First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last
リアクション
(朔ッチ、戻ってこないな……、出産が始まったのか……、ん?)
処置室の方を伺っていたブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)は、永太達と別れてから何処かに消えていたアクアが戻ってくるのに気付いた。受け取ったメモを失くさないように仕舞いに行っていたのだが、勿論そんな事は分からない。
彼女は、ノートを手に持ったまま壁に寄りかかった。セシリアからお茶を受け取ると、つまらなそうに、大部屋に残った皆を見るともなしに眺めている。
(……朔ッチが出産の手伝いしてる以上、ボクが出来ることなんてないしな。……ちょっと世間話でもしてこようかね)
そうして、カリンはアクアの方へと近付いていった。
(……先程から、やけに立会いや手伝いに誘われます。何故、そうも巻き込もうとするのでしょう)
アクアの無感情に見える瞳の中には、煩わしさの他に僅かな戸惑いも含まれていた。親しく声を掛けてくる皆の考えが読めなかった。何を思い、話しかけてくるのか。しかも、その殆どがゼロ距離攻撃である。近付いてくる人の全てが自分を利用しようとする者ではない、ということは薄々理解し始めていた。信頼しても良い、と思える者との関わりを持った。だが、彼らはアクアにとっては特殊であり。その『信頼』にさえ、まだ『とりあえず』がつく状態だ。
『皆、貴女のことを大好きなのですから』
ザイエンデの言葉を思い出す。皆が私を好いている……。そんな事があるのだろうか。
「……よお、アクア先輩」
声を掛けられ、アクアはカリンに意識を向けた。眉を跳ね上げ、彼女に言う。
「先輩? 何ですか、それは」
そもそも、自分達が会話するのはこれが初めてだ。種族も違うし、そんな呼ばれ方をする謂れはない。
「……あ? そりゃ、寺院の先輩って意味だよ」
「…………」
アクアの放つ空気に、攻撃的なものが混じる。寺院という単語に反応したのだろう。無言で睨みつけたが、カリンはそれを軽く受け流した。
「皮肉だよ、真に受けんじゃねぇゾ?」
「……皮肉だということは、口調で判断がつきます」
「……あぁ、そう……」
(寺院の関係者ですか……)
特別な感慨は抱かないまま単純に、そう思う。あまり友好的とはいえない空気の中、カリンは言う。
「まあ、ずっと隅で見てたがよ……てめぇがヘタレのウジウジ野郎ってのはわかったよ」
「……何ですって?」
険悪度が一気に上がる。それを意に介さずに、カリンは続ける。
「ああ、胸糞ワリぃよ。まるで昔のボクを見てるようだ」
「…………」
険悪度が心持ち下がる。物問いたげな視線がカリンに注がれる。
「……あんたにも、友達が居るんだろ? 喋りてぇ事があれば全部ブチ撒けちまえばいいんだよ。あのファーシーとかにもな」
「…………」
アクアは、少し意外そうに目を瞬かせた。しかし口調は冷ややかなまま、彼女に問う。
「それは、アドバイスのつもりですか?」
「ふん、どう取ろうが勝手だけどな」
そこに、会話を聞いていた花琳・アーティフ・アル・ムンタキム(かりんあーてぃふ・あるむんたきむ)が歩いてきた。仕方ないな、というように苦笑する。
「もう、ブラッドちゃんたら素直じゃないな〜。そこは素直に『友達になりましょう』でいいんだよ。もしかして、それがヤンキーデレ、略してヤンデレって奴なの?」
「あぁ? うるせぇよ、ほっとけ」
花琳がからかうと、カリンは噛み付くように反論した。だが、そこにとげとげしさは無い。2人は仲が良いようだ。
「貴女は……」
「あ、私は花琳って言うんだ、よろしくね〜。……っと、いきなりフレンドリーは無理だよね」
人懐っこい笑みで自己紹介してから、花琳は適度な距離を置いて真顔で言う。
「でもね、この前から見てて思ったんだけど、あなたが思ってる以上に皆はあなたと仲良くしたい風に見えるよ?」
「…………」
アクアは何も言わないままに、これまでの事を思い返す。
「……あなたの気持ちを全部わかるとは言わないよ。でも、解り合うためには相手を受け入れることも大事じゃないかな」
「わかりあうために受け入れる、ですか?」
初めて言葉を覚える幼子のように繰り返す。抑揚の無い口調で、長い台詞をただ、暗記するみたいに。そして、彼女は思い出したようにカリンに言った。
「貴女、私と友人になりたいのですか?」
「……んなこと言ってねぇだろ! ……まあ、何か言いたいんだったら聞いてやってもいいけどな」
「……別に、貴女に話すことなどありません。仮にそうだとしても、その相手として貴女を選ばなくても他にいますから」
「何だとぉ!?」
「例えばですね、例えば……」
言いかけ、アクアは顔を紅潮させた。よくわからない対抗心のままについ言ってしまったが、するりとそんな台詞が自分の口から出た事に、一瞬にして何人かの顔が浮かんでしまった事に赤面したのだ。
(わ、私は何を言っているのですか……!)
