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桜井静香の奇妙(?)な1日 後編

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桜井静香の奇妙(?)な1日 後編

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第13章 猫、歌を聞く

 ファイローニ家の敷地内、その様々な場所にて猫の捜索は続けられ、通算54匹の猫が空き部屋に放り込まれている。その中にいる人間は、今頃全身毛だらけになっているかもしれない。
 そんな中、屋敷の庭、その広場部分において猫を探す存在があった。
「華麗に登場! 愛と正義の突撃魔法少女リリカルあおい! ネコミミスペシャルバージョン〜☆」
 超感覚の発動で猫の耳と二股に分かれた尻尾を生み出し、光術で光の演出を混ぜつつ、秋月 葵(あきづき・あおい)は「突撃魔法少女リリカルあおい」に変身した。
「おお〜、目の前で魔法少女の変身を見られるとは、結構幸運かもしれませんね」
 たった1人、そのリリカルあおいに拍手を送るのは、テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)。先日とは違いいつもの男装状態――テスラは見た目の都合上性別不詳で、基本は男装なのだ――で参加していた。テスラ自身は魔法少女ではないが、その代わり歌には自信を持っている。
「えへへ、拍手ありがと」
「いえいえ。しかし『ネコミミスペシャルバージョン』が少々気になりますが……」
「だって10匹を1単位として数えられるほどの大量の猫なんだもん、考えただけで素敵な光景じゃない」
「そこは否定しません」
「そんな大量の猫ちゃんと遊ぶため、形の部分も整えなきゃね!」
「ああ、それでネコミミなんですか」
「そういうこと!」
 尻尾が二股である時点で魔法少女よりも、どちらかといえば「猫又の妖怪」になりかねなかったが、そこを指摘するテスラではなかった。可愛さの前に、そのような発言は無粋と言うほか無い。
「まあそれはともかくとして、問題はどうやって猫を集めるか、ですね」
「だよね〜。というわけで、こんなの用意してきましたっ!」
 言って葵が取り出したのは、キャットフードだった。自前のものではなく、あらかじめ屋敷の使用人から譲り受けたものである。
「名付けて、餌を使っておびき寄せ作戦だよ♪」
「そのままじゃないですか!」
 自信満々に作戦名を披露する葵にすかさずテスラのツッコミが入る。
「まあまあ、こういうのは凝ったネーミングよりも、全員からツッコまれるくらいにベタベタな方がいいものなんだよ?」
「はぁ……」
「っていうか、そういうテスラちゃんは何するつもりなの?」
「え、私ですか?」
 話を振られ、テスラは少々考える。
「……ソロで活動することになった場合を想定して、まず驚きの歌で集めます」
「おお〜、テスラちゃんって吟遊詩人さん?」
「今はドルイドやってますけどね。ああ、ついでにディーバードもつれてきてます」
 ディーバード。美しい声でさえずり、軽やかに踊るという珍しい鳥を、テスラは自身の右肩に乗せていた。このディーバードのさえずりと「驚きの歌」を利用して、猫を自分に集中させるというのである。
「そのついでに『適者生存』の技で、自分を親のように思わせるとかそういうのも考えてます」
「あ〜、それはやめといた方がいいと思う」
「え、どうしてですか?」
「ビーストマスターの『適者生存』って、『食物連鎖における上位存在』と思わせる技なんだよね。要するにこれ、『ぎゃおー、たーべちゃうぞー!』って言ってるのと同じなの」
「え……」
「だから猫ちゃん相手にそれやるっていうのは、テスラちゃんを『猫ちゃんを食べられる程度に強い存在』と思わせることであって、親のように、っていうのは無理なの」
「……マジで?」
「マジで」
「……大マジ?」
「大マジ」
 本当である。ビーストマスターの適者生存とは、言ってみれば動物たちをビビらせた上、力ずくで従わせるための技であって、威力を調整するなどといった芸当は不可能なのだ。その代わりビーストマスター、あるいはその上位存在であるドルイドは、その存在自体が「動物の味方」であり、普通の猫や犬が相手ならば何もせずとも懐かせることはできる。
「ではそれは無しの方向でいいとして……。集まった後はこの『牧神の笛』でも吹きながら部屋まで誘導して、そこでディーバードのさえずりを利用して眠らせようかと思ってます」
「なんかまるで、どこかの動物の笛吹きさんだね」
「ええ、まさに気分はそれです」
 そしてテスラはその方法で依頼を早く終わらせて、空いた時間を利用して弓子や他の学生たちとゆっくりと過ごすつもりでいるのだ。
 何しろ、弓子の体験入学は今日で最後なのだから……。
「じゃあ、途中まではテスラちゃんにお任せしちゃおうかな。あたしが持ってきた餌と、テスラちゃんの歌でまずは集めちゃおう!」
「そうですね、まずはそこから行きましょう」
 葵がキャットフードの入った器を地面に置き、それを見届けたテスラが、その場で驚きの歌を歌いだす。
 テスラの歌声が聞こえる範囲内にいた猫たちが、何事かとテスラの方に意識を集中させる。少々歌ったテスラは、途中で歌を止め、続けざまにディーバードに歌わせて猫たちの反応を見る。「驚きの歌」を歌い続けていては、猫たちは驚きっぱなしになってしまうからだ。
 果たしてその考えは当たっていた。驚きの歌の代わりにディーバードのさえずりが聞こえると、猫たちはテスラと葵の近くにあるキャットフードに気がつき、一目散にそこまで駆け寄った。都合6匹の猫が殺到し、それぞれが勝手気ままにキャットフードに口をつける。
「おお〜、来た来た! うまく集まったね!」
「人懐っこくて割と寄ってくる、というのは本当だったんですね」
 だが感心してばかりもいられない。次はこの6匹の猫を空き部屋に連れて行かなければならないのである。
「ああ〜、猫ちゃん、癒されるぅ……。って、ダメダメ! この猫ちゃんたちを空き部屋に連れて行かないといけないんだもん!」
「仕事ですしね。では第2弾と行きましょう」
 猫を1箇所に集め終わり、テスラは次の手に移る。ディーバードにさえずりをやめさせ、自身は牧神の笛をいかにも楽しげに吹き鳴らす。猫たちがその音に反応するのを確認すると、テスラはそのまま笛を吹きながら屋敷へと歩いていった。
 1つ誤算があったとすれば、猫たちはテスラの「後ろ」からついてくるのではなく、わざわざ前に回り込んだり、足に体を擦り付けてきたりと歩く邪魔をしてきたことくらいだろうか。
「ありゃ〜、これは歩きにくそうだね……」
「まあ時間をかけてゆっくりと行きましょう。できるだけ早くに終わるに越したことはありませんが、焦る必要はありませんよ」
 それから2人は実に20分をかけてゆっくりと空き部屋の前まで移動することとなった。

