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長雨の町を救え!

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長雨の町を救え!

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第3章

 一方、遺跡外縁部……すなわち、長雨の町。
 大量の雨は遺跡から町に流れ込み、洪水と化している。水はけよく作られているこの街も、何日にもわたって降り続く大雨には耐えきれず、大通りが激流となっていた。
「なんという雨だ……。これでは、上空から助けるというのも楽じゃないな」
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は、比較的高い建物の上にワイバーンで降り、その光景に絶句していた。ワイバーンに雨合羽代わりの布を被せてから、周囲を確かめる。
「洪水で道が使えないせいで、分断されてしまっている人が居ると言うことだったな」
 パワードスーツの調子を確かめるように体を動かしているところに、声がかけられた。
「蒼空の騎士! 手伝ってくれ!」
 頭上を見上げれば、小型被空艇に乗った佐野 和輝(さの・かずき)がその背にアニス・パラス(あにす・ぱらす)を乗せている。隣には、スノー・クライム(すのー・くらいむ)が同じく小型被空艇に跨がっていた。
「まさか、それで行く気か!?」
 小型飛空艇はあくまで1人乗り……できて、2人が一緒に乗り込む程度だ。
「そう思って来たんだけど……この雨じゃ厳しそうだね」
 アニスが言う。小型飛空艇は雨を避けることもできないし、人数オーバーの状態で長距離を飛べば墜落の危険性も高まるだろう。
「ここまで雨が激しいなんてね。だから、手伝って欲しいのよ。私たちが要救助者を探すから、あなたが彼らを運んで。その後は、こっちで治療にあたるわ」
「役割分担というわけか」
 エヴァルトが言う。和輝が頷いて答えた。
「長くなりそうだ。お互い、消耗を抑えられるようにしよう」
 和輝が飛空艇を操り、上昇させる。その視界の端に、小さな明かりが見えた。
「あっちだ!」
 角度と雨で、エヴァルトの居る場所からは光は見えない。それでも彼の言葉を信用し、エヴァルトは駆け出した。
「……はっ!」
 大通りを挟んで、屋根から屋根へ。魔法を駆使して飛び移り、壁を蹴ってさらに跳躍。確かに、明かりが見えた。1階が丸ごと水に埋まっている建物だ。今にも流されてしまうのではないかと思えるほど、危なっかしい。
「助けに来たぞ!」
 全身を硬質なスーツで固めた装着ヒーローが窓から飛び込んできた時の驚きはいかほどだろう。しかし、建物中に居た住民は藁にもすがる思いだ。
「体力が少ないもの……まずは子供と、女性からだ。私以外にも助けが居る、必ず全員を安全な場所まで連れて行くから、それまで耐えてくれ」
 完全にヒーローの口調になって、エヴァルトは告げる。窓の外、和輝らに合図を出して、子供から先に窓から運び出す。
「少し怖いかも知れないが、しっかり捕まっているんだぞ」
 魔法で身を浮かせ、一気に壁を蹴る。抱えた子供に雨が当たらないように胸に抱きながら、向かい側……自分のワイバーンが居る建物まで。
「誘導を頼んだぞ」
「任せて」
 待機しているスノーに告げる。スノーは教導団式の敬礼で答えた。
「こいつが、安全な場所まで連れて行ってくれる。お母さん達もすぐに連れて行くから、泣くんじゃないぞ」
「あ……ありがとう……」
 水と寒さに体力を奪われた子供が、やっとの思いで告げる。エヴァルトはマスクの奥でほほえんだ。
「ヒーローとして当然のことをしたまでだ」
 答えて、再び壁を蹴って走り出す。1回で、かなりの消耗だ。しかし、続けなければならない。
「それにしても……」
 雨の中、誰にも聞かれていないのを良いことに、エヴァルトは小さく呟く。
「この場合、ヒーローとして振る舞うので合ってるんだろうか……?」
 ノリが違う気がした。別に手段やノリがどうあれ、助けたいという思いは同じだろう。そう信じることに決めた。


