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桜井静香の奇妙(?)な1日 後編

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桜井静香の奇妙(?)な1日 後編

リアクション

 玄関先で契約者による戦闘が行われているその最中、金庫のある部屋の天井に異常が発生した。屋根瓦と天板が外され、天井から音も無く2人の女が侵入したのである。「狐の目」のメンバー、地球人の「レミ」と狐の獣人の「ナタリー」である。
 ジェニーが玄関先で騒ぎを起こし警備の目を集中させ、その間に自分たちが「夕日の涙」を盗んでいく。特に綿密に立てられた計画ではなかったが、今までの相手は非常に手ごたえの無い連中ばかりだった。だから今回も作戦はアバウトに立てて大丈夫。
 そのような慢心があったのだろう。彼女たちは明かりがついているにもかかわらず、部屋の中にいる数人の気配に気がつかなかった。盗みが趣味であるという「悪意」を持った彼女たちの存在を感知した者。そしてその者からの合図を受け、部屋の「中」から飛び出してくる者の存在を理解した頃には、レミとナタリーはあっさりと契約者に存在がばれてしまっていた。
 部屋の隅で悪意を感じ取った姫宮みことは、すぐさま天井を指差し、それを受け取った久多隆光らが段ボール箱から飛び出して、女2人に言い放った。
「隆光一番乗り!」
 叫びながら隆光は、手に持った魔道書で銅鑼を連打する。
 ジャーンジャーンジャーン!!
「げぇっ!! ……誰?」
 銅鑼が3回鳴る音に反応したレミとナタリーは、同時にそう言った。つい驚いてしまったが、相手が何者かわからないため、それ以上は驚きようが無い。
 これに出鼻をくじかれた形になったのは隆光の方だ。銅鑼を鳴らすことはできたが、お決まりのセリフをうまく言ってくれないことには落ち着かなかった。
「いや、今名乗っただろうが! 久多隆光だ! 銅鑼が鳴ったんだから俺の名前を言うのが筋ってもんだろ!」
「……あ、さっきの『たかみつ』って、それあなたの名前だったのね」
 左手の平に右手の拳を打ちつけ、納得したようなそぶりをレミは見せた。
「そうだよ、今のが俺の名前だよ! はい、それじゃテイク2ね」
「え、またやるの?」
「当たり前だろうが!」
 レミに怒鳴りつけた隆光はまた三国志の魔道書で銅鑼を鳴らした。
 ジャーンジャーンジャーン!!
「げぇっ!! 隆光!! ……これでいいの?」
「ご協力ありがとうございます」
 心の底から満足したような表情で、隆光はレミに頭を下げた。隣にいる洪忠はこの暢気な空気に頭を抱えていたが。
 そしてこの空気に飲まれたレミとナタリーは、部屋の外から大勢の足音が聞こえてきたことで、事態が悪化したことにようやく気がついた。銅鑼の連打音を聞きつけて、契約者たちが殺到してきたのである。
「げ! やっばい、今のジャーンジャーンが警報代わりになったのね!」
「参ったわね、あまりに暢気すぎて対処なんて考えてなかったわよ!」
「わははは! どうよこれ。ギャグに見せかけて実は合図を送っていたんだよ!」
「ウム、さすが隆光。いやむしろお前が孔明か!」
 慌てるレミとナタリーに隆光や三国志が威張るが、この状況を隆光はあまり想定していなかった。そもそも集まった契約者たちを相手に「銅鑼を鳴らす」と打ち合わせなどしていないし、どちらかといえば彼はジャーンジャーンをやりたかっただけなのである――もちろん依頼はきっちりこなすつもりではいたが。とはいえ彼は、この銅鑼の音が何かしらの「異変を知らせる音」にはなるだろうと考えていた。結果としてうまい合図になったというわけである。
「仕方ないわね。ナタリー、さっさと金庫開けて、宝石奪っていくわよ!」
「了解!」
 言うなりナタリーのみが金庫のところまで走った。
「そうはいきません!」
「その動き、止めさせてもらうぞ!」
 妨害するのはみことと洪忠である。洪忠は翼の剣を突き出すようにしてナタリーに迫り、またみことは遠距離から火術による火球を飛ばす。だがそれを黙って見逃すようなレミではなかった。彼女は狐の耳と尻尾をその身から生やし、両手にトンファーを構えて2人の攻撃を受け止めたのである。
「人の盗みの邪魔しないの!」
 トンファーを構えたレミに、今度は隆光が動いた。トンファー、つまり短い棒状の武器。そう、隆光にはそれが「撥」に見えたのである。
「ぬおおおー! その撥をよこせー!」
「ば、撥って何のことよ!?」
 銅鑼をその場に置き、三国志の魔道書を構えて殴りかかってくる隆光を、レミは必死で受け止める。
 そうした攻防が展開される中、ドアが開け放たれ、金庫の部屋に静香と弓子、そしてロザリンドが入ってくる。入ってきた彼女たちが見たのは、まさに部屋の中で戦闘を行っている者と、金庫の扉をピッキングで開けることに成功した狐の獣人の姿だった。
「おっと、ちょっとだけ遅かったようね。ご覧の通り、もう金庫は開けちゃったわよ」
 レミが自信満々にナタリーの方を見やるが、当のナタリーは金庫を開けた状態で固まっていた。
「……あら、ナタリー? そこで固まっちゃって、どうかしたの?」
「…………」
「いや、あのね、ナタリーちゃん。何も言わなかったらわからないのよ、わかる?」
「……レミ」
 放心状態から解放されたナタリーが、金庫から何かを取り出す。
 それは宝石などという代物ではなく、道端に落ちているような石ころだった。
「……まさかそれが『夕日の涙』?」
「絶対違う」
 きっぱりとナタリーは否定した。
 そう、金庫の中からナタリーが取り出したのは、みことが用意した偽物である。
「くそっ! やられたわっ!」
 ナタリーが石を床に叩きつけ、すぐさま静香と弓子以外の全員が2人に飛びかかった。
「確保です!」
「張り倒してくれるわ!」
「お前らがッ、撥を出すまでッ! ボコるのをやめないィィッ!」
「だから撥って何のことよ!」
「っていうか、狭っ! 狭すぎて動きにくいよ!」
「ち、ちょっと、こんなところで乱闘なんて、味方にも被害が出ちゃいますよ!」
「ウム! こうなると誰が最後まで立っていられるかの勝負であるな!」
「無理です! 防御技使ってもそれは無理です!」
「ええい、狭いっ! 狭すぎるわっ!」
 みこと、洪忠、隆光、レミ、静香、弓子、三国志、ロザリンド、ナタリー。光学迷彩で姿を隠している祥子以外の面々は、その部屋の狭さのせいで満足に動けず、大乱闘を演じざるを得なかった。
 この状況に最初に根を上げたのはレミとナタリーだった。ひとまず宝石を諦めて外に出ることにしたのである。
「ナタリー、ドアから出なさい! 私は天井から出るわ!」
「OK、レミ! ここは仕切り直しね!」
 隆光の魔道書による殴打と、洪忠の剣、みことの魔法をかいくぐり、レミは入ってきた天井の穴から抜け出し、またロザリンドの槍と、乱闘に乗じた静香と弓子の妨害をかわして、ナタリーは静香たちが入ってきたドアから脱出した。

(……ちょっと危なかったわね。あそこであいつらがトレジャーセンスでも働かせていたら、間違いなく私は見つかっていたわね……。泥棒2人がマヌケで助かったといったところかしら……)
 泥棒2人が脱出し、それぞれを追って契約者たちが部屋を出た後、いまだ姿を隠し続ける祥子だけが残された。