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リアクション
その頃空京では、葵とみことと別れた豊美ちゃんが、パトロールの途中でちょっとした広場に立ち寄り、ベンチに腰をおろす。大通りには人の絶えない空京でも、少し道を外れればまだまだ、人通りの限られた場所が点在しているようであった。
「……向こうの皆さん、どうしてますかねー。ちょくちょく帰ってるはずなんですけど、随分離れてる気がしますー」
そんな、ちょっぴり感傷的な豊美ちゃんを、離れた場所から見つめる者の姿があった。
「…………」
少女、橘 早苗(たちばな・さなえ)が豊美ちゃんから視線を外し、手にしたスマートフォンに浮かび上がる模様にタッチする。瞬間、光が溢れ、それまでのぐるぐる眼鏡と三つ編みおさげの出で立ちから、眼鏡を外し、髪を下ろした凛々しい少女へと変身を果たすと、地を蹴り、空へと舞い上がる――。
「お前が、終身名誉魔法少女の飛鳥豊美か」
うとうとしていたところに突如上空から呼ばれ、豊美ちゃんがわわわ、と辺りを振り返る。
「私は次世代魔法少女てぃんくるサナエ。
お前達の他人を幸せにするというやり方と、私の他人を不幸にしないというやり方。どちらが正しいかはっきりさせてやる!」
魔法少女な名乗りをあげた早苗が、豊美ちゃんの言葉を聞くことなく攻撃を仕掛ける。
「てぃんくる流星脚!」
「わわわー!」
突然攻撃された豊美ちゃんが、『ヒノ』をかざして一撃目はガードするが、
「甘い!」
「きゃー!」
その姿勢から逆の足で蹴り飛ばされ、吹き飛ばされる。
「まだまだ!」
空中で一回転して着地した早苗が、再び地を蹴って豊美ちゃんに近接戦を仕掛けるべく迫る――。
(……え、何これ? 魔法少女同士の戦い?)
そんな二人の戦いを、通りかかった葛葉 杏(くずのは・あん)が首をかしげながら観戦する。パートナーの早苗と一緒に買い物に来ていたところ、早苗を見失い、探していた矢先にこの戦いに遭遇したのであった。
「ま、魔法少女同士が戦うなんて――」
「おかしいことではない! お互いの主張をぶつけ合うのに、魔法少女も例外ではない!」
戸惑い、防戦一方の豊美ちゃんを、早苗が拳と脚で押し込んでいく。
「いたっ!」
足元を払うように蹴られ、豊美ちゃんがうつ伏せにベチン、と地面に寝かされる。バック転で距離を取った早苗が地を蹴り、空中に飛び上がっての『てぃんくる流星脚』を繰り出す。直後、地面を揺るがすほどの衝撃が響き、抉られた地面から無数の塵が飛び散る。
「……何!?」
確かに直撃を与えた、そう思っていた早苗だが、次の瞬間自分がただの木の枝を粉砕していただけと気付き、満足気だった表情を険しくする。
「あなたの野蛮なる振る舞い、見過ごしておけませんわ。
魔法少女小野 小町(おのの・こまち)、私の歌に酔いしれませ」
魔法少女の扇『桜花檜扇』を広げ、和装の魔法少女、小町が桜吹雪を舞わせながら魔法少女な名乗りをあげる。早苗が豊美ちゃんを倒したと思っていたのは、小町の得意とする魔法『積恋雪関扉(つもるこい ゆきの せきのと)』による魅了の効果であった。
「『豊浦宮』の新手か……だが、一人が二人になったところで――」
「いいえ、三人です」
声を荒らげた早苗を諌めるが如く、早苗の足元を狙った攻撃に、早苗がバック転で回避する。
「……誰だ!」
声に応じて姿を見せたのは、小町のパートナーである、遠藤 魔夜(えんどう・まや)を纏った遠藤 聖夜(えんどう・のえる)であった。変装を得意とする彼は今も顔形を変え、小町に気付かれることなく小町と豊美ちゃんの助太刀に参上したのであった。
「蒼空の怪人二十面相とは、私のこと。
見苦しい真似を晒す君は、早々に舞台から降りてもらおう」
「言ってくれる! 三人になったところで、私を止められはしない!」
二人増え、一対三となった早苗だが、未だに戦意衰えずといった様子で、三人に戦いを挑む――。
(た、大変にゃー! 豊美ちゃんがピンチだにゃー!
……そうにゃ、今こそ魔法少女の助けが必要な時にゃ! にゃーは魔法少女にさせる力を持ってるんだにゃ!)
