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リアクション
第11章 猫、部屋にこもる
「はー、さっきはスゴイ目に遭ったなぁ……」
「マタタビ恐るべし、ですね……」
振りかけられたマタタビの効力も切れたのか、猫が寄ってくることの無くなった静香と弓子は、美羽やベアトリーチェと共に、屋敷の中を散策していた。
次に静香たちが向かったのは、屋敷の2階、使用人私室とその廊下である。
ファイローニ家は貴族であり、その邸宅も非常に大きい。その大きい屋敷を管理するのが使用人――というかほとんどメイドたちの役割なのだが、彼女たちの最大の働き口は「屋敷の掃除」である。屋敷内外にて60匹もの猫が放し飼いにされている以上、抜けた毛が床や壁、果ては調度品に飛び散る可能性はほぼ100%であり、それらを掃除するというだけで気の遠くなるような作業である。もちろん雇われる使用人たちも猫好きで固められており、掃除はむしろ本望といったところなのだが。
「ん、メールか。送り主は……陣さん? って、なんだこりゃ……。磁楠さんが猫に囲まれてる……」
その使用人私室を重点的に、1人の執事風の青年が猫を探していた。彼の名は椎名 真(しいな・まこと)。先ほどの陣がメールを送った【S×S×Lab】メンバーの1人である。
「あ〜、これを見て笑え、ってとこ――ん!?」
携帯の画面に集中していると、不意に背後から嫌な雰囲気を感じた。真はそれをよく知っている。毎度のごとく自分の体を乗っ取り、好き勝手に暴れていくあの腹が立つ存在――幽霊が間違いなく自分の背後にいる!
また襲いに来たのか。そう身構えつつ後ろを振り向くとそこには、百合園女学院の校長を含めた4人の女子――内1人は男性だったが――がそこにいた……。
「……ははぁ、なるほどね。それで依頼を受けてるわけだ」
「挨拶とか思いっきり省略させていただきましたが、まあそういうことなんです」
互いの自己紹介と挨拶もそこそこに、弓子は自分の正体を含め真に話して聞かせた。幸いにして真が話している幽霊は物腰が柔らかく、悪意が感じられるわけではなかった。
「幽霊、ね……。諒や兄さん、奈落人や英霊も最初は死んだ人の霊魂だったっけか……」
「は?」
「え、ああ、いやこっちの話。そういうことなら俺も手伝うよ」
話のわかる幽霊のためである。真は弓子と協力して猫探しを行うことにした。
「それで、どうやって探すの?」
「また餌付けで釣る?」
「でも厨房で用意した分は空き部屋に置いてきてしまいましたし……」
静香、美羽、ベアトリーチェが猫を探す手段に困っていると、真がどこからともなくあるものを取り出した。
「おっとご心配なく。用意はすでに整っております」
真が出してきたもの。それは使用人から渡されたキャットフードだった。
「……本当はこれに鶏ささみも追加したかったんだけどね。止められた」
「やっぱりそちらもでしたか。私の方も魚を焼こうとしたら止められました」
「まあ屋敷のルールだしね。ここは従っておくに限るよ」
使用人に同じように止められた光景を想像して、真とベアトリーチェは互いに笑いあった。
「さて、と。それじゃあ探しに行くとしますか」
言いながら真は仕置きの鞭を腰に結わえ付け、布を巻いて猫じゃらしの代わりにし、体から犬の耳や尻尾を生やす。超感覚を発動させたのは、もちろん猫の居場所を探るためである。
(おい、真……。終わったのか?)
ふと真の頭の中から声が響く。その声に彼はこっそりと顔をしかめ、心で返した。
(もうちょっと待って。ひとまず猫の気配を見つけたから、そっちに行ってから)
(ちっ、早くしろ。早く交代しないと無理矢理意識奪って色々やらかすぞこの野郎)
(ああ、もう、わかったから少し黙ってて)
その声の主が何者なのか、真は知っている。ため息を1つつき、真は猫がいるとあたりをつけた部屋に直行した。
「おっと、見える場所にいたよ」
「結構早く見つかったね」
5人が入った部屋には3匹の猫が居座っていた。いずれも部屋の中で毛繕いをしたりとやりたい放題である。とはいえ、ベッドのシーツやカーテンに被害は出していなかったが。
「えっと、それじゃひとまず餌は置いて、っと……。ゴメン、実際に捕まえるのはそっちに任せていいかな?」
「ん、どうかしたの?」
なぜか猫を捕まえることを渋る真に、美羽が訝しげな視線を送る。
「あ〜、えっと、ちょっと『交代』してくれって頼まれててね……」
「交代?」
「まあ驚くかもしれないけど、別に悪いことは起きないはずだから」
「は? 一体何の話を――」
美羽が問いただそうとすると、真の態度が一変した。いや態度だけではなく、その顔に何やら火傷の痕のような模様が浮かび、しかも顔つきが不気味になる。
「やれやれ、やっと交代したか……。いい加減、暇だったぞ」
「あ、あんた、一体誰よ!?」
突然別人のようになった真を前にして全員が身構えるが、当の本人は戦う意思が無いことを示すように両手を上げた。
「おいおいちょっと待ってくれ。俺は別に貴様らと争うためにこいつの体を乗っ取ったわけじゃない。そこんとこは、いいか……間違えるな」
言いつつその真の姿をした男は無遠慮にベッドに深く腰掛ける。
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺の名は椎葉 諒(しいば・りょう)。この椎名真の体を借りて動いている奈落人だ。ま、よろしくな」
