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桜井静香の奇妙(?)な1日 後編

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桜井静香の奇妙(?)な1日 後編

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第8章 猫、放り込まれる

「さて、さすがにずっと抱えてるわけにもいかないよね」
 厨房と食堂で合計8匹の猫を捕まえることに成功した静香たち4人は、ひとまず捕まえた猫を空き部屋に放り込むため、ロビーを抜けて反対側を歩いていた。
 当主のジルダ曰く、その部屋は便宜上「空き部屋」となっているが、実際は入れられた猫たちが退屈しないようにと、爪とぎ用の柱、猫砂を敷き詰めたトイレ等が設置されており、実際は「猫用の部屋」とも言うべき代物である。基本的に彼女は猫を放し飼いにしており、彼女に飼われる猫たちは勝手気ままに屋敷内外をうろつきまわる。近隣住民に迷惑がかかる可能性を考えて、さすがに敷地外へと出るのは厳しくなっているが、それ以外では特に何かしらの制限がかかることは無い。たまに開かれる食事会など、客を大勢呼ぶ場合には、客に迷惑がかからぬようにと専用の部屋に放り込まれることになるが……。
 猫たちはそれぞれに首輪をつけられ、首輪には番号と名前が書かれた小型のプレートがつけられる。これを利用して、猫が何匹いるのか、何匹集められたのかを知るというわけだ。つまりプレートつき首輪をはめた猫が60匹いれば、全てを集めきったことになる。「空き部屋」にはそれ用のリストも置かれており、何かしらのアクシデントが起きない限りは、番号リストで猫の数が把握できるようになっていた。
 静香たちが捕まえた8匹、ヴァーナーが捕まえていた4匹、レキたちが捕まえた5匹全てに首輪とプレートは存在した。後はこの猫たちを指定された空き部屋に放り込めば、ひとまずはどうにかなる。
「えっと、確かここでしたっけ」
 ヒプノシスの効果が切れて目覚めたが、それでも大人しい猫数匹を抱えながら、弓子は部屋のドアを開けた。
「わっ!?」
 だが開けた瞬間、彼女は眼前で広がる光景に心臓が跳ね上がりそうに――幽霊だから心臓は存在しないのだが――なった。
「ん、どうしたの弓子――うわ!?」
 弓子のその反応が気になったのか、美羽も部屋を覗き込み、全く同じリアクションを見せた。
「美羽さんも、一体何が――ええっ!?」
「え、なになに? みんなして何事――わあっ!?」
 同じくベアトリーチェも静香も目を疑った。部屋の中には確かに集められたらしい7匹の猫がいたのだが、猫たちはある1点――部屋の中央に鎮座する少女の周りに集まっていたのだ。
 それは見方を変えれば「少女が猫に囲まれている」という構図だった。
「あ……、校長先生……、幽霊さん……。ごきげんよう、なのですぅ〜……」
 呆然とする4人にその少女――如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)が光を宿さない目を向けて、にっこりと微笑んだ。いや、微笑んだと言うよりはどう見ても「緩みきった」顔だったが……。
「な、何事……?」
 静香たち4人は同時にそうつぶやいた。

 日奈々はパートナーの冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)と共にこの依頼に参加した。その目的は「大量の猫に囲まれること」である。10匹単位で猫がいると聞いた瞬間、彼女はその大量の猫に囲まれる姿を想像し、見えない目を細めうっとりとしたものである。
 そこで彼女はまず1階ロビーに行き、マタタビの実を使って適当に猫を集め――ヴァーナーもいたため3匹しか集められなかったが――、そのまま空き部屋の中で待機することにしたのである。
 部屋の中にいれば、きっと色んな人が猫を捕まえて持ってきてくれる。そうすれば、さらに猫に囲まれてもふもふできる。そのような考えから、日奈々は部屋の中央で座り込み、猫の相手をしているのである。

「はふぅ……、幸せ……」
 そしてその目論見は見事に大当たりし、自分たち2人で集めた3匹とヴァーナーの4匹、合計7匹に、今しがた静香たちが捕まえてきた8匹も加わり、都合15匹の猫に囲まれることに成功したのである。
 一方でパートナーの猫好きを知っている千百合はといえば、猫に囲まれて幸せそうにしている日奈々を愛でていた。
「ああもう、可愛いなぁ日奈々は。猫まみれになってご満悦、だなんてもう反則級の可愛さよまったくもう」
 見てるだけでは物足りないのか、猫と戯れる日奈々の頭をなでていたりと彼女もやりたい放題であった。
「あぁ、もふもふ……、可愛すぎますぅ……。あ、幽霊さんも……、一緒に、もふもふしませんかぁ〜?」
 頬を緩ませ、日奈々は扉の近くにいる弓子を猫の中に誘い込もうとする。だが弓子はそれをやんわりと断った。確かに日奈々のように猫に囲まれるのは魅力的ではあるのだが、その前にまずは他の場所にいる猫を捕まえてくるのが先である。
「あ、あはは……。今は遠慮させていただきますね」
 猫を下ろし、首輪のプレートに書かれた番号をリストに記入しながら、弓子は苦笑するしかなかった。
「弓子さん、楽しんでる?」
 背後から声をかけられ、弓子たちは後ろを振り向く。そこには今しがた5匹の猫を捕まえてきたところのレキとチムチムがいた。
「レキさん。ええ、楽しんでます」
「そりゃ良かった」
 ニコニコ笑顔のままレキもまたリストに番号を記入していく。
「依頼ってさ、楽しいものばかりじゃないけど、こうして皆と協力して1つのことをやり遂げるって達成感があるよね」
「そうですね、こうして猫がどんどん集まっていくのを見てると本当にそう思います」
 自分たち以外にも多くの人間が猫探しに取り組んでいる。その結果として、この集まった20匹の猫たちの姿を見れば、その実感が湧いてくるというものだった。
「さて、それじゃ僕たちは他の所を見て回るけど……」
 部屋にいる2人はどうする、と言いたそうに静香は日奈々と千百合に目を向けた。
「あ、私は……ここに、残るですぅ……」
「何かのアクシデントとかで猫ちゃんが逃げちゃう可能性だってあるでしょ? だからあたしたちはその監視役ということで!」
 2人のこの主張はもちろん方便だった。監視役が必要なのはもっともであるが、日奈々は猫を愛でること、千百合はそんな日奈々を愛でることが目的であるため、部屋から出たくないだけであった。
「それじゃボクも付き合おうかな。監視は多くいるに越したことはないでしょ?」
「チムチムも残るアル」
 レキの主張も名目上は監視であったが、その実、猫と戯れるのが目的である。
(もう20匹も集まったんだし……、じゃ、この後はスーパーもふもふタイム、だね!)
 レキの本当の目的がわからぬ者はいなかったが、レキ自身は自らの欲望を口にはしなかった。

 そんなわけで、20匹の猫と4人――内1人はゆる族だったが――を残し、静香たちは屋敷の外へと向かって行った。