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リアクション
■第38章 神聖都キシュワイバーン隊
「あれがキシュだ」
長い旅の末、ついに見えてきた、横に広がった外壁を目にしてバァルがつぶやいた。
「どうやって入るの?」
「そのまま飛び越えろ」
「って……えっ?」
いいの? と切は横顔を伺った。
ザムグでもどこでも、町に入るときはそれなりの手順がいった。外壁を飛び越えて入れば当然不法侵入だ。
「構わない。むしろ追われた方がいい」
派手に騒ぎを起こすことがバァルの目的にかなっていた。これまでに追いつけなかった以上、もはや神殿に潜入する前に彼らを捕まえられるとは思っていない。とすれば、内部に侵入した者が偽者であると知らせて捕らえさせるしかなく、そのためならキシュの空挺部隊だって利用できる。
「……でも、そうすると救出部隊のみんなはどうなるんですか?」
オイレで横を飛んでいた陽太が、おそるおそる訊いた。
なんだか嫌な予感がしていた。
「当然捕まって侵入者として処罰される。きみたちは北カナンと敵対しているから、考えられるのは極刑だ。見せしめの意味も込めて処刑というのが順当だろう」
あ、やっぱり。
救出の邪魔をする、というのはそういうことなのだ。当然といえば当然なのだが、正直、そこまで考えていなかったというのが正しかった。
「それはちょっと…。
偽者たちとこっそり入れ替わるとか、そういうことはできませんか? ベルフラマントなら用意しています」
「きみたちの話によると、救出部隊は12人。わたしたちにそれだけの人数はいない。入れ替わるのは不可能だ」
「う…」
「わたしは東カナンの者に偽装して潜入した東西シャンバラ人の味方にはなれない。だから彼らを救いたいのであれば、阻止後にきみたちで救出してくれ」
そう言う間にも、彼らの乗る飛空艇はキシュの外壁を越えた。地上、門の辺りからかすかに警報が鳴っているのが聞こえる。あれは? と訊かなくても分かった。自分たちの不法侵入を知らせるサイレンだ。すぐにキシュの空挺部隊と地上部隊が現れて彼らを追跡するだろう。
こうなったら腹をくくるしかない。
神殿は、すぐ目の前に迫っていた。
一方、救出部隊と分かれてキシュ入りをはたした援護部隊はといえば。
なぜか神殿の参道で、大宴会の真っ最中だった。
「いちばーん、霧雨透乃、日本酒一気飲みしまーす!」
一升瓶を片手にすっくと立ち上がった霧雨 透乃(きりさめ・とうの)が、くーっとラッパ飲みを始める。ただ飲んでいるのではない、喉をゴクゴクさせずに胃袋一直線。食道開きっぱなしの大技である。
「おー! いいぞ霧雨ーっ」
がははははっ。
持ち込みの筵(むしろ)の上でどっかりあぐらを組んだフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)の手にも酒瓶が握られている。ただし、こちらはフェイクで中身はただの水だ。しかしそんなことは彼女には一切関係ないようで、盛り上がれば何でもよし。まるで酒でできあがった状態だ。
「あー、暑くなっちゃったぁ」
演出でえりを引っ張る透乃に
「いいぞー、脱げ脱げーっ」
と乗っかっている。
「次だれー? 陽子ちゃんもやってみる?」
頬をほんのり……どころかかなり真っ赤にした透乃が、隣の陽子にしなだれかかる。
「私もいただいていますけど、とても透乃ちゃんにはかないませんわ」
もきゅもきゅと、昨夜作った宴会料理を食べる緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)。前もって計画済みで用意してあったとはいえ、とても携帯食で作ったとは思えない、豪勢なお重だ。
「えー。じゃあ芽美ちゃんはぁ?」
「私は今日は飲まないでおくわ。ありがとう」
宴会の様子をデジタルビデオカメラで撮影している月美 芽美(つきみ・めいみ)は、答える間も片時も目をレンズから放さない。
「そんなのつまんないよーう」
「よーしっ。じゃあここはひとつ、このフェイミィさんが伝説の歌『○ンタの大冒険』でも歌っちゃうかなー?」
あーる日○ンタが歩いているとっ♪
「……このエロ鴉…」
リネン・エルフト(りねん・えるふと)は目を閉じ、ふうっと諦めの極致で息を吐く。いまさらいまさら、と繰り返し、自分に言い聞かせているようだ。
なにがどうしてこうなったか?
