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第10章 補給戦線異常アリ+アルファ

「さてと、とりあえず大体の形はこんなものかな」
 1人の女が自宅であるヒラニプラ郊外の洋館、その庭にてレンガブロックを組み上げる。カタカナの「コ」の字に組んだそれを少し離れたところから観察し、レンガの並びや高さを確認する。
「もうちょっと高くした方がいいかな……」
 積まれたレンガの役割は、この後行われるバーベキューのかまどである。下に炭を入れ、火をつけて、上に乗せた金網にて肉や野菜を焼く。それを1人で組み立てているのは、シャンバラ教導団――改め国軍の中尉であるルカルカ・ルー(るかるか・るー)だった。
「うん……、こんなもんだね」
 組み上がったレンガの壁を見て、ひとまず大体の形になったことを認めると、ルカルカはその場で一息ついた。後はコンクリートを塗って、完全な3枚の壁にするだけだ。
「それにしても……」
 それにしても、とルカルカは思う。つい最近までの自分は、遠く離れたエリュシオン帝国との戦争やカナンにおける騒乱、その他諸々の事件に介入し続け、気が休まる暇が無かった。そう思っていたところで帝国との和平条約が締結され、しかも平和を記念しての「空京万博」の開催である。これを喜ばない人間はおらず、それはルカルカも例外ではなかった。もっともどこかの誰かに言わせれば、彼女は以前は徹底抗戦も辞さない構えだったような気がするし、ましてザナドゥの侵攻があるから完全な平和とは言えなかったりするのだが……。
「ほんとに落ち着いたものよね。そうじゃなかったら今頃はこんなことしてないはずだし」
 いまだに戦争が続いていたならば、今頃彼女は前線に立ち、その有り余る身体能力を駆使して大暴れしていたことだろう。本人はあくまでも「か弱い乙女」を自称しているが、彼女を知る人間は一様にこう主張する。
「か弱い乙女が機甲科の軍人で中尉になったりするものか。まして【最終兵器】だなどと呼ばれるはずが無いだろうが」
 だがやはり彼女は「女の子」と呼べる人間である。永遠ならざる平和を満喫し、まして恋愛もしているのだから。このことについて非難できる人間はいなかった。
「ただ、それはいいとして……」
 そんなことよりも、とルカルカは周囲を見渡す。普通なら近くにいるはずの彼女のパートナーたちの姿が全く見えなかった。
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)については仕方が無いといえる。彼は今、家の厨房に入り、用意した様々な肉にタレを漬け込んでいる最中であるため、ルカルカを手伝えないのも無理は無かった。
 夏侯 淵(かこう・えん)もそれは同様だった。彼も厨房に入り、バーベキューに使う野菜――主にニンジン、タマネギ、ジャガイモ、ピーマン、キャベツ、ネギ、シイタケ、カボチャの下ごしらえを行っていた。ついでに今頃は、ニンニクとタマネギを摩り下ろす作業の最中、目に汁が入って涙が溢れている頃だろう
「……ウサギのように目が真っ赤になってるが大丈夫か?」
「大丈夫じゃない、問題だ。ちょっと、目、洗ってくる……」
 淵の様子を見ながら、ダリルは肉にタレを染み込ませる作業を止めなかった。こっそり冷や汗をかいていたのは内緒である。
「ところでダリルよ」
 台所の水道で目を洗いながら淵が質問を投げかける。
「どうした?」
「さっきから色んな肉入れてるみたいだが、馬肉は入ってないだろうな?」
「……心配するな。馬好きのお前にそんなことをするわけが無いだろう」
「それはよかった」
 普段からよく乗馬を行い馬をこよなく愛する淵としては、馬肉を食べるなど万死に値する蛮行だった。馬肉が今日のバーベキューで使われていると知れば、その場で「疾風」のヒロイックアサルトを発動させ、おそらくはルカルカ以上に大暴れしていただろう。
「問題はカルキノスなのよね……」
 そのような会話は聞こえなかったものの、ダリルと淵は真面目に調理を行っている最中であろうことをルカルカは予測していた。だがもう1人――ドラゴニュートのため、厳密には「1匹」と数えるのが正しいかもしれないパートナーカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)についてはそうではない。今現在、彼は何もしていなかった。正確には手伝いをサボって木の上で昼寝をしていたのだ。
「まったく、材料がちょっと足りないから買出しにでも行ってもらおうと思ってたのに……」
 材料の大半は揃っていたが、欲しいものがいくつか足りていなかった。自分はかまど作りに忙しく、ダリルと淵は厨房。暇なはずのカルキノスが買出しを担当するべきだったのに、当の本人がいないのでは話にならない。
「かまど作りを一旦中断して自分が行くか、それともダリルや淵が暇になったら行ってもらうか、ってとこだけど……、ん?」
 この後の段取りを考えていたルカルカの耳に、どこかで聞いたような声が聞こえてくる。声のする方に目をやれば、少し離れた所を歩く知り合いの姿が映った。
「…………」
 知り合いの姿を認めたルカルカの脳裏に、1つの企みが浮かんだ。そういえば最近、契約者の間で流行している遊びがあったではないか!
