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ひとひらの花に、『想い』を乗せて

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ひとひらの花に、『想い』を乗せて
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第2章 遭難

「手がかりはナシ、か……」
 『謎の殺し屋』に関する調査結果を前に、御上は呟いた。
人手を割いて捜索した結果、同じ手口で殺された動物の死体が数体と、野営の跡も発見された。野営跡を分析すると、人数は多くて2人と、御上の読み通りの結果が出た。しかしそれ以上の情報は得られず、謎の殺し屋の正体については引き続き調査を続けることになった。

「結局、敵か味方かは分かんねぇのか〜」
 テーブルに突っ伏して、不貞腐れる椿。

「ところで、先生。報告に来ていないチームが幾つかありますけど、どうしたんですか?」
「あぁ。その件ね。赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)君のチームから、“今のうちに少しでも雪山に慣れておきたい”って申請があってね。まだ時間もあるし、日没までに戻ることを条件に許可したんだ」

「ん?そういや、秋日子とキルティスもいねぇな?」
「あの2人には、卜部先生の撮影について行ってもらったよ」
「撮影?」
「天気のいい今のうちに、『晴れている山の絵を撮っておきたい』っていうから、サポートとして一緒に行ってもらうことにしたんだ。他に、芦原 郁乃(あはら・いくの)さんと秋月 桃花(あきづき・とうか)さんも一緒だ。一応如月君達もいるけど、彼等は撮影助手で大変だろうから」

「……でも先生。そろそろ日が暮れますよ」
 山影に沈んで行く太陽が、外を覗く静麻の顔を赤く染めている。
「そうだね……。そろそろ戻って来ても良い頃なんだが――」

 突然、御上の携帯がブーッ、ブーッ、と震える。
「はい、もしもし。……キルティスか。……なんだって?」
 電話に出た御上の表情が、一瞬で厳しくなる。
 彼は、電話を持ったまま、空いている方の手で双眼鏡を引っ掴むと、テントの外に出た。
 御上のただならぬ様子に、椿と静麻も後に続く。

「……わかった。とにかくそこを動かないで。すぐに連絡する」
 御上は電話を切った後も、双眼鏡を覗き込んだままだ。

「何かあったんですか、先生?」
「キルティス達が、吹雪で立ち往生してるそうだ」
「吹雪って……、こんなに晴れてるのに?」
 椿が見上げても、空には雨雲一つ無い。

「見てごらん、この先だ」
 言われるままに、御上の差し出した双眼鏡を覗く椿。
「ウソだろ……。あそこにだけ、真っ黒い雲がある」
「ちょっと、俺にも貸してみろ」
 引ったくるように双眼鏡を取り、覗き込む静麻。

「閃崎君、すぐに赤嶺君達に連絡を。彼等も巻き込まれた可能性がある。それと泉君、すぐにルカ君とエース君のチームを呼んでくれ。あと源君もだ」
「了解!」
「わかったぜ、先生!」
 2人が走り去った後も、御上は厳しい表情で山の向こうを見つめていた。



その頃、卜部 泪達撮影班8人は、猛吹雪の中、辛うじて風がしのげる岩肌の影に、避難していた。

何しろ、雪のせいで、今自分達が何処いるのか、まるで分からないのである。すぐ隣入るはずの人影も、まるで雪の固まりがそこにいるかのようで、顔形などまるで分からないし、風が強過ぎて、すぐ耳元で話さないと、お互いの声も聞こえない。
それ程に、この吹雪は凄まじかった。

「今、御上君から連絡が来た!すぐに救援に来るって!」
「救援って、来れるの?この吹雪の中で!」
「円華さんの『力』で、何とかなるって!!」

 1メートルも離れていない距離で、怒鳴りあうキルティス・フェリーノと東雲 秋日子。

「とにかく、もう少しイイ場所を見つけないと、助けが来る前に凍死するよ!!」
 如月 正悟がヤケクソ気味に叫んだ。

「みんなで、簡易かまくら掘ろうよ!暖かいんだよ!雪の中って!」
「そうですよ!私達、折り畳みスコップ持ってますよ!」
 芦原 郁乃と秋月 桃花が提案する。この岩肌に避難してからずっと、2人は抱き合ったままだ。

