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【カナン再生記】風に舞いし鎮魂歌 ~彷徨える魂を救え~

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【カナン再生記】風に舞いし鎮魂歌 ~彷徨える魂を救え~
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第3章「彼らに安らぎを、我が身に『罪』を」
 
 
「へぇ……随分沢山の人間が来たものだ。こいつらのテストには十分な相手だね」
 篁 八雲達を見下ろしたまま、ラウディがつぶやく。
 周囲には何人かの村人が――いや、『何体かのアンデッド』が立っていた。
 その眼に宿るは敵意。自然と何人かが武器を構え、その中の一人、棗 絃弥(なつめ・げんや)が口を開いた。
「随分変わった歓迎のご挨拶だな。この村にはそういう風習でもあるのかい?」
「フフ……あると思うかい?」
「まさか。出来るならお前さんの目的を聞きたい所だな」
「目的? 見ての通り素体の調達さ。こいつらは中々に使役のし甲斐がある『活きの良い死体』だよ」
 ククク、とラウディが笑みを漏らす。
 ネクロマンサーに対する嫌悪の原因である負の面。それをまざまざと見せ付けられた事に対し多くの者が心の中で怒りを燃やす。
「我ながら迂闊……疫病の流行った村だと聞いた時点で予想しておくべきだった……」
「死んだ人に戦いを強制するなんて……そんな事許せない!」
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)リアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)が怒りに拳を震わせ、前へと出る。
 二人を見下ろし、ラウディは嘲笑を浮かべると隣の屋根へと飛び移った。
「フフフ……死者を操るボクが許せないか。なら止めてみるがいいさ。ただし……こいつらと遊んで貰うけどねぇ!」
 ラウディが胸元のペンダントに手をやり、何かをつぶやく。すると、ただ立っていただけのアンデッド達がゆっくりと動き始めた。ラウディはそのまま屋根伝いに村の奥へと飛び去って行く。
「待て!」
 遠ざかるラウディを追う為にエヴァルトが、リアトリスが、それ以外にも大勢の者が走り出していた。
 それを妨害するように襲い掛かるアンデッド。大きく振りかぶった一撃から皆を護るようにアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)がライチャスシールドを構える。
「――くっ! 何っ!?」
 攻撃を受けきる事に成功する。だが、予想外なのは相手の力だった。アンデッドの一撃はアインを盾ごと後ろに下がらせてしまう。
「アイン!」
「大丈夫だ、朱里。だが、この力は一体……? アンデッドになったとはいえ、ただの村人にこれほどの力があるというのか?」
 最愛の妻である蓮見 朱里(はすみ・しゅり)を庇いながら油断無く周囲を見渡す。その横からグロリア・クレイン(ぐろりあ・くれいん)が飛び出した。
「皆さん、囲まれると危険です。お互い死角をカバーしつつ、散開を!」
 当たると脅威な攻撃ならば当たらなければ良い。そう考え、それぞれがアンデッドをおびき寄せながら距離を取り始めた。
 
