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「楽しそうなこと、してるじゃない」
 当然のごとく、ティアは参戦の構え。
「ええええええ、あ、あそこに入るんどすかー!!」
「あったりまえじゃない。負けてられないでしょう?」
「いや、それ、何が勝ちでどれが負けどすかー!!」
「わたくし、もうチョコレートはいらないございます」
「大丈夫!ちゃあんと苦い食材も入れてあげますわ」
 ティアはそういうと『苦い食材』として、ピーマンやゴーヤ、渋柿などを投入している。これで、勝ち負けはともかく、当たりハズレで言うところのハズレが多くなったのは間違いない。
「さぁって!美味しそうな食材はもちろん、静香様とラズィーヤ様に差し上げないとねっ」
「あああああーーー!ダメどすダメどすー!!」
「なぜ?やはり尊敬する校長先生に、日ごろの感謝のしるしを示さなくてはなりませんわ」
「いやあああー。ま、まってくださいどす!そう、私!私が食べたいんどす!!」
「あら、そぉでしたの。気付かなくってごめんなさいね」
 ティアが選んだ食材、魚のわたを口に入れられたエリスが悶絶したのは言うまでもない。
「だ、大丈夫ですか?」
 エリスの目の前に、そっと一杯の紅茶が差し出された。
「ああああありがとうございます!もももももうしわけないどすっ!!」
 よっぽどマズイ味なのだろう。エリスはそのカップに飛びつくように手を出した。
 その勢いに紅茶を差し出した高峰 結和(たかみね・ゆうわ)のほうが慌ててしまったくらいだ。
「……んっんんっ。ぷっはー」
 紅茶をビールのように飲みほしたエリスを、結和は心配そうに見守った。百合園の子とは思えない豪快な飲みっぷりだ。
「ほんとに助かったどす……。あなたは天使みたいな人どすなぁ……」
 エリスの目に、ティアには黒いカギ上のしっぽが、そして結和の背中に白い羽が見えていてもなんらおかしくない。
 結和はそのセリフにくすっと笑って、もう一杯紅茶を差し出した。
「はい。よくわからないけど、元気だしてくださいね」 
 
「これは、当たりであろう」
 ラスティは、高級食材の中から、バナナを上手に選び出した。これは、結和にやろう。ちょうど、結和は周りで悶絶している人間に、紅茶を手渡して回っている。優しいやつだ。
「ほら、結和。あーん」
「ふぇ、わ、私ですか?え?頂いてもいいんですか」
 結和は、あーんが恥ずかしいのか、周りをきょろきょろと確認している。どう確認したところで、周りから人は消えない。
「えと、恥ずかしいんですけど……」
 しかし、ラスティからのあーん、に結和が逆らえるはずもなく、おずおずと口を開ける。
「あ、うまい……!」
「当然であろう」
 結和は、闇鍋状態の中から、美味しい食材を探し出してくれたラスティの愛情を感じたのであった。
「俺を助けろー」
 というなぶらの願いはむなしく、なぶらはフォンデュの具材とされたまま、周りがらぶぃとかカオス!友達なのに、このカオスに便乗していちゃついているヤツがいるとか、訳がわからない。
 もちろん、そんななぶらの視線など一向に気にもとめず、椎堂 紗月(しどう・さつき)は怪しい気配を察して、鬼崎 朔(きざき・さく)と早々に離脱していた。悪いな、なぶら……なむなむ。
「ほら、朔。美味そうなフルーツ持ってきたぜ」
「ほんとだ。あれ、チョコレートかかってる」
「大丈夫だ。なぶらが投げ込まれる前のチョコだから」
 笑っちゃ悪いかなと思いつつ、朔はふふ、と笑ってしまった。
「ほら、あっちのチョコはもう口にしたくもねーが、さすがにうまいチョコだぜ」
 沙月は、チョコレートを指ですくいあげると、朔の唇の上に、ぽんっと指を乗せた。朔は、おずおずと舌を出して、そのチョコレートを舐め取った。口の中に、チョコレートの甘みと、沙月の指の感触が広がる。
「ん……。ほんとだ。じゃあ、はい……」
 朔が同じようにチョコレートを指につけると、沙月はその指をぱくんとくわえた。そして、朔の瞳をじっと見つめて「ほんと、うめーな」と呟いた。朔はその視線に思わず、手を引っ込めて、今がチャンス!と沙月に本命チョコを差し出した。
 これでは、なぶらの危機など目に入るはずもなかった。

 つんつん……。

 レイナがフォークでなぶらをつつく。
「俺は食材じゃねー」
 しかし、チョコレートから出られないなぶらが何を言っても、説得力というものに欠ける。さっきの女の子みたいに、誰か助けてくれないと出られそうにない……。俺は一生ここでチョコ・フォンデュの具材として生きていく宿命なのか……!
 なぶらが人生に絶望しそうになったその時、救いの手は差し伸べられた。
「相田、つかまりなさい」
 翌桧 卯月(あすなろ・うづき)が、なぶらに向かって、手を伸ばしている。レイナもとくに邪魔はしてこない。もうなぶらをいじるのにも飽きてきたのか……?
「ありがとー」
 なぶらがその手をつかみ、立ち上がろうと……どぶん。
 チョコレートに足を取られたなぶらが、コケた。卯月は噴水に引き込まれてしまった。
「ううう……」
 前のめりにつんのめったせいか、卯月は顔中チョコレートだらけだ。
「ご、ごめんなぁ……」
 なぶらは自分の救い人をあられもない姿にしてしまって、申し訳なさそうだ。
「だ、大丈夫よ」
 さすがにチョコまみれで目が開けられないが、なぶらもチョコまみれで手でぬぐってやることができない。なぶらは、唯一あまりチョコレートのついていない、ほっぺたでむにっと卯月の顔を拭ってやる。
「大丈夫……?」
 なぶらが心配そうなまなざしで卯月を見つめた。
「とりあえず、そろそろここから出ようか、ね?」
 卯月が優しくほほ笑むと、なぶらは安心したように頷いた。

 卯月が助けを呼ぶと、さすがに皐月が助けにやってきた。
「このまんまじゃ、帰れねーな」
 全身チョコレートだらけの、卯月となぶら、それと巻き添えなのか自発的になのかわからないがチョコ・フォンデュの具材になっていた数名が引っ張り出された。
 人が入って暴れていたのだから、当然ながら、噴水の周りはチョコレートだらけになっている。
「はいはーいっ。着替えしたい人は、ボクの後についてきてねっ」
 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が、お着替えご一行様、という小さな旗を持って現れた。スタッフ、という腕章を腕に付けている。
「想定済、ってことですわね。さすがラズィーヤ様……!」
 ティアはうれしそうに、呟いた。
「エリス、シャワー浴びに行きますわよ」
「えええええ!ティアどこの汚れてないじゃないどすか!!」
「大丈夫ですわ。私がキレイにして差し上げますわ」
「も、もう勘弁しておくれどすー!」
 エリスの声が、噴水にこだまして、響いた。