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リアクション
第5章 聳え立つ『壁』
そして、3日目の朝。
曇天の中、本隊は、満を持して第1キャンプを出発した。今日中に1500メートルを一気に登り、群生地の手前の第2キャンプまで到達する予定である。
本隊の登山に合わせ、各班は万全の体制を引いていた。
ルート確立班は、交代で本隊に先行し、昨日整備した登山道に異常がないか確認。他にも、斥候として2チーム4人を出し、伏兵やトラップがないか登山道の左右を捜索する。
さらに、上空から偵察班が、常に一帯を監視する。登山中の一般生徒は戦闘班が厳重に警備すると共に、救護班が常に付き添い、体調面のサポートを行う。
また、その一方で、輸送班が第1キャンプから第2キャンプへと、物資のピストン輸送を行う。第2キャンプは、前日登山道の整備にあたった10人によって、既に設営が始められていた。
前日に全く襲撃がなかった分、(今日こそは攻撃されるのではないか)という危惧が、生徒達にはあった。今日移動するルートは、雪や風の影響が少ない反面、万一襲われた場合、どこにも逃げ場がない。
そのための厳重な警戒だったが、意外にも敵の襲撃はなく、本隊は夕暮れ前には第2キャンプに到達した。
その日の夕刻、昨夜と同じようにキャンプの警備に当たっていた赤嶺 霜月は、自分の名を呼ぶ声を聞いて、身を固くした。
見ると、向こうの岩陰から、見知った顔が覗いている。
先日、洞窟の中で出会ったハルキノスだ。
「ハルキノス!どうしたんだ、こんなトコロまで来るなんて!」
洞窟での別れ際、一緒にキャンプまで来てくれるよう頼んだ時には、『やることがある』といって断られていたのである。その彼が、自分でキャンプまで来たことが、霜月には意外だった。
「霜月さん、大切なお話があります。私を、ここの責任者の方に会わせてはくれませんか?」「大切な話?」
「はい。詳しいコトはここでは話せないのですが、巨人達に関する、とても重要なコトです」
「……分かった。付いて来てくれ」
霜月は、一瞬迷ったものの、すぐにハルキノスを促して歩き出した。
彼のもたらしてくれた情報のお陰でルートの確立がうまく行った訳だし、何より霜月は、彼を疑う気にはどうしてもなれなかった。
この意外な来訪者に気づいたのは、キャンプの中でもほんの一握りの者だけだった。ほとんどの生徒は、いつあるか分からない襲撃に不安を感じつつも、平穏な一夜を明かした。
そして翌日――。
まばゆい朝日に染め上げられたキャンプに、幾つもの巨大な影が現れた。フロストジャイアントだ。
そして、彼等を背後に従えているのは、三道 六黒と両ノ面 悪路。彼等の周りだけ、まるで朝日を受け付けぬかのように、黒くよどんで見える。
「久しいですね。あの島での一件以来ですか?息災そうで、何よりです」
悪路はさも面白そうに御上を睨め回すと、小馬鹿にしたように言った。
「……それで、用件は?」
悪路の態度を完全に黙殺して、淡々と応対する御上。
「やれやれ、つれない方だ。……まぁ、いいでしょう。あなた方のお仲間、樹月 刀真と漆髪 月夜と預っています。あの人達等の命が惜しくば、花を諦め、おとなしく山を降りて下さい」
「……人質ですか。それには、まず彼等があなた達に捕まっているコトを、証明してもらわないと」
「もちろん、ご用意してございます。あちらを、御覧下さい」
悪路が、手にした扇で背後の山を指す。
そこには、刀真と月夜が、木の柱にくくりつけられていた。2人ともぐったりと項垂れている。それだけならまだ良かったが、問題は、柱の立っているその場所だった。
木の柱は、しっかりとした地面の上ではなく、岩壁から張り出した大きな雪庇の上に立てられているのである。しかも雪庇には、陽の光が当たり始めている。このまま日光にさらされ続ければ、まもなく雪庇は溶け崩れ、刀真達は遙か下の山肌に叩き付けられてしまうだろう。
「ここ数日の晴天で、あの雪庇は相当脆くなっています。正直、彼等をアソコに設置するのも、随分苦労しました。……さて、どうなさいますか。おそらく、あと1時間はもたないと思いますよ?」
