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【1・残り46時間】
1日目 A.M. 11:00
シャンバラとカナンの国境に存在する山岳地帯では、いくつもの山々が、互いの高らかさと木々や花の彩りをアピールしあっていた。
季節が冬であれば、いっぺんに過酷なホワイトアウトの出来上がりだが、現在は六月。
雨でも降っていれば、これまた憂鬱なじっとり感が味わえそうだが、太陽は元気に蒼空にのぼっている。
これならば山登りに出かけるという選択肢を誰も不自然に思わないような、穏やかな環境にあった。
……が。
そんなうららかな陽だまりのなか、金元 ななな(かねもと・ななな)というシャンバラ教導団の新入生は、切り立った崖で宙ぶらりんになっていた。
「うぅ……なななからの連絡が途切れてたら、M76星雲から大艦隊がやってくるんだよ」
電波な香りが満載であるなななのセリフは、そのままシャンバラ教導団の飛空船に伝わっているが。
そこに集まっている人間のほとんどが耳を貸そうとはせず、いまは作戦会議に集中していた。
指令官の席にいるのは藩大連(パン・ダーリェン)大佐。
彼は軍のなかでも外交関係に尽力し成果をあげている中堅どころの実力者なのだが。
色白で坊主頭、わずかにふくよかな体型、そしてサングラスを愛用しているため。外見がまさに耳のないパンダを想起させてしまうため迫力に欠ける節があった。意図してそんな風体をしているのか否かは、未だに誰も質問したものはいないので不明である。
「改めて伝えておくが、作戦の内容は単純明快。繁殖期のティーカップパンダを発見し、保護することだ。手段は問わん」
「あの……でも、なんでパンダなんか捕まえるんですか?」
作戦に参加している教導団のひとりが挙手してそう口にすると、藩大佐は目を尖らせて。
「パンダを馬鹿にするな。何十年も前から、パンダは外交の役に立っていた動物だぞ」
かなり強めに一喝されて、その生徒は縮み上がってしまった。
つぎに手を挙げたのはアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)。その傍らには、パートナーのアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)の姿もあった。
「はぁ〜いセンセー、繁殖期とそうでないパンダの見分け方ってどうやるんですか〜?」
「繁殖期のティーカップパンダはメスが赤のティーカップ、オスが青のティーカップに入っている」
大佐はかわらず大真面目のようだったが、アキラをはじめ全員がぱちくりと目をしばたたかせた。
それほどになんともおかしな変化だと誰もが思うことだろう。
「えっトー。カップの色が変わるノ? ホントニ?」
「もちろんだ。普通のティーカップパンダが繁殖期に入るとカップの色を変えるらしい。一体なぜこのような現象が起きるのかは不明だがな。このあたりは人工環境でも、再現できないところらしい」
アリスからの疑問にもいたって冗談ナシに答えており。
どうやら疑ってもしかたないようなので、アキラは再び質問をしてみることにした。
「えっと。パンダ同士でも、好みや相性でペアになるかどうかわからないと思うんですけど。たくさん捕まえるつもりなんですか?」
「もちろん多いに越したことはないが……繁殖期のティーカップパンダは他の動物との接触を避けるようになる。一組探すだけでも相当な労力を使うはずだ。そこまで贅沢はしなくていい。相性の問題はなんとでもする」
大佐の言葉を聞いて。アキラとしても乱獲するつもりはないので、とりあえず仲良しカップルになるような組が見つかることを祈っておくことにした。
『藩大佐! せめてアルミ箔はずしてください!』
話題が途切れたところで、なななの声が通信で轟いてくる。
「ああ言ってるケド。放っておくんデスカー?」
アリスがそう言っても大佐は知らんふりを続けている。
どうやら言っても無駄なようなので、アキラは思い切った提案をしてみることにした。
