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あなたの街に、魔法少女。

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あなたの街に、魔法少女。

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 そして、開店時刻を迎える。
「お帰りなさいませ、御主人様、お嬢様!」
 噂を聞きつけて、あるいはチラシを見てやって来たお客様へ、リリィを始めとした魔法少女たちが出迎えを行い、店内は徐々に活気づいていく。
「客足は上々のようね。……結局、オーナーは開店に間に合わなかったわね」
 祥子が客の入りに満足しつつ、一向に姿を見せない牙竜を訝しがったところで、その牙竜が息を切らせて店内へとやって来る。
「済まない、遅くなってしまった」
「オーナー、まさか寝坊ですか?」
「いや、そうではない。ちょっと、呼んでおきたい人物がいたのでな。……ああ、どうぞこちらへいらして下さい」
 牙竜に呼ばれ、そして姿を見せたのは、一見ごく普通の、まあどこにでも居るような眼鏡をかけた男性であった。
「! おい見ろよ、あれってまさか、レレッツ・キャットミーヤじゃないか!?」
「なんだってー!? パラミタに魔法少女を広めたとも、イルミンスールを自身の趣味に染めたとも噂される、凄いんだかはた迷惑なんだかよく分からない人物が、どうしてここに!?」
「分からん……だが、もしかしたらここのオーナーは、彼と知り合いなのかもしれない。見ろよ、親しげに話しているじゃないか」
「ああ、そう見えるな……」

 しかし彼はどうやら、ごく一部の界隈では有名なようで、店内のあちこちで噂話が持たれる。
「よし、俺の見立て通りだ。こうしてこの店のことが噂になれば、今より多くの客の来店を見込むことが出来るだろう」
 そんな様子を見留めて、牙竜が満足気に頷く。遅くなったのは、彼をイルミンスールまで迎えに行っていたからだそうだ。
「……事情はよく知らないけど、話題になるならまあ、いいのかしらね。今日は豊美ちゃんも来てることだし」
「はい、呼びましたかー? ……あっ」
 ポン、と姿を現す豊美ちゃんが、ふと、レレッツに視線を向けて、ぺこり、と挨拶する。
「いつもお疲れさまですー」
「あら豊美ちゃん、この人と知り合いなの?」
「私が地球にいた時からですねー。ウマヤドも多分、知ってると思いますよー」
 尋ねるような視線を向ける祥子と牙竜へ、豊美ちゃんが答える。それ以上は何も言わなかったが、どうやら色々とあったらしかった。

