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リアクション
■■第五章
「あゆみさん今回も気をひきしめて参りますよ」
ヒルデガルト・フォンビンゲン(ひるでがるど・ふぉんびんげん)は、月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)にそう声をかけた。
二人のやりとりを、ミディア・ミル(みでぃあ・みる)が真摯な眼差しで見守っている。
「今までのような無鉄砲なやり方では解決出来ない事象が、これからどんどん増していきます――いえ、これは悪いことではないのです。より多くの人を救おうとすれば、障害もより大きくなるのです」
ヒルデガルトの緑色の瞳を見返しながら、あゆみがピンク色の髪を揺らした。
「あゆみ達だけで対処できるのかな……? 沢山の人を救いたいと思うんだけど」
「今回の事態を上手く収拾させられれば、あゆみさん、貴女には力強い仲間を得ることが出来ましょう。そうです、私やミディアさんの他に信じられる仲間が出来れば、あなたの血にも肉にもなるのです」
真面目に述べてから、ヒルデガルトは青い瞳に穏和さを滲ませて微笑した。
「何も、かまえる事はありません、素直な貴女で良いのです。貴女は私の誇りです」
「ミディも、あゆみの事を信頼してるにゃ」
「有難う、二人とも――よし、あゆみも頑張るよ、それで、ええと」
「兎を探すのです」
ヒルデガルトの言葉に、あゆみとミディアが深々と頷いたのだった。
「アイ愛サー!! にゃんこの忍者ミディに任せといて。お任せオッケーにゃにゃにゃのにゃー☆ ミディの超感覚をなめないでよ。ぜったい逃がさないんだから」
こうして三人が兎を追う事を決意していた頃。
再び逃走方向を変えたパラミタウサギは、先頭車両へと進んでいた。必死で後を着いていくアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)は、あまりにもの数の氷ゾンビの群れに唇を震わせながら、座席の下へと一時的に身を隠した。
「次はトランプの兵隊でも出てくるのカシラ?」
そんなことを考えていた彼女の前に現れたのは、しかして氷ゾンビの集団だった。
彼女は、そっと周囲の様子を眺めて、ある事に気がついた。
――どうやら氷ゾンビも兎を狙っているみたいダワ。あの兎になにかあればアキラを元に戻せなくなるかもしれなイ……。
だがさりとて彼女自身には、氷ゾンビを殲滅するような力は無い。青い瞳を悩ましげに揺らしたアリスは、自身の最大の特徴である『小ささ』を利用しようと再決意した。
光学迷彩で姿を隠した彼女は、反転して二両目以下後方からも押し寄せ始めたゾンビを静かに見据える。
――きっと、氷ソンビを操っている死霊術士もいるはずダワ。
彼女はそう考え、何とか術士を見つけようと周囲を見渡したのだった。
そこへゾンビを追いかけて輝石 ライス(きせき・らいす)とミリシャ・スパロウズ(みりしゃ・すぱろうず)、ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)がやってきた。
「どうやら大半のゾンビがこの車両に集中し始めたようだぜ。封鎖してしまった方が良い」
ジェイコブのその声が響いた時、元凶である車掌へ詰め寄ろうと考えていた人々が、ちょうど一両目までやってきた。
「待って、通して欲しいの」
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)がそう告げると、朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)もまた、閉じようとしていた扉から先頭車両へと滑り込んできた。イルマ・レスト(いるま・れすと)とセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)、そして朝倉 リッチェンス(あさくら・りっちぇんす)もまたその後に続く。最後に入ってきたのはゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)だった。
氷ゾンビと化しているにも関わらず大人しくしているリッチェンスの姿に、ミリシャが驚く。先程噛まれた彼女は、いつ自分自身が氷ゾンビになるか戦々恐々としていたのである。
一同が扉の中へと入ってきたことを確認しながら、ジェイコブが扉を封鎖しようとすると、その寸伝の所で、パラミタウサギが二両目へと走り去った。
その為扉の前にいた全員の元へ、氷ゾンビの大群が歩み寄ってくる。
「封鎖するぜ」
これらを再び放っては、更に被害が広まると考えたジェイコブの声に、一同は頷いた。
ただ光学迷彩で姿を隠していたアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)だけが、兎を追うべきか思案していた。
「それで構わない。私達は車掌に用があるんだ――この騒ぎの元凶に、な」
そこへ響いた千歳の声に、アリスは合流する決意をした。
「元凶? まさか」
呆気にとられた様子で、ライスが最前列のさらに先にある運転席へと視線を向ける。
「わかった、この扉はオレが責任を持って封鎖しておくから、そいつの所へ向かってくれて良いぜ」
ジェイコブが力強く断言したのを一同は見て取り、各々が近づいてくる氷ゾンビをなぎ倒しながら、前方へと走り出した。
「ワタシも行くワ」
皆の後を追うように、アリスもまた駆けだしたのだった。
その頃二両目では、特技の追跡を駆使した草薙 武尊(くさなぎ・たける)が、チェック柄の服を着たパラミタウサギを発見していた。彼は黒いオールバックにした髪を僅かに乱しながら、ウサギへと手を伸ばす。だが――迂闊に近づけば石化した連中の二の舞になる事は目に見えていた。
「どうしたものであろうな」