「かまくら……雪洞か!!でも、ここに掘るのは無理だ!雪が少な過ぎる!」
「でも、この吹雪の中、他に移動するなんて……!」
 ヘイズ・ウィスタリアの指摘に、悲痛な声を上げる泪。

「……あ!ある、ありますよ!雪のある所!!」
 カメラを構えたままの森下が、突然、声を上げた。
「さっき、撮影してた時に、物凄い雪が積もっている所、ありました!」

「ホント、森下さん!それ、ドコ!!」
 一縷の望みを見出し、卜部 泪が森下の両肩を掴む。
「確か……。卜部先生が山の北壁を背景にしてて……、太陽が先生の左側にあったから……」

 必死に記憶の糸をたぐる森下。

「そう!北西です!!」
「分かりました!北西ですね!距離は!」
 腕時計に組み込まれたコンパスを覗き込み、桃花が訊く。

「え?えぇと……。あの時のズームの具合だと、500メートル位……?」
「確かなんだろうな!」
 思わず、詰問する正悟。

「た、確かかって言われても……距離まではさすがに……。でも、方角は確かだと思います」
「それじゃ、私達が先行して、探してきます。ね、桃花?」
「ハイ、郁乃様!」
「そんな、2人だけなんて!」

 森下が、声を上げた。

「でも、何人で行っても、危険なのは変わらないもの。それなら、危険を犯す人数は少ない方がいいわ」
「桃花も、郁乃様の意見に賛成です」
「……そうね。2人の判断が、正しいわ。悪いけど、お願いできる、2人共?」

「「ハイ!!」」

 泪の声に、2人の返事が唱和する。
 郁乃と桃花は、互いの手を固く握り合い、頷いた。



「しっかし、突然ドコからともなく現れて、しかもその場を全く動かないなんて、ヒジョーシキな雲ね〜」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、呆れたように言った。

「やっぱり、魔術の類か?」
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、ルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)に尋ねる。
「たぶん……としか言えないわ。大昔には、『この辺りの山には、天気を自在に操る魔神がいる』って伝説があったみたいだけど」

「ただの魔法ではなくて、魔法のアイテムか何かかもしれないぞ。女王器とか。何せ天候を操作できるくらいだからな」
 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が私見を述べる。

「それで、あの雲の下にいるのか?」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が、尋ねた。

「間違いない。ケータイの受発信データの分析によっても、確認されている」
 エースの質問に、ヤズが答える。

「しかし、あそこまで辿り着いたとして、どうやって探す?あの雲の下は、猛烈な吹雪なんだろう?相当に難しいのじゃないか」
カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が、疑問を口にする。

「それについては、考えがある」
 その言葉に、全員が御上の方を見た。

「五十鈴宮の秘術の中には、限定的ではあるが天候を操作できるものがある。今回は、それを使おうと思う」
「限られた範囲ですが、吹雪の影響を抑えることが出来ます。全くゼロ、という訳には行きませんが、捜索は可能だと思います」

 五十鈴宮 円華が、自信に満ちた目で言った。

「その術というのは、以前二子島(ふたごじま)で、金鷲党(きんじゅとう)の連中が使ったようなヤツですか?」

 それまで黙っていた源 鉄心が口を開いた。
 二子島は、五十鈴宮円華を攫った葦原藩の反体制勢力、金鷲党が立て篭もった島である。この島で、金鷲党と救出軍との戦いが起こった際、金鷲党の首魁遊佐 堂円(ゆさ どうえん)が大規模な突風を巻き起こし、飛空艇に乗った上陸部隊に壊滅的な打撃を与えた。

その戦いに参加していた鉄心は、その時の有様を在り在りと覚えている。

「あの人達の使った術について、私は、詳しいことは分かりません。ただ、私の家に伝わっているのと同じ様な術を使う人物が、彼等の中にいても不思議はありません。葦原には、五十鈴宮と同じくらい古い家は、幾つもありますから」
 円華は、彼女にしては珍しく、やや強い口調で答えた。

