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リアクション
「まほーしょーじょのおねーちゃんに、こうげきー!」
「おー!」
声をあげ、数人の男児が水鉄砲を手に、物陰に隠れ、対峙するメトゥス・テルティウス(めとぅす・てるてぃうす)に水を浴びせんと、物陰から出て水鉄砲を構える。しかし、そうやって水鉄砲を構えた男児から順に、メトゥスの構えた水鉄砲の的になり、たちまちびしょ濡れになっていく。
「だ、だめだー。おねーちゃん、すごいやー」
「ありがとうございます。……さあ、濡れたままでは風邪を引いてしまいます、中に入って着替えましょう」
「はーい!」
微笑を浮かべ、メトゥスが子供たちをタオルで拭いてあげた後、建物の中へ連れていく。最後の子供が室内へ入ったのを見届け、ふとメトゥスが立ち止まり、思考に耽る。
(……私は、何故、魔法少女なのでしょう。
思えば、私の行動原理は最初から『自分は魔法少女である』ということでした。ですがよくよく考えてみると、この疑問に行き当たったのです。
私が魔法少女である意味は、なんなのでしょう……)
「魔法少女になるだけでは意味が無い。魔法少女になって、どうしたいかが大事。そこを履き間違えちゃいけないのよ」
考えに耽るメトゥスに言い聞かせるように言葉を放った須藤 雷華(すとう・らいか)の、その言葉を聞いて豊美ちゃんがうーん、と考え込む仕草を見せる。
「前に私、魔法少女はなろうとする意思が大事、と言ったと思うんですけど、それしか言ってないと、それだけが大事、と聞き取られてしまうかもしれないんですよねー。うーん、でも、だったら、なんて言えばいいんでしょうー」
自らの発言の問題点に気付いたものの、その解消法に悩む豊美ちゃん。「魔法少女になろうとする意思は大事です、魔法少女になってどうしたいかも大事です」では、冗長に聞こえる。かといって片方だけ言うと、もう片方を軽く受け取られてしまう。
「私がツッコンでいいのか分からないけど、誤解されないようにするには、やっぱり両方言うべきなんじゃない? それで正しく伝わるかどうかは分からないけど」
「ですよねー……。私も勉強することがいっぱいみたいですー」
雷華の言葉を受けて、豊美ちゃんがひとまず納得したように頷く。
「こういうのは、出来ることからこつこつやってくしかないんじゃないのかな。……あ、でも大事なこと忘れてた」
「なんですか?」
振り向く豊美ちゃんに、雷華がメトゥスに向けて告げるように、言う。
「メトゥス、変身した時の名前、考えましょう」
「あ、あはは……」
「きがえ、おわったー!」
「つぎはなにしてあそぶー?」
期待の視線を向けてくる子供たちの視線を、微笑んで受けるメトゥス。
(……それでも、ここには人の営みがある。私は魔法少女としてこの子たちを助け、そしてそれ以上のものを返してもらっている。
この、歯車のようなものに、もし私がなれているとしたら、それは私の空っぽだった存在意義を満たしてくれるものなのかもしれない)
正解の分からない中、それでも一つのそうかもしれない解に辿り着こうとしているメトゥスが、子供たちに囲まれて再び外へと繰り出していく。
「どうですかー? 魔法少女がどんなことしてるか、少しは分かりましたかー?」
「あっ、は、はい……。
えっと、私、魔法少女って、昔見たテレビに出てくるようなものしか知らなくて……。見た目が大事だ、とか、決め台詞とかポーズとか考える必要がある、とか、マスコットが必要なのかなって思っていました」
『魔法少女とはどんなものか知りたい』と、仕事の様子を見学したいと申し出た西尾 桜子(にしお・さくらこ)の感想を聞いて、豊美ちゃんがなるほどー、と頷く。
「あれも魔法少女ですが、ここにいる方々も魔法少女ですー。桜子さんの言ったことも大切だと思いますけど、何を思ってどうするか、というのも大切なことですよー。もしかしたら、今日の活動はちょっと地味に見えるかもしれないですけどね」
最近の魔法少女は、戦うイメージが強くなっているみたいですし、と付け加える豊美ちゃんに対して、桜子がいいえ、と首を横に振って答える。
「……そう思わない、と言えば嘘になりますけど……でも、これはこれで、素敵なことだと思います」
「ありがとうございますー。……そうです、桜子さんは何か好きなこととか、得意なこととかありますかー?