「と、兎に角、寺院に関係していたらしき貴女に言うことなどありません。何なら、ここで氷漬けにしても良いのですよ?」
アクアの得意技が電気系から氷系に変わったのはつい最近だ。
そこで、処置室側の通路からひょっこりとファーシーが顔を出した。何かを取りにきたらしい。どこかを支えにしつつではあるが、歩き方が少しスムーズになっているのは気のせいだろうか。エネルギーが充分過ぎるほどに満ちているのかもしれない。
「あれ、アクアさん……もしかして、待ってるの?」
「ち、違います……。な、何ですか、ここには出産待ちの者以外居てはいけないとでもいうのですか?」
「ううん、そうじゃないけど……、ふふ、まあいいや」
そう言って、ファーシーは目についた研究所の助手に何事かを訊ねに行った。別の部屋を示されると中に入り、ややあってから必要なものを抱えて処置室へ戻っていく。
それを見て、橘 舞(たちばな・まい)がブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)と金 仙姫(きむ・そに)に向けて言った。
「ファーシーさんは、もう大丈夫みたいですね。一時はどうなるかと思いましたけど本当によかったです」
そうして、先程まで少々取り乱していたアクアに注意を向ける。
「今心配なのは……アクアさんですね。気にしていない素振りを見せてますけど、山田さんとか研究者さんの方のこととか……、手にもってるノートって、研究者さんのノートですよね。気にしてない訳ないですよ。心ここにあらずって感じですし……」
「……アクアのあれはノーガード戦法ね。昔有名なボクサーが使ったヤツよ、まぁ、漫画だけど」
「「…………」」
何だか妙な間が生まれた。舞は「?」というように、仙姫は半眼でブリジットを見つめている。
「……冗談よ。何、舞、アクアが気になるの?」
「そうですね……、お友達になりたいです」
そうして、舞はアクア達の所へ歩いていった。
「あっ、舞! しょうがないわね……」
一方、ルイ・フリード(るい・ふりーど)もリア・リム(りあ・りむ)と一緒にアクアに突進していた。いや、『も』と言っても舞は勿論突進などはしないのだが。ルイも、突進といってもぶつかるわけではないのだが、まあそのくらいの勢いということだ。何せ、ルイは先日の事で、回復後にリアにこってりとボコボコにされている。直截的な触れ合いはちょっと自重だ。
アクアを抱きしめたのは必要だと思ったのだが……ボコられたことを考えると遣りすぎだったのかと考えてしまうのも事実で。
(女性の心理って難しいですよね……)
そう思わざるを得ない。
それで、改めてアクアと話をしたい、笑顔を見たいと思って研究所に来たのだが、現状を知って――
「何ですって! 機晶姫の出産ですか!?」
と、突進しているというわけである。
「あ、ル、ルイ! またなのだ!?」
最早、リアが止める暇も無い。そして、ルイがアクアに挨拶する方が舞よりも若干早かった。
「アクアさん!!」
「!?」
「機晶姫の出産ですよ! 生命の神秘です!」
『貴方』の『あ』の字もアクアが言わない間に、ルイはハイテンションスマイルで彼女に語る。アクアの目はまんまるになっていた。
「こう、なんだか胸がトキメキますよね、新しい命の誕生は。アクアさんもそう思いませんか? こう……胸ズッキュン☆という感じでしょう?」
ズッキュン☆ というポーズと表情を作ってみる。
ルイの目は輝いていた。
「…………」
アクアはわなわなと口元を震わせている。一緒にいたカリン達も超吃驚だ。
「…………」
「…………」
「……ごめんなさい」
アクア達の表情を見て、ルイは土下座した。