 それは、鉄心の言葉が、まさに正鵠を射ていたからだ。

 実は、遊佐 堂円の正体は、五十鈴宮の家宰由比景信(ゆいかげのぶ)であり、しかも彼は、円華の実の父親でもあった。円華が堂円と似た術を使うのも、当然である。
 しかし、景信の正体については、ごく一部の人達を除き、完全に秘密にされていた。

「すみません。ただ、ちょっとそうなのかなと思っただけで……。もし気分を悪くされたのなら、謝ります」
「いえ、そんな……」
 それだけ言って、円華は俯いてしまう。

「それで、先生。『限られた範囲』ってどのくらい?」
 その場の微妙な空気を察して、ルーが口を挟む。

「あ、あぁ。少なくとも、僕達が、お互いを視認できる距離まで離れても、十分なくらいかな」
 ルーの質問に、御上が答えた。

「『僕達』って?」
「ルー君、ルカ君、ダリル君、カルキノスさん、エース君、メシエさん、それと、椿くんと僕だ」

「泉さんは先生の護衛だからいいとして、どうしてこの6人なんですか?」
 鉄心が尋ねる。

「各人の能力と経験、それと『みんなの仲の良さ』、かな」
「仲の良さ?」

 泉が、意外そうな声を上げる。
「そうだよ。登山においてメンバー間の人間関係は非常に重要だからね」
「登山も軍の任務も、チームプレーであることには変わらないからな」
 ダリルが頷いた。

「そういうことだね。さて、君達にとっては危険な任務になる訳だけど、どうする?もちろん、嫌なら断ってもらって構わない」
「そんなの、行くに決まってるだろ!」
 泉が、怒ったように言う。

「断るくらいなら、初めからこんなトコまで来やしませんって」
「右に同じね」
 エースとルーのセリフに、他の4人も頷いた。
「よし、決まりだ。残りの質問は、準備をしながら聞くよ」



「それで、俺は何をするんですか?」
 立ち上がりかけた御上に、鉄心が声をかけた。御上に呼ばれた中で、彼だけが捜索隊に選ばれていない。

「源君には、僕が留守の間の警備責任者になってもらいたい」
「俺が……ですか?」
「君のチームは予備戦力扱いで、特定の任務についていないからね。モチロン、君の能力や経験も考慮に入れた上だ。……お願いできるかな?」
「……微力を尽くします」
 一瞬で表情を引き締め、教導団式の敬礼する鉄心。

「取りあえず、基本的な警備方針は事前の打ち合わせの通りで変更なし。アクシデントが発生した場合には、閃崎君と協議して、対応を決めてくれ。僕がいない間は、彼がこの登山隊の責任者だ」
「エ?お、オレェ!?」
 突然のことに、素っ頓狂な声を上げる静麻。

「君は、ずっと僕の側にいたからね。何をすればいいか、だいたい分かるだろ?」
「分かりませんよ、そんなの!こっちはずっと雑用ばっかりで、とても盗み見する余裕なんか――」

「それだよ、閃崎君」
「は?」
「雑用……というか、君には、僕の代わりに方々に連絡を取ってもらっている。だから、イザという時に、どの話をドコに持っていけばいいか、知っている。そうだね?」
「は、はい」

 今一つ話の要点が掴めず、あいまいな返事を返す静麻。

「それが分かっていれば、大丈夫だ。自分達で判断がつかなかったり、どうにも出来ないことがあったら、彼等に相談すればいい。大抵のことは解決できるはずだ。もし、それでもどうにもならなかったら……」
「ならなかったら?」
「その時は、一刻も早く、この山を降りるんだ。あとは、僕達が戻らなかった時も」

「……分かりました。やってみます」
「ありがとう。大丈夫。君になら、出来るさ」
 信頼に満ちた眼差しで、閃崎を見つめる御上。

「……エラくあっさりと言いますね」
「それはそうさ。イザと言う時、僕の代わりが務まらないような人に、幾ら本人が志願したからといって、補佐役を任せたりしない」
「……急にそんなに持ち上げられても、信用できませんよ」
 ムスッとして、静麻が言う。

