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人形師と、チャリティイベント。

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人形師と、チャリティイベント。
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13.それぞれの想う処。


「そういえば、この施設の名前はなんと言うのでしょう?」
 ろくりんくん人形をはじめ、いろいろなものを紺侍を通じて養護施設に寄付したコトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)は、思い出したように紺侍に問い掛けた。
「ソレイユっスよ。フランス語で太陽って意味だそーです」
「ここはパラミタなのに、フランス語?」
「設立者は地球人なンですって。オレがこっちに来るずっと前からあるから詳しくは知らねェけど」
 へえ、と頷きつつ、もう一つ疑問に思っていたこと。
「紺侍さんは、どうしてこの施設のためにお金を稼いでいるんです?」
 率直に聞いてみたら、にっこり笑われた。
「それは秘密っス」
 あまりにもすっぱりと即答だったため、食い下がって訊くことは諦める。
 ――もしも、借金関連だったら寄付させてもらおうと思ったのですけど。
 訊けなかったことは残念だけど、実は寄付金ならもう既に送っていた。ランドセルやクレヨンも一緒に、偽名でこっそりと。
 まあ、そんなことを言って恩着せがましくするつもりはないし。
 それよりも、蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)のことが気になる。
 ちらり、視線を向けると。
 コトノハと紺侍、二人から少し離れたところでクロエと一緒に並んで座っていた。
「クロエちゃん、このイベントを通して夜魅のお友達になってくれると良いのですが……」
 そして、夜魅には元気になってほしい。
 心から、そう思う。


 夜魅の元気がない理由。
 それはとても単純なことで、姉である封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)のことが関わっていた。
 実姉である白花を扶桑から助ける為に動いていたのに、樹月 刀真(きづき・とうま)に一方的に姉妹の絆を切られてしまって。
「あたし……とーまのこと、絶対絶対許さない……!」
 憎しみと悲しみが綯い交ぜになった声で、夜魅は断言する。
 かけがえのない、大切な人なのに。
 家族なのに。
 その姉を奪い、人身御供に差し出して。
 そんな刀真を、許すことはできない……。
 思い出すだけで、腹が立つし悲しくなるし。
 涙も溢れて止まらないし。
 何より悔しくて。
 すい、とハンカチが差し出された。クロエが、困ったように夜魅を見ている。
「きっとりゆうがあったのよ」
「理由があっても……ゆるせないよ……!」
 夜魅が刀真に殺されそうになっても、白花は助けようとしなかった。
 『絶対夜魅を護る』と実母に誓っていた白花だったのに。
「変わっちゃったんだよ。おねえちゃん。とーまのせいで。もう、あたしのことなんてどうでも良いって思うようなおねえちゃんに、変わちゃったんだよ……」
 ぼろぼろ、涙が零れた。それを、クロエがハンカチでそっと拭う。
 きっと、こんな話をされてもクロエはわけがわからないのだと思う。
 だけど、言葉が口をついて出てくる。
「……おねえちゃんのこと……すきになってきたのに……」
 どうしてこうなっちゃったんだろう?
 胸が痛い。
 息が苦しい。
 隣でクロエが、夜魅の手を握っていてくれた。
 クロエの冷たい手を、夜魅はただぎゅっと強く握り締めた。