それは、ついて早々に発した透乃のひと言だった。
「お花見宴会しよーよ。だってこの人数だもん、隠れるったって無理があるよ」
ずっと隠れて待ってるだけってつまんないし。
「お酒あるよ」
日本酒ドン!
「料理も用意済みです」
お重をバン!
「許可もらってきたわよ。隅の方であまり目立たないようにするならいいって」
芽美が門の方から歩いてきた。
「わっ、芽美ちゃん仕事早いじゃん」
「当然よ。……まぁ、多少賄賂の日本酒が必要だったけど、お酒はまだまだあるから」
わーい、お花見だ、宴会だー♪
というわけで。
ここも隅っこ、と神殿の前階段の横を堂々陣取り、彼らは大宴会を始めたのだった。
「あーん、陽子ちゃーん。もっと構ってよー」
「きゃっ」
がばっと急に透乃に抱きつかれ、陽子はひっくり返ってしまった。
花を背にした透乃が真上から覗き込んでいる。
「陽子ちゃん……キスしよ」
「透乃ちゃん……人目が…」
と、胸に手を突っ張って、一応抵抗するフリをする陽子。もちろんかたちだけなので透乃の接近は拒めない。
「うーっひゃっひゃっひゃ! もっとやれー!」
禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)が、勢いよくページをバララララッとさせて2人の周囲を飛び回っている。
飲んでいない者が大多数だったのだが、飲んでいなくても騒げる者も多かった。
そして、そういう者ばかりかといえばそうでもなく。
「あ、あの……これは…」
救出部隊の飛空艇を取りに行っていた比島 真紀(ひしま・まき)は、目の前の光景に唖然としてしまった。
これは人質救出作戦なのに。
しかもここは敵の本拠地のまっただなかなのに。
もうじき戦闘しようというときに。
緊迫感がカケラもない。
「まぁ、おまえも座れ」
手酌しながらクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が背中越しに声をかけた。
「作戦的には正しい。この屏障もない開けた場所で30名近いよそ者が、いつ来るかもしれない合図を待ってうろついているのは不自然だ」
「はぁ…」
「敵陣での偽装工作も任務のうちだ。兵たるもの、完璧にこなせなければ」
酒の入った杯を口元に運ぶ。
「なるほど! そうでありますね!」
任務のひと言で、がぜんやる気になった真紀だった。
「よし! サイモン、われわれもやるのであります!」
「って、えっ?」
ぐい、と腕を強く引っ張られ、サイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)はたたらを踏んだ。
「比島 真紀あんどサイモン・アームストロング、デュエットします! 曲は『○濯機と炊○器と掃除○』!」
どんな歌だそりゃ。
「――ああっ、クレア様、それ何杯目ですかっ?」
コミックソングを歌う2人を見ながら、くーっと無表情に飲み干すクレアの様子に気づき、ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)があわてて酒瓶を奪い取る。中身は、もう半分以上がなくなっていた…。
宴もたけなわとなったころ。
ついにバァルたちの乗った飛空艇が神殿の上空に到達した。
「あれ、もしかしてバァルさん…?」
飲んではいなかったのだが、すっかり周囲の酒気にあてられてひっくり返っていた菅野 葉月(すがの・はづき)が、空を指差した。
宴会場の真上を数機の飛空艇、ワイルドペガサスが飛んで行く。
太陽光に邪魔をされ、逆光でよく見えなかったが、見間違えようもない距離だった。
「うわ。冗談じゃない。なんでここにっ!?」
がばっと身を起こす。その間に、すでに何人かがそちらへ向かっていた。
飛空艇が止まるのも待たず、バァルは近づいた地上に飛び降りた。バァルの目には神殿しか見えていない。不法侵入に神官戦士たちが駆けつけるよりも早く、前階段を駆け上がった。
「バァルさん、ワイも行く!」
待ってと言ったところで待つわけがない。アルバトロスを乱暴に乗り捨てた切は、光条兵器・我刃を手にバァルの後ろにつく。
「私は先に入った方が偽者とお伝えしに行きますわ!!」
リゼッタは、こちらに走ってくる神官たちに、先のバァル一行が侵入者であることを知らせに走った。
「待って、バァルさん!!」
階段の途中で高島 真理(たかしま・まり)が、パートナーの源 明日葉(みなもと・あすは)、南蛮胴具足 秋津洲(なんばんどうぐそく・あきつしま)、敷島 桜(しきしま・さくら)とともに立ちふさがった。
「もう人質救出部隊は内部へ潜入を果たしました。今あなたが乱入しては、セテカさんたち救出部隊の命が危うくなります。自重してください!」
なぜザムグで捕虜となっているはずのバァルがここにいるのかは、彼の後ろについた10名近い者たちを見れば、訊かなくても分かった。
彼らが裏切ったのだ。
(まったくよけいなことをして…。それがどれだけ仲間の命を危うくしているか、自覚あるの!? こいつら!)
