢様が習うべきもの」が授業として組み込まれていることだろうか。
 本日最初の授業はまさにその第1弾というべきものだった。だが、この日は普段と少々事情が違っていた。普段ならば畳張りの専用教室の一角に、ウェーブのかかった黒髪をかんざしで留め、着物姿をした華道の講師が陣取り、百合園生を待ち受けるはずだったのだが、そこにいたのは、長い白髪を垂らし、黒を基調とした和服に身を包んだ外国人風の顔つきをした女性だった。
 女性は百合園生が教室に入りきるのを確認すると、静かに告げた。
「突然ですが、本日の華道の講座は、私、ルディ・バークレオ(るでぃ・ばーくれお)が担当いたしますわ」
「え、あれ? いつもの先生はどうしたんですかぁ?」
 華道の授業に参加しているメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が全員を代表して疑問を口にする。
「それが、先生は今日高熱を出されてしまわれたらしいの」
「こ、高熱……? それって、大丈夫……なの?」
 同じく授業参加者の如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)が心配する声を出す。
「まあ高熱といっても、たかが40度ですわ。少しばかり体を暖かくしてゆっくり休んでいれば大丈夫と聞いていますわ」
「い、いや、40度って、たかがってレベルじゃないような」
「大丈夫ですわ。あの先生、そうそうくたばるような方ではありませんし」
「く、くたばられたらそれこそ一大事ですよぉ……」
 これまた同じく参加者である七瀬歩が冷や汗をかく。それはその場にいた全員がそうだった。
 だがそんな彼女たちの心配をよそに、ルディはすました表情を見せた。
「まあそんなわけで、本日は先生がお休みのため、代役として来させていただいた、ということですわ。本当なら私の店【T・F・S】で1番の腕を持つ店長が来る予定だったのですけれど、あの方は男性ですから百合園女学院の敷地には入れません。で、代打の代打として私が担当するという次第でございますわ」
 そこまで言って、ルディはお辞儀をする。
「というわけで、本日は皆様。どうぞよろしくお願いいたしますわ」
 それに習って、全員がお辞儀をする。それは見学に来ていた静香たちも同様だった。
「……って、どうしてこの場に静香さんが?」
「あ、えっと……、深いようでそうでもないような事情があってね……」
 教室の隅の方で正座していた静香の姿を認めると、ルディはついでとばかりに隣にいる体が透けたセーラー服の少女、室内であるにもかかわらずサングラスをかけた女性、そして矢絣柄の着物を着た女生徒の3人を確認する。
 それから5分後、静香の説明を聞き終えたルディ、及び教室内の百合園生全員が事情を理解した。
「まあ要するに、幽霊の弓子さんと他校生のテスラさんと今日はガイド役の美咲さんプラス校長の静香さんが見学、と。そういうことでよろしくて?」
「そういうことでよろしゅうございます」
 静香の返事を受け、ルディは考えた。視界に映る幽霊の少女は、見た限り悪意というものは感じられない。どうやら本当にただ見学に来ただけらしいというのがわかる。
 それはメイベルと日奈々も同様だった。幽霊が何らかの悪意を持って静香に取り憑いているとなればどうにかして叩き出さなければならないところだが、そうでないのならば無理に攻撃する必要は無い。
 ならば自分たちのするべきことは1つ。このまま普段通りに華道の授業を受け、その雰囲気を幽霊に味わってもらうのだ。
「それでしたら、せっかくですから静香さんと弓子さんも体験していってはいかがでしょうか?」
「え、僕も?」
「私もですか?」
 ルディのその申し出に静香と弓子は驚いた。見学だけで十分と思っていたのだが、まさか華道の授業を体験することになろうとは。
「ただ見ているのもいいかもしれませんけれど、実際に体験してみるというのも、結構いいものかもしれませんよ? それに弓子さんは百合園に入学するはずだった人。生きていればこれをやるのは、いわば『当たり前』になっていたはずですわ」
「え、でも私、生け花なんてやったこと無いです」
「初めは誰でも初心者ですわ。静香さんとご一緒に行ってくださいな。わからないところがあれば私がお教えいたしますわ」
「…………」
 どちらかといえば目上の存在に反発したくなる性質の弓子ではあるが、この特別講師を前にしてそうする気にはなれなかった。せっかく授業への参加を勧めてくれているのだ。ならばここは、その言葉に甘えて体験させてもらった方がいいかもしれない。
 そう思った弓子はルディの申し出を受けることにした。
「……では、お願いします」
 ルディに促され、弓子は静香と共に1つの花器の前に座った。
「皆さんも、1人ないしは複数で1つの花器をお使いくださいな。本日のテーマは……、白い百合を中心とした清楚なもの、にいたしましょう。それでは、終了15分前まで、皆さんご自由に生けてくださいな」
 その一言を皮切りに、百合園生は思い思いに花を生け始めた。

