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【カナン再生記】ドラセナ砦の最初で最後の戦い

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【カナン再生記】ドラセナ砦の最初で最後の戦い

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9.神を殺すために作り上げた傑作






「あとは皆さんにお任せしますよ」
 裏門に向かってきた敵もだいぶ勢いをなくし、そのうちいくつかは後退を始めていた。
 ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)はワイバーンの背中から、爆弾を結んだ矢を放って援護していた。狙いは神官だが、砦が落ちては元も子もない。だが、その必要もそろそろ無くなりそうだ。
 あとはワイバーンを駆って敵地深くに潜り込み、神官を捕まえるために動くだけだ。味方の部隊も、敵の集団を打ち破って本陣に迫ろうとしている部隊がいくつか見受けられる。ウィングは、敵も味方も飛び越えて本陣へと向かう。
「見つけました!」
 護衛の兵に囲まれ、正装に身を固めた神官ウルの姿が上空からはっきりと見えた。ウルもウィングが向かってくるのに気づいたようだ。だが、まともに戦ってやるつもりなどウィングには無い。このままの速度で突っ込み、体当たりで吹き飛ばしたのちに確保する。
 ウル側から何かが飛んできた。最初砲弾かと思ったが、違う、人だ。人間が、砲弾のような勢いでウィングに向かって来ているのだ。
「ムシュマフか! まだ動いているとは聞いていましたが、こちらに現れるとは!」
 突っ込みながら、剣を振るうムシュマフ。手元に受けられる武器が無いため、ワイバーンの背中から飛んで攻撃を避けた。ウィングが離れ、重さが変わったワイバーンは一度高度をあげて体勢を取り直す。
「真っ二つにされていたはずですが、形も残らないほどに破壊しないといけないようですね………」
 アンデッドはウーダイオスの領分だ。だが、ウルはムシュマフの動きを見て満足そうにしている。それに、ウーダイオスが主人ならムシュマフは攻め手に使い、護衛などに回したりはしないだろう。ムシュマフを動かしているのは、あの神官だ。
「神官が操っているのでしたら………!」

「敵がさがっていきますわ」
「るぅ〜〜〜〜♪ っと、そうだな。一度体勢を立て直すつもりなんだろ」
 リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)カセイノ・リトルグレイ(かせいの・りとるぐれい)が兵士と共に相手していた集団も、半分は砂の中に倒れ、まだ立てる者はさがっていく。
「こちらも、怪我を負った人は下げるべきですわね」
「そうだな。けど、こっちの方が被害は少ねぇ。あんまりモタモタせずに、敵の懐に………って、ありゃ?」
 カセイノが周囲を見渡す。その様子に、リリィも気づいて辺りを見回した。
「いましたわ!」
「ばっ、なに一人で突っ込んでるだ!」
 下がっていく敵を追うように、ナカヤノフ ウィキチェリカ(なかやのふ・うきちぇりか)が一人前に進んでいた。慌てて、兵士達に先に前を見てくるからすぐに追わずに一度体勢を立て直すように告げて、二人もウィキチェリカを追う。
 二人がウィキチェリカに追いた時には、撤退していく一団から少し方向が逸れていた。
「どこに向かっていますの?」
「見つけたよ。神官、あそこにいるの」
「神官? ………あれか。もう一番のりしてる奴もいるみてぇだな」
「あれが、こちらの指揮を取っているのですね。ですが、一人で先に行くのは感心しませんわ」
「う………ごめんなさい。でも、カセイノの歌で魔力があがってるから、大丈夫かな〜って」
「過信は禁物だぜ? だが、今はあそこまで邪魔者がいねぇ。ラッキーだ、あそこで戦ってる奴には悪いが、加勢して一気に叩くぞ」
「わかりましたわ」
「うん!」