「なら、信じなくてもいいさ。でも、僕は信じてる」
 最後に、静麻の肩を力強く叩くと、御上はテントを後にした。他の生徒達も、御上の後に続く。
 後には、静麻と鉄心だけが残った。

「そんなにヘソを曲げるくらい、ひどい目に遭わされたのか?」
「だ、誰もヘソを曲げてなんか……」
「なら、いいじゃないか。キミは能力を買われ、大抜擢されたんだ。しかも、司令官から絶大な信頼を寄せられている。これが教導団員なら、躍り上がって喜ぶ所だ。何が不満なんだ?」

「……お前らはいいな。単純で」
「そう。現実はいつも単純明快さ。世の中にあるのは、“出来るコトと、出来ないコト”この2つだけだ。それを複雑にするのは、いつも『人の心』だ」

「……俺に、出来ると思うか?」
「能力はある、と思う。後は、キミのやる気次第だ」

 鉄心は、静麻の顔をじっと見つめる。

「……分かったよ、『微力を尽くす』!これでいいのか?」
「後は、敬礼があれば完璧だな。よろしく頼む、リーダー」

 不貞腐れたように言う静麻に、手を差し出す鉄心。静麻は、その手を力一杯握り締めた。



「先ほど、赤嶺君達は洞窟に避難できたという連絡があった。まずは、卜部先生の方に向かおう」
 御上の指示で、一行は泪達がいると思われる方向へと向かった。

 悪天候でGPSが使えないため、ケータイで通話した時のデータから、ヤズが彼等のおおよその位置を割り出す。といっても結構な広さがあるから、最終的には人海戦術で探さざるを得ない。

 谷を出てから幾らも行かないうちに、どんどん風と雪が酷くなって来た。視界はすでに1メートルくらいしかない。背負った荷物に風が吹きつけ、気を抜くを風に体を持って行かれそうになる。前を歩いている仲間の体は、雪にまみれて輪郭がはっきりしなくなっている。このまま進むのは、そろそろ危険な状態だった。

 御上達のその状態は、彼が首から下げた金属製の鏡を通して、円華も把握していた。
 御上の鏡と、円華の前にある産日(むすび)の鏡の間には、魔術的なリンクが張られ、御上の鏡に映っているのと同じ像が、円華の鏡にも結ばれるようになっている。

「お嬢様、そろそろ、始めたほうが良いでしょう」
 円華の隣に立つ神狩 討魔(かがり とうま)が、言った。

 天候を操作する術は、かなりの力を使う。そのため、出来るだけ術の発動時間を短くする必要があったが、これ以上は無理なようだった。

「分かりました。それでは、始めます。なずな、いいですね?」
「ハイ、お嬢様……。いつでもどうぞ♪」

 円華の斜め後ろに座っていたなずなは、結跏趺坐の姿勢を取ると、頷いて目を閉じた。それを確認して、円華も目を閉じる。

 少しでも長く術を使うには、力の供給元が多い方がいい。複数の人間が魔術に参加すれば、その分だけ力の供給元が増える理屈であり、為に大掛かりな魔術には多くの者が参加する儀式が伴う訳だが、誰でもが力を供給できる訳ではない。

 多くの場合、力の供給元となるには、ある種の先天的素養や、もしくは修練が必要となる。そして五十鈴宮に伝わる秘術の場合、この両方が必要であった。
 なずなは、この両方の条件を満たす稀有な人物であり、円華の護衛に選ばれているのは、それも理由の一つであった。
 
 円華は、ゆっくりと呼吸を調え、身体の感覚を外へと向けた。身体が、空間と一体化したような感覚。すぐに、なずなを感じた。
彼女の方へ伸ばした『手』が、彼女の『手』と触れ、混じり合う。彼女の暖かさは、自分に、包み込まれるような一体感とやすらぎを、常に与えてくれる。