「ルカったら天才かも!」
「それ」を思いついた彼女は早速とばかりに紙と筆とミカンの汁を用意した……。

 彼らの元に「それ」が飛んできたのは実に突然のことだった。
 そもそも彼ら――エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)とそのパートナーたちがそこを歩いていたのは偶然だった。平和になったからといって知り合いの顔を見に来たのか、はたまた全く違う用事があったのかどうかはわからないが、とにかく彼らがそこを通りがかったことが、1つの分岐点になったのは間違いないだろう。それが幸福か不幸かは別として……。
 エースの持っていたカバンに何かが勢いよく突き刺さった。カバンから伸びた細い棒は見事にその中身に直撃しており、少なくとも直径1センチ弱の穴を開けたのは間違いない。
「どわっ! な、何だこれ……!?」
 エースが驚いてその棒をカバンから引っ張り抜く。それは先端が尖った「矢」であり、その胴体部分には紙が括りつけられていた。
「……まさか、矢文? こ、古風すぎるだろ……!」
 笑いをこらえつつ、紙を矢から外しその中身を改める。だがその表面には何も書かれていなかった。
「何だこりゃ。何も書いてない……、いや、うっすらと文字のようなものと、柑橘系の匂い……」
 そこまで口にして、エースはこれが何を表しているのか思い当たった。ミカンの汁で紙に文字を書き、火であぶることによって文字を浮かび上がらせる、いわゆる「あぶり出し」というやつだ!
「……誰か、火術使えるのはいる? ライター持ってるのは?」
 パートナーたちに火器が無いかどうかを尋ねるが、どうやら誰も持っていないらしい。
「誰も持ってないのか……っとぉ!?」
 矢文を飛ばした者がそれを察知したのか、エースのもとに今度はライターが飛んできた。高速で飛んでくる火器を、エースは片手で受け止める。
「……誰だか知らないけど、サンキュ」
 早速とばかりにそれを使って紙をあぶり始めると、このような文面が浮かび上がってきた。
『おはようラグランツ君。中尉のルカルカ・ルーである』
「よりにもよってルカからの手紙、っつーかこれ『指令』かよ!?」
 最初の1文で彼らは全てを悟った。どう見てもこれは「ミッション・ポッシブルゲーム」だと。
『実は我が家の食材が足りなくなってしまったので、自分もしくはパートナーを買い出しに行かせようとしたのだが、生憎と全員手が放せない状態である。後で買いに行けばいいじゃないかという疑問も出てくるだろうが、それでは間に合わない』
「間に合わない、って、何にだよ……」
『そこで君の使命だが、以下に挙げる物をルカの家に対する「貢ぎ物」として買ってくることにある。
 1、糖度15度以上のスイカ
 2、殻つきホタテ貝30枚
 3、生きたイカ5杯
 4、緑皮つきのトウモロコシ10本
 5、ビール1ダース、できればドイツの黒
 全て新鮮上質なものを大至急急いで頼む。ちなみに空腹のまま指令を達成すると、後に幸せになれると思うので、可能な限り買い食いはせずに任務を遂行されたし。運ぶ際は直接「庭」に持ってくることを忘れずに』
「ホタテやイカ、トウモロコシ……? 庭にってことは……、バーベキューか?」
『言うまでもないだろうが、君もしくは君のメンバーが買い物途中でおばちゃんたちに邪魔されたり、あるいは物を落として怪我したとしても、当局は一切関知しないからそのつもりで』
「……物を落としたら、それこそ君に袋叩きにされそうだけどね」
『なお、この指令用紙は、お住まいの自治体の処理区分に応じ、分別して消去してくれたまえ。成功を祈る』
「…………」
 最後の1文にはツッコまず、エースはその紙を近くのゴミ箱に放り込んだ。
「それにしても矢文で『指令』を送ってくるとは、ルカは忍者なのかね……」
 ゴミ箱に紙を捨てたところで、まず口を開いたのはメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)だった。
「本当はオープンリールのカセットテープの方が味が出るんだけど、状況が状況だししょうがないよな。まあそれは置いといて……」
 エースはその場で指令内容を確認する。
「できるだけ早い時間で指定されたものを買わなきゃいけない。ならここは手分けして買い物に行った方がいい」
「じゃあ誰が何を買いに行くの?」
 分担を確認するべくクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が問う。
「買う物は5種類。でもホタテとイカは同じ海産物だから1つと考える。スイカとトウモロコシも同じ野菜だから1つと考えていいだろう。で、誰が何を買いに行くかなんだけど――」
 そこでエースは全員を見回した。
「まずエオ、君はホタテとイカを頼む」
「お任せください。全身全霊をかけて一番いいのを用意しますよ」
 海産物の調達は、エースたちの家事担当であるエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)に任されることとなった。特に料理が得意な彼にとって、申し分の無い役割だろう。
「ビールは……、メシエ、頼めるか?」
「よしわかった。酒がうまいかどうかは、ある意味では料理よりも重要な事だしね」
「あ、メシエ、オイラはお酒飲めないからジュース買ってきてくれると嬉しいなって」
「何? まったく、仕方のない奴だな……」
 タシガン出身の貴族であるメシエが酒を含む飲み物の調達に向かうこととなった。
「スイカとトウモロコシは俺とクマラで行こう」
 エースとクマラの2人で野菜を買いにいくこととなったが、クマラは不満げな声をあげる。
「スイカくらいオイラ1人でも買えるよー」
「どうせ糖度が表示されてるのを適当に買うつもりだろ。そんなのでおいしいスイカが判別できるわけが無いッ! 見た目や身の詰まり具合その他諸々色んな条件、全部をちゃんと吟味しなきゃ駄目だッ!」
「別に大丈夫だって