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3.あまいみちびき

「エッツェル、いるー?」
 がちゃりと扉を開けた月代由唯(つきしろ・ゆい)は目を見張った。
「……エッツェル型のチョコ?」
「何か面白いことが起きてるねー」
 と、付いてきた嘉神春(かこう・はる)が言う。由唯は机の上に置かれた箱とメッセージカードに気がつき、駆け寄った。
「エッツェル宛の……それも私名義ってどういうこと!?」
 ばっとエッツェルを振り返る由唯、戸惑いを隠せない様子でうろうろと彼の周りを歩いたところではっとする。
「そうだ、さっき誰かが騒いでたチョコ化の呪いじゃ……」
 春もはっとして、にやっとする。呪いを解くのに必要なのはエリクシルだが、それがない場合はお約束のアレである。
「でも、その前に面白いから遊ぼうよ」
「え、遊ぶって……」
 春は神宮司浚(じんぐうじ・ざら)に抱き上げられると、エッツェルに猫耳を被せた。
「ほら、猫耳」
「……っ」
 不覚にもきゅんと来た由唯は、春の誘いに乗ることにした。
「じゃ、じゃあ……」
 と、エッツェルの左手に手を伸ばす。すっかりチョコ化している左手を、異形となっている部分から少しずつ削って普通の形へと変えていく。
 それにしても美味しそうな匂いが漂っていた。浚は春が食べたそうにしているのを感じ取ると、手持ちのチョコを取り出した。
「春、チョコが食べたいならこっちのを食べればいいよ」
 と、それを見せる。由唯もまた、削ったチョコをじっと見つめて匂いの誘惑に耐えていた。
「そっか……えっちるさん食べちゃったら、可哀相だもんね」
 と、春。すると、浚が包みからチョコを取り出してにっこり笑った。
「春には俺が食べさせてあげる」
「あーん」
 と、チョコレートを口に入れさせてもらう春。
 もぐもぐと普通のチョコを味わいながら、床へ座り込んだ浚の膝に座らせられる春だが、特に嫌がりはしなかった。
 二つ目のチョコを口に入れてもらい、春は浚にされるがままになっていた。一方の由唯は、腕の整形を終えて髪の毛の整形へ取りかかっていた。

 ぽかぽかしているリビングで二人の姿を見つけたエシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)は、床に落ちた包みに手を伸ばしかけ、寸前の所でローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)に止められた。
「おかしいわ、ジョー。留守をお願いした筈の菊媛とエリーが居ないわ」
 その代わりに、二人の等身大チョコレートがそこにある。
「悪戯にしては手が込み過ぎているし、二人にそこまで大掛かりな悪戯が出来るとは思えない。それに――」
 と、ジョーが手を出しかけた包みを指さす。
「そのチョコレート、包みを開けた形跡があるわ。それなら、誰が開けたの? 菊媛とエリーと考えるのが自然ではあるけれども、その二人の姿は無い……怪し過ぎるわ、そのチョコ」
「……確かに」
「詳しいことは分からないけれど、たぶんこれが菊媛とエリーね」
 そして二人は同時にはっとした。
「溶けかかってるわ! 冷やさなきゃ」
 あわあわしつつ、表面が緩くなっている等身大チョコに『氷術』をかけるローザマリアとエシク。どうにか溶けるのを防ぐことは出来たが、触れるとすぐに形が崩れてしまう。
 ふいにローザマリアはひらめくと、台所へ行ってヘラを取ってきた。そしてエリシュカのやや尖った耳を、人間らしい丸い形へと整形する。
「……よし、出来たわ」
 と、満足げにローザマリアは呟いた。

 チョコレート化した綾乃をこっそり見ていたシャローン・レッドアイ(しゃろーん・れっどあい)はにやりと微笑んだ。
 すぐさま冷房をかけて溶けないようにし、携帯電話のカメラを彼女へ向ける。
「うふふ、なんて素晴らしいんでしょう」
 あらゆる角度から撮影、撮影、また撮影。ひたすらシャッターを切りまくるシャローン。
 そのデータが消失しないようにパソコンへ繋いでは、一枚一枚保存していく。
「それにしても……かわいらし過ぎて食べたいくらいね」
 ぼそっと呟いた言葉に、自分ではっとする。
「いやいや、ここで食べちゃもう弄べないじゃない。駄目よ、駄目」
 しかし、そうは言っても美味しそうな匂いは室内に充満している。
 ちらっと綾乃を振り返ったシャローンはごくりと唾を飲み込んだ。
「でも食べたい……とりあえず、あの頭の上でピョコンと立ってるアホ毛を……ついでにキスもしちゃいたいわね……」
 と、悶々とするシャローンだった。