「……なんですかそれは。新たなギャグですか? 笑いませんよ。というか笑えませんよ? 貴方には普通のテンションというものはないのですか!」
「もちろんあります!」
「信用出来ません!」
「まあまあ……アクアも落ち着くのだ。ルイの暴走は僕が代わりに謝るのだ」
一応ルイも謝ったが、まあ、土下座の分も含めてもう一度謝る。
「リア……」
ファーシーの昔の映像を見せてもらったので、アクアは彼女とはまだ普通に話すことが出来た。なんとか興奮を収める。
「アクアさん、出産のお手伝いに参加しましょう!」
「な、なんですかまた!」
「出産という新しい命が誕生するかもしれない場面に、せっかく私達も居るのです。まずは、私と新鮮な思い出を作りましょう!」
「は、はい?」
アクアは目を白黒させる。ルイは、彼女が自分の存在価値をどう思っているか、やはり自分には判らないだろうと思っている。彼女が過ごしてきた時間は決して短くはないのだから。
かといって、諦める彼ではない。
そう、アクアの笑顔を見るまでは。
「待ってください。冷静に話しましょう。ついていけません。でも、何となく話せばもう少し通じるものもないわけではないかもしれないので、もう少しテンションを……いえ、手伝いをする気はないですよ! ないですけど……」
舞が来たのは、そんな時だった。
「アクアさんも、つんでれさんですね」
「……。な、何ですか突然。私はそんなものでは……」
その言葉の意味を知らない訳ではないアクアは、心外だ、という表情になった。
「分かるんですよ。私の傍にも、1人いるので……」
アクアは強がっているけど、本当は寂しがり屋で素直になれないタイプ。ファーシーに対する態度もアクアなりの愛情表現なのだ、と舞は思っていた。そして、やはり参加してもらいたいと感じたのが――
「アクアさん、やっぱり、ポーリアさんの出産に立ち会ってみませんか?」
「…………」
舞を一瞥し、アクアは溜息をついた。
「貴女もですか……。嫌ですよ。私は興味などありません。お節介もほどほどにしてください」
「アクアさん……」
悲しそうに表情を曇らせる舞に、ブリジットが言う。
「舞、こんな素直じゃないのは放っておいてもいいのよ。急に手のひら返して握手求めてきたら、よっぽど信用できないわよ」
「でも……」
「そんなだから、頭の中が常春とか、お花畑満開とか言われるんだって。……まぁ、少なくとも舞に関しては間違いじゃないけど」
ブリジットは、本人の前で堂々とお花畑を肯定した。
「……アクアは、常春とかお花畑満開とまでは言っておらんかったと思うがな」
そこに、最後にやってきた仙姫が冷静につっこみを入れる。
「少なくとも、舞に対して普段からそういうことを言うのは、確か……アホブリとかいう名前のヤツじゃったと記憶しておる」
「…………」
反論の言葉が見つからないままに口を尖らせるブリジットに、仙姫は飄々と続ける。
「どうせあれじゃろ。自分が舞のことをお花畑の人と言うのはいいが、他人に言われるのが我慢ならんとかいう……」
「う、うるさいわね、余計なこと言わないでよ」
「……?」
慌てるブリジットを、舞が不思議そうに眺めやる。舞は、先程から連発されているお花畑という言葉に不服を感じていないらしい。アクアに対しても、特に思うところはないようだ。その彼女を見て、仙姫は思う。
(確かに、舞の度を越したいい人ぶりも時折どうかと思う時もあるにはあるがの。本来なら騙されたことを怒ってもよさそうなものじゃが……、まぁ、舞じゃしな)
そんな彼女達を――主に舞を見つめてアクアは疑問を口にする。
「何故、そう揃いも揃って立会いを勧めてくるのです。先程……ルカは、いい体験になると思うと言っていました。フィリッパは、生命の誕生に立ち会えるのはステキなことだと……。命というものを改めて考える良い機会だ、と」