なずなとの繋がりを確認すると、円華は、目の前の鏡へと、意識を解き放っていった。
意識が、産日の鏡を通り、御上の鏡を抜け、外の世界と広がって行く。

円華は、そこに御上を見た。顔中雪まみれにしながら、風に耐え、一歩一歩、前へと足を踏み出している。

円華は、その場に吹き荒れる『風』を捉えた。そして、その風の端々に、風を操る、何者かの影を見つけた。影が、風を押さえ付け、振り回し、力尽くで言う事を聞かせているのだ。

円華は、胸に両手を当て、歌うように、唇を動かした。彼女の口から、抑揚の付いた『音』が、一つ二つと紡ぎ出されては、その影へと吸い込まれていく。
その途端、何か熱いモノにでも触れたように、影が萎縮した。解放された風が、天へと戻って行く。

円華は歌い続けた。風を握り締めた影が、次から次へやってくるからだ。
救助班の周りで、目に見えぬ戦いが繰り広げられていた。



「あ……風が……」
「弱くなったな」
 ルーとダリルは、同時に変化を感じ取った。急に、風と雪が止んだのだ。
 さっきまでの吹雪が、嘘のように、収まっている。

「スゴイな……」
「これが、五十鈴宮 円華の力ですか……」
 感心したように呟くエースとメシエ。

「スゲェ……。これを、円華がやってるのか?」
 椿がそう言った途端、急に強い風が吹いた。咄嗟に背けた顔をまた上げた時には、また風は収まっている。

「安定しないようだな」
 カルキノスがあたりを見渡して言う。
「たぶん、円華さんと敵が、戦ってるんだと思う」
 虚空を見つめて、ルカが言った。

「一時はどうなるコトかと思ったけど……。何とかなりそうだね」
 安堵のため息を漏らす御上。
「あら〜、先生。自信があったんじゃないの〜?」
「自信が無かった訳じゃないけど、相手のあるコトだからね……。とにかく、今は先を急ごう。円華さんに、あまり負担をかけたくない」
 吹雪から一転、小雪の降る中を、一行は先を急いだ。

「このあたりのはずだ、真之介」
 ヤズが、御上に声をかけた。
「と言っても、目の届く範囲には居そうに無いな」
 辺りを見渡して、ダリルが呟く。

 余程風が強かったのだろう、降ったはずの雪が全て吹き飛ばされて、氷結した地面が露出している。この辺りにはあまり大きな岩は無いから、岩陰にいる可能性も低そうだ。
「よし、みんなで手分けして探そう。ただし、術の効果範囲からは、絶対に出ないように」

「ん〜〜〜、ハイッ!!」
 ルカは、『力』を集中させると、特に狙いをつけず、辺り一帯に《サイコキネシス》を解き放った。すると、石や氷塊と言った軽い物体が、一斉に浮き上がる。
「むむむ〜〜〜、ティッ!!」
 今度は、それを天高く放り上げ、地面に叩きつける。その勢いで、地面の所々に、穴が開いた。そこは、元々地面がなく、凍った雪が地面のようになっている、『雪庇』と呼ばれる物だ。一見すると凍りついた地面と区別がつかないが、ただの氷だから、体重を支える事はできない。『気付かずに踏み抜いて、そのまま滑落』というのが、山での事故の主因の一つであった。

「ふぅ〜。もういいよ〜」
 どっかりと、その場に座り込むルカ。広範囲に力を使ったので、相当疲れたようだ。

「よし、いいぞ。今のでだいぶ足元の危険は除去できたろうが、取りこぼしもあるだろうから、気を抜くな」
 四方に散らばっていく仲間達に、ダリルが注意する。



「あれ……?今、何か音がしなかった……?」
 正悟の持っていた《チョコレート》を魚に、やはり正悟の持っていた《ロマネコンティ》をチビチビと飲んでいた秋日子が、ふと顔を上げた。

「ん〜、そんな音しなかったぜ。酔っ払ってんじゃないのか?」
 こちらはロマネコンティをラッパ飲みしながら、正悟が言う。
「そんな、酔っ払う余裕なんて、あるんですか、如月センパイ?」
 噛み締めるようにチョコを食べながらも、森下は片時もカメラを話そうとしない。吹雪に襲われてからずっと、森下はカメラを回し続けていた。