 買い物から帰ってきたナリュキ・オジョカン(なりゅき・おじょかん)藍玉美海(あいだま・みうみ)は、二つの等身大チョコレートを見つけて足を止めた。
「これは……」
「……ひなとさゆゆがチョコ化してるで御座りゅ」
 テーブルの上の箱に気づいた美海がそれを指さし、ナリュキへ言う。
「原因はあのチョコですわね」
「それしか考えられないにゃ」
「そしてわたくしたちの手元には、買ってきたばかりの業務用チョコレート。ということは?」
 目を合わせた美海とナリュキが、頷きあう。
「さっそく湯せんして盛っていくのじゃ!」
 突拍子のないひらめきに、チョコ化しながらも意識のある沙幸とひなは慌てた。ただでさえ恥ずかしい格好になっているというのに、まさか盛られることになろうとは。
 チョコレートを溶かし始めた美海とナリュキは、ヘラを手にそれぞれのパートナーへチョコを盛り始めた。
「せっかくですから、胸と尻、ももをもっと肉付き良くしてしまいましょう」
「チョコの量からして、三倍はいけりゅね」
 ぺたぺたと沙幸の胸を大きくしていく美海と、同じくひなの胸を盛っていくナリュキ。二人とも、すごく楽しそうだ。
「それにしても、良い匂いですわね」
「そうじゃな、美味しそうな匂いだにゃ」
 首から下だけでは見分けが付かないほど、沙幸とひなの身体は似たり寄ったりなナイスバディになりつつあった。そうしていろんな意味で二人が美味しそうに出来上がった頃、美海とナリュキは手を止めた。
「わたくし、そろそろ我慢の限界ですわ」
「わらわも食べたくてやばいのじゃ」
 美海が箱の中に残っている呪いのチョコレートに手を伸ばした。
「こうなっては、わたくし達もチョコレートになってしまう他ありませんわね」
「最終手段にゃ!」
 どうしてそうなるんだ、と、沙幸とひなは思ったが、身動きが出来ないせいで止める術がない。後で誰かが助けに来てくれるなら良いのだが……美海とナリュキはチョコを食べると、あっという間にチョコレート化してしまうのであった。

「何つーか、どこから突っ込んだらいいか分からねぇ」
 と、比賀一(ひが・はじめ)は呟く。
「そもそも、何でこんな日に限ってこんな物……っ」
「そう愚痴るなって。精神力持たねぇぞ」
 と、注意するハーヴェイン・アウグスト(はーべいん・あうぐすと)
「そう言われたって、これはさすがに……」
 と、視線を足元へ向ける一。彼らは今、チョコレート化してしまった沙幸たち四人を『アルティマ・トゥーレ』による冷気で冷やしていた。
「いろいろ、おかしいじゃんかよっ」
「まあ、ただのチョコレート像にしては出来すぎてるよな。胸とか」
 と、まじまじ彼女たちを眺めるハーヴェイン。ただでさえ沙幸とひなはナイスバディに改造されているだけに、一は目のやり場に困った。
「良い香りが漂って来てると思ったら……大きなチョコレート!!」
 と、どこからともなく現われる杏奈・スターチス(あんな・すたーちす)
 一とハーヴェインが目を丸くしている間にそばへ来ては、大きな口を開けようとする。
「待て杏奈! 喰うな! 後々シャレにならんからマジで喰うな!」
 どたどたと追いかけてきた篠宮悠(しのみや・ゆう)が、杏奈を後ろから羽交い締めにする。
「あらら、チョコが遠ざかるー……って、邪魔しないでよー!」
 まるで今気づいたかのように悠を見る杏奈。
「駄目だっ! そいつら、生きてるんだぞ!」
「そんな、どう見たってチョコレートなのにぃ……あ、じゃあ髪の毛をちょっとだけ!」
 と、手を伸ばす杏奈をとっさに身体で防ぐ一。
「勝手に食べるな! っつか、何が起きてるんだよ」
「説明は後だ! そのチョコ抱えて逃げろ!」
「はぁ!? 逃げろって……」
 チョコレートは四体、動けるのは一とハーヴェインの二人だけ。
「くっ……」
 せいぜい、一体持って逃げるのが精一杯だろう。しかし、杏奈に食べられるのも時間の問題だった。
 覚悟を決めて持ち上げようと両腕を回した時だった。
「そんなにチョコが食べたいのなら、これをあげるです!」
 と、乱入してきたヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が杏奈の口へ普通のチョコを突っ込む。
「さあ、今の内に安全な場所へ運ぶです!」
 言いながら杏奈の足下に大量のチョコを置くヴァーナー。呆気にとられつつも、一とハーヴェインは一体ずつ運び始めた。
 もぐもぐとチョコをほおばる杏奈を見て、悠は溜め息をついた。
「ようやく落ち着いたか」
 ヴァーナーも息をつくと、残った像に目を向け言った。
「じゃあ、ボクも他の場所に避難させるです。早くしないと溶けちゃいますからね」
 と、にっこり笑う。