「ミーナ、僕達はこっちに!」
「分かったわ!」
「マスター、マーリン殿。私が殿を務めます」
「お願いします。隆寛さん」
 アンデッドを引き離す為、入り口近くの広場を駆け抜ける二組の姿があった。
 片方は菅野 葉月(すがの・はづき)ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)の二人。
 もう片方は沢渡 隆寛(さわたり・りゅうかん)沢渡 真言(さわたり・まこと)マーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)の三人である。
「よし、ルーカンのお陰で引き離せそうだ。このまま――」
『――!?』
 広場のベンチの前を通り抜けようとした時、ミーナとマーリンが急に立ち止まった。
「何をやっているんですか、ミーナ!」
「マーリン、どうしましたか?」
 行き過ぎた形になった葉月と真言も慌てて立ち止まる。だが、ミーナ達は二人の声に耳を貸さず、何かを探すかのように周囲を見回している。
「何これ……? 魔力……ううん、もっと禍々しい何かを感じる……」
「この近くに何かが……! これか!」
 マーリンがベンチ裏の草むらを掻き分けると、そこに札のような物が落ちていた。慎重に手にとって見ると、怪しい気が更に強く感じられた。
「こっちにもあったわ。何なのかしら」
 少し離れた場所からミーナがもう一枚の札を見つけて来た。そちらも同様に怪しい気を放っている。
 本当ならきちんと調べた上で対処したい所ではあるが、アンデッドを引き付けていた隆寛がこちらへと近づいていた。時間的猶予はほぼ無いと言って良いだろう。
「ちっ、仕方ないな……皆! 離れろ!」
 自身の持っていた札を遠くへ放り投げ、それに向かってマーリンがファイアストームを放つ。
 普通の紙と同じように燃え尽きる札。その途端、隆寛を追っていたアンデッドの身体から紫色の瘴気が抜け出し、動きが鈍りだした。
「む……これは一体……?」
 足を止めながらも警戒を解かず、アンデッドの様子を見る隆寛。相手は先ほどまでと同じように拳を振りかぶるが、今までの勢いは無く、簡単に受け流す事が出来た。
「なるほどね。この札がアンデッドを強化してるって訳ね。なら、これも燃えちゃいなさい!」
 マーリンに続き、ミーナもマジカルスタッフを札へと振るい、焼却する。同時に他の者へと向かっていたアンデッドの一体から先ほどと同じく紫色の瘴気が抜け出し、遠目からも動きが鈍くなったのが分かった。
 こちらで派手な動きをしていたからだろう。アンデッドの追撃を逃れた者達が次々と集まって来る。
「なるほど、その札とやらがあの強さの原因か。しかし、怪しい気を放つとはいえ、どこに隠されているかも分からない物を探すのは容易では無いな……」
 葉月達の説明を受け、クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が考え込む。その時、ベンチに何かの液体が付着しているのを見つけた。
「これは……嘔吐物か? 生存者がいるのか、それとも……。クリフさん、この広場を良く利用していた者に心当たりは?」
「ん、ここを使っていた人か。確か――」
 一行について来ていたクリフの霊が記憶を辿りながら周囲を見回す。そして――
「あの二人、だな。俺が村を出た時点で動けた人となると尚更だ」
 指差したのは、先ほどの札の破壊によって弱体化している二体のアンデッドだった。それを受けて水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)匿名 某(とくな・なにがし)が頭を働かせる。
「両方とも他のアンデッドに比べて腐敗していないわね。となると亡くなったのはごく最近。そしてここに残っていた嘔吐物……。仮にこの札に法則性があるとしたら、その人ゆかりの場所か、遺体のあった所――かしら?」
「その可能性は高いだろうな。この札を仕掛けたのがあの外道だとすると、有力なのは後者か。クリフ、すまないが村の構造を教えてくれ。ポイントを絞って手分けして当たった方が効率が良いだろう」
「そうね。情報の記録は私のテクノコンピューターに任せて」
 クリフの情報を基にこの村にある施設などを把握して行く。そして、各々が怪しいと思う所に当たりをつけると、クレアが全員を見回した。
「分かっているとは思うが、強化状態のアンデッドとの戦闘は極力避けるように。もし回避が不可能な場合でも極力複数での対応を。では……健闘を祈る」
 それぞれが思い思いの方向へと散って行く。今もアンデッドを引き付けてくれている者達の為にと、出来る限り先を急ぐのだった。
 
