リアクション
島の宵 「ああ、いい温泉だよね〜」 夜空を見あげながら、温泉にとっぷりと浸かって立川るるがつぶやいた。 実際には温泉などではなく、推進システムの冷却排水なのであるが、本人は温泉と思っているので温泉でいいのだろう。実際、汚染水でもなんでもないただの冷却水なので、健康被害があるわけでもない。廃熱と共に、周囲にある生態系を暖めて、異なる気候の動植物を生息しやすくしているただの実験施設だ。もっとも、設計者の趣味ではないとは言い切れないわけだが。 川も同様で、こちらは島の生態系維持のために、海水から塩分をのぞいた物を流している。 いわゆる閉じた生態サイクルに近い物を用意し、ある程度の自給自足を実現させるシステムだ。今回の学生たちのサバイバルも、一応はこのシステムの実験もかねている。 「茹だったヒトデも綺麗だよねー。食べられるのかなあ……」 立川るるが海で拾ってきたヒトデは、温泉のお湯に茹でられて鮮やかな赤に変色している。 しかし、せっかくおニューの水着を着てきたのに、見せる相手がいないのではちょっと淋しい。刺激がないのもつまらないものだ。 「胸だって成長してるもん」 ちょっと両手で胸を寄せて上げながら立川るるが独りごちた。 「あ、少し晴れてきたからお星様が見えてきたよ。久しぶりだなあ、地球のお星様」 パラミタ大陸によってかなり隠されているとはいえ、太平洋ど真ん中ではとても綺麗に星が見える。 「ここが間欠泉だったら、パラミタまで噴き上げられて戻れるかもしれないのにねー」 ちょっとつまらなそうに言った後、立川るるは持っていたヒトデを思いっきり空へ放りあげた。 「お星様になっちゃえ!」 ★ ★ ★ 「おっ、いたいた、捜したんだぞ」 海岸の端っこで膝をかかえて座っていた漆髪月夜を見つけて、樹月刀真は走り寄っていった。 「こんな小さな島、捜さなくても見つかるでしょ」 ちょっとわざとらしく、微かに頬をふくらませた漆髪月夜がぷいと横をむいた。拗ねている。 「まだ怒ってるのか、ささやかなことじゃない……」 全部言えないうちに、漆髪月夜のアッパーカットが炸裂して樹月刀真を吹っ飛ばした。ドボンと、大きな水柱があがる。 「今、胸を見てささやかって言いましたよね。死んで当然……です」 両手でしっかりと胸を押さえながら、漆髪月夜が言った。 「ええい、つかめるだけの大きさがなければつかめないんだぞ!」 海中から立ちあがると、樹月刀真は大声で叫んだ。 「というわけで、昼間は、俺が悪かった」 「ううん♪」 ひたすら謝る樹月刀真の二の腕を積極的に胸にすりつけて大きさを再アピールしながら、漆髪月夜がニコニコしながら答えた。 機嫌を直してくれたので、浜辺を二人で歩きながら、キャンプへ戻る途中である。ずっと先の方に、キャンプファイヤーの炎が見える。 でも、森の中のときよりも、今の方が、ちょっと怖い樹月刀真ではあった。 ★ ★ ★ 「だからさあ、もう釣りなんか切り上げて、キャンプファイヤーへ行こうぜー」 「いいえ、今日のノルマはまだ果たしていませんから」 頬杖をついて少しふてくされるハイラル・ヘイルに、ズボンをまくり上げて浅瀬に入ったレリウス・アイゼンヴォルフが淡々と答えた。光条兵器の明かりを餌に、近寄って来るであろう魚を狙っているのだ。 「こうしていれば、きっと巨大イカがやってくるはずです。そこを、轟雷閃で仕留めます」 真面目な顔で、レリウス・アイゼンヴォルフが行った。 「ああ、一応言っとくけど、海への電撃系攻撃は禁止されたぞ」 「なぜですか!」 それでは作戦が成り立たないと、レリウス・アイゼンヴォルフがハイラル・ヘイルに聞き返した。 「なんでも、昼間それをやって、泳いでいた奴ら全滅させたバカがいたって話だぜ。詳しくは、みんなに聞いてみたらいいぜ」 「いいでしょう、ちゃんと許可をとって続行します」 「続行するのかよ……」 やれやれという感じて、立ちあがったハイラル・ヘイルが、海からあがってきたレリウス・アイゼンヴォルフを迎えた。 ★ ★ ★ 「うーん、鯨の頭も見つからないし、秘密基地の入り口も見つかりませんね。それどころか、僕が提供したイチャウチャウの他に、野生のイチャウチャウが暴れ回っているとか。これはちょっとゆゆしきことです」 星の位置を紙に書き写して島の位置を算出しながら、高月玄秀が言った。すっかり、イチャウチャウのことは人ごとだ。 「もしかすると、海の中に何かあるのかもしれないわよ。ねえ、入ってみましょうよ」 「海ですかあ」 あまり気乗りしなさそうに、高月玄秀がティアン・メイに返事をした。 胸元に手をかけたティアン・メイが、はあっと小さく溜め息を漏らす。実は、イルミンスール新制服の下には、すでに水着を装着済みだったりする。 「そ、そうよね。別に、一緒に泳ぎたいとか、そういうのじゃないんだからね」 心にもないことを口走ってしまい、ちょっと後悔するティアン・メイであった。 ★ ★ ★ 「うーん、夜なら、隠れている物が活動を始めて何かつかめると思ったのだけれど、なんだか別の面白い物をいっぱい見られた気がするわね」 ふわりと宙を歩くように舞い飛びながら、東朱鷺が言った。 なおも何かないかと飛び回っていると、キャンプファイヤーの方が何やらざわめいている。何かあったようだ。とりあえず、東朱鷺はそちらに戻ってみることにした。 ★ ★ ★ 「楽しい夏合宿のはずが、犠牲者を出してしまったのは、はなはだ遺憾なことであったと思う」 キャンプファイヤーの組み木の前に立った悠久ノカナタが、集まった一同にむかって言った。 葦原めいと八薙かりんのもたらした報せによると、山に調査にむかった者たちのほとんどが火山の噴火に巻き込まれて帰らぬ人となったのだという。 ちょっと、微妙に話が違っているようにも思えるが、なにしろ目撃者はこの二人しかないので確認は出来なかった。 救出に行こうにも、日が落ちてしまっているので、二次遭難を避けることに話がまとまっている。森には、謎の獣が出るという話でもあるし、迂闊な行動は危険であった。 「えー、でも、まだ死んだと決まったわけじゃないんだもん……」 「そこの者、もう諦めよ」 悠久ノカナタが、ノーン・クリスタリアにむかって淡々と答えた。 本当に火山に落ちてしまったのであれば、もう絶望的であろう。生きているのであれば、とっくに戻ってきているはずだ。きっと、今ごろは骨まで溶岩に焼き尽くされてしまったに違いない……多分。 というわけで、現在、キャンプファイヤーあらため、野辺送りの真っ最中である。とりあえず遺体はないのだが。 「お葬式……、うふっ、うふふふふふふ……」 なんだか、ネームレス・ミストが楽しげな笑い声をあげる。 「では、ここで犠牲者に黙祷を……」 「こらー、勝手に殺すんじゃねえ。俺様はピンピンしてるぜ、ピンピン」 突然、雪国ベアの大声が、悠久ノカナタの言葉を遮った。 「生きてたー、おお、ガイドさんたちまで!!」 海岸近くの洞窟からゾロゾロと出てきた行方不明者たちの姿を見て、その場にいた者たちが歓声をあげた。 「全員御苦労であった」 ジェイス・銀霞が、一応のいきさつを説明する。 「以上、今回の夏合宿は、一応の成果を上げたと認め、査定はここまでとする。後は、この島が海京に戻るまで自由行動とする。たっぷり遊べ。なお、これは、ちょっとしたプレゼントだ」 ジェイス・銀霞が指示すると、浮き島内部に入っていった者たちが、ごちそうを次々に運んできた。学生たちが歓声をあげる。 「それでは、キャンプファイヤーに火をつけるのじゃー!!」 代表して、ビュリ・ピュリティアが海岸に組みあげられた組み木に魔法で火をつけた。続いて、火術を扱える者たちが、思い思いの花火を空へ打ちあげる。 夏合宿は、こうして本当に始まったのだった。 担当マスターより▼担当マスター 篠崎砂美 ▼マスターコメント
|
||