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リアクション
月の小舟が運んでくれる
ヴァイシャリー建築の邸宅、西部屋。
ここでは、これから行われる模擬結婚式の新郎が、立ち居振る舞いについて特訓を受けていた。
アドバイザーは、先日挙式したばかりの遠野 歌菜(とおの・かな)と月崎 羽純(つきざき・はすみ)。
「それじゃ、スパーク。私をシーナちゃんと思って練習だよ」
「それはいいけどさ、何でドレス着てんの?」
今日の主役は俺達だろ、とやや非難がましい目をする新郎スパーク・ヘルムズ(すぱーく・へるむず)。
歌菜が着ているのはパーティドレスではなく、ウェディングドレスだった。
が、そんな視線に怯むような歌菜ではなく。
「雰囲気作りよ、雰囲気作り!」
と、指輪ケースを手に詰め寄る。
大切な指輪交換の時に致命的なミスを犯したりしないよう、歌菜を相手に実践練習しようというわけだ。
そのことはスパークもありがたいと思っている。
思ってはいるが……。
「オマエ相手は嫌」
思い切り眉間にしわを寄せた顔が、フイッとそっぽを向く。
何で、と頬をふくらませる歌菜だったが、無理強いはせずに羽純に目を向けた。
「羽純くん、私達でお手本見せよう」
自分は単なる見物人のつもりでいた羽純は、突然のお呼びに少し驚いたが、すぐに椅子から立ち上がった。
「やるのはいいが、いくら他人がやっているのを見ても、参考にはならんと思うぞ」
「何も知らないよりはいいんじゃない? スパーク、しっかり見ててね」
スパークは、歌菜と羽純の指輪交換から、誓いのキスをするためのベールオープンまでを見ながら、知識を得て安心するどころか緊張に硬くなってきていた。
(しっかりしろ! 模擬とはいえ結婚式……シーナに格好悪いところは見せられねぇ! 俺がリードしないと)
こうしてスパークが自らを叱咤している頃、新婦のシーナ・アマング(しーな・あまんぐ)のいる東部屋では、スタッフから式の進行について説明を受けていた。
父親役として参加するリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)は真剣な表情で説明を聞いているシーナを、微笑ましそうに眺めている。
いつか来る未来を思う。
(本番の時はシーナをよろしくお願いしますと言わなければいけませんね。もっとも、その前にスパークくんから、シーナをくださいって言ってもらわなければなりませんが)
その時、二人はどんな顔をしているだろうかと想像するリュース。
と、スタッフが腕時計を確かめて言った。
「そろそろ時間ですね。──ああ、そうでした。新郎新婦のお二人にちょっとした試練がございます」
いきなり何だろう、と首を傾げるシーナ。
「この邸宅中に散らばったお菓子を拾い集めてください。全部集まらないと新郎には会えず、式も挙げられなくなってしまいます」
「えっ!?」
そういうイベントなのだということは、スタッフのわざとらしい表情から窺えたが、失敗したら本当に式はなしになってしまいそうな気配も窺えた。
どうしよう、と困惑顔で振り向くシーナに、リュースは力強く頷く。
「やるしかないでしょう。オレが手伝ったりは……」
「いいえ。それでは水上の祭壇で新郎と会うことは叶わないでしょう」
「それはいけませんね。シーナ、オレは役に立てないけれど成功を祈ってますよ」
「あのあのっ。ただの、式の前のちょっとしたイベント……ですよね?」
「はい。ちょっとしたイベントです。それでは始まりますよ──!」
本当に、ただのちょっとしたイベントなのか、不安になったシーナは真剣にお菓子探しに取り組んだ。
スタッフに渡された籠に、星や月の形のキャンディやクッキーを集めていく。
新郎新婦と言っていたから、今頃はスパークも同じことをしているはずだ。
一生懸命なシーナを助けてあげたい気持ちを、リュースは必死で抑えて彼女の後ろ姿を見守っていた。
やがて──。
「もう、ないはずです。指定されたお部屋は全部、隅々まで探しましたから」
実際、お菓子はすぐに見える場所にのみ置かれてあったのだが、シーナはスパークに会いたい一心で念入りに探していた。
集められたお菓子の籠を抱えたスタッフについて、シーナとリュースが船着場へ着くと、上限の月をモチーフにした小舟が待っていた。
スタッフがにっこりしてシーナを小舟にいざなう。
「星と月のかけらを集めて橋をかけるには時間がかかりますが、お二人の力で小舟を作ることはできました」
「それでは、スパークも」
「ええ。それでは祭壇へ参りましょう」
シーナとリュースを乗せ、小舟は天の川を映した湖面へ繰り出した。
スパークのほうが先に祭壇に着き、シーナを待っていた。
いよいよ模擬結婚式が始まる。
到着した月の小舟からリュースに付き添われたシーナが降りて、ゆっくり近づいてくる。
スパークは高鳴る胸を静めることもできず、綺麗になったシーナに見惚れていた。
一方、神妙な顔で父親役をこなしているリュースはというと。
スパークの表情に大満足していた。
(かわいいでしょう? オレのかわいい妹であり、娘ですよ)
そして、そのかわいい妹であり娘である大切なシーナをスパークに委ねる時、リュースは一抹の寂しさを感じた。
(これが娘を取られた父親の気持ちでしょうか……。ですが、シーナが幸せならそれでいいですね)
リュースはシーナを笑顔で見送った。
スパークはシーナと共に祭壇へ向かう。
今のスパークの心は静かだ。
シーナを受け取る時、リュースと目が合った。とたん、落ち着きのなかった心が静まったのだ。
神父の祝福の言葉が二人に降り注ぐ。
それが終われば指輪交換だ。
──スパーク、シーナだけ見てろ。それできっと上手くいく。
月の小舟に乗る時に羽純がくれた言葉。
言われるまでもなく、シーナ以外は目に入らなくなっていた。
神父が頷いて指輪の交換を促す。
スパークの体は自然に動いていた。
参列者の席でハラハラしながら見守っていたはずの歌菜は、指輪交換の段ではドキドキのほうが勝っていた。
羽純との式を思い出してしまったのだ。
「できるならもう一度式を挙げたいなー……なんて。あの時は緊張と感動で頭の中真っ白だったんだよね」
「それであのドレスを?」
知らずこぼれていた呟きは、バッチリ羽純に聞かれていて小さく笑われる。
歌菜はむくれたふりをしてそっぽを向いた。
スパークの特訓の時に着ていたドレスは、さすがにその格好でここには来れないので着替えた。
自分達の結婚式と重ねて見てしまうことくらいは許してほしい。
スパークの完璧なベールオープンに、歌菜と羽純は祝福の笑みを送った。
シーナの頭の中はずっとふわふわしている。
スパークと腕を組み、リュースや歌菜達の拍手に送られながら式場を去る時も、ずっと。
模擬結婚式だけれど、シーナはとても幸せだった。
将来、こんなふうに結婚できたらいい、とシーナは思う。
それを伝えたくてスパークを見上げる。
視線に気づいたスパークは、その瞳にこめられた願いにもちゃんと気づいた。
「いつか本物の式をやろうぜ」
囁いたとたん、シーナは顔を真っ赤にして嬉しそうにした。
周りにどう見えていたかわからないが、指輪交換もベールオープンも誓いのキスも、本当は緊張で震えていた。
それでも、同じように緊張していたシーナを見ると、彼女を幸せにできるのは自分しかいないと思うようになった。
そうすることでスパーク自身が今まで以上に強くなれる。そんな気がした。
後で撮った記念写真──スパークがシーナをお姫様抱っこしている──は、彼らの宝物となった。
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