 
 アンデッドを引き付ける為に残った者達――
 その中の一人である木崎 光(きさき・こう)は迫り来るアンデッドを前に悩んでいた。
(悪人は倒すのが正義。今まではそう思ってたし、実際にそうしてきたけど……)
 これまで光は自分が信じる正義を基に戦ってきた。
 その想いに迷いは無く、ただひたすらに目の前の『悪』を打ち倒してきていた。
 だが――無念にも大地に倒れ、そして亡骸を利用されているだけの村人。
 これは果たして『悪』なのか? 彼らを切り刻み、焼き払うのは『正義』なのか?
(分からない……俺様の中の『正義』が何かが違うって言ってる……)
「光!」
 悩みに気を取られていた光へと振り下ろされる拳をラデル・アルタヴィスタ(らでる・あるたう゛ぃすた)が盾で防ぐ。
 強化された状態の一撃を喰らって大きく下がらされるが、それでも光への攻撃を許す事はしなかった。
「どうした、光。今までは正義の名の下に暴走していたっていうのに、考え事とはらしくないな」
「……分からないんだ、ラデル。今までみたいには戦えない……この人達を傷付けるなんて……俺様には出来ないよ」
(なるほど、珍しく神妙な顔をしていると思ったら……)
 ラデルが複雑な表情を見せる。パートナーの精神的な成長、それ自体は喜ぶべきものだ。だが、それと引き換えにするには目の前の光景は余りにも重過ぎる。
(無辜の民の犠牲が光を強くする、か……。独善だな。独善に過ぎないが――イズルートの民よ、君達が生まれてきた証……それを刻む一つの出来事として、今日のこの日に僕達が関わる事を許してくれ……)
 彼らの犠牲を無にしない為に、成長を果たすパートナーを護りきると誓うラデル。そんな彼と光の前に二人の男が歩み出た。
「ここは私にお任せ下さい。村人達を攻撃する罪。全ては私、ルイ・フリード(るい・ふりーど)が担いましょう」
「その罪、このエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)も背負わせて貰おう。疫病の拡散を防ぐ為とはいえ、亡骸を傷付けるのは罪深き事。だが、それが彼らに安らぎを与える為に必要だというのなら……例えこの手を汚す事になろうとも、俺は戦ってみせる」
 二人の目に迷いは無い。村人達の攻撃を受ける事、そして彼らを傷付ける事によって自身の心が痛む事、その両方を我が身への罰として受ける覚悟は出来ていた。
「さぁ、君達は後ろへ。そちらのお嬢さん方も決して前には出ないように」
 エースは光達を庇うと共にグロリア達へと視線を向ける。女性を尊重する彼にとって、この様な戦いで女性を矢面に立たせる事は決して考えられなかった。
「お心遣い、感謝します。ですが、お二人だけに全てを背負わせはしません。私達も援護します。レイラもアンジェリカもいいですね?」
「…………ん」
「勿論よ、グロリア。こんな悲劇、いつまでも続ける訳にはいかないもの」
 レイラ・リンジー(れいら・りんじー)が僅かに頷き、アンジェリカ・スターク(あんじぇりか・すたーく)が真剣な表情で答える。彼女達もまた、痛みを受け入れて村人達を倒す覚悟を持つ者達だった。
「私も一緒に戦います。同じ銃使いなら狙いを合わせた方が良いでしょうから」
「ありがとうございます、光奈さん。では、三人共……戦いの用意を」
 グロリアが刀をゆっくりと振り上げる。それに併せ、レイラ、アンジェリカ、篁 光奈の三人が銃を構えた。
 数瞬の沈黙。そして今――悲しみの戦いの火蓋が切って落とされた。
 
「――発射!」
 振り下ろされる刀と共に銃声が鳴り響く。三人による集中砲火を受け、アンデッドの一体が後方へと倒れる。
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
 もう一体のアンデッドへはルイが鳳凰の拳を叩き込み、大きく吹き飛ばした。だが、強化されたアンデッド達は怯む事無く再び立ち上がり、最前線のルイへと襲い掛かる。
「やらせはしません。奈落の鉄鎖よ、彼の者を縛れ!」
 にじり寄っていたうちの一体をエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が抑え込む。更に、その隣のアンデッドには光が氷術を放って動きを封じ込めていた。
「……答えは見つかったのか? 光」
 タワーシールドで光を庇いながら、ラデルが尋ねる。光は首を振って応えながらも、前へと進みだそうとしていた。
「分からない……分からないけど、このまま村の人達を彷徨わせたままにするのは正義じゃ無いって思う。だから……あいつらみたいには出来なくても、俺様なりに出来る事をしてやるんだ」
 ルイとエースのように明確に『罪』を自覚し、それを背負えるほど光は人生を経験していない。それでも幼きその心は、村人達を可能な限り傷付けないようにと戦う事でその先の答えを探そうとしていた。
「イズルートの村人達よ。いつか僕がナラカへと堕ちた時……その時にこの償いをさせてくれ。舞え……炎の嵐よ!」
 アンデッドの身体にエースのファイアストームが襲い掛かる。炎の嵐に翻弄されたその肉体はやがて、まるで糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。
「ごめんなさい。この戦いが終わったら、丁重に埋葬しますか――えっ?」
 倒れたアンデッドの冥福を祈ろうとしたアンジェリカの顔が驚きへと変わる。
 遠くの方で蒼い光が放たれたかと思うと、動きを止めていたはずのアンデッドが再び立ち上がったのだ。
「危険です! 離れて!」
 再び拳を振り上げるアンデッドからルイがとっさに庇い、攻撃を受け止める。龍鱗化した強靭な身体で何とか押さえ込むが、それでも五分五分と言えるほど相手の攻撃は重かった。
「く……元を断たねば何度でも立ち上がるという訳ですか。あちらの方々があの少年を止めるか、先ほど奥へと向かった方々が有効な手を見つけてくれるか……。それまではただひたすら耐えるしかなさそうですね」
 塵一つ残さず消滅させれば話は別だが、さすがにそこまで無慈悲な事は行えない。この戦いを終わらせられるかどうかは、他の者達の手にかかっていた――