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盗まれた機晶爆弾

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盗まれた機晶爆弾

リアクション

   10

 トマスとミカエラが外へ出、その一角の避難が半分ほど終わった頃、突然、人々の足が止まった。
「どうしたんでしょう?」
 エルデネストがグラキエスにそっと囁いた。
 何かを囲むように、人垣が出来ている。
 その中央に、男が三人いた。いや、その内の二人は覆面をしているのでしかとは分からない。
 だが残る一人は、緑郎だった。両手をだらりと下げ、助けを求めるよう、きょときょとしている。
 覆面した二人の内、背の高いほうが言った。
「我々はパラミタ解放戦線のメンバーだ。地球人、取り分け日本人に告ぐ。この地より出て行け!」
「何言ってるんだ、あいつ?」
 グラキエスは眉を寄せた。
「まずはその代表とも言うべき、空京大学はこの地より撤退せよ! この地は神の土地である! 日本人に食い物にされるのは許されん!」
 その男――ザッハーク・アエーシュマ(ざっはーく・あえーしゅま)は、緑郎の首に当てていた大鎌の切っ先をすっと移動させ、彼の足元へ向けた。
「あっ!」
 舞香が声を上げた。地雷だ。どんと置かれ、その上に緑郎が立っているのだ。
「何であんなところに!?」
「人質ということだろう」
 ベルテハイトが答えた。「……気に食わんな」
 ザッハークの傍ら、もう一人はやや背が低い。ライラ・メルアァ(らいら・めるあぁ)だ。トミーガンの銃口を上に向け、引き金を軽く引く。
 パララララッ……。
 その銃声に、残った人々は完全にパニックを起こした。我先にと出口へ殺到する。「押すな」「子供がいるの!」「早く行け!」という声に混ざって、子供の泣き声がした。
 やがて静寂を取り戻したとき、その場に残ったのはグラキエスら三人と舞香、緑郎とテロリストの二人だけだった。
「やりすぎではないか、ライラ。他の人質がいなくなってしまったぞ」
 ザッハークはライラに囁きかけた。しかしライラは答えなかった。ただ、すっと手を上げ、二階を指差しただけである。
 つられて全員がそちらを見た。
 エスカレーターの上に、一人の少女が立っていた。
 魔法少女のコスチュームを身に纏い、「レッドフラッグロッド」を持った、
「愛と、正義と、平等の名の下に! 革命の名をかたる悪人どもは、革命的魔法少女レッドスター☆えりりんが粛清よ!」
 続けて、
「は〜いっ。 みんなのアイドル、アスカちゃん参上っ!」
 ――藤林 エリス(ふじばやし・えりす)とパートナーのアスカ・ランチェスター(あすか・らんちぇすたー)である。
 とうっ、と二人の魔法少女は飛び降りると、しゅたっと音を立てて着地した。武器を握った方の手を高々と上げ、もう片方は握りこんでいる。ちょうど鏡を真ん中に置いたように左右対称で、息もぴったりだ。
「エリス!」
「舞香、駆けつけたわよ! あたしが来たからにはもう安心!」
「駄目なの! あの人がちょっとでも動いたら、爆弾は――駄目! 動かないで!」
 立ち続ける緊張感と疲れから緑郎の身体がふらりと揺れ、舞香の声でまた直立不動になった。
「い、いつまでこうしていればいいんだよ!?」
「さっきアクリトに連絡したの! やっぱり一度踏んだ地雷は、動いたらドカン! だって! 今、アクリトがこっちに向かってるけど――」
「待てないよ!」
 困ったことに、今この場で解体できる者が一人もいないことに舞香は気づいた。どうしよう、と唇を噛む。
「私が【氷術】で爆弾を凍らせよう。その男の脚ごとな」
 ベルテハイトが言った。
「だからその二人を、とっととどけてくれ」
「もう少し穏やかな方法はないのか!?」
「死にたくなければ大人しくしておけ」
 ベルテハイトに睨まれ、緑郎は他に方法がないのかと助けを求めた。だが、それに答える者はない。エルデネストが【ピッキング】と【博識】の応用で試してみましょうかと言ったが、それは緑郎自身に却下された。エルデネストは「残念です」と肩を竦めた。
「よし、それならそっちのでかいのは俺たちがどうにかしよう」
とグラキエス。
「それじゃ、そっちの無口なほうは、あたしたちが相手するわ!」
 エリスが「レッドフラッグロッド」をライラに突きつける。
 ザッハークはにやりとした。
「退屈しのぎにはちょうどよいか。ライラ、油断するなよ」
 ライラはすうっと目を細めた。