「……何故、こんなコトをするんです?そんなに、環菜さんが憎いんですか?」
怒りを押し殺して、訊ねる御上。
「憎いなどとは、とんでも無い。ただ世の中には、あなた達が御神楽環菜を想うのと同じように、彼女の復活を一日でも遅らせたいと、考える人間もいるのです。このような嫌がらせでも、留飲を下げる輩はいるのです。趣味が悪いのは、私も賛同しますがね」
そう言って、クククッと笑う悪路。
「俺としては、是非ともあ奴等を見捨てて、この俺と闘ってもらいたいトコロだが。まぁ無理強いはせん。どうするか、せいぜいゆっくり考えるコトだ。……おっと、そんな時間は無いんだっけか?」
こちらの神経を逆なでするように、大笑いする六黒。その後ろで、ジャイアント達もいやらしいニヤニヤ笑いを浮かべている。どうやら彼等も、我々の話している言葉が分かるようだ。
「……僕一人で、結論は出せない。少し、時間をくれ」
「構いませんが、もし妙なマネをするようなら、その時は躊躇なくあの雪庇を落としますから、そのおつもりで」
いつの間にか、2人の縛られている柱の向こうに、フロストジャイアントが立っていた。いざという時には、手にした棍棒で、雪庇を叩き落とすのだろう。
「分かっている」
御上は、吐き捨てるようにそう言うと、キャンプの中に姿を消した。
「刀真さん、月夜さん。起きて下さい……、助けに来ましたよ」
強く身体を揺さぶられて、刀真は目を開けた。少し遅れて、月夜も目を覚ます。
「大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……。済まない。キミは?」
「なずなです。円華様付のくノ一です」
言われて、刀真はようやく思い出した。確かに、以前見かけたことがある。
「縄は切りますが、まだ、動かないで下さい。頭も、動かしちゃダメですよ。バレちゃいますから」
「ジャイアントは、どうしたの?」
月夜が訊ねる。
「え?あぁ、それならホラ、そこに」
目だけをなずなの指差す方に向けると、生気のないどよんとした目をジャイアントが、棍棒にもたれ掛かるように座っていた。よく見ると、延髄にあたるトコロに、日本刀が深々と突き刺さっている。
「死んでいるの?」
「ハイ♪首が太いんで、上手く行くかどうかちょっと自信なかったんですけどね……。上手くいきました♪」
「よく、ここまで来れたな」
自分達がここに運ばれたのは、今日の夜明け前。それから、まだ何時間も立っていないはずだ。
「親切な狩人さんが、教えてくれたんです」
「狩人?」
「地元の狩人さんらしいんですけど、その人も、ジャイアントのせいで商売上がったりだったらしくて。私達に、ジャイアントを退治して欲しかったみたいなんです。それで、色々と教えてくれて」
「商売……」
拍子抜けしたように言う刀真。どうにも、この忍者の言うことは、全体的に緊張感が欠けている。
「さ、切れましたよ。どうです、動けそうですか?」
「……あぁ。だいぶ節々が痛むが、何とかなりそうだ」
「私も、なんとか」
月夜も頷く。
「それじゃ、私が合図したら、こっちに向かって動いて下さい。ヘタすると、立ち上がっただけでも雪庇が崩れますから、這うように、ゆっくりと」
「わかった」
「了解です」
「それじゃ、行きますよ……ハイ!どうぞ!!」
その掛け声と共に、鏡を日に翳すなずな。太陽の光を受けて、鏡が、キラリと輝く。その光は、悪路達と対峙する御上の目にも届いた。
「……して、回答は?」
「断る。僕達は、花も、樹月君達も、諦めはしない」
御上の言葉が、朗々と辺りに響く。その言葉を合図に、生徒達は、一斉に身構えた。既にキャンプは、ジャイアント達に囲まれている。
「やはり、そう来ましたか。ですが、お仲間の命は、よろしいのですか?」
「折角だけど、樹月君達は、助けさせてもらったよ」
その言葉に、驚いたように後ろを振り向くジャイアント達。彼方に、逃げ出していく刀真達を確認して、明らかに動揺している。
「……だ、そうです。出番ですよ、六黒?」
ジャイアント達と異なり、後ろを振り向きもせずに言う悪路。まるでこうなるのが分かっていたかのように、少しも動じた様子がない。
「全く、まだるっこしいコトを。どうせ闘うのなら、始めからやっておれば良いのだ」