その理由はあとで問い詰めるとして、今はとにかく先へ進ませないことにある。今なら宴会芸のひとつとでも何とでも、説明はつくかもしれない。――かなり苦しいが。
「どうかボクたちとこちらでお待ちください。きっと彼らが弟さんの石化を解除し、無事連れ戻ってくれるでしょう」
「――石化を解けば、エリヤは死ぬしかないんだ!! そこをどけ!!」
「えっ…?」
想像もしていなかった言葉を聞いて、あっけにとられた真理を突き飛ばし、先へ進もうとするバァル。
しかしトライブから事情を聞かされていた王城 綾瀬(おうじょう・あやせ)は、そんなことでひるまなかった。影から飛び出し、鬼眼でバァルもろとも背後の者たちを威圧するや、渾身の膝蹴りを顎に叩き込もうとする。
だがエリヤの命がかかっている今のバァルに鬼眼は効かなかった。また、彼の反射速度は並ではない。軽く膝を手で払い、肩をトンと突く。それだけで綾瀬はバランスを崩し、階段の上でひっくり返った。
「……ちィ…ッ」
なおも向かっていこうとした綾瀬をクレアが制した。
「行かせてやれ。わたしたちにできるのは手伝いだけだ。これはもう、当事者がどうにかして決するしかないのだ」
先のバァルの発言は、クレアにとっても衝撃的だった。だが同時に、腑にも落ちた。
だからあんなにも彼はかたくなにわれわれの説得を拒否し続けていたのだと。
「と、いうことは、だ。あのセテカってやつ、なんでこんなことしたんだ?」
どうも信頼できない、うさんくさいやつだと思ってたんだよな。
話を聞いていたフェイミィが、腕組みをして唸る。
「セテカの考え……今一つ、わからないわ。深入りは……危険かも」
横でリネンも同意した。
「セテカには……一度協力した義理はあるけれど、利用される気はないわ。……引き際はわきまえて、動きましょう」
「だな」
「目はよく見えているか?」
自分の横をすり抜けようとするバァルに、クレアは声をかけた。
「……どういう意味だ?」
「セテカが以前言っていた。そのうち眼鏡が必要になると言って、よくからかっていたと。
あれは、本当にそれだけの意味だったのかな。彼は、近視眼的になるなという意味もこめていたんじゃないか?」
クレアは、あの夜のことを思い出していた。バァルについて話すセテカの楽しそうな表情。まるで自分のことのように誇らしげだった。
『好きなんだな、彼が』
『好きだよ』
ためらいもなくバァルのことを好きだと言った、あの言葉がうそとは、クレアにはどうしても思えなかった。
「友を信じてやれないか? おまえの言うことが正しいのなら、なぜ彼がこんなことをしたのか、私には分からない。だが、きっと彼なりにおまえのことを思ってのことだと思う」
「――あいつが何を考えているか、もうわたしにも分からない。だが、わたしが望んでいることとはまるで違うということは分かっている。それで十分だ」
再び、バァルは走り出した。
入り口の前に集まり始めた神官たちに名を名乗り、とまどう彼らに前を開けさせて中に入って行く。
あとを追おうとした切だったが。
「キミは駄目です」
六鶯 鼎がすかさず足の甲を踏んずけた。
「うわっ」
階段に顔面からダイブしそうになって、あわてて両手をつく。ギリギリセーフ。
「何すんだよっ!?」
「私たちはシャンバラ人なんです。東カナンのバァルさんとは表面上敵同士。一緒に動いては彼の立場を不利にすることにしかなりません。ここで待つんです」
「待つ、って――」
「そーそー。みんな一緒に宴会の続きでもして、待ってるといーよ」
木の下で、枕にした陽子の胸を指でつまんだりひっぱったり、もてあそびながら透乃が言う。陽子は酒も入っていないのに赤くなった顔で、うっとり透乃の髪をなでていたりする。
「どっちが出てくるか、賭けない? 芽美ちゃん」
ジーーー。
