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緊迫雪中電車――氷ゾンビ譚――

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緊迫雪中電車――氷ゾンビ譚――

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■■終


 トンネルを無事に抜け、空京へと辿り着いた電車。
 降りながら朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)達と月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)達は合流した。
「予言だなんて嘘偽りの類だと思っていたが……」
 千歳のその声に、あゆみが朗らかに微笑む。
「ヒルデはすごいんだよ」
「そうだな。もう少し、話しをしてから帰らないか?」
「大歓迎だにゃ」
 ミディア・ミル(みでぃあ・みる)の同意に、イルマ・レスト(いるま・れすと)朝倉 リッチェンス(あさくら・りっちぇんす)がどちらともなく微笑する。ヒルデガルト・フォンビンゲン(ひるでがるど・ふぉんびんげん)は全てを悟ったように、ただその後を着いていくのだった。


 彼女達が向かった先のカフェには、いち早く降車していた輝石 ライス(きせき・らいす)ミリシャ・スパロウズ(みりしゃ・すぱろうず)がいた。
「どうして噛まれた時に、すぐ言わなかったんだよ?」
「それは危険性があがったという話しか?」
「違う。お前のことが心ぱ――いや、そうだな。あのまま、もし、ミリシャが氷ゾンビになっていたら危なかったから聴いてる」
 先頭車両で車掌から情報を引き出す間、迫る氷ゾンビの足止めをしていた彼は、自分自身の爆発しやすい情緒を知りながら、周囲へ対する情報収集の邪魔にならないように配慮していた。けれど彼の中で、ミリシャの事は特別なのだ。
「何で言わなかった?」
 今でこそ、無事トンネルを抜けたからこそ、無事に丸く収まったとはいえ。
そうでなかったならば、ライスはミリシャを失っていた可能性もあった。
――心配をかけたくなかった。
 簡易に要約するとすればそうなるであろう心情を、しかしミリシャは振り払う。そして代わりの言葉を考える。
「有難う」
 逆に人々から襲われそうになった一面を思い出し、彼女は思わず呟いた。
「は?」
 だがライスには、それが伝わっている様子はない。――だが、それで良いのかも知れない。
「そもそも私が思うに、ライスの構えはまだまだ甘いのだ」
「……へ?」
 そこから始まったミリシャの説教タイムに、ライスは奥底で彼女のことを心配していた気持ちをことごとく潰されていったのだった。
 けれど。
――ミリシャが無事で良かった。
 それは確かにライスが感じたことである。この二人は、このようなやりとりをする形が最適なのかも知れない。


 彼らがそんなやりとりをしていた駅ビル下部のカフェの随分と後方では、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)がホテルにチェックインしていたのだった。


 再度走り出したその列車で、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が目をこすった。
 彼は石化していた為、普通に寝て起きたのだと感じている。
「あぁ、なんか変な寝方したせいか体のあちこちがこってるわ」
 その為、異変の事にはさっぱり気付かないパートナーの様子に、アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)が深々と溜息をつく。
「……アナタはお気楽でいいわネェ……ワタシ疲れちゃったから、今度はワタシが寝るワ……」
 アリスはそう告げると、アキラの懐に入り、早急に寝てしまう。
「いったい何の話しだ?」
 再度尋ねるも、寝息だけが返ってくる現状に、アキラはただ首を捻るのだった。


 その頃、再び走り出したSLの車内では。
 兎をアイラへと無事に返した中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)のパートナー、漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)が声を上げていた。駅に着いた車両が、鈍い音をたてている。
 ドレスは再度ウサギの飼い主であるアイラ・ハーヴィストの所へ行き、上品に礼をした。
「アイラ様はとても面白いペットをお持ちなのですね? もし、よろしければ私とお友達になっては頂けないでしょうか? アイラ様と一緒に居ると、とても楽しい時間を過ごせそうな気がしますので」
 これまでに誰からもそのような言葉をかけられたことの無かったアイラは、初めは困惑するように美しい瞳を瞬かせた。だがすぐに、その目に優しい色合いを浮かべる。
「こちらこそですわ。私は、楽しいことが大好きです
 こうして二人は綾瀬を通して連絡先を交換し合った。
 テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)が、そんな二人の姿に気がついて、ヴァイオリンの演奏を披露する。
 するとドレスが旋律に逢わせて、体を揺らした。
「素敵な唄、本当にセイレーンが誘うようですわね」
 アイラが微笑むと、テスラもまた微笑み返した。
 それを見て取ってから、アイラが念を押すように、告げる。
「また、お会いしましょうね」
「勿論」
 ドレスのそんな声音と、見守る綾瀬やテスラの表情に安堵するように、アイラもまた微笑んだのだった。