奈落人――死後の世界であるナラカに住むパラミタの一種族で、地上では他の誰かの肉体を借りて活動するという特殊な存在。諒は真とパートナー契約を結んだ奈落人だった。真の顔に浮かんだ火傷の痕とは、諒のものである。
「まあ、弓子だったか? ここ、少し座れよ、ここ」
「…………」
争う意思を見せず、少々馴れ馴れしく弓子をベッドに座るよう促すが、当の本人は目を細め警戒心を隠さない。
「いいから座りなよ。見上げて喋るの、首疲れるからよ。いや別に何もしないさ……。ただ貴様と話がしたいだけなんだからよ……」
「はぁ……」
座っても大丈夫かどうか、静香に目で確認を取る。
「……まあ美羽さんやベアトリーチェさんがいるんだし、どうしてもやばくなったら真さんも何かしてくれると思うから、……いいよ」
「では、失礼して……」
静香が立ち位置を変え、弓子がベッドに座れるようにしてやる。
「おう、貴様だな。ようこそナラカへ、くくく……」
不気味に喋った次の瞬間、その顔から火傷の痕が消え、「真」に戻る。
「あのね諒、そういう喋り方してたら、いくら敵対心が無くても警戒されるよ?」
真の状態で聞こえるように注意を促すと、また火傷の痕が浮かび上がり「諒」になる。
「こら真、貴様の方から無理矢理体を奪い返すとはどういうことだ。っつーか、それは俺のやり方だろうが、まったく……」
「…………」
「ん、ああ、すまなかったな……。まあこういう喋り方が性分、ってやつなんだ。気にしないでくれ……」
本当にこいつ、大丈夫なのか。弓子の目はそう言っていたが、諒はそれに肩をすくめただけだった。
「いいか弓子よ、パラミタでは成仏とか昇天ってのは、要するにナラカへ行くってことだ……。そこまではいいな?」
「はい。色んな人から、そう教わっていますので」
「よし、それならいい。でだ、ナラカへ行った後でどうするか、というところなんだが……、まあぶっちゃけ、俺のようになることもできる」
「……というと?」
「奈落人さ。ナラカではともかく、地上では誰かの体を乗っ取らなきゃならない、っていう制約があるが、そうすれば誰かに取り憑いた状態で地上を好きなように歩き回ることができる……。今のように距離制限とかは関係無しに、だ……」
「そういうのは、あまりやりたくありませんが……」
弓子としては誰かの体を乗っ取るという行為自体に気が引けている。できれば早めに成仏して、静香に肉体の自由を返したいところなのだが、それはまだ少し先の話であるため、相手にはそれまで我慢してもらわなければならない。
「ほら諒、早速断られたよ。っていうか奈落人がみんな諒みたいだとか思われてるんじゃない?」
また真が体を奪い返して表に出る。
「うるさいぞ真。そう思われてるとは限らんだろうが」
奪い返された体をまた諒が奪った。
「そうじゃなくても、こんな不気味そうな存在にはなりたくないくらいには思ってるんじゃない?」
「本人の意思を無視して話を進めんなよ。っていうか、なんでいちいち表に出てくる? 俺に言いたいことがあるなら心で言えよ、心で」
「頭の中で話なんかしてたら、全員が状況つかめないじゃないか」
「つかむ必要の無い雑談だろうが……」
「…………」
肉体を奪い合いながらの会話を見て、弓子が首をかしげる。それはまるで、何かを思い出そうとしているかのようだ。
「うん、どうした弓子? そんな『なんだったっけ』みたいな顔して?」
「いえ、文字通り、何かに似てるんですよね、真さんと諒さん」
そこで10秒ほど考えた後に、弓子は左の手の平を右の拳で打った。
「あ、思い出しました。お2人って、『超兵』に似てるんですよ」
「悪いな真、俺はまだ死にたくないんで……って何やらせとるんじゃあ!?」
「きゃー、おこったー」
不気味な上、冷徹であるはずの諒が、弓子の冗談に思わず大声を出してしまう。ボケた弓子の方も慣れたものなのか、怒られているのに棒読みで返した。
「……ま、まあそんなことはどうでもいい。奈落人が嫌なら、別の方法もあるぞ」
「どんなです?」
「英霊化、というやつさ……。ナラカに落ちた後の魂はな、150年かければ地上に転生できるんだ。すごいだろう? お前が会ったことがあるのかどうかは知らないが、かつて地球上で活躍した英雄や偉人、そういった存在がパラミタで復活してくるのさ。それが、英霊だ」
「はぁ……」
「まあ俺は、英霊ってやつはどうも好かないんだが……、できれば魂には英霊になってほしいと思ってる……」
「どうしてですか?」
「決まってんだろ。奈落人だけだとナラカの人口密度が増えるからさ……」
憮然とした顔で答えるが、また真が現れ話を混ぜかえす。
「とか何とか言って、弓子さんが安全にナラカに行けるかどうか心配してるんでしょ? 世間はそう言うのをツンデ――」
「だーぁー! ツンデレ言うな、こら!」
「……忙しいですね。いちいち入れ替わって……」
もはや完全に漫才と化した真と諒に、弓子たちは苦笑しかできなかった。
そんな彼女に、諒がまた不気味な表情を見せる。
「ま、これからどう生きるかは貴様次第だ。姿が変わったり、記憶が変わったりするかもしれないが……縁があれば、今度は誰かのパートナーとして正式に百合園へ通うこともできるだろうさ」
結局俺が言いたいのは、そういうことだ。そう言って諒は真の中に引っ込み、それ以降は姿を見せなかった……。