「お待たせしました、特製オムライスになりますー」
「あ、どうもー。……そうだ、せっかくだからさ、そのケチャップで何か描いてよ。ほらよくあるじゃない、メイドさんがオムライスに文字とか絵とか描いてくれるサービス、あれやってよ」
「あ、はーい。じゃあ、失礼しますねー」
 客のところに料理を届けに行ったハルカちゃんが、ケチャップを両手で持ち、時折うーん、とか、わわ、とか、えへ♪ とか言いながら、オムライスに絵を描き上げていく。
「はい、できましたー」
 そして完成したのは、春らしく一面のお花畑。力作過ぎて、多分普通のケチャップ容器では到底再現不可能なはずだが、そこは魔法少女である。
「す、すげえ……なんか、食べるのが勿体なくなってくるよ」
 その作品に驚かされながら、とりあえず携帯を取り出して撮影する客に一礼して、ハルカちゃんが引き上げてくる。
「うーん、今のような感じでいいですかねー?」
『むしろ物足りないくらいですぅ。もっと魔法をばばーんと使って、魔法少女の素晴らしさを知らしめるといいですぅ〜』
 首を傾げるハルカちゃんに、魔鎧として装着された状態のリフィリスが答える。ハルカちゃんとしては、『魔法少女に大切なのは、少女の可憐さと魔法の力である』と考えており、ここでの振る舞いも可愛らしさを重視し、魔法の力は先程絵を描いた時に使った程度に留めておこう、という思いでいたのだが、リフィリスはそれがちょっと不服のようである。
「そ、それは流石にやり過ぎですよー。……あっ、豊美ちゃんが居ます」
 ハルカちゃんの視線が、オーナーである牙竜と店長である祥子と一緒にいる豊美ちゃんに向く。準備に忙しかったハルカちゃんは、今まで豊美ちゃんが来ていることに気付かなかった。
『豊美ちゃんに魔法少女の教えを請いに行くですぅ〜』
「今は仕事中ですよー。でも、挨拶はしておいた方がいいですよねー」
 そんな会話を交わしつつ、ハルカちゃんが豊美ちゃんの元へ歩み寄り、ぺこり、と頭を下げる。
「わー、可愛いですー。えへへー、こうして並ぶと私たち、姉妹に見えませんかー?」
 そう言って豊美ちゃんが、ハルカちゃんの隣に並ぶ。二人共に黒髪、衣装は紫が共通で、豊美ちゃんは白、ハルカちゃんは黒と、言われてみれば姉妹のそれに見えなくもない。
「あ、ありがとうございますー。あの、ハルカ、ちゃんと出来てますでしょうか?」
 豊美ちゃんにそう評されて照れつつ、自分の仕事振りを気にするハルカちゃんに、豊美ちゃんが頷いて応える。
「バッチリですよー。私にはあんなに上手く出来ないですー」
「そうね、割といい方だと思うわ。嘘だと思うなら、周りを見てごらんなさい」
「周り、ですか?」
 祥子に言われて、ハルカちゃんが周りを見回すと――。

「ねえ、この『アテレコ』って何? どんなサービスなの?」
「はい、お客様。そのサービスは、こちらにございます台本を、メイドが読み上げるというものでございます。
 メイドによっては、シチュエーションや台詞をお任せにすることも可能です。私もええ、お任せで結構ですよ。私はご覧の通りの病んでる系魔崩少女ですから、お客様が指定してくださったのを病んだ感じで再現いたします」
「そ、そうなんだ……わ、分かったよ、ありがとう」
 つかさに説明を受けた客が、つかさのただならぬ雰囲気に気圧されるように辞退の意思を滲ませると、それを敏感に感じ取ったつかさが、より病状を悪化させる。
「そう……ふふふっ……私のなんか、誰も聞きたくないんだ……あははははっ……」
「ああいや、そういうわけじゃなくて……こ、困ったな……」
「別にいいんですよ……聞いてくれる人が聞いてくれれば……こんな私のアテレコが聴きたいなんていう奇特な人はいらっしゃいませんけどね……ふふふふふ……」
「わ、分かったよ、ええと……アテレコ、お任せでお願いします!」
 普通の人は、ここまで病まれると言葉を掛けずに居られなくなるものである。
「……そうですか。では、後悔するくらい聞かせて差し上げますよ、あははははっ」
 そして、つかさのアテレコが始まる。声が小さく、豊美ちゃんのいる所からはよく聞こえなかったが、時折客が背筋を震わせたり頭を抱えたり泣き出したりと挙動不審になっているところを見ると、なかなかの演技ぶりらしい。
「はーい、料理お持ちしましたー。ケチャップでお名前書きましょうか? 今ならサラダにフレンチドレッシングをお好きなだけ私がかけるサービス付きですよー」
 別のテーブルでは、リリィが料理をトレイに載せてやって来る。フレンチドレッシングの入った容器を上下に激しく振っている様子から、ぶっかける気満々らしい。一応断っておくが、フレンチドレッシングを、である。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。それは普通、ぶっかけるのは俺たちで、そのぶっかけたサラダをメイドに食べさせるのがサービスの正しいあり方じゃないのか!?」
「なるほど、確かにそうだ。白濁したサラダを口に含ませる……おぉ、何だか俺、ムラムラしてきた」
「ぶっかけ! ぶっかけ!」
 悪ノリした客の一言から、途端に店内がぶっかけコールで満ちる。くれぐれも断っておくが、フレンチドレッシングを、である。