「大佐。それなら精度を上げるためにもっとぎっちりアルミ箔を巻くべきです!」
そんなわけで、
空飛ぶ箒にふたり乗りしているアキラとアリスは、なななの元までやってきて。
アホ毛のアルミ箔をさらにぐるぐる巻きにして、ついでに接着剤もつけていた。
「もう! なんでこんなことするの!」
しばらく憤慨しどおしのなななだったが、
「外してもらえないなら、もう一刻もはやくパンダを見つけるしかないだろ。ヘタに逆らっても時間を無駄にするだけだって」
アキラがそう言うと、むぅ、と頬を膨らませつつもしかたないかと肩を落とし。
かわりにアホ毛をピンと立たせて、本格的に捜索を重視することにしたようだった。
「しょうがないなぁ。わかったよ、なななにお任せだよ!」
「あ、あのー……」
と、意気込んだところへ下から声がした。
視線を下げると岩山の一角にいたのはレジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)。彼女も教導団所属で、作戦に参加しているひとりなのだった。
「なななさん。こ、これ。ティーカップパンダのこといろいろ調べて、おきましたから。役に立ててください」
手に抱えているのは、ティーカップパンダの生態についてや、このあたり一帯の地形、これまでに捕獲した地点の状況などの書かれた資料の束だった。
「わあ、わざわざありがとう」
「い、いえ。軍の一員として、当然のことをしただけですから」
「助かるぜ。けっこう手間だったんじゃないのか?」
つられたままなのでまごまごしているなななの代わりに急降下して、至近距離に迫ってきたアキラに、
「あ、えと、その……」
なにやらどもりだすレジーヌ。
男性との会話が苦手な彼女としては、あたふたあわあわと焦って真っ赤になりはじめる。
それを露知らずなアキラは、?、と首をかしげつつも資料を受け取り目を通していく。
「ふんふん、餌はやっぱ笹がいいみたいだな。たしかあっちに竹林もあったし。出現場所もそこが狙い目らしいぜ」
「じゃあさっそく行ってみようヨー」
「そ、それじゃあ案内します。こっちですよ」
レジーヌは、話を強制終了してスタスタと歩きはじめる。
なななも飛空船に連絡をして進路を伝え、アキラとアリスとともにそれに続いた。
「うん。なななもこっちからティーカップパンダの気配を感じるよ」
「すぐに見つかるといいですね。図鑑で見ましたけど、ちっさくてすごく可愛いんです」
「にしても本当にカップの色って変わるのかねぇ」
「マア、見つけてみればハッキリするヨー」
わいわいと楽しげに談笑するななな達だったが。
それを近くの茂みで見つめる目があった。
傭兵龍騎士のクィントゥスである。
ぼさぼさの金髪に鋭い目つき、薄汚れた鎧に、荒々しい雰囲気。いかにも傭兵といった感じの男で、ほかの部下らしき男たちの中でも異彩を放っている。
そんな彼のもとに、かなり小柄な男が近づいて。
「クィントゥス。いつまでボケェッと見物してるつもりぜよ」
「ん? なあに。狩人を仕留めるには、そいつが獲物を狩るときを狙え……ってことだ。軍相手にバカ正直に突っ込んでどうするよ」
「しゃあけど、そろそろしびれ切らしてる連中もいるぜよ」
「まあ、それもそうだな。ここらでひと当てしておくのも悪くねぇけど、さてどうすっか」
と、そのとき。
「ちょっといいか」
彼らにかけられる声があった。
クィントゥスをはじめ、場の全員が警戒を強くそちらに目を向けると。
迷彩塗装で隠れていた源 鉄心(みなもと・てっしん)、ティー・ティー(てぃー・てぃー)、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が姿をみせていた。
偵察をしていた三人だが。即攻撃と言う気配でも無さそうなので、話ができないかとこうして現れたというわけだった。それを理解してなのか、飛びかかりそうな部下たちを手で制するクィントゥス。
「教導団の源鉄心だ。戦闘の意思はない。少し話がしたいのだが、宜しいか」
「差し支えなければお名前を教えていただきたいのですけれど」
