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第2章 LOVE FESTA通り

ポンポン、ポン。
遠くで小さく上がった花火の音が聞こえる。お祭りの日の合図は、花火なのでしょう?と、ラズィーヤがまたどこかでハンパな知識を仕入れてきたに違いない。
ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)は、その花火の音につと顔を上げ、ヴァイシャリーの街の時計台を見上げた。
フェスタの開始まであと1時間。このペースなら、お店の準備も十分に間に合うハズ!
ただひとつ問題は……ネージュは、『焙沙里』と店名の書かれた看板を見た。出展用とは思えないほど立派で、大きな頑丈な木で作られていて、相応の重みがある。出展の準備に来たネージュは、店の前に置かれていた看板に首を傾げながらも、どう扱えばいいか悩んでいた。
でも。あたしのお店の名前だし、あたしのお店の前にあるんだしっ、これを使えってことだよねー?
ヴァイシャリーのメインストリートに並んでいる建物は、お菓子で飾り立てられ、まるでオモチャ箱のような様相である。お菓子の家の他にも点々と希望を出した人たちのお店が並んでいる。
お祭りのお店、というから屋台のようなものを想像していたのに、その期待はイイ意味で裏切られた。
カフェセットを置ける程度の相応のスペースを与えられ、出展者はそれぞれにその店のカラーを打ち出したデザインをとっている。フェスタの実行委員会が、予めデザインを詳細に聞き、フェスタ全体の雰囲気を損なうことなく、まとめてくれたからだ。
「ほら、静香様。ごらんになってくださいな。どのお店もステキでしょう。」
「本当だねっ」
「やっぱり看板屋さんに頼んだだけはありますわね。みなさんに喜んでいただけているかしら」
「うん。もちろんだよっ」
 ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)桜井 静香(さくらい・しずか)に、自慢の看板を見せてまわっているらしい。これで看板の意味は納得できた。
「静香様。ラズィーヤ様っ」
「ネージュさんっ。ごきげんよう。良いお店だねっ」
 静香は、小さな身体で跳ねるようにしてととと、と走ってくるネージュの姿を見ると、にっこりとした。そして、ネージュのお店に並んでいる商品を見て回る。カフェテーブルの上にキレイに並べられたスパイスの瓶をつまみあげて、ふりふりと振ってみる。
「これは……シナモンかな?」
「はいっ。みなさんがお好みで、自分の好きな味に変えられるように!」
「うんうん。一番のオススメは何かなっ?」
「やっぱり、アツアツのフォンダンショコラですっ」
「美味しそうですわね。ぜひ、いただきたいですわ」
 甘いモノが大好きなラズィーヤは、目を輝かせながらショーケースの中に並んでいるショコラケーキやショコラビスキュイを見ている。
「あっ。もちろんっ」
 ネージュがお茶の用意をしようとすると、静香がそれを留めた。
「フェスタの開始までに、まだ準備があるでしょう?ラズィーヤもあとでいただきに来よう?」
「……わかりましたわ」
 ラズィーヤは残念そうにうつむいた。ネージュは赤いフィルムで包まれた、一口チョコレートをラズィーヤに差し出した。
「あとでまたっ、ぜったい来てくださいねっ」
 ラズィーヤがチョコレートの包みを受け取ろうと手を伸ばした時……

バッターン!!!!

 大きな物音が響き渡った。静香はきっと、音をした方向をにらむと、一目散に駆けだした。ラズィーヤとネージュも、それに続いた。

 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)は、朝からお店のレイアウトに苦心していた。百合園女学院の生徒らしく、可愛らしい飾りつけにしたいと、カードのディスプレイが曲がっていないか、チョコレートが美味しそうに見える角度を考えながら、何度も位置を変えてみたりしていた。
「レキ、このカードで全部です」
 カムイ・マギ(かむい・まぎ)はレキにチョコレートの名前や説明の入ったカードを数枚渡した。事前に準備もしてきたが、いざディスプレイをはじめてみたら、思った以上の広さにカードが足りなくなってしまったのだ。
「ありがと、カムイ。ねぇ、これどうかな?」
 レキは一生懸命並べたディスプレイをちょこちょこといじりながら聞いた。
「曲がってない?だいじょうぶ?」
 カムイはディスプレイをじっと凝視して、考えている様子。
「大丈夫です。可愛く飾りつけできています。それより……」
 そっと手を伸ばして、襟元のチョコレート色をしたリボンの位置を直す。
「こっちが曲がっています」
「カムイこそっ!」
 レキはお揃いのチョコレート色のリボンを直した。二人が顔を見合わせてほほ笑み合ったその時、隣のお店から、なにか大きな物音が聞こえた。二人が急いで走っていくと……
「ふにゃ〜。怖かったですぅ」
 尻もちをついたメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)の姿があった。
「メイベル様!大丈夫ですか!!」
 フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が心配そうにメイベルの顔を覗きこんだ。セシリア・ライト(せしりあ・らいと)が、メイベルの身体を引き起こそうとする。
「メイベルさん、大丈夫ですかぁ……」
 ヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)も心配そうだ。
「ほら、だから看板重いよって言ったのに!」
「メイベル様、おケガはありませんか?」
「うぅ〜、大丈夫だよぅ。倒れてきちゃったの、支えきれなかっただけですぅ」
 メイベルの指指す方向には、オープンカフェを示す大きな看板。
「せっかくだからぁ、高いところにセッティングしたかったですけどぉ」
「すごい立派な看板ですもんねぇ」
 ヘリシャは大きな重い看板をまじまじと見つめ、地球のバレンタインってすごくりっぱなイベントなんだなぁ……と感心した。お店を出すのにこんなに立派な看板をもらえるなんて。
「大丈夫っ?!どーしたの?」
 レキとカムイは、メイベルの身体を起こそうとしているセシリアを手伝いながら聞いた。
「看板をね、メイベルったら一人であんなところにセッティングしようとして」
 セシリアが、カウンターの上部を指して言った。重いからあぶないよって言ったんだけど……。
「レキさんたちのところにも、看板ってありましたかぁ?」
 立ちあがらせてもらったメイベルが、洋服をぱたぱたしながら聞いた。
「ありました。でも、僕たちは、店の入り口のところに設置しました」
 カムイが答えると、あぁ〜なるほど、メイベルは納得した様子。
「メイベル様、わたくしたちもそういたしましょう」
 フィリッパがそういうと、みんながそれに同意した。フィリッパがセシリアを促して、看板を移動しようとさせたとろこに
「どうしたの!!!」
 静香様が息せき切って、姿を現した。大きな物音を聞いて、どこからか走ってきたのだろう。髪が少し乱れている。
「あの……ちょっと、看板を倒してしまって……」
「えっ!誰もケガしてない?」
 静香は周りを見回したが、ひとまずケガをしている人がいなさそうなので、安堵した。
「それならよかった。みんな、フェスタの前にケガとかしないでね」
「静香様!」
 ラズィーヤとネージュがぱたぱたと姿を現し、ことの経緯を聞くと、ラズィーヤはしょんぼりとした表情を浮かべた。
「私のしたことで、みなさんにご迷惑をおかけいたしましたわ……」
「そんなことないですよぅ。私たち、みんなうれしいでぅ」
 メイベルの言葉に、ラズィーヤは救われたような笑みを見せた。
「フェスタの開始までもう少し、じゅんびがんばらなくっちゃですよ〜」
 ネージュが言うと、みんなは時計台の時刻を見て、急いで準備を再開した。