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桜井静香の奇妙(?)な1日 後編

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桜井静香の奇妙(?)な1日 後編

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第9章 猫、林に集まる

 庭の一角に森林浴ができる程度の小さな林がある、というのはすでに書いた通りである。
 猫探しの依頼に参加した学生たちは屋敷内外の様々な場所に散らばったが、中でも林方面の捜索を選んだ人間は多かった。その数、地球人とパラミタ人を合わせて14人である。
 もちろん全員が1箇所をピンポイントで探すというわけではなく、探す方法や捕まえる方法もそれぞれだったが。

「それにしても……、林方面に集まりすぎだろ。もうちょっとこう散らばるとか、その辺どうにかするべきやろJK。いや、そんなことより、猫ー。ねーこー。ぬーこー。どこに居んだ〜?」
 どこぞの匿名掲示板でよく使われるスラングを口にしながら、七枷 陣(ななかせ・じん)は周囲を見回す。林から少し離れた所ではパートナーの1人、リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)が2匹の猫を相手に追いかけっこをしている最中だった。
「あはは〜、猫さん、待てぇ〜♪」
 さすがに人懐っこい猫としても、いきなり人間大の存在に追いかけられてはたまらない。本能的に身の危険を感じた猫は、笑顔のリーズから全力で逃げる。
 もちろんリーズは何も考えずに猫を追い回しているわけではない。目いっぱい走り回らせて遊ばせておけば、その内に疲れて大人しくなるはず。そこを捕まえるのが彼女の作戦だった。
 だがいくらなんでも猫の身体能力に対して、バーストダッシュの使い手であるヴァルキリーが常時追いかけ回せるのかどうかはかなり微妙なところである。猫というのは持続力はともかく瞬発力にかけてはかなりのものである。高速で逃走し、離れたところで休憩し、近づいてくればまた走ればいい。対してリーズの方は、猫を疲れさせるために走り続けなければならない。途中で休憩を挟むとしても、先に疲れるのはリーズの方であろうことは容易に想像がついた。
「おいおいリーズ、走り回るのはいいけど、時間も気にせないかんぞ?」
「んに?」
 陣がそう呼びかけると、リーズの動きが一瞬止まった。
「時間……こ、細かいことはいいんだよ!」
「それどこのパラ実……」
「そんなことより陣くんさあ」
 呆れる陣に近づき、リーズが何かを探すかのようにキョロキョロと視線を動かした。
「こんなに猫さんいっぱいいるんなら、ボス猫さんみたいなのがいてもいいと思うんだけどなぁ」
「ボス猫?」
「うんうん。妙にでっかくて、まん丸としたデブ猫さんみたいなの!」
「……あ〜、確かにいてもよさそうだよな、そういうの」
「でしょ? もしいたらその子を担いで、猫さんたちに命令してもらって、一緒に大行進したいな〜、って思ってるんだけど……」
 だがリーズのそんな期待とは裏腹に、それらしい猫は全く見当たらない。
「確かに、見れば見るほどどの子も普通の猫のようですね」
 陣の近くで腰を下ろし、屋敷の使用人から貰ってきたキャットフードを寄ってきた猫に与えながら、小尾田 真奈(おびた・まな)も周囲を見渡す。
「色んな毛色の猫はいるようですけど、どれもほとんど個体差は無く、何かしらこう『特徴的』な子はいなさそうです」
「そっか〜、真奈さんがそう言うなら確かだよね」
 機晶姫で家事万能のメイドとして陣のパートナーをしている真奈である。そんな彼女が「いなさそうだ」というのであれば、やはりリーズが求める猫はいないということなのだろう。
「じゃ、しょうがないから、ボクはまた遊んでくるね。猫さん、待てぇ〜♪」
 言ってリーズはまた2匹の猫の相手をしに行ってしまった。