正座して、デジカメ撮影中の芽美に訊いたとき。
ざあっと何かの巨大な影が、彼らの上を通りすぎた。
それも、いくつも。
「……やば」
さすがにこれは傍観できないと、ばっと身を起こした透乃の顔は、すっかり正気に返っていた。酒が入った様子など微塵も見せない。超有名銘柄の日本酒と書かれた空瓶を蹴り飛ばしながら、彼女たちもまた、階段近くにいる者たちの元へ走った。
ついにネルガルが追いついたのだ。しかも、ワイバーン隊まで引き連れて。
いやそれどころか、彼や彼の部下たちの乗るワイバーンの後ろには、まるで神殿上空を埋め尽くさんばかりのワイバーンの群れがひしめきあっていた。
ネルガルの部隊から連絡を受けた漆黒の神殿の常駐空挺部隊、そしてキシュの防衛空挺部隊までがここに集結したのだった。
「……マジかよ…」
にわかには信じがたい光景だった。
信じたくない、と言った方が正しいのかもしれない。その数、おそらく千を超える大軍勢だ。
「……止められないまでも、できる限り……足止めが必要ね…」
わらわらと階段の下の参道に集まり始めた神官戦士たちを見下ろして、リネンがつぶやく。
「私たちに利があるとするなら……神殿を破壊したくないでしょうから、大技は使えない……ってことかしらね」
それを最大限利用するしかない。
「神殿から離れるんじゃねーぞ、おまえら!」
周囲に檄を飛ばす。
「それからおまえら!」びし、と切たちを指差した。「裏切ったのどうだのはあとだ! 死にたくなかったらおまえらも手伝え!」
「……まぁ、そうだな。オレたちとあんたたちの区別がやつらにつくとは思えないしな」
コウは肩をすくめ、魔銃モービッド・エンジェルと魔銃カルネイジを抜いた。血と鉄、朱の飛沫、ヒロイックアサルトと、次々と発動させていく。
「私は……上に。フェイミィ、気をつけて」
ワイルドペガサスにまたがったリネンが、飛空艇に乗り込んだ真理たちとともに空へ上がっていく。
「気をつけろよ、リネン…。
オルトリンデ遊撃隊、まいるッ!」
「はっ!」
従者オルトリンデ少女遊撃隊を率いて先頭に踊り出たフェイミィが、前列の敵をなぎ払いで一掃した。それを合図に、全員がそれぞれ得物を手に敵兵へと向かって行く。
「悠美香ちゃん」
二刀の構えで白漆太刀「月光」とクラースナヤを持ち、階段を降り始めた悠美香を要が呼び止めた。
「こんな危険な場所に連れてきちゃってごめん」
「そんなこと――」
「わがままって言われるかもしれないけど、俺が行く所には必ず悠美香ちゃんについてきてほしいんだ。ううん、連れて行く。悠美香ちゃんが嫌がっても。絶対」
なぜなら、自分が見るもの感じるものを悠美香にも見て、感じてほしいから。ここに悠美香がいてくれたらと、残念に思いたくないから。
「だから、こんなことになっても、連れてきたことは後悔してないんだ。後悔するべきだって何度も思ったんだけど。
ごめんね」
侵蝕弓ゼアバーツの具合を見る要。
悠美香はとっさに返せず、ただ、ふるふると首を振った。
「……要がそこにいる限り、どんな場所でも私は後悔しない。絶対。今、ここに要といられて、本当によかった」
こんな所に、こんな場面に、要が1人でいると思ったら、それだけで胸が張り裂けてしまうかもしれないから。
だから連れて行って。どんな場所でも。手を放さないで。たとえそこが地獄のような場所でも。
「悠美香ちゃん。俺、ちゃんと後ろにいるからね。たとえ前にいなくても、横にいなくても」
「ええ、もちろん!」
悠美香は以前と同じ、満面の笑顔を浮かべて頷くと駆け出した。迫り来る数十の神官戦士たちに向かって。
背中に要を感じる今、負ける気は、いっさいしなかった。
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