 その頃駅ビル上の、豪奢な客室では。
「恋人同士のキスはね……誰にも見られたくない時もあるのよ」
 先程セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)のキスを断ったセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が、つややかなシーツを纏いながら唇の両端を持ち上げていたのだった。
 その言葉の真意を確かめようとして、セレンフィリティが、茶色い髪を揺らす。
 すると正面で、腕枕をするようにセレアナが腕を伸ばした。
「誰にも見せたくない――これは、もしかしたら独占欲なのかも知れない」
「セ、セレアナ」
 唐突な言葉に狼狽えたセレンフィリティの唇へ、先程は隠されたキスが、降りてくるのは、ほんの数秒後のことだった。


「もうすっかり日も暮れちゃったけど、はやく空京大学へいかないとね」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)のその声に、キサラが大きく頷いた。
 共に歩きながら日向が首を傾げる。
「だけど僕が石化してただなんて信じられない」
 その言葉にルカルカとキサラが顔を見合わせて、苦笑する。
 それからルカルカが豊満な胸を揺らしながら、眦に涙を浮かべた。
「でも、どうしよう」
「なにが?」
 日向が尋ねると、ルカルカが溜息をついた。
「実は、問題が残ってるの」
 そう告げた彼女は、深刻そうに金色の髪を揺らす。
「届け物の像が傷だらけになっちゃったのよ。どうしよう……」
 続いて響いたルカルカの声に、日向が彼女の方を背伸びしながら叩く。
「しょうがないって。僕だって未だ信じられないけど、大変だったんだろ?」
「そ、そうですよ!」
 キサラが追従すると、ルカルカが手の甲で涙を拭いながら顔を上げた。彼女は何とか、微笑みを浮かべている。
「――そういえば、二人は、空京大学に何を運んでいるの?」
 ルカルカのその声に、日向が腕を組んだ。
「まぁ日本で言うなら民俗学、そういうものが僕たちが来た米国にもあるんだ」
「民俗学?」
 ルカルカのその問いに答えるように、キサラが微笑んだ。
「そうですね――日本語訳するとすれば、『緊迫雪中電車――氷ゾンビ譚―― 』という文献を運んでいるんです。ゾンビ学は、米国が一番盛んですから」

 闇の中でもうす紅色に見える桜の花びらが、ひとひら、彼女達が運ぶ大きな書籍の上へと降りてくる。
 こうして。
 ある、さる、SLの旅は終わりを告げたのだった。



担当マスターより

▼担当マスター

密巴

▼マスターコメント

こんにちは、密巴です。
ご参加いただき、またご一読いただいた皆様、本当に有難うございます。
そして素敵なアクションを頂けた事、書きながらとても楽しませていただきました。
オチを色々考えていたのですが、コレに決定したのは、
頂いた皆様のアクションと、お言葉からでした。

私は世界の車窓からと同じくらい、ゾンビものが好きです。
(どのくらいだよ!)
今回、氷ゾンビになったのは、実の所このガイドは、
前回書かせていただいた、ホワイトデーのお話よりも前に、
バトル物として考えていたからでした。

その為、きっと公開は三月だろうな→三月といえば三月兎→といえばアリスときた次第です。
実際兎が鳴くのは三月に限らないとも聴きますが、そこは私個人が季節ネタが好きなので、
ご愛敬と思ってやっていただければ幸いです。
なお、そうした事情で、初めは石像ではなく氷像にしようと思っていたのですが、
ホワイトデーのお話が、人が氷像になる(?)お話だった為、
ふと思い立って、変えました。

その前のシナリオでは雪像、そのもう一つ前でも氷像、と来たので、
次は彫像なしのお話を書きたいなと思っています。

さて、このシナリオについてですが。
(先に書けよ!)
書いていて本当に楽しかったです。
ただし書きながら、
何両編成で、空京に行くのか、途中に空京大最寄り駅があるのか、そもそも空京を出発したのだろうか
を、頂いたアクションから判定していました。
(普通、逆だよ!)

また一応、作中作のオチにしたので、ミスや矛盾がありましたら、おかしな世界のおかしな本の中の話しだし、
とは言わず、ガンガンご指摘頂ければ恐縮です。
それでは最後になりましたが、ご参加頂いた皆様、本当に有難うございました!

(空京大学図書館所蔵:緊迫雪中電車――氷ゾンビ譚――p240 「後書き」 より)