「やれやれ。まったくアイツは……ん?」
 リーズを見送った陣の耳に、かすかな「高い音」が聞こえてくる。上の方から聞こえてきたらしいその方向を見れば、1匹の猫が木の上から陣を見下ろしていた。どうやら「高い音」の正体は、この猫の鳴き声だったらしい。
「あらま、登って降りれんくなったとか、何というテンプレ……。それにしては動揺してるように見えんのが、ちょっと気になるとこやけど……」
 その言葉の通り、木の上にいる猫から怯えや恐怖といったものは感じられず、どちらかといえば「降りないだけ」のように見えた。
「ま、どっちにしても捕まえないとしゃあない。というわけで……」
 陣はその場で足に力を入れ、自身の背後に力場が生み出される感覚を覚えると、そのまま猫の方に向かって跳んだ。ただし、体勢が悪かったので10センチだけ。
「あらっ!?」
 本当ならここでリーズと契約した恩恵――バーストダッシュを発動し、猫の所まで跳び上がって捕まえるつもりだったのだが、なぜかそのための力場は不発に終わってしまった。
「……しまった。バーストダッシュのやり方忘れてきたか……?」
 そこで陣は思い出した。今日の依頼のために感覚を忘れないでおこうと思ったスキルは、優先順位の高い順からファイアストーム、炎の精霊、禁じられた言葉、サンダーブラスト、ディテクトエビル、天のいかづち、バニッシュ、そしてヒロイックアサルト。どれもこれも猫探しには不要としか言いようのない構成である。
「あっはっはっは。……しゃーねぇ。真奈、ちょっと手伝って」
「はい、ご主人様。何をどうしましょうか?」
 陣に呼ばれた真奈は、持ってきたケージに猫を放り込んでから立ち上がった。
「おう、オレが踏み台になるから、その上に乗って木の上の猫捕まえたってくれ」
「え……、あの、いいんですか、そんなことして……?」
 陣を踏み台にするということに真奈は少々ためらった。何しろ彼女は先日のクリスマスにて、リーズと共に目の前の主人と一夜を共にしたのである。そんな状況で踏み台にしていいものかどうか……。
「大丈夫だ、問題無い。というわけで遠慮せんと、どーんと――」
「ではお言葉に甘えて」
 踏み台になるべく木に手をついた陣の背を踏んだのは真奈ではなく、3人目のパートナーである仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)だった。
 磁楠は本当に欠片も遠慮せず、陣の背を踏むと、そこから木の上に跳び、猫を回収する。やたら大人しく捕まった猫を抱えると、これまた遠慮無しに陣の背中を踏みつけ――しかも木の上から飛び降りる形となったため、その衝撃は登る時の非ではない――地面に降り立つと、猫を真奈に預けた。
「では、頼む」
「は、はぁ……」
 一連の流れに真奈が呆然としていると、踏み台にされた男が踏み台にした男に食ってかかった。
「おい、何で磁楠が踏みつけてんだコラァ!」
 食ってかかられた方はいたって冷静に返す。
「いやなに、ちょうど手頃な踏み台が目の前にあったから、有効活用させてもらっただけだが……、それが?」
「『それが』やあらへんぞ! そもそもオレが踏み台にしろって言ったのは真奈やぞ!」
「小僧のパートナーという点では同じでは?」
「真奈はいい。リーズと同じくオレの彼女やし、踏み台になるくらい別になんでもない。だが磁楠、テメーはダメだ……」
「なんだ、結局のところただの差別ではないか」
「差別上等! そもそもオレが許した相手以外の人間に、オレの背を踏む権利など無い!」
 きっぱりと言い切る陣だが、次の磁楠の言葉によりその自信は少々打ち砕かれることとなる。
「……というか思ったんだが、そもそもお前がバーストダッシュを使えるようにしてあれば、こうはならなかったのではないか?」
「うっ……!」
「まあそうでなくとも、上の方ですでに書かれたが覚えてきたスキルがどれもこれも探索に向かないものばかり。よくもまあそんなので猫探しなどを行おうなどと考えたものだ……」
「う、うるさい! それならお前が持ってるスキルも似たようなモンやろうが!」