「ふむぅ、清楚なものですかぁ。ただ単に剣山に突き刺す、というだけではもちろん無理ですねぇ」
「そりゃまあ、さすがにそうだよね。僕なら……、とりあえず1つは一番高くして、それを囲むように背の低いのをいくつか並べるかな」
 メイベルのパートナー、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)が1輪の白百合を剣山の中心に刺し、周囲を3輪ほどの白百合で囲んだ。
「ほう、これはいいですねぇ。でもこれだけではつまらないですぅ」
「それでは彩りとして、つぼみをいくらか追加しましょうか」
 もう1人のパートナーであるシャーロット・スターリング(しゃーろっと・すたーりんぐ)がつぼみ状態の百合を生けていく。もちろん、主役である花の百合が隠れないように。
「でも百合だけだと芸が無いから、草をいくらかと、あらカスミソウがありますわ。これも追加して、他にも色々あれば……」
 同じくパートナーのフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が剣山の空いたところに様々な草や花を刺していく。
「ん〜、でもあんまり付け加えすぎると、清楚とは言えなくなりますぅ。ですからフィリッパ、それはその辺でストップさせておくのですぅ」
「そう? それじゃ、ここで止めておきますわ」
 メイベルの指示に従い、フィリッパは生ける手を止めた。
「うん、後は見栄えが良くなるように微調整してぇ……」
 それからメイベルたちは4人で試行錯誤を繰り返した。

「それじゃ日奈々ちゃん。今日はあたしと一緒に頑張ろうね」
「はい……、歩ちゃん」
 普段はパートナーと一緒にいることの多い日奈々だが、今日は歩と2人で華道に取り組むこととなった。
「にしても『清楚』かぁ。どういう風にしたら、そう見えるのかな」
「難しい、ですけど……、とりあえず、あんまり沢山……生けない方が……いいような、気がしますぅ……」
 正面、花器に顔を向けたまま日奈々は傍らにあった白百合を1輪手に取る。
「でも……、何となく、『こうしたい』って、いうのが……ありますぅ」
「そうなんだ。じゃ、あたしはお手伝いに専念しようかな。あ、日奈々ちゃん、手はゆっくりね。剣山で指を刺しちゃったら危ないしね」
「あ、そうですね……。一応、気配は、わかりますけど……、動かないものは、さすがに……わかりにくいですぅ」
 そう言う日奈々の目は、実は何も映していない。彼女は完全な全盲者なのだ。そのため彼女が持つ教科書は、全て特注の点字の教材となっており、授業についていく分には心配は無い。
 そして彼女は視力が全く無い分他の感覚が優れており、一通りの気配を感じることはできるのだが、さすがに動きを見せないものの存在を読み取るのは厳しいところがあった。
 歩のサポートを受け、日奈々はゆっくりと白百合を2輪、向かい合うようにして剣山に刺した。
「歩、ちゃん……。百合の、周りを……草で……囲いたい、ですぅ」
「うん、そこはあたしがやるね」
 日奈々の希望をうけ、歩は2輪の百合の周囲を草で囲っていった……。

「そういえば校長先生は、華道の腕前の程は……?」
 花器を前に正座をした弓子に問われ、静香は花を選ぶ手を止める。
「恥ずかしい話だけど、そんなに上手、っていうわけじゃないんだ。いやもちろん完全に素人、っていうわけでもないんだけどね」
「ああ、可もなく不可もなく、普通ってやつですか」
「そう。そんな感じかな」
 主役となる白百合を2輪選び、静香はそれを弓子に手渡す。
「えっと、それでこれをここに刺せばいい、んでしょうか……?」
「まあそんな感じかな。でもただ刺すだけじゃ生け花にはならないんだよね」
「というと?」
「生け花、華道とは、1つの表現なのですわ」
 そこにルディがやってきた。
「単に花を突き刺すだけでは、それはただの花の塊にすぎませんわ。いかにしてその手の花を見栄え良く『生ける』か。そしていかにして『魅せる』か。それが1つの基本というもの」
「魅せる、ですか……」
「とはいえ、これについては正確な模範解答というものはありませんわ。ですから――」
 弓子が白百合を使って何をどのように表現したいか、その答えが出せればおのずと手が動くようになる。ルディはそうアドバイスをした。
「表現……」
 静香から渡された白百合を手に、弓子はしばらく考え込んだ。