魔法少女として、というわけではないですけど、この場ですから、何か子供たちにしてあげてもらえると、嬉しいですー」
「え、私ですか……? ……強いて言えば、歌うことが好き、くらいでしょうか――」
桜子がそう発言した瞬間、遠くでキュピーン、と音がしたかと思うと、演奏をしていた詩穂が猛ダッシュでやって来る。
「歌が好き、なのよね? じゃあ、向こうで一緒に音楽を子供たちに届けようよ!」
「え、あ、その……」
戸惑う素振りを見せる桜子に、遠くで終夏が、傍で豊美ちゃんが笑顔を向けて、優しく迎える、送り出そうとする。
「えっと……」
それらに押される、引かれる形で、桜子がおずおずと子供たちと二人の間に立つ。背後で終夏と詩穂が、視線を合わせてリズムを取り、息の合った演奏を開始する。
(……あ、この曲、知ってる……)
二人がどうして、自分の知っている曲を知っていたのかは分からなかったが、わざわざ知っている曲を弾いてもらって歌わずにいるのは、歌うこと以上に恥ずかしいような気がしていた。
「……――♪」
えい、と一歩を踏み出すように、桜子は一声を紡ぎ出す。声は次の声を生み、声はやがて歌となって子供たちに届けられる。
半ば夢中で歌って、そして音楽が止んだことで初めて歌の終わりに気付いた桜子は、浴びせられる高い音の拍手に、自分がこの子たちの前で歌ったのだということを自覚して、恥ずかしくなる。
恥ずかしいけど……でも、素敵、かも。
紅くなった顔を笑顔にして、桜子はそう、思うのであった。
「うめーっ! このアイスちょううめーっ!」
「明日香さんが差し入れしてくださったんですよ。後でちゃんとお礼を言いましょうね。……そういえば、明日香さんはどこに行ったんでしょう?」
おやつの時間になり、子供たちが色とりどりのアイスに夢中になっているのを、ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)が年上風を吹かせて見守る。……確かに年上なのだが、子供たちの頬に付いたアイスを拭っているノルンは、周りの子供たちと同年代にしか見えない。
「うん! ねーねー、のるんちゃんはたべないのー?」
「わ、私はいいんです。それとノルンちゃんじゃないです。私はみんなのお姉さんです」
「えー、のるんちゃんはのるんちゃんだよー」
「のるんちゃん、ボクとけーやくしていっしょにアイスたべよーよー」
「こ、こんな所にまで『INQB』の影響が……。とにかく、私は食べませんっ」
「……おねえちゃん、アイス、きらいなの?」
「…………嫌いじゃないです」
「じゃあすきなの?」
「………………好きです」
「じゃあいっしょにたべよー」
「……………………しょうがないですね。ここで私がアイスを食べなかったら、私は嘘を吐いていることになります。みんなのお姉さんが嘘つきでは示しが付きませんからね」
キリッとした表情で立ち上がるノルン、だが冷凍庫を開けた時にはもう表情は緩み、キラキラと目を輝かせてどのアイスにしようか小さな手をあちこちに動かしていた――。
「明日香さん、アイスの差し入れどうもありがとうございますー」
気配を消して建物の陰から様子を窺っていた神代 明日香(かみしろ・あすか)へ、豊美ちゃんがアイスのお礼を言う。
「ノルンちゃんが心配ですし、豊美ちゃんには去年の七夕でした願い事を叶えてくれた恩もありましたから」
「あ、あははー、そうですかー」(うーん、私が叶えたということにしておいていいのでしょうかー)
やや苦笑い気味の豊美ちゃんを横目に、明日香はまるでとろけるアイスのように顔を緩めて幸せそうなノルンを見、微笑ましい気持ちになる。
「……あれ? そういえば明日香さんは私、魔法少女に認定してないですよね。ノルンさんがそうだったので明日香さんもそのつもりでいましたー」
そこに聞こえてきた豊美ちゃんの言葉に、明日香は振り向いて、そしてどこか自信のないような、影のあるような表情を見せてぽつり、と呟く。
「……私には、世界を救ったり、守ったりなんて事は、出来ませんから」
私は、正義の味方でもない。いくつかの『守りたいもの』を守るのが精一杯。
その守りたいものだって、本当に守れているかも分からない。
こんな私でも……と続きかけた明日香の心の呟きを、豊美ちゃんの言葉がふわり、と掻き消す。
「明日香さんは、ちゃんと守れてると思いますよー」