「上から順に轟雷閃、ヒロイックアサルト、殺気看破、破壊工作、情報攪乱、その身を蝕む妄執、爆炎波、雷術だな。まあそこは確かに小僧の言う通りだが、1つ大きな違いがある」
「どこが!?」
「私は最初から小僧を利用する気でいたということだ。持ってないスキルに頼ろうとするより遥かにマシだろう?」
「あぐぐぐぐ……!」
 非常に細かい話で恐縮だが、実はこの2人、「木の上にいる猫を捕まえる」ためのスキルは確かにお互いに持っていなかったが、その代わりに2人は「小型飛空艇」を持っていた。陣は普通のもの、磁楠はヘリファルテ。林の中で使おうとするのが難しいという点に目をつぶれば、これで木の上に上がれるはずなのだが、この場でそこにツッコミを入れるのは誰もいなかった。
 そしてそのような事情は無いものとして、磁楠はさらに続けた。
「まったく、そのようなことだから不名誉で馬鹿な称号や二つ名ばかりもらうのだろうが……」
「不名誉? 【焔の魔術師】とか【青紫の炎術士】のどこが――」
「【雨の日無能】」
「うっ!?」
「【マスター泣かせ】」
「はうっ!?」
「【同人オタク】」
「うおっ!?」
「【みみ毛の宅急便】」
「うぐっ!?」
「【湿気たマッチ】」
「あぎっ!?」
「【小ネタ道】」
「えうっ!?」
「【メタフィクションなお約束】」
「あがっ!?」
「【勤労パラダイスの住人になった】……。なんだなんだ、すぐに思い浮かぶだけでもう8つか。さらに細かいところを突っ込めばもっと出てきそうだな。よくもまあこの程度の呼ばれ方で今まで生きてこれたものだ……」
「…………」
 パートナーの英霊に言われたい放題だった陣の体はかすかに震えていた。悲しみや恐怖ではない。これは、怒りだ。
 声のトーンを低くし、陣は静かに言い放った。
「屋上に行こうぜ……。久しぶりに……、オレの堪忍袋が有頂天やぞ……」
「最後の単語を言いたいがためにネタを改変する辺り、まだまだ甘いな」
「やかましいぞコラッ!」
「ご、ご主人様? 磁楠様? け、ケンカはダメですよ。お仕事中ですし……、何より、この子が怯えてしまいます……」
 ほとんど見た目が似ている(?)男2人の間で、会話に加われなかった真奈はおろおろとしながらとりなそうとするが、どうにも主張が聞いてもらえない。
「あ、あの……。そ、そうです、ほら、えっと……その……」
 何とか言葉を紡ぎだそうとし、真奈は磁楠から渡された猫を突きつけた。
「か……、可愛いは正義、ですよ?」
「…………」
 2人同時に真奈の方を振り向くが、言葉も猫も無視してまた睨み合いを始めてしまった。
「大体前から思ってたんや……。いつか決着つけないとアカン、となぁ……」
「ほう、面白い……。どれ、受けて立ってやろうか」
 言いながら2人は、それぞれ片手、5本の指それぞれに別々の魔力を集中させる。クウィンタプルパゥア――炎熱、雷電、氷結、光輝、暗黒それぞれの魔力波を合体させ一斉発射し、コマンドワードを唱えることで爆発を起こす彼らだけの必殺技である。
 魔力が十分に集まったところで、2人は同時にそれを解放、しようとした。
「セ――ッ!?」
 彼らが魔法を放つ際のかけ声である「セット」の言葉を言うか言わないかというところで、2人は強烈な殺気を感じた。至近距離から放たれるその静かな殺気の方向を見ると、猫を地面に下ろし、右手にサバイバルナイフのついた大型拳銃「ハウンドドック」、左手にトンファーの長い部分が刃になった「トンファーブレード」を構えた真奈がそこにいた。
「ご主人様……。磁楠様……」
「は、ハイッ!?」
 静かな火山の噴火を思わせる彼女の声に、陣と磁楠は2人して声を上ずらせた。
「……お仕事中でございます。しかも、猫が怯えてしまいますので、ね……?」
 もはや睨み合うことなど忘れ、2人は真奈に従い、集めた魔力を消滅させた。

 その後、いい加減疲れが見えてきたリーズが追いかけるのを諦め、逆に猫を呼んで連れてきたことにより、陣たちは4匹の猫を捕まえることに成功したのであった。