 緑郎に攻撃が当たらぬよう、グラキエスは肉弾戦を選択した。【ドラゴンアーツ】を発動、地面を蹴ってザッハークに殴りかかる。
 ザッハークは緑郎に近づけさせないよう、【チェインスマイト】で大鎌を続けざまに振り回した。最初はグラキエスへ、二打目はベルテハイトへの牽制として。
 ザッハークは更に【ヒロイックアサルト】を発動、ゾロアスター教の怪物、アジ・ダハーカを召還した。三つの首、三つの口、六つの目を持つ巨大な蛇は見る者を畏怖させる。
 グラキエスも睨まれた瞬間、動けなくなってしまった。
 アジ・ダハールがグラキエスに襲い掛からんとした時、エルデネストが飛び出した。彼は「聖なる帽子」で畏怖に耐性を持っていた。そして【ガードライン】で、グラキエスを守ったが、代わりにアジ・ダハールに噛み付かれてしまった。
「エルデネスト!」
 ほう、とザッハークは感嘆の声を漏らした。
「身を挺して主人を守るか。我が部下に欲しいところだな」
「ふふ……。生憎、他の者と契約を共有するつもりはないものでしてね」
 覆面の下で、ザッハークのこめかみがぴくりと動いた。
「それに、グラキエス様は私の主人ではない!」
 エルデネストは、噛まれた方とは逆の腕をアジ・ダハールに向けた。パアッと眩い光が巨大な蛇を襲う。
 ザッハークは片手で目を覆った。
「馬鹿な! 毒が効かないのか!?」
「義手なもので!」
 エルデネストの【光術】でアジ・ダハールの視界が真っ白になり、蛇は動けなくなった。その隙にグラキエスが渾身の力を込めて、拳を叩きつける。
 アジ・ダハールは姿を消した。
「言ってくれるな、エルデネスト?」
「あなたの魔力が暴走する日までは、きちんとお仕えしますよ」
 エルデネストは血のように赤い唇に、柔らかい笑みを浮かべた。


 ライラは二人の魔法少女を相手に、トミーガンの引き金を引き続けた。
 アスカが口元に手を当て投げキッスをしようとしたが、エリスが慌てて止めた。アスカの投げキッスは【ファイアストーム】だ。外れたら、地雷が爆発しかねない。
 代わりに【子守歌】を高らかに歌い上げる。
「お眠りなさい!」
 ライラはくらりと眩暈を感じた。猛烈な眠気が彼女を襲う。慌てて【隠れ身】で姿を消そうとしたが、今度はアスカが【光術】を放ち、たちまち姿が現れてしまう。
 やむなくライラは光条兵器の籠手から爪状の刃を出し、接近戦に持ち込む。ほとんどのスキルを使えないエリスたちは些か不利だったが、しかし二対一である。ライラは次第に押され始めた。
「空京での貴重なショッピングタイムを邪魔したことを後悔させてあげる!」
 アスカは本気で怒っていた。


 舞香とベルテハイトは、その間に緑郎へと近づいていた。
「本当に大丈夫なのか……?」
 不安そうな緑郎に、舞香は、
「グダグダ言わない! まったく男ってやつは……」
 緑郎を動揺させないための優しい言葉も、もはやかなぐり捨てている。しかし緑郎は、既に耐え切れなくなっていた。
「ち、ちょっとだけ。ちょっとだけ動いていい?
「駄目! 動いたら死ぬわよ、あんた!」
「いやでも、ちょっとだけだから! いいよな? な?」
「駄目だって!!」
 緑郎の腰がふいっと動いた。
 その瞬間、ベルテハイトの【氷術】が発動。地雷と緑郎の脚が凍りつくのと、爆発が同時だった。
 厚い氷に阻まれて、威力こそ落ちたものの、緑郎の身体は空高く舞った。脚は血塗れだ。
 ベルテハイトと舞香は、咄嗟に彼女の【軽身功】で飛び上がったものの、やはり爆風と破片で全身に傷を作った。
「ベルテハイト!」
「舞香!」
 エルデネストがベルテハイトを【ヒール】で治療する。エリスは救急車を要請した。
 そしてその爆発のどさくさに、ザッハークとライラは姿を消していた。