ハッ、と顔を上げた明日香が見た豊美ちゃんの顔に、嘘や気遣いといった感情はない。
「明日香さんは、『明日香さんとエリザベートさんの世界』を守れてると思いますよー」
「……私とエリザベートちゃんの世界、って、とても狭いじゃないですか。そんなの世界って言いませんよ」
「世界は広い狭いじゃないですよ。私には私の世界、明日香さんには明日香さんの世界があって、私と誰か、明日香さんと誰かの世界もあります。もちろん、私と明日香さんと皆さんの世界もあって、これがよく言う世界なんでしょう。そして、たとえばこの世界と、私一人の世界は、どっちがいいなんてことは決められないんですよ。だから、私が世界を守りますーっていうのと、明日香さんがエリザベートさんとの世界を守ろうとするのの、どっちもいいことなんですー」
そう言った後で「……わわ、世界ばっかり言ってたらよく分からなくなりましたー」と豊美ちゃんが付け足す。
「……なので、明日香さんは魔法少女です」
「……私でも、今の会話の流れはおかしいって分かりますよ? ……でも、豊美ちゃんが認定しますと言うのでしたら、そういうことにしておきます」
答えた明日香が視線をノルンへと向けると、ノルンは子供たちに混じってスヤスヤ、と寝息を立てていた。
「あらら、ノルンさん、寝ちゃってますねー」
「私、毛布をかけに行ってきますね」
言って明日香が、建物に入り、ノルンを起こさないようにしながら毛布を取り出して、そっとかけてあげる。
「むにゃむにゃ……私は子供じゃないですよぅ……」
ノルンの寝言が聞こえ、明日香がふふ、と笑みを浮かべる――。
「ふふ、子供たちも本当に楽しそう。豊美ちゃん、皆を連れてきてくれてありがとう」
「いえいえー、むしろ私の方がお礼を言わなくちゃですよー。子供たちの相手をしてくださって、ありがとうございますー」
軒先で、朱里が遊ぶ子供たちを見守りながら、傍に来た豊美ちゃんと話をする。
「今日からピュリアたちが、みんなのお友達だよ! 寂しくなったら、いつでも呼んでね!
辛いことも一緒に乗り越えられるように、いつでも応援してるから!」
「私も、今日みたいにいっぱい動物さんを連れて、遊びに行くのですよう」
ピュリアとハルモニアはすっかり子供たちと打ち解けた様子で、伸び伸びと遊んでいた。
「……二人とも、辛い過去があった。けれど今は少しずつ、将来の夢とか、希望とかを持てるようになった。
同じように、辛い過去があったり、寂しい思いをしている子に、私は夢と希望を与えたい」
「素敵ですー。朱里さんは魔法少女で、そしてお母さんなんですねー」
「……おかしくないかな? ママで魔法少女って」
尋ねる朱里に、豊美ちゃんは胸を張って答える。
「おかしくないですよー。だって、私もそうですからー」
「……あっ、そっか」
同じだと分かって、そして二人がふふ、と笑い合う。
「まほーしょーじょのおねーちゃん、まほーってなあに?」
そこに、男児が一人、質問をしにやって来る。他の気になっている子も集まって、たちまち朱里は子供たちに囲まれる格好になった。
「えっとね……じゃあ、みんなに私からも質問。みんな、大好きな人はいる?」
「はい! おかあさん!」
「おとうさん!」
「おにいちゃん!」
「おねえちゃん!」
「おじいちゃん!
「おばあちゃん!」
朱里の質問に、子供たちが次々に答える。それを確認して、朱里が言葉を続ける。
「その大好きな人に、喜んでもらおう、楽しんでもらおう、って一生懸命、想いを込めるの。
想いを込めるとね、その人と一緒にすることが何でも楽しくなるの。お手伝いでも、遊びでも、何でも。
そのひとつひとつが、魔法なの。人を大好きって思える人が、誰でも使えるものなのよ」
「えっ? ボクでも?」
「わたしでも?」
口々に聞いてくる子供たちに、朱里はええ、と頷く。
「やったー!」
答えが聞けて、途端に喜び出す子供たちを見て、朱里が豊美ちゃんを向いて口を開く。
「ごめんね、勝手に魔法がどう、って教えちゃって」
「いいえ、素晴らしい答えだと思いますよー」
笑顔を浮かべながら触れ合う子供たちを見れば、今の回答が間違っているなんてことはないはずであった。
「ばいばーい、またねー!」
そして、空が橙色に染まる頃、魔法少女たちは保育所での仕事を終え、子供たちに見送られながら帰路につくのであった――。
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