「番犬に火をいれて戻ってきてみれば、こちらも随分と追い込まれてしまっているではないか。ムシュマフがあれば何人来ようと難くは無いだろうが、某も少し手をいれて仕事をしているように見せてやるか………さて、どいつを狙うかな」
 砂の中からひょっこりと顔を出したギルは、目の前の状況にため息を漏らす。
 神官ウルに向かってきているのは、四人いる。どいつもこいつも動きはよく、まともにやりあえば兵が抜かれるのも頷ける。だが、相手はあのムシュマフだ。奴との戦いで余所見をしていられる余裕は無いだろう。
 そうは言っても、こちらが動けは流石に気づかれる。そのため狙う相手はよく選ぶ必要がある。味方を支え援護をしている奴がいい、そいつを落とせば戦力を大きく削れるだろう。
「………あ奴の歌は厄介そうだな。よし、決めたぞ」
 ギルが狙いを定めたのは、カセイノだ。先ほどから、歌を奏でて味方の援護をしている。それを中断させられれば、一気に崩れていくだろう。
「ではまず、あなたから退場してもらいますわ」
 焔のフラワシがギルを襲う。しかし、もぐらのようにギルは砂の中に潜り込んで回避すると、全く違う場所から飛び出してきた。ギルに仕掛けた、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)の背後だ。
「後ろです」
 小夜子の纏っている魔鎧、エンデ・フォルモント(えんで・ふぉるもんと)がいち早く気づく。小夜子はすぐに振り返りながら、短刀を持って飛び掛ってくるギルと交差した。
「ちっ、やはり某は喧嘩は苦手だ」
 ギルは腕を抑えながら、歯噛みする。一方、背後を取られたはずの小夜子に傷は無い。
 距離を取ろうとギルが後ろに飛ぶのを、逃がすまいと小夜子が追う。二度飛んで、それでも小夜子が向かって来るのを見て諦めたのかギルは頭を振って立ち止まった。
「やれやれ、某なんぞ追っても何も出せんぞ? 言っておくが、喧嘩も弱く立場も弱い。倒したところで、何も変わらん。素直に、あの神官様を追った方がいいと思うがね」
「あなたのような手合いが、一番厄介ですわ」
「やれやれ、某はそこまで若くは無いのだが………まぁ、仕事もせずに逃げ回ったと思われるのも困り者。仕方あるまい、どうれ、少し頑張ってみるか」
 ギルは武器の短刀を手にして構えた。
 体が小さく、獲物も短い。しかし、小夜子に油断は無い。目の前の相手は、搦め手を得意とするタイプだ。エンデが常に周囲に気を配っているため、不意打ちはそう易々と狙えない。
「ふむ、やはりどう見積もっても某には勝ち目はないか………どれ、一つ取引をせんか? お主が某を見逃せば、某もお主を見逃そう」
「言っている事の意味がわかりませんわ。それは、あなたが優位な時に言う台詞ではありませんこと?」
「………ま、そうであろう。しかし、お主はともかく、ムシュマフと戦っておる奴らはどうだろう? 言っておくが、アレは別格よ。あの人数では返り討ちにあうだろう。死ぬぞ?」
「大丈夫ですわ。それより、あなたは自分の身を心配するべきですのよ」
「はぁ、全く。あれは、ただのアンデッド兵などではないのだぞ。あれは、某の先人達が神を殺すために作り上げた傑作だ。ま、それでも神は届きはせんかったが………だからといって、人の身で御するほどのものでもない。早く戻ってやるべきだと某は思うが、もう何を言っても無駄だろう。仕方あるまい、この体に鞭をうち、お主と遊んでやろうかね」
 ギルはまたももぐらのように、砂の中へと潜り込む。これが、この男の戦い方らしい。
「小夜子様………」
「心配無用ですわ。私も、彼らも絶対に負けませんもの」