「……あ、あはは……うん、ハルカ、自信が出てきました」
 他のメイドたちの接客ぶりを見、ハルカちゃんが自分のしていることは間違っていなかったと確信づく。
「そういうわけ。……さて、と。まずはこの事態を収拾しないとね」
 言って、いつの間にかトレイに紅茶とクッキーを載せた祥子が、騒動の起きている地点へと優雅に歩いて行く。
「お待たせいたしました、お客様。こちら、本日のオススメデザートメニューになります」
 目の前に置かれたデザートを、つかさのアテレコを聴き終え、もうすっかり生きる気力を無くしかけている客が、ほんの一口口にすれば、まるで砂漠を潤すオアシスが如く、客の表情が戻っていく。
「あ、これ美味しい。何だろう、見た目はそうでもないのに、高級な感じがする」
「それはきっと、お客様への心が篭っているからですわ」
 どうぞごゆっくり、と一礼して、今度は別のテーブルへと歩み寄る。
「申し訳ございません、お客様。他のお客様のご迷惑となりますので、控えていただけますでしょうか」
「――ヒイッ!?」
 背後から声をかけられる形になった客の表情が、まるで蛇に睨まれた蛙のそれと等しくなる。
「す、すみませんでした……」
 すごすごと引き下がっていく客を見、一礼して祥子が豊美ちゃんたちの元へ戻って来る。
「はー、凄いですー。ハルカもあんな風に振る舞ってみたいですー」
「魔法少女としてしっかり志を持っていれば、自然と出来るようになるわ。意思をしっかり持つことは、どんな時でも大切な事だから、覚えておいて頂戴」
「はいですー。ハルカ、頑張るです!」
 気持ちを新たにしたハルカちゃんが、接客に戻って行く。
「……あ、携帯に着信ですー。……わ、ウマヤドからですー」
 着信を知らせる携帯を取り出し、発信者を確認して、豊美ちゃんが苦い顔を浮かべる。とりあえず出ないわけにはいかないので、覚悟を決めて着信ボタンを押す。
『……豊美ちゃん、今どちらに?』
「あのそのえっと……牙竜さんとお話しした例のメイド喫茶ですー。今日オープン当日じゃないですか、だから私直々に応援に行ってあげようと――」
『お腹に一物抱えている人ほど、口数が多くなるものですよ?
 ……まあ、いいです。確かに、豊美ちゃんが行くことによる宣伝効果は見込めますし。この話は不問と致しましょう』
 携帯の向こうから聞こえる馬宿の声に、豊美ちゃんはホッ、と息を吐く。
『本題は別にあります。先程、とある保育所の慰問に向かった魔法少女から、子供たちの数が予想以上に多く、自分たちだけでは手が回らない、もし他の魔法少女の手配が付けられるならお願いしたい、と連絡がありました。時を同じくして、『豊浦宮』に魔法少女について興味をお持ちの方々が訪れているそうです。ちょうどいい機会ですから、応援の魔法少女を連れて行くついでに、魔法少女の仕事振りを皆様に紹介してはもらえませんか? ……そちらは人を選ぶでしょうし、保育所であれば、そう敬遠されることはないかと』
「た、確かにそうですねー。分かりましたー、『豊浦宮』に行けばいいですかー?」
『ええ、それでいいです。では、お願いします』
 通信を終え、豊美ちゃんが携帯を仕舞う。
「これからお仕事かしら?」
「はいー、魔法少女に興味を持ってくださった方を、実際魔法少女がお仕事している場所に案内することになりましたー」
「そう、実際に見てもらう方が理解が深まるものね。こっちの方は私が見ておくから、そっちの方はよろしく」
「はいですー。では皆さん、頑張ってくださいー」
 最後に皆を労う言葉をかけて、豊美ちゃんが『魔法メイド喫茶 きゅあ☆はにー』を後にする――。