 夜魅の手を繋ぎながら、クロエは少し前のことを思い出していた。
 それは、夜魅が敵視している刀真とのこと。

 
 喫茶【とまり木】の出張サービスとして、刀真は漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)と一緒に施設でサンドイッチを振る舞っていた。
 ――クロエを見つけられたら、一緒に調理しよう。
 ――楽しいだろうな。うん。クロエは料理が好きだって言ってたし。だから、楽しんでもらうこともできるだろうし。
 そうやって、楽しいことを考えて。
「いらっしゃいませ」
 接客して、笑顔と笑声で明るく振る舞っていなければ。
 ……どこまでも、落ちていきそうだ。
 一瞬の隙をついて、闇は襲いかかってくる。
 白花が――扶桑が傷付いた。
 そのことで、刀真は酷く自分自身を責め苛んでいた。
 俺のせいだ。
 俺がちゃんとしていれば、あんなことにはならなかったのに。
 頭の中に蘇る、あの光景。
 扶桑の樹。焦げた根元。ぱっくりと裂け、見るも無残な状況。
 そして、聞こえなくなった白花の声。
 救い出すと、決意したのに。
 それなのに、声も聞こえなくなって――。
 止められていたなら。
 コトノハたちが行動を起こす前に、なんとしてでも止めていたなら。
 きっと、こんな結果にはならなかったのだろう。
 白花は、大切な存在なのに。どうして何をしてでも守ろうとしなかったのか。できなかったのか。
 悔やんでも悔やみきれない。
 なんとか前向きに考えようとしても、白花を助けるんだと歯を食いしばって思い直しても。
 出来るのか?
 そんな囁きが、聞こえるのだ。
 白花の声は、もう聞こえない。
 そんな状況で――本当に、救うことが出来るのか?
「刀真、」
 月夜が恐る恐るといった様子で声をかけてきた。はっとする。
「ん? どうした?」
 刀真は何事もなかったかのように月夜に微笑みかける。
 不安を抱えて沈んだ気持ちでいたら、月夜に、いや月夜だけでなく白花に心配されてしまうだろうから。
 だから、無理でも。
 明るく振る舞わないと。
 笑った時、だだだだっ、と走る音が聞こえた。近付いてくる。
「?」
 なんだろう、と振り返ると、
「とうまおにぃちゃん!」
「グホッ!?」
 クロエに突撃を食らった。吹っ飛ぶ。一瞬息が止まる。それどころか動けない。
 ――っ、これでも結構鍛えてるんだけどな……動けないほどとは、さすがの【ろけっとだっしゅ!】だ……。
 彼女の突撃が相当ヤバいことは噂に聞いていたが、これほどまでとは。
「こ……こんにちは、クロエ……」
 それでもなんとか挨拶すると、
「へんなわらいかた!」
 いつも丁寧なクロエにしては珍しく、挨拶に応えずにそう指摘してきた。
「……え」
「へんよ! へんなの! だからわたし、はしってきちゃったの。……あ。ごめんなさい、わたし、いつまでもとうまおにぃちゃんのうえにのってたらおもいわよね」
 突撃の勢いそのままに、刀真の上に馬乗りになっていたクロエが退く。重いとかよりも、物理抵抗や重力その他を超越した突撃の方が何倍もヤバかったのだが彼女はそれに気付いていないらしい。
「なにかあったの?」
「……どうしてわかるのかな、君は」
 表情の読めない人間と一緒に暮らしているからだろうか、と邪推してしまう。
 苦笑いしていると、「いいのよ」とクロエが言った。
「むりにわらわなくて、いいのよ。しんぱいかけて、いいのよ。しんぱいするひとは、みんなとうまおにぃちゃんのことがすきで、しんぱいするんだから」
 言いながら、ぽんぽん、と頭を撫でられた。……涙腺にキたが、泣くわけにはいかない。
「ありがとう、クロエ。……こうやって君に頭を撫でてもらうのは、環菜の時に続いて二回目ですね。いつかお礼をしますよ」
「そんなのいいわ。とうまおにぃちゃんがげんきなら、それでいいわ」
 その言葉に、作り笑いじゃなくて本当に笑うと、クロエも笑った。それから月夜の傍へ行く。クロエは刀真にしたように、月夜の頭も撫でていた。


 クロエに頭を撫でられて、涙がじわりと浮かぶ。
 月夜はそれを黙って拭った。
「私、ね。白花がいないとダメなの。料理、あまり上手じゃなくて」
 ハロウィンに、クロエにあげたお菓子も。
 白花が一緒に作ってくれた。教えてくれた。
「最初はね、白花も料理とか掃除とか、家事やったことなかったんだよ。でも、刀真を手伝って一緒にやってたら覚えちゃったんだ。最近は、」
 紅茶を淹れるのが楽しいって、笑ってた。
 もう、どれくらい彼女の淹れた紅茶を飲んでいないのだろう。
「き……喫茶店のバイトもね。始めて。これから、一緒に色々なこと、を。……やっていく、はずだった、のに」
 震える。
 指先が、唇が、全身が。
 色々なことを、やっていくはずだったのに。
 ――もう、会えないかもしれない。
 それは、思っても口には出せなくて。
 クロエにだって、言うことはできなくて。
「…………会うのには、もうちょっと時間が掛かるんだ。ごめんね。クロエも、白花に会いたかったよね」
 ぎゅう、とクロエを抱き締めた。ぽんぽん、と一定のリズムで、背中が叩かれる。大丈夫だよ、と言われているみたいで。涙が零れた。拭っても、また零れる。
「会えるから。必ず必ず会えるから」
 言えば、その通りになるんじゃないかって。
 そう信じて。
「必ず、助け出すから……白花」
 月夜は、静かに泣いた。


 クロエは思う。
 夜魅も刀真も月夜も、白花のことを想っている。
 それに違いはないのだろうと。
 ただ、糸が絡まって玉になってしまうように、変なこじれ方をしてしまったのだろうと。
 その結果が、互いに互いを傷つけ合う結果になってしまった。
 どうしてそうなったのかとか、クロエは知らない。
 知らないけれど。
 ――おともだちがくるしんでいるのは、つらいわ。
 だって、ないはずの心臓が、痛い。
 胸を抑える片手に、もう片方の手を重ねた。
 そのままぎゅっと握りしめて、祈るように指を組ませる。
 白花が助かれば。
 こじれた関係が元に戻るかはともかく、またみんな心から笑ってくれるんじゃないかって。
 そう思って、ただ、白花の無事を願う。