 ムシュマフはよくやっていた。
 神官ウルに向かってきた四人の相手をし、なおかつかなり優位に戦いを進めている。
 あのいけ好かない男、ウーダイオスの家がかつて対イナンナ用に作ったという、最高の完成度を誇るアンデッド兵というのも、あながち嘘ではないのだろう。もっとも、ギルが言うのはこれでも神にはまだ届かないのだそうだ。
 所詮は人の手で創ったものだ。それは仕方ないのかもしれない。それでも、人に向かって使えば恐ろしいまでの効果を発揮する。実際、これ一つあればこのような大軍を率いる必要も無いだろう。
 受けた傷をその場で回復、いや、あの速度はもう復元の領域だ。どれだけ攻撃を受けても倒れず、人体の限界を軽く上回る速度と力を振るうことができる。今、ムシュマフを相手にしている四人も頑張ってはいるが、いずれ生者と不死者の差が勝敗をわけるだろう。
「勝てる、我らにこの戦が負ける理由が無い………この戦さえ終われば、あの男も用済みだ。弟を見捨てた罪を持って石に戻し、砕いてやろう………くっくっく」
「随分とお楽しみのようですね」
「なぁにぃっ!」
 ムシュマフを掻い潜り、ウルのもとにたどり着いたウィングが、フェルキアの試金石をかざす。相手の信仰を糧とした力を無効化することができるアイテムだ。
「あれが倒せないなら、操っているあなたを倒せばそれで済む話です」
 既にフェルキアの試金石の効果範囲中、これでウルの力は奪った。ムシュマフもこれで動くことができなくなるはず―――だが、ムシュマフは止まらずに戦い続けていた。
「なに、なぜまだ動いているのです」
「それが貴様の切り札か―――なるほど、かつてのワシであったならばそれで決着がついただろう。だが、残念ながら、とうにワシは信仰を捨てた。そうでなくては、あの魔物を操ることなどできん」
「ならばっ!」
 直接叩くのみだ。と、さらに間合いを詰めようとするが、その横からムシュマフが切りかかってくる。一撃は避けたものの、ウルとの距離はまた広がってしまった。
「さぁ、あがくだけあがいてみるがいい。貴様らも弟の仇、誰一人生きては返さぬ!」

 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が敵軍団を兵士達と共に突破して神官のところまでたどり着いた時には、先にたどり着いていた仲間はかなり危険な状況になってしまっていた。まだみんな戦えてはいるものの、ダメージを蓄積せず疲労もしないムシュマフと戦えば戦うほど向こうが有利になっていく。
「どうしますか?」
 一緒に戦ってきたベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)に尋ねられ、美羽はじっとムシュマフを見る。いっそ無視して神官を狙うべきか、しかし戦っている仲間を放ってはおけない。
「あの色白を倒そう! でも、凄く強いみたいだから、兵士さんは前に出さないでおこう」
 鎧がだいぶ剥げたムシュマフの肌は、確かに砂漠には似合わない色白だった。
「わかりました。では、私が兵士さんと一緒に援護します。銃を持っている人は私と一緒に、そうでない方は私達に敵が寄ってこないようにお願いします」
「僕は美羽と一緒に。もう、空から敵は来ないみたいだしね」
 ワイバーンに乗っているコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、二本の龍殺しの槍を構えて突撃していく。
「兵士さん達をお願いね」
 美羽もベアトリーチェにそれだけ言うと、ムシュマフに向かっていった。
 最初に一撃を入れたのは、コハクだ。ワイバーンがムシュマフの横をすり抜けていき、その一瞬に合わせて槍を振る。槍は右腕を切断したが、切断面から筋肉繊維みたいなものが飛び出して地面に落ちる前に腕を捕まえ、すぐに接合される。
「どうりで、戦っているのに傷一つないわけだ」
 一度空中にあがりつつ、旋回。もう一度一撃を入れようと向かう。ムシュマフもコハクに狙いを定めた。
「そうはさせないよ!」
 バーストダッシュで駆け寄った美羽が、足に一撃をいれる。直ぐ直るといっても、一瞬は動きを奪える。そのまま美羽は距離を取るために速度を落とさずに走り抜けた。そこに、ベアトリーチェと兵士達が一斉に銃撃を浴びせる。
 全身をほぼ余すところなく銃弾が通り抜けた。それでも、血液が飛び散るような事はなく、風穴は萎んで閉じていき、体内に残っていた銃弾が排出されて、すぐに元通り。
「こんなのと戦ったら、たしかに疲れちゃうね………だけど!」
 コハクが二度目の突撃、狙い撃ちにされないように美羽も続く。ベアトリーチェと兵士の援護もある。それに、ウィングもリリィもウィキチェリカもカセイノも続く。まだ、誰一人落ちてはいない。
 ただひたすらに攻撃に攻撃を重ねていく。ムシュマフは回避も防御もできないまま、破壊されては再生するのを繰り返している。傍目には何も進展していないように見えた。
 だが、突然ムシュマフの後方で、ウルは血を吐いてその場に倒れた。

