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リアクション
エピローグ 器から出でる魂の行方
挿話【2】 〜墓前にて。〜
空京の外れ。住居エリアの日常、ビジネス街の凛とした空気、商店街の喧騒から離れた、さやさやと風が吹く丘。余裕を持って等間隔で並んでいる墓石の前に、チェリー・メーヴィス達は立っていた。石の表には『山田太郎の墓』と、裏には彼の没日が刻まれている。
「これ……」
墓を凝視して立ち尽くすチェリーの隣で、キリカ・キリルク(きりか・きりるく)がそっと花束を供える。山田の死は、まだ彼女には重いかもしれない。心の傷は、まだ完治していないのかもしれない。
彼女にとって、この墓は――
「山田はずっと此処に在る。チェリーが何処へ行っても、変わらずに立っている」
もう処分されることも、遺ったものの場所すら分からなくなることも無い。
――チェリーの胸に輝く北極星のような、彼女が決して見失わない標を。
そう考え、ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)は山田の墓を建てた。
どんなに遠く離れても、そこにあるチェリーの初心として。
墓は、そのシンボル。
「――死者は何も語らない。だから、丸ごと心に放り込めばいい。死者の面影を負うのではなく、死者の求めたるところを求めよ」
「…………」
チェリーは半ば呆然としたままヴァルをのろのろと見返した。少し油断したら泣いてしまいそうで。――否、泣くのを我慢する必要なんてない。
墓に手を合わせてしゃがみこみ、そして涙を零す。
昨日だって泣かなかったのに。ぎりぎりで、泣かなかったのに。
最後だと思った。もう会えないと思った。会えない事に変わりは無い。でも、ここに墓が在るということは、また語りかけることが出来るということだ。
それだけでも、違う気がした。うれしかった。何より――犯罪者である彼が、他の死者達と同列に並んでいる。『人』として、並んでいる。
――求めたるところ、か……。
――お前は……私に何を望んでいる?
勿論、答えは返ってこない。それでも何となく、聞かなくても自明であるような気がした。
立ち上がると、キリカが手を差し伸べてきた。
「行きましょう」
黙って、チェリーはその手を取る。だけど、キリカが彼女に手を貸すのはこれが最後。
寄り添い、傷を労わる時は終わった。ここからは、彼女1人の戦いになる。過保護にしては、彼女が立ち上がれなくなる。
今は、その瀬戸際だと思うから。
だから、ただ心の中でエールを送る。
「旅?」
墓地から出て、別れの時。チェリーはヴァルに旅を勧められた。
「ああ。死に立会い、誕生に立会い、そして世界に立ち会ってこい」
旅。それはどんなものなのか。物理的な旅。様々な経験をしていくという意味の、メタファーとしての旅。
どちらにしろ、これから可能性が潰えないということでは同じだろう。だから、チェリーは頷いた。
「……そうか。じゃあ、これは餞別代わりだ」
ヴァルは、ここまで乗ってきた軍用バイクのキーを彼女に差し出す。
「……え? でも……」
「チェリー・メーヴェスの誕生祝いだ」
戸惑いと疑問の表情を認め、ヴァルは言う。
「人は、二度生まれるという。最初は、ただ生きる為に生きる、動物的な生。二度目は、己の為すべき事の為に生きる生だ」
「…………」
チェリーは、しばらく彼を見上げ――
「ありがとう、帝王……」
鍵を、受け取った。
「じゃあな」
いつかのように彼女の頭をくしゃりと撫で、ヴァルはチェリーに背を向けた。本名は名乗らずクールに去る。
この世に生きている限り、どうせまた会うだろうから。
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