「……私もそう思います。アクアさんの心にも、きっと希望が生まれると思うんです」
「希望……?」
眉をひそめるアクア。久しく縁の無かった言葉。ここ最近、何故か少し縁のある言葉。だが彼女は、その言葉に含まれている意味に気付かなかった。気付かないままに暫く黙り、軽く目を伏せる。
「……私には、よく解りません」
そして、ブリジットに話を振る。
「……ブリジット、貴女は、どう思うのですか?」
「え、私? そ、そうね……」
不意に問われて驚きつつ、指名された当人は処置室に視線を遣った。若干嬉しそうなのは気のせいだろうか。……隠そうとしているようだが。
「機晶姫の出産ねぇ」
そう言ってから一呼吸置いて、彼女は続ける。
「……あー、ちょっと思ったんだけど、ファーシーが子供産めるってことは、アクアも産めるってことなのかな」
「……………………」
それに対し、アクアはほぼ無反応だった。硬直したようにも見える。
「そうですよね、細かい所は違っても、基本はファーシーさんと同じのはずです。今は、ほとんど以前の状態に戻っているということですし」
「……………………」
アクアの三点リーダーが、いつもより2倍ほど長い。そんな彼女を余所に、舞とブリジットの話は続く。
「ファーシーはともかくアクアの子供だったら、見た目はともかく、性格はお母さんに似て……いや、なんでもない」
「何を想像したんですか? 一体、何を想像したんですか!」
硬直が解けた。こんな反応をされたら、いくらアクアでも訊かないわけにはいかない。まことに気になる。しかし、ブリジットはそれをスルーした。
「……なんでもないってば。とりあえずあんた、お花畑の人たちが大騒ぎするから、もう1人で馬鹿しないでよね」
それは、何かあったら相談しろという意味であり。
「……な、何を言ってるんです、そんな……」
アクアは若干うろたえ、ブリジットは目を逸らす。
(素直に相談に乗ると言えばいいものを……。アクアとは似た物同士なのかもしれんな。アホブリもアクアも、案外つんでれ同士で気が合うのではないか)
2人を眺め、仙姫はそんな感想を自然と抱いた。
「ま、まだ私の質問に答えてませんよ、貴女は立会いについてどう思うのかと……」
そこで、処置室側通路のドアから隼人が顔を出した。アクアの姿を見ると、出てきた本来の用事である足りない機材を調達してからこちらに近付いてくる。
「アクア、戻ってきてたのか。ちょっと手伝えよ」
「? 何ですか藪から棒に……って……」
突然、機材を押し付けられ、勢いのままにそれを受け取る。
「とりあえず処置室にそれ運んで、で、終わったら今度は……」
アレとコレと、と次々と用事をまくしたて始めた彼にアクアは目を白黒させる。
「待ってください、私はまだ何も……」
「ほら、さっさと動かないと皆が待ってるぜ。状況は一刻毎に変わるんだから急がないと」
「わ、分かりましたよ、運べばいいのでしょう運べば!」
わけがわからないままにそう答えて瞬時にしまったと思いつつ、わけがわからないままに持っていた数冊のノートを近くのテーブルに置く。全く、断る隙が無かった。そして、彼女は話していた7人に対してやけっぱちになったような口調で言う。
「あ、貴方達に預けます! 戻ってきたら返してくださいね!」
処置室に消えていくアクアと隼人を、ルイとリアも追いかけていく。
「何事も経験です。私もお手伝いしますよ! リア、行きましょう!」
「あ、待つのだ、ルイ!」
「「「「「…………」」」」」
残ったカリンと花琳、舞達は一時ぽかんとして、それから、それぞれにノートを分配した。
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last