 ギルと小夜子の戦いは、端的に言うならもぐら叩きのようなものだった。
 小夜子がレビテーションによって砂地に足をつけていなかったため、ギルは攻撃をするために砂から体を出さなければならず、小夜子は砂の中を自由に移動するギルに有効打がうてない。
 何度かギルは砂から飛び出しては小夜子に攻撃をいれようとしたが、小夜子の方が一枚上手でギルが逆にダメージを追いながらまた砂に潜る。時間はかかるが、確実にギルが追い詰められていた。そんなギルが、攻撃ではなく砂から出てきた。
「降参しますか?」
「そんなところだ。すまない、某はお主らを見誤っていたようだ。まさか、あのムシュマフを打ち破ってしまうとはな」
「だから、言ったでしょう。大丈夫、と」
「キキキ、だが某も随分楽しめた。しかし、こうなってしまっては後始末をせねばならぬ、済まぬが勝負はお預けだ」
 ギルが煙玉を破裂させる。
「そう何度も目くらましに邪魔はさせませんわ」
「小夜子様、あっちです」
 エンデが指し示したのは、神官が居た方だ。ギルも慌てているのだろうか、砂の浅いとこを進んでいてその動きが見える。小夜子はすぐにそのあとを追う。
 小夜子がたどり着くとギルは倒れた神官の傍で、倒れたウルを見下ろしていた。
「貴様っ、騙したのか。あれは………ムシュマフは、無敵の兵ではなかったのか………なぜ、ワシがこのようなことに………」
 ウルは自らの血で言葉を濁らせながら、ギルの体に巻かれている黒い包帯を掴む。
「騙してなどおらぬ。某の血は正直者の血よ。だが、聞かれぬことまでペラペラ喋るお人よしでも無い―――そもそも、考えてみるがいい。この世に無限などは無いのだ、魔法ですら心を削る。そんなこの世で、何の代償もなく動き続ける兵などいるわけないではないか」
「だが………ワシの力を吸っていたのなら………ワシが気づかないわけが無い。貴様がっ、ワシを嵌める為に何か仕込んでいたのだ! そうだ、そうに………」
「神官様よ、お主は阿呆か? ムシュマフ一人を動かすのに、お主の微々たる力で動かせるわけがない。あの玩具の中にはな、我らの先祖があれから来る日も来る日も、魔力を蓄えてきたから今まで動いていたのだ。それが尽きたから、お主の力を吸ったのだ―――二百年だ、神官様。二百年を待っても、某らは神には届かなかった。そして、神ですらなく人の子に負けた。おかしかろう、キキキ、さあ神官様も笑うがよい」
「なにがっ………おかしいものかっ! ならば、誰が弟の仇を取る。誰がっ!」
「安心したまえ、神に牙向いたのだ、お主もお主の弟もナカラに落ちる。間もなく顔を合わせることもできるだろうよ」
「お、の、ぇ………」
 ウルの手がギルの顔に届くことはなく、力なく砂に落ちる。それを見届けてから、ギルは小夜子に振り返った。
「この様よ。某に兵を率いる器など無い。さぁ、勝どきをあげるがよかろう」
「あなたは、一体何者ですの?」
「某か………某はただの道化よ。キキキ」