「よ〜し、到着〜!」
「やっと部屋の前まで来れましたね……」
 いい加減笛を吹く体力も無くなってきたテスラがようやく一息つく。途中で多少の休憩はあったものの、ここに来るまでほぼ吹きっぱなしの状態だったのだ。
「んじゃあ、次はあたしの出番ね」
「そういえば葵さんは何をなさるおつもりで?」
「猫ちゃんたちが寄ってきたら子守歌で眠らせるつもりでした♪」
 魔法少女特有の歌スキル「リリカルソング♪」を上乗せした「子守歌」で猫たちを眠らせて捕まえる、というのが葵の作戦だった。6匹もの猫を運ぶという作業について考えてはいなかったが、その時は腕に抱えて運ぶ、サイコキネシスで浮かせて移動させる、「空飛ぶ魔法↑↑」でまとめて飛ばすといった方法が使えたかもしれない。
「では、眠くならないように、私は耳をふさいでいますね」
 自分まで寝てしまったら仕事にならない。テスラの耳をふさぐという行動は実に正しいものであった。
「は〜い、それでは猫ちゃん、ちょっとだけおねんねしましょ〜ね〜♪」
 テスラが自分の耳をふさいだのを確認すると、葵は猫たちに向かって子守歌を歌い始めた。
 魔法少女の口から紡ぎだされる眠りの歌は、6匹の猫を優しく安らぎに誘う。1匹、また1匹とその場に崩れ落ち、葵の歌が終わる頃には、猫たちは全て寝息を立てていた。
「終わったようですね……、って、葵さん?」
 葵の子守歌が終わったのを確認して耳から手を離したテスラは、葵の様子がおかしいことに気がついた。どことなく息が荒いようで、まるで何かを我慢しているような……。
「ち……」
「ち?」
「ちょっとくらい……いいよね☆」
 言うなり葵は眠った猫を1匹抱き上げ、その毛皮の感触を味わい始めた。なんのことはない、猫に触りたかっただけである。後は部屋に放り込めばこちらの仕事は完了となるため、少しの時間くらいなら、と愛でることにしたらしい。
「ああ〜、猫ちゃ〜ん、にゃんこ〜、もふもふ〜☆」
 表情を綻ばせ、これ以上は無いというほどに幸せそうな葵である。だがいつまでもそうされていると、部屋のドアの前で座り込んでいる都合上、明らかに邪魔である。
 見かねたテスラは葵を動かすための説得を行うことにした。
「葵さん、さすがにそこは邪魔になりますよ?」
「うん、わかってる。でももうちょっと……」
「……すでに中には結構な数の猫が放り込まれているようですね。いっそ中に入ればもっと幸せになれるんじゃないでしょうか?」
 瞬間、葵は立ち上がり、集めた6匹の猫を1匹ずつ、大事に抱え上げ、部屋に入れていった。

 この瞬間、屋敷内外に散らばった60匹の猫全てが部屋に放り込まれることとなった。