僅かばかり歩み寄ってみた所、パラミタウサギは座席の下へと潜り込んでしまった。その為、彼がそう呟いた時、そこへ月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)とミディア・ミル(みでぃあ・みる)、そしてヒルデガルト・フォンビンゲン(ひるでがるど・ふぉんびんげん)がやってきた。
「ヒルデが幻視したのってこの車両だよね? どの辺にいるの?」
周囲をきょろきょろと見回しているあゆみに対し、武尊が声をかけた。
「今貴殿が立っている隣の、座席の下へと潜り込んでしまったのだ」
それを聴いてミディアが、明るい声を上げた。
「ふふふ、せまい所へならミディも入れるよ」
人型化せず猫の姿のままの獣人の彼女の声に、武尊は納得するように頷いた。
「ミディさん、間合いが近いです――私の幻視によれば、もうお二方いらっしゃる事でしょう。あゆみさんのフラワシと、その方の手法――そして問題の時計ですが、貴方のバーストダッシュで入手が可能になると思います」
ヒルデガルドに視線を向け垂れた草薙 武尊(くさなぎ・たける)は、自身が持っている、魔法的な力場を使った高速ダッシュであるスキルを、彼女が知っている事に息を飲んだ。
「時計が問題? それにしても何故我がそれを使用できると分かったのであろう?」
彼が尋ねると、ヒルデガルトが穏やかに微笑んだ。
「私のスキル――ヒロイックアサルトは、幻視する能力なのです。ああ、いらっしゃったようですね」
ヒルデガルトはそう語ると、波打つ長い髪を後方へと流してから、青い瞳を車両と車両を繋ぐ扉へと向けた。皆がつられて視線を向ける。
するとそこには、ウサギを探しにやってきた緋王 輝夜(ひおう・かぐや)の姿があった。
まだ少数の氷ゾンビの姿があった為、彼女はツェアライセン――嵐のフラワシを使用した。
これは、『切り裂く者』という意味の名をもつフラワシであり、鋭く大きなツメをもった鼬のような姿をしている。これという特殊な能力は持たないが、その動きはコンジュラーでも確認が困難なほどの速さで烈風の如く吹き荒び、対象を切り刻む事が出来るのだった。
機械のように正確に鋭く狙いのみを斬ることもできる、斬ること一点にのみ特化したフラワシというのが特徴である。
「あたし、ウサギを探しに来たんだけど」
輝夜の声に、草薙 武尊(くさなぎ・たける)と月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)が大きく頷いた。
「問題は時計であるようです。時計さえ抑えてしまえば、一段落するはずです」
ヒルデガルドが呟くと、座席下からパラミタウサギを追い出すように、ミディアが動いた。
即座にそれを見て取り、輝夜が、手持ちのスキルであるミラージュで幻影を見せて注意を引いた。
困惑するウサギに、さらにはブラインドナイブスを応用して取り押さえようとする。
だがその繊細な手を逃れたパラミタウサギは再度逃げようとした。
その時武尊が、ウサギが首から提げていた懐中時計を、ヒルデガルトの助言に従って奪取したのだった。
「だが兎自体はどうするのであろう?」
草薙 武尊(くさなぎ・たける)が尋ねると、ヒルデガルトが扉の方を見据えた。一同がつられて視線を向けると、そこには中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)が立っていた。彼女はスキルである超感覚を発揮してパラミタウサギの所在を探り、ここまでやってきたのである。
「まぁ皆様」
周囲の気配に綾瀬が声をかけると、あゆみが声をかけた。
「どうやったらウサギを捕まえられると思う?」
「兎に近づいてはなりません」
ヒルデガルトが口を挟む。
「はわわ……ウサギに近づくなって、そんな無茶な……とりあえずフォースフィールドを発動するけど」
困った様子のあゆみへと顔を向けながら、綾瀬が応える。
「私は、サイコキネシスを使って動きを止めた後、ヒプノシスで眠らせようと思いますわ」
時計を喪失したウサギは、車両の通路を右往左往している。
「時計がないからといって、兎の力を低く見てはなりません。それは素晴らしい提案です」
ヒルデガルトが頷いたのを見て、ミルディアとあゆみが大きく顎を縦に動かした。
「じゃあ、あゆみがその時を見計らって、フラちゃん達にお願いするから、ミディもお願い」
「分かったにゃ。挟みうちにゃ」
こうして綾瀬がスキルを二つ発動させた時、丁度車両の扉が開いたのだった。
入ってきたのは氷ゾンビと化したリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)と、操りながら兎を探していたナカヤノフ ウィキチェリカ(なかやのふ・うきちぇりか)である。
咄嗟の出来事に、慌てて緋王 輝夜(ひおう・かぐや)が、綺麗な黒髪を揺らしながら構えた。
嵐のフラワシであるツェアライセンで、リリィの腕や足を切りつける。
「待って下さい、リリィは大丈夫。あたしに操ることが出来ているので」
一歩前へと出て、リリィを庇いながら、ウィキチェリカが氷術で、欠けたリリィの四肢を治していく。放っておいても治癒するようなのだが、氷術を使った方が治りが早いようだった。
輝夜は、自分自身が怪我をしつつもリリィを庇ったウィキチェリカに対して、何度も瞬く。
「どういう事なの? 氷ゾンビになってるよね、その人」
「あたしの死霊術で、少しばかり操ることが出来るみたいで。だから一緒にウサギを探していたんだよねぇ。――無事に、捕まったみたいで良かった」
ウィキチェリカがそう声をかけたので、輝夜が振り返る。すると微睡んでいるパラミタウサギを、しずかにフラワシ経由であゆみが抱き上げ、綾瀬達に渡した風景がそこにはあった。
「無事に捕まえることが出来て良かった」
草薙 武尊(くさなぎ・たける)が、笑み混じりに吐息して、そんなことを口にしたのだった。
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