魔法少女同士の激戦を、樹の上から目撃することになった夕夜 御影(ゆうや・みかげ)が、『今こそ魔法少女として覚醒させる時!』と意気込んで樹から樹へと飛び、談笑していたパートナーたちの元へ駆け寄ると、唐突にこう告げる。
「ご主人、黒いおにーちゃん! にゃーと契約して魔法少女になるにゃー!」
「……は?」
御影に言われ、『ブラックボックス』 アンノーン(ぶらっくぼっくす・あんのーん)が呆然とした表情を浮かべる中、オルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)がパッと顔を輝かせて言う。
「昔本で読んだことがあるのですよ! その本は、召喚獣と契約すると魔力が上がって、特殊能力が身につくという物語だったのです!」
「はあ……それで?」
わけがわからないといった様子のアンノーンを、オルフェリアがキラキラと輝く瞳で見つめる。
「つまり、今、御影ちゃんは召喚獣! だからアンノーン、今こそオルフェ達は御影ちゃんと契約して、魔法少女として覚醒すべきなのですよー!」
「…………」
心底どうしよう、という顔をするアンノーン。多分御影は何も考えていないで言ってるだろうし、オルフェリアは楽しんでそうだし、三人を見つめるルクレーシャ・オルグレン(るくれーしゃ・おるぐれん)も微笑みを浮かべている。一人だけ冷めた反応は、何か許されないような気がしていた。
「…………」「…………」「…………」
それに、周りに体育座りして見守り続けている『ピー』というジャタの森の精に見つめられていると、魔法少女なんてなれるわけない、という思いが揺らいでいく気分がしていた。
(この、心落ち着かない感覚……。もう見ないでくれ、見られていると落ち着かなくなる……)
アンノーンの心の訴えに、しかしピーたちは微動だにせず、ただただアンノーンとオルフェリアを見つめ続けている。
(……もしかしたら、自分も魔法少女になれる……のか?)
心の片隅にポツン、と生まれたその思いは、瞬く間にアンノーンの心を支配する。内から外へ広がるように光が溢れ、破けた服の奥から何故か着ていたスクール水着を覗かせ、そして光が収束し、アンノーンは魔法少女への変身を果たす。
「闇をもって闇を制する! 黒薔薇のアン、ここに参上!」
魔法少女な名乗りをキメたアンノーンに続いて、オルフェリアも変身を行う。持っていた青紫の薔薇が光を放った直後、結構な勢いで服が破れたように見えたが、オルフェリアの胸はしかし、座り続けるピー同様に微動だにしなかった。
「マジカルジャスティシア☆オルフェ!」
ルクレーシャから放られたお玉をキャッチして、オルフェリアが魔法少女な名乗りをあげる。
「つ……ついに誕生にゃ! 二人も魔法少女にさせられるなんて、にゃーはやっぱりすごいにゃ!」
胸を張って威張るように言う御影、だがしかし彼女は何もしていない。
「どうした、もう終わりか!?」
蹴りを見舞い、小町と聖夜を遠ざけた早苗が構えを取る。一対三という環境でありながら、戦力は未だ早苗の有利に働いているようであった。
「……む!?」
瞬間、背後からの気配を察知した早苗が宙に飛ぶと、早苗がいた場所を氷塊が穿つ。名乗りの割に氷術を撃ったアンノーンを見つけ、早苗が四人目の敵と判断した矢先、
「星が巡っておしおきです!」
五人目の敵、オルフェリアが氷を早苗の上空から降らせるようにして、攻撃を行う。
「……たとえ何人来ようとも、私は負けない!」
言い放ち、早苗は飛んできた氷塊を足場に、飛んでくる氷を回避する。
「てぃんくる流星脚!」
「ああっ!」
そして、眼前に迫ったオルフェリアの、持っていたお玉を早苗が蹴り飛ばす。お玉はくるくると宙を舞い、地面に落ちる――寸前で、手が伸ばされ、パシッ、と見事に収まる。
「誰が呼んだか人の子よ! 銀のお玉をかざしつつ、悪を葬る専業主婦!
お玉の花嫁、ルクレーシャ・オルグレン!! 黒猫ちゃんのために、参上しましたのですよ!!」
御影のやっていることを『遊び』と思っていたルクレーシャが、ノリノリでお玉を手にし、降りてこようとする早苗に猛然と突っ込む。
「たかがお玉ごときで、何が出来る――?」
タカをくくっていた早苗は、しかし振るわれるお玉の重みに、予想外と言わんばかりの呻きをあげる。オルフェリアには使いこなせなかったお玉が、ルクレーシャによってまるで別の物のように、早苗を押し込んでいく。これが胸の違いか……ということは、もしかしたらあるかもしれない。
「ちっ……今日の所は退いてやる、次こそはお前を倒す!」
流石に不利を悟った早苗が、悪役にお決まりの台詞を吐いてその場から飛び去る。
「あ、ありがとうございますー。助かりましたー」
服の汚れを払いながら立ち上がった豊美ちゃんに、六名の魔法少女もしくは豊美ちゃんの味方は、それぞれ頷くのであった――。
「すごく、幸せですね。すごく幸せな方々。……わたくしには眩し過ぎます。
皆が皆、斯様な時間を愉しそうに生きてる。……善いですね、羨ましいです」
そんな一行の姿を、上杉 菊(うえすぎ・きく)が遠くを見るような、仄暗い眼差しで見つめる。その傍には、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)に憑依したマガダ・バルドゥ(まがだ・ばるどぅ)が、決して小さくはない狐の着ぐるみ姿、しかもゴスロリなドレスにパラソルを差して立っていた。普通に見れば絶対こんなのおかしいよ状態だが、この場では決しておかしいことではないから不思議である。
「今一度、魔法少女になったら……やり直せましょうや?