 本人曰く、「もしボクたちがここで死んだら、これがボクたちの最後の姿になるんですよ!ボクたちがどれだけ頑張ったのか、みんなに見て貰いたいじゃないですか!」とのことだった。

 あの後、森下の言う通りの方向に、巨大な雪の固まりを発見した一行は、死ぬような思いをしながらも、何とか全員が入れる雪洞を堀ることが出来た。
 そして、とにかく何か食べて体温を保とう、ということになり、正悟秘蔵の品々が供されるコトになったのである。

「ううん、今、確かにドスン!って。ね、キルティス」
「うん。僕も、確かに聞いた」
 ネコ耳をピコピコさせるキルティス。

「助けが、来たのかな……」
「雪崩の前兆、だったりしないですよね……」
 郁乃と桃花は半信半疑、と言った様子だ。
「2人には、私達に聞こえないモノが、聞こえるから……」
 すがるような目で秋日子達を見る泪。
 秋日子とキルティスは、外の音にじっと耳を傾けている。

 一同が固唾を飲んで見守る中、キルティスの耳が、ピコ!と動いた。
「御上くんだ!御上くんの声がする!!」
 キルティスはやおら立ち上がると、雪洞の入り口から身を乗り出す。

「え!?先生!!」
 カメラを抱え、キルティスの足の下から、顔を出す森下。

 ところが、当然顔を襲うはずの吹雪が、何時まで経っても吹いてこない。
 不審がって空を見上げた2人に顔に、はらはらと雪が降ってくる。

「おぉ〜〜〜い!」
 今度は、森下の耳にも聞こえる程はっきりと、御上の声がした。
 ゆらゆらと瞬く明かりの向こうに、ぼぉっとした人影が見える。

「助けが来たよ!桃花!!」
「私達、助かったんですね!郁乃様!!」
 抱き合って喜び合う桃花と郁乃。

「さすが御上先生!卜部先生、助かりましたよ!俺達!!」
「やったわ!如月君!」
 ドサクサに紛れて泪に抱きついたつもりが、却って全力で抱きしめられてしまい、思わずドキマギしてしまう正悟。
 森下もカメラを回しながら、ヘイズと手を打ち合わせて喜んでいる。

「やっぱり、御上くんだ!みかみくーーん!!」
 雪洞を飛び出し、走りだすキルティス。途中、雪に足を取られて何度も転びそうになるが、構わず走り続ける。

「キルティス!」
「御上くん!!」

 キルティスは、最後の数歩をつんのめるようにして、御上に飛び込んでいった。御上が、その体を受け止める。

「キルティス!みんな、無事か!!」
「うん、大丈夫!秋日子さんも、卜部先生も、森下くんも、みんな無事だよ!!」
 顔を紅潮させて、叫ぶように言うキルティス。

「そうか……!良かった……!」
 御上は、キルティスの体を引き起こすと、「ガシッ!」と音のしそうな勢いで、その体を抱き締めた。

「ちょ、ちょっと……。い、痛いよ、御上くん」
「済まない……、キルティス……。僕の判断ミスだ。『冬山で、午後に行動を起こすな』なんて、イヤになるほど聞いた格言だったのに……。僕はまた、友人を死なせる所だった……」
「御上くん……?」

 高揚感が、急速に冷めていく中、キルティスは、御上が泣いているのが、分かった。



 御上達捜索隊が第1キャンプを出た頃、赤嶺 霜月達は、山肌に穿たれた天然の洞窟へと辿り着いていた。

避難する場所を探していた一行のうち、ジン・アライマル(じん・あらいまる)が、遠くにぼぉっとした明かりを見つけた。すがるような思いでその明かりの方へと歩いて行った結果、この洞窟を見つけたのである。

「た、助かった〜」
 疲れ切った体を引きずり、洞窟に入ろうとする赤嶺 卯月(あかみね・うき)を、グラフ・ガルベルグ著 『深海祭祀書』(ぐらふがるべるぐちょ・しんかいさいししょ)が手で制した。

「待て、明かりが見えたんだ。誰か中にいる可能性がある」
「……うん。『何か』いますね。嗅いだことのない臭いがします」
 フンフン、と鼻を鳴らす霜月。彼は、《超感覚》で犬の嗅覚を発揮することが出来る。

