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リアクション
「全ての人間が欲望を背負い、その為に生きている……そうは思いませんか?」
――薄暗い部屋の中――
……その男は問いかける。
その部屋には男以外にも数名の人間がいたが、その問いかけに答える者はいなかった。
……それもそのはず。
彼らは皆、意識を失い、深い眠りの中にあるのだ。
「皆さんは金銭欲に駆られてここに集まったわけですが……そんなに金が良いですかねぇ……」
構わず眠っている者達に語り続ける男……その手には札束が握られていた。
「まぁ確かに金があれば、たいていの物は手に入る……良いでしょう、『金が欲しい』というキミ達の欲望は叶えてさしあげます、受け取りなさい」
――そう言って男は、手にした金をばら撒いた――
「ウフフ……皆ぐっすり眠っているようね……」
別室でモニターを見ながらアテフェフ・アル・カイユーム(あてふぇふ・あるかいゆーむ)がほくそ笑む。
モニターには睡眠の度合いを示すグラフが表示されていた。
睡眠薬の臨床実験を騙るそのバイトは、実際に睡眠薬の臨床実験がしたい彼女にとって、うってつけの場所だった。
実際のバイト内容そのものに突っ込む気もなかった為、双方の利害は一致し、今や彼女はここのスタッフの一員となっているのだ。
「経費で最新の機器も使わせてもらえるし、致せり尽くせりね」
おかげで彼女の研究は順調に進んでいた。
男の手から離れ宙に舞う金、それらは何者かに操られるように、眠っている人々に張り付いていく……
「ククク、準備は整った……さっさと始めようではないか」
いつの間にか男の横にはアンドラス・アルス・ゴエティア(あんどらす・あるすごえてぃあ)の姿があった。
椅子に腰掛け、猫を撫でている。
「いつもながら手際が良いことで……とても助かります」
「礼なら無用だ、貴様の所業はわたくしの目的にも叶っているのだからな」
アンドラスは冷え切ったその目で、何も知らずに眠っている人々を見下す。
そこにあるのは侮蔑か、それとも哀れみか……
「では……始めようか……」
そう言って男が両手を広げると、薄暗かった部屋に赤い光が満ちていった……
「このタイミングでCMが流れるの多いよな〜」
「CM長いよ〜、続きまだ〜」
「はい、テレビはここまで、お昼の時間ですよ」
「はーい」
病室備え付けのテレビに夢中になっている子供達をあやし、昼食を配膳しているのは東峰院 香奈(とうほういん・かな)だ。
ナース服がとてもよく似合っている。
「なんだよ、あいつら……俺が言っても聞かないくせに、香奈相手だと素直になりやがって……」
桜葉 忍(さくらば・しのぶ)が隣でぼやく。
病院で人手が不足していると聞いた二人は手伝うことにしたのだ。
と言っても医療の知識のない二人はもっぱら雑用担当なのだが……
「ふぅ、これで全員に配り終わったな」
すっかり空になった鍋を厨房へ戻す二人。
「しーちゃん、ずっと重いの持って疲れたでしょ? 私達もごはんにしよう」
食器の片付けまでまだ時間がある……一息つけそうだ。
「今日は何を食べようか……ん?」
そこへ一人の来院者が……忍達も何度か顔を合わせている……美菜だ。
「あ、美菜さん、今日もお兄さんのお見舞いですか?」
「はい、面会は大丈夫ですか?」
「ああ、お兄さんもきっと喜んでくれるさ」
そうは言ったものの……彼女の兄弘幸は例の奇病から未だに回復していない……
複雑な心境で見送る忍だった。
「しーちゃん、がんばって早く元気な姿を見せてあげよう」
「そうだな……」
そんな二人の気持ちとは裏腹に、今日も新たな患者が運ばれてくるのだった。
「君達、ちょっと手伝ってくれないか? また例の奇病の患者なんだ」
「は、はい」
新たな患者ジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)は自分で動く気力すら失っていた。
救急隊員と協力して患者を救急車から降ろす。
「ぁ……ぁぁ……」
うつろな目で虚空を見つめている。
「しっかりして、気を確かに」
しきりに声をかける香奈に、ジョセフはわずかだが反応を示す。
「もぅ……駄目デース……」
「! 話せるのか? いったい何があったんだ?!」
「……お先真っ暗デース……」
「おい! しっかりしてくれよ!」
返事を求めてジョセフを揺する忍だが、ジョセフには彼の声は届いていないようだ。
「残念ながら、会話が出来る状態ではないようです」
忍の手を医療班の本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が止める。
「今の彼のつぶやきは寝言のようなもの……気持ちはわかるけれど、彼が回復するまで話をするのは待ってもらえるかな?」
「あ……はい……」
「大丈夫、彼は私達が必ず治してみせる……もちろんこれまでの患者達も……」
「お願いします」
今は治療によって意識を取り戻すのを待つしかない、医療の心得のない忍には何も出来ないのが歯がゆかった。
「……とは言ったものの、誰かが原因を究明してくれないことにはなぁ……」
治療が追いついてない今、患者ばかりが増えるのは問題だ。
歯がゆい思いをしているのは涼介達も同じだった。
「あ、早坂さん、こんにちは」
「こんにちは……そちらの方も誰かのお見舞いですか?」
「いいえ、早坂さん、あなたを待っていたの」
兄のいる病室に向かった美菜を出迎えたのは医療班のクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)ともう一人――七瀬 歩(ななせ・あゆむ)。
「ちょっとあなたに、聞きたいことがあるんだ」
「?」
……病室で待っていれば、患者と親しい人間が見舞いに訪ねてくる……
そうやって歩は、病室にやってくる見舞い客達から一通り事情を聞いていたのだ。
それらの情報から歩は一つの仮説にたどり着いた。
「やっぱり……ここの患者達はみんな、おかしくなる前に妙なバイトへ行っているみたい……きっとそこで何かされたんだよ」
美菜から弘幸の話を聞き、間違いないと確信する歩。
「……実は私、これから行く所なんです、そのバイトに……」
そういって美菜は歩にチラシを見せる。
「これがそのバイトかぁ……たしかにあやしい」
チラシをまじまじと見つめる歩。
「どうしても、そのバイトに行くの?」
「はい、阻止とかは無理でも、何か治療法の手掛かりくらいは掴めると思うんです」
心配そうに美菜を見るクレアをしっかりと見つめ返す美菜。
「うーん……どうやら意思は固いみたいだね……」
「はい、せっかく心配してくれているのに、ごめんなさい」
「いいよ、気にしないで……あ、そうだ……よかったらこれを持っていって」
「?」
そう言ってクレアは虹のタリスマンを差し出した。
「ちょっとしたお守りだよ、役に立つかはわからないけどね、無事に帰ってくるんだよ」
「ありがとう、行ってきます」
そう言って病室を出る美菜に歩が続く。
「ねぇ、そのバイト、あたしもついて行っていいかな?」
「え?」
「すごくあやしいってわかったから見過ごせないし、でもあたし一人で行くのはちょっと心細いな……って……どうかな?」
心細かったは美菜の方だ、歩はそれを見透かしていたのだろうか……
「ダ、ダメかな?」
「ううん、一緒に行きましょう」
なんにせよ、二人の方が心強い、歩に感謝する美菜だった。
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