鉄心は身分を明かし、ティーも一歩歩み出る。
「俺はクィントゥス。話なら、聞くだけ聞いてやるぜ」
「じつは俺たちは、任務でティーカップパンダ探しをしているんだ」
鉄心はやや苦い表情をしている。彼としては、あまりなななを使っての作戦を快くは思っていないらしい。
「あなたたちはなにをしてらっしゃるんですか?」
「俺らも同じだ。パンダを探してる。あと、教導団の邪魔もできれば万々歳だな」
言葉の端々から、隙をみせようとしないうえに、敵対する気満々なクィントゥスの雰囲気が伝わってくる。
しかしそれでもティーは、空気を少しでも和らげるため荷物からクッキーを取り出し、
「よかったらどうぞ」
彼らへと差し出してあげた。
「おお、ありがたくもらうぜよ」
目を光らせた小男に、クィントゥスは本気でグーパンチをお見舞いしておいた。
「べつにそんな大層な軍事作戦ではないんだ。しかも任務について居るのは若い娘……というより本当にまだ子どもだな。あなた方が相手にするような者では無いだろうし、こちらとしても危険に晒したくないのだが」
警戒をとかないクィントゥスに、鉄心は簡潔にメリットがないことを解説してみるが。
相手は不敵に笑みを浮かべて、
「あの娘、よくは知らないがパンダを見つける力があるんだろう? こちらの味方にできればかなりありがたいんだが。あと、なかなか可愛らしい顔だしな」
最後の発言はどこまで本気なのかわからなかったが、諦めるつもりがないことだけは理解できる。
どうにも平行線になりそうな空気を感じながら、
「一応は軍属とは言え、女子ども相手の人攫いが騎士のやる事とは思えませんが」
鉄心はおもわず苦言を呈する。
「騎士と名はついているが、俺は傭兵だからな。金のためならなんだってやるさ」
「お金、ですか」
「ああ。ティーカップパンダは、あれでかなりのものになるからな」
「ちなみに、パンダなら大佐の方が詳しいですよ」
しれっと口を滑らす鉄心だが。
クィントゥスのほうは逆に表情を歪ませて、不機嫌そうになる。
「ふん。あのパンダ似の男には興味ねーよ」
「え……? もしかして、お知り合いなんですか?」
ティーが疑問をなげかけた。
が。
その直後すぐに、まずい、と鉄心もティーもわかった。
クィントゥスが置いてあった剣に手をかけ、傍の連中へと視線を投げかけたのである。
行動は早かった。
「レガートさん!」
相手が動くよりさきに、鉄心とティーは茂みに控えさせておいたペガサスレガートを呼び寄せ、それに飛び乗った。
万が一に備えて退路の確保にぬかりはなかったティーは、すぐさま進行の方向を指差す。もはや振り返ることもせぬまま速度をあげはじめたところで、
「あれ? イコナは?」
ふと。
登場からまったく出番がなかった約一名がいないことに気づいた。
傭兵連中の傍にいないことは、空から見てもわかったが。ではどこへいったのかとあたりを見回すと。
ななな一行のいる竹林に、いつのまにか混じっていた。
「だからね。電波でのティーカップパンダ探しは、そう簡単じゃなくて……」
「いいえ! そんなのならわたくしにだってできますわ!」
なにやらなななと対抗心を燃やし、上空まで聞こえるくらいに叫んだかと思うと。直感にのみ頼りながら、あちこちの岩場や地面などを捜索しはじめていた。
鉄心たちは、彼女はもう後で迎えにくればいいかと思い、いまは逃げることにした。
それから。
三十分近く、なななに負けまいとして竹林を捜索したイコナだが。
「これはパンダですか? いいえ、これはゴブリンですわ……」
みつかるのは、せいぜいティーカップゴブリンくらいで。
「これもゴブリンですか? はい、これもケダモノですわ」
悲しそうに呟きながら、早々に諦めムードが漂ってきており。
「ねえ、もう諦めたら? 電波を拾うのは簡単なことじゃないんだから」
「いいえ、諦めませんわ…………あと五分くらいは!」
なななへの反論も、なんだか力が弱まっているイコナであった。
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