「ゴーレムは、他の皆が引きつけてくれているようです。ひとまず、この周辺は安全でしょう」
 と、言ったのは、安芸宮 稔(あきみや・みのる)。大通りに面した建物の上、周囲を警戒している。
「助けるために水を渡るのは大変だから、足場を作ろう」
 そう、安芸宮 和輝(あきみや・かずき)が提案したのである。しかし……。
「一応、やってはみますけど……身長よりも高い水を底まで凍らせるのは、無理ですよ」
 自らの氷術の影響力を考えて、クレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)が言う。
「床だけじゃなくて、天井や壁も作ればいいんですよ。人間が通れる大きさのを」
 和輝が告げる。
「まるで土木工事ですね」
 稔が言った。しかし、やはりクレアは浮かない表情だ。
「大通りを横断できる距離、ですか? それは……難しいですわよ。同じように魔法を使える人が助けてくれるとか、魔力を回復してくれる人がいればともかく……それに」
 周囲を見回す。猛烈な雨が、今も降り続いている状況だ。
「この中で、思った通りに氷を作ったり整えたりするのは……」
「水の流れをせき止めるのがやっと、というところですか」
 稔の言葉に、クレアが小さく首を振った。
「いえ、それも……危険な気がします」
「というと?」
「先ほど、町を見回して気づいたのですけど……この町は、どうも水の流れを計算して作られているように思うんです。でなければ、こんな規模の水害、町ごと使い物にならなくなってもおかしくありませんもの」
 クレアの説明。
「ですから、どこかで水を無理にせき止めれば、別の場所で水が溢れたりして、かえって危険ではないかと思うのです」
 和輝が、眉間にしわを寄せた。
「最初から、女王器が暴走する可能性を考えて作られていた、ということでしょうか?」
「そうかも知れないと、思っただけですけど……」
「おそらくは、そうだと思います」
 稔も言う。
「この町の地下に、排水路のようなものがあるように思えます。この水が、どこかに流れ込んでいるはずです」
 しばしの沈黙。
「地下……か。女王器が暴走した原因と、関係があるのか……?」
 和輝はぽつりと漏らした。


「ここまで苦戦するなんて……雨が強すぎるわ」
 アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)が身に纏う制服は、いまやボロボロに破れ、白い肌が露出している。その上、濡れた肌にぴたりと張り付き、もはや服の体を為していない。
 ゴーレムに挑みこそしたものの、返り討ちにあっての戦果である。ゴーレムは遺跡から離れるように逃げる限り追いかけては来ないようで、浸水していない場所まで逃れてきたのであるが……。
「誰だ!?」
 逃げ込んだ物陰から、声が聞こえた。男が数人……ひげ面に、とても清潔とは言えない服装。
「チッ、せっかく儲けばなしだと思って来てみたのに、水でろくに動けないは、すぐに見つかるは、ツイてねえな……」
 どうやら、この水害を聞きつけてやってきた悪党たちらしい……火事場泥棒ならぬ、水場泥棒と言った所か。
「いやっ……来ないで!」
 びくりと身をすくませ、アリアが叫ぶ。その様子に異常を感じたのか、男達がありあの姿を確かめた。
「おい、こいつ、あの動画の……」
「ああ、間違いないぜ。何度も観たからな。しかも、こんな格好しやがって……自分から誘ってるって噂は本当だったみたいだな」
「違う……違うの」
 記憶のフラッシュバックと、体力の限界が同時にアリアを襲う。耐えきれず、尻餅をつくアリアを男達が囲み、押さえこんだ。
「何が違うだ、他の連中が命がけで戦ってる時じゃねえと良くなれねえんだろ!?」
 おそらくは、噂に悪辣な尾ひれが付いたものだろう。そんなことを口走る男に対し、アリアはただ首を振る事ができない。
「違う……そんなこと、私は……」
「はん、ようやく俺たちにもツキが回ってきたぜ。お宝の代わりに、たっぷりこいつで遊ぶとするか!」
 そして、男の手が伸び、露出したブラジャーに伸びる。
「いやあああああああ!」
 アリアが叫びを上げたとき……
「動くな!」
 ぱっと、懐中電灯の明かりが彼らに向けられた。
「こういう状況で、婦女子に手を出す人間のくずが居るなんてな。こういうのが一番許せないんだ、俺は」
「緊急事態だっていうのに、もう、最悪の気分だよ!」
 前に立っているのはエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)。その後ろには、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が立っている。
「な、なんでここが……」
「悪意を感じるのが得意でね。それに、女性の悲鳴を聞きつけたら駆けつけるのが男ってもんだろ?」
 愕然とした様子の男達に、エースが告げる。その隣に立ったエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が、、彼らに向けて10本もの矢が装填された弓を向けた。
「ゆっくり立って、その人から離れてください。指1本でも振れた人から、順に撃ちますよ」
 告げられ、男達が震えながら立ち上がる。ゆっくりと両手を挙げた。
「それでよし。ちょうど救助用のロープを狩り手置いてよかったなあ」
 詩穂が長いロープで、彼らを一列に繋ぐのを横目に見ながら、エースはショックで動けなくなっている様子のアリアへ近づいた。
「お嬢さん、その格好ではいろいろと危険です。とりあえずは、これを」
 そう言って、自分の着ているローブを彼女の背に被せる。
「あ……」
 アリアはまともに口も動かず、ただぽろぽろと涙をこぼした。
「戦いや救助に着くのは難しそうですね。ひとまずは、他の人と一緒に避難所へ連れて行きましょう」
 エオリアが言い、アリアにそっと手をさしだした。