こんな当たり前の幸せを、わたくしは受け入れられましょうや……?」
楽しそうに会話を楽しむ一行を見つめ、菊がぽつり、と口にする。と、二人の姿に気付いた豊美ちゃんが、たた、と駆け寄って来る。
「私は、あなたの過去を詳しくは知りませんし、魔法少女が決して楽しかったり幸せだとも言えません。魔法少女になりなさいとも言えませんが……なりたいと思うのでしたら、私は嬉しく思いますよー」
「……魔法少女の在り方とは、何でございましょう?」
菊にそう質問され、豊美ちゃんはうーん、と唸った後、こう答える。
「私は、魔法少女は皆さんに安心と平和をお届けするもの、と思ってますし、これが正しいとも思っています。ですが、他の方は別の在り方を思っていて、それが正しいと思っているでしょうし、私もそれでいいと思いたいです。魔法少女も色んな方がいると、皆さんが教えてくれましたから。
魔法少女が何なのか分からなければ、まずはやってみてはどうでしょうかー。……あっ、違います、今のは強制してるわけじゃないですよー」
うっかり口を滑らせた豊美ちゃんが、慌てて弁解する。自分から魔法少女に誘わないのが、豊美ちゃんなりのやり方だからだ。
「まずわたくし自身が一歩を踏み出さねば、本質は見えてこない……と仰られるのですね」
呟くように言った菊が、決意を秘めた眼差しを浮かべ、かつて自らが名乗っていた名を口にする。
「儚くも凛と咲く一輪の菊――“フラジャイル・デイジー”」
すると、それまで沈黙を保っていた狐の着ぐるみが、言葉を漏らす。
「善く決意してくれマシタ。その決意でワタシも、元の姿に戻る事が出来マス」
直後、着ぐるみが持っていたパラソルが光り出し、そこから漏れる光が着ぐるみを包み込む。時間にして一瞬の出来事の後現れたのは、姿はローザマリアでありながら、マガタが憑依したことによる白銀の髪とヴァイオレットの瞳をし、狐の耳と九尾を備えた少女であった。
「変幻自在の化け狐――“メタモル・ヴィクセン”」
再び輝きを取り戻した魔法少女と、奈落人初の魔法少女――『INQB』側には既に、七日に憑依したツェツィーリアが魔法少女になっていたため、厳密には奈落人初ではないが、豊美ちゃんに「じゃあ、認定しておきますねー」とされた点では初か――を認定した豊美ちゃんが、再び空京のパトロールに戻って行く。
(あれほど邪魔が入るとは、予想していなかった……これも、豊美の人格が影響しているのか?
まさか、豊美のやり方が認められている……いや、そんなはずはない! 私のやり方が正しいに決まっている!)
豊美ちゃんから距離を取り、一息ついたところで早苗が思考に耽る。
「おまえのやったことは、この魔王軍の魔法少女、略して魔王少女シャドウ☆ハスターが見ていたよ!
豊美ちゃんに敵対するおまえは、『INQB』の魔法少女だね! 人様の夢をぶち壊す野郎……じゃないね、女郎? でもそれ意味変わってない? ……まぁいいや、とにかく懲らしめちゃうよ!」
魔法少女な名乗りをあげ、シュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)が可憐かつ優雅、そして徹底的かつ無慈悲に魔法をぶっ放していく。
「こ、このような所で……豊美、お前は私が、必ず――」
直後、激しい爆発が起き、プスプスと煙を残しながら、早苗が宙を舞って大きく吹き飛ばされていく。
「ふふふ、排除完了! ささ、豊美ちゃんにタカってこよーっと! ……とと、いけないいけない」
服の乱れを直して、セラが自分を見ているかも知れない誰かに向かって、ポーズを決めて言う。
「夢に憧れる子には、ロマンとチラリズムを!」
笑みを浮かべるセラ、そしてカメラが下に移動しかけたその時、映像が乱れる。次に現れたのは、どこかの岩肌むき出しの荒野でブートキャンプに励むルイ・フリード(るい・ふりーど)であった。
ただ今ルイ・フリードはブートキャンプを行っております。
輝かんばかりの汗水を気持ち良く流し心身浄化!
その魔法少女とは縁遠い中年のむさ苦しく見苦しい映像を、視聴者にお見せした事、心から謝罪致します。
現場はパートナーにすべてお任せしているとの事ですので、この筋肉男は放置しておきましょう♪
そんなテロップが映像の下に流れた後、映像は現場に戻るが、しかし既にセラは飛び立った後であった。
「……え? あのー、いつからその、まるで魔法少女アニメのような展開になったのですかー?」
豊美ちゃんの首をかしげながらの疑問は、平和を取り戻した空京の青空に昇って消えて行く――。