そう文句をいいながら、《百戦錬磨》のオーラを身に纏い、一歩前に出る六黒。顔には、凶悪な笑みを浮かべている。
「何事にも、だんどりという物があるのですよ?彼等の退路を断つために、巨人達が後ろに回りこむ時間を、稼ぐ必要があったのです」
言いながら、後ろに下がる悪路。
「さぁ、いつまでぼぉっとしているのです?お仲間の敵を打つ絶好のチャンスですよ!一人残らず、追い払うのです!あなた方の聖地を、踏み荒らさせてはなりません!!」
悪路の扇動に、我に返るフロストジャイアント。彼等は、鬨の声を上げ、地響きを上げながら突進する。
そこかしこで、激しい戦いが始まった。
「先生、危ない!」
泉 椿は、咄嗟に傍らの御上を抱き抱えると、大きく跳躍した。さっきまで2人のいた所に、ジャイアントの巨大な剣が突き刺さる。
先ほどから、ジャイアントの一人が、御上を付け狙っている。どうやら、悪路の指示で、優先的に御上を狙っているらしい。
「ダイジョブか、先生?」
「す、済まない、椿くん」
どうやら、御上に怪我はなかったようだ。その事に一瞬安堵すると、椿は、改めて巨人に向き直った。
「いいか、オマエ!このアタシがいる限り、先生の髪一本触れさせやしないからな!」
【三節棍】を構え、盛大に啖呵を切る椿。
それに対しジャイアントは、雄叫びを上げて突進して来た。泉の啖呵を、挑戦と判断したらしい。
椿は、その突進をギリギリまで引きつけてから、跳んだ。
《神速》で速さを増し、《軽身功》でジャイアントの体を蹴ってどんどん上に上がって行きながら、《鳳凰の拳》で立て続けに連撃を見舞う。そして、3回目に跳んだ所で、強烈な回し蹴りを相手の顔に見舞った。堪らず、蹈鞴を踏むジャイアント。軽い脳震盪を起こしたらしく、必死に頭を振っている。
「どうした?かかって来いよ!まだまだ、こんなモンじゃないぜ!」
椿はコイツに、先生を狙ったことを、徹底的に後悔させてやるつもりだった。
「一人足りとも通す訳には行かない。確実に潰していくぞ!」
「了解!」
ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)は、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)の指示にそう答えながら、突進してくるジャイアント目がけて、《遠当て》を繰り出した。
腕の先から放たれた闘気の固まりが、ジャイアントの鼻っ柱に命中する。あまりの痛みに、堪らずひるむジャイアント。
(今!)
ロートラウトは、【疾風の覇気】で一気に間合いを詰めると、前進の勢いを乗せて天高く跳び上がった。突き出した拳が、大気との摩擦で燃え上がる。
「てぇいりゃーーー!」
怒声と共に、気合の乗った拳をジャイアントの顎に叩き込むロートラウト。一撃で、巨人の顎が砕ける。
その間にエヴァルトは、《ミラージュ》や《空飛ぶ魔法↑↑》で巧みに敵を翻弄しながら、《ヒプノシス》をかけまくる。
少しでも敵を足止めして、キャンプへの接近を防ぐためである。
何頭目かのジャイアントを眠らせた時、エヴァルトは、全身に激しい衝撃を受けた。何が怒ったのかも分からないまま、地面に叩きつけられる。
新手のジャイアントの攻撃を、まともに喰らったのだ。
「エヴァルト!」
ロートラウトの悲痛な叫びが、遠くに聞こえる。
エヴァルトは激しく咳き込みながら、脳震盪を起こしかけた頭を必死に振って、意識をはっきりさせようとした。体中が痛みに悲鳴を上げているが、無理矢理にでも動かなければならない。
何とか、上体を起こせるようになった時、エヴァルトの上に影が差した。振り向いたエヴァルトの視界いっぱいに、ジャイアントの巨大な足の裏がある。その向こうに、ジャイアントの凶悪な顔があった。
次の瞬間――。
ドヴァン!という派手な音と、耳をつんざく悲鳴と共に、ジャイアントの足首から先が四散した。ジャイアントが、地響きを立てて倒れる。
エヴァルトが、咄嗟に《非物質化》していた【アーミーショットガン】を取り出し、至近距離でブチかましたのである。
エヴァルトは、未だダメージの残る体を引きずり、ショットガンを杖代わりにして立ち上がると、痛みにのた打ち回るジャイアントの顔の前に立つ。