「で、でも、ここにいるのは無理だよ……」
 ジンが、消え入りそうな声で言った。元々体力のない彼女は、そろそろ限界のようだ。
「まず、俺が先に中に入る」

 意を決して、霜月が足を踏み入れた。洞窟は、数メートル行った所で先で左に曲っており、その向こうから明かりが見えている。どうやら、誰かが火を焚いているらしい。
霜月は、いつでも喚び出せるよう、光条兵器【狐月】に意識を集中すると、そろそろと歩を進めた。この天井の高さでは、【暁月】は使えない。
洞窟の壁に身を寄せ、そっと向こう側を伺う。

 そこには、長い銀髪を後ろ手に縛った、丹精な顔立ちの青年が1人、火の前に腰を下ろしていた。身なりから察するに、土地の狩人だろうか。

「そんな所にいないで、こちらに来て火に当たりませんか?」
 突然青年に声をかけられ、霜月は思わず身構えた。

「そんなに警戒しなくても大丈夫です。見ての通り、私はただの狩人です。あなた達と同じように、吹雪を避けてここに来ただけです」
 涼やかな声でそう言うと、青年は立ち上がった。敵意がないことを示すように、両手を広げている。

 彼が嘘を付いているようには見えないし、彼の少し後ろで行き止まりになっている洞窟の中に、誰かが隠れているような様子もない。
 しばらく逡巡した後、霜月は、手招きで仲間達を呼び寄せた。

 初めのうちこそ、疲れと警戒心から言葉少なだった霜月達だったが、炎で体が暖まるにつれ、徐々に青年と会話を交わすようになってきた。

 青年の名は、ハルキノス。隣の山に1人で住み、狩りと牧畜で生計を立てているらしい。獲物の乏しくなる今の時期でも、マレンツ山の谷には常に動物がいる。そのため、毎年冬になると、はるばる山を越えてここまで来て、この洞窟でしばらく寝泊りをしながら、狩りをするのだそうだ。

 青年は、隣山から今日やって来たばかりとのことで、洞窟の中には1頭の獲物もなかった。ジンが見たは、ちょうどハルキノスがこの洞窟に移動してきた時に持っていた、ランタンの明かりだろう。

 一通り彼の話を聴いた霜月達は、今度は自分達のことを話し始める。
 100人もの人が山を登ろうとしていると聞いて、ハルキノスは非常に驚いたが、その目的が花を手に入れることだと知ると、彼は途端に顔色を曇らせた。

「私もあそこは知っていますが……行くのは、諦めた方が良いです」
「なんでなの?」
「あそこは、巨人共の縄張りの中なのです」
 ジンの問いに、厳しい顔で答えるハルキノス。
「フロストジャイアントですか……」

「私はその名は知りませんが、白い肌と青い髪の、邪悪なヤツらです。彼等は、雪や風から全く影響を受けません。そして人間を見つけると、必ず襲って来ます」

「……人間を、食べちゃうの?」
 恐る恐る、という感じで尋ねる卯月。
「いや。捕まえて、奴隷にするのです。時には、遊び半分で殺してしまうこともあります」
「そんな……」

「しかし、わし等にはどうしてもその花が必要なのじゃ」
 断固とした口調でいう深海祭祀書。
「なら、巨人達と戦って倒すしかありません。しかし、彼等は1人残らず強力な戦士ですし、それに天候を自在に操ることのできる魔術師もいます。あなた達を見かけたら、まず吹雪を起こし、あなた達の行動の自由を奪った上で、襲って来るでしょう」

「吹雪を起こせるの?」
「はい。恐らく、この吹雪も彼等が起こしたモノに違いありません」
「え……?それじゃ、卯月達が狙われてるの?」
「……違うな。それなら、とっくの昔に襲われてるはずじゃ」
「俺達じゃないって……まさか!」
「ハイ。恐らく彼等の狙いは、あなた方のお仲間がいる、キャンプでしょう」

 ハルキノスは、揺らめく炎を見つめながら、言った。