恐怖にひきつるその顔目がけて、エヴァルトは容赦なく引き金を引いた。
「ここから先には、行かせんぞ!」
草薙 武尊は、地面スレスレに【小型飛空艇】を走らせながら、【碧血のカーマイン】を立て続けに連射した。吹き上げた雪の煙幕を突き抜けて、銃弾が飛ぶ。その内の何発かが、ジャイアントを捉え、その足を止める。
「今です!」
影野 陽太(かげの・ようた)の指示に合わせて、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)が《ファイアストーム》を唱える。動きの止まっていたジャイアント達が、紅蓮の炎に包まれる。
その炎を逃れたジャイアントが、陽太目がけて突進してくる。その足に、素早く飛空艇を切り返した武尊が、【剛刀】を引きぬき様斬りつけた。堪らず脛を押さえてうずくまるジャイアント。
その背中に、ノーン・クリスタリアの【火天魔弓ガーンデーヴァ】から放たれた燃え盛る矢が、突き刺さった。
戦果を確認しようともせず、急いで飛び去る武尊。その彼の背後で、立て続けに炎の嵐が吹き荒れた。
ルーとエースのチームの計6人からなる魔法部隊が、とどめの一撃を放ったのだ。
先ほどからこの部隊は、戦場全体を俯瞰して、的確なタイミングで魔法支援を行っていた。特に打ち合わせた訳ではないが、武尊も陽太達も、その支援攻撃のくるタイミングをバッチリ把握している。
今のところ、戦闘班の防衛ラインを突破できたジャイアントは、一人もいない。彼等の戦意は、そろそろ限界のようだった。
巨人達が徐々に及び腰になり始めた後も、六黒は、一人気を吐いていた。全身に、既に幾つもの傷を負っているが、それを気にした風もない。
戦いが収束に向かっていることは、六黒にも既に分かっている。だがしかし、彼には、まだ『何か』が足りないのであった。
「三道 六黒!」
背後から大声で名前を呼ばれ、六黒は振り返った。
「やっと見つけたぞ……。三道 六黒」
そこには、怒気を孕んだ形相で、影野 陽太が立っていた。
「三道 六黒。俺は、お前を許さない。環菜さんの復帰の邪魔をするお前を、絶対に許さない」
銃の握りを、手が真っ白になるくらい強く握り締め、陽太は、照準を六黒に合わせた。
「……フン。そんなオモチャでは、儂は倒せぬぞ」
ゆっくりと、陽太に向き直る六黒。
「いや、倒す。お前を倒して、俺の『想い』を環菜さんに届ける」
その言葉に、六黒は『何か』を感じた。
「御神楽 環菜の、一日も早い復活か。奴が一日早く復活するということは、奴が一日早く再び死ぬと言うことだぞ?奴を憎む者は大勢いる。奴の一度目の死を止められなかったお前達に、ニ度目の死を止められる道理があるまい」
「……確かに、そうかもしれない。でも、それがどうした?」
陽太は、銃口を向けたまま、答える。
「お前達が、また環菜さんを殺すというのであれば、また俺達が、環菜さんを復活させる。お前達が殺すたび、俺達は復活させる。何度でも!そう、何度でもだ!!」
「ハッハッハッ!これはイイ!儂が奴を殺すたび、うぬが奴を生き返らせる、そういうのだな?」
「そうだ!!」
「ならばその『想い』、其を貫き通すための力を、儂に見せてみせよ!」
一括して、陽太へと斬りかかる六黒。
「バァン!」
「カキィン!」
2つの音が、辺りに響いた。
陽太の額から、一筋の血が流れた。陽太の目の前、額のすぐ上に、六黒の剣がある。そして、六黒の剣と陽太の眉間の間にも、もう一つ。
それは、神狩 討魔の刀だった。六黒の剣が、陽太の頭を両断するその直前、神がかり的な速さで飛び込んで来た討魔が、六黒の剣を受けたのである。
「……また、キサマか」
それだけ言うと、六黒は、よろけるように身を引いた。肩口から流れ出た血が、腕を伝い、大地に赤い点を作る。それは、陽太の銃で受けた傷だった。
「見事だ……」
求めていた『何か』が見つかった喜びに、薄く笑う六黒。体中の力が抜け、ガックリと膝を突く。
「その『想い』、最後まで、貫き通して見せよ」
そう言って、六黒の姿はかき消すように消えた。
それが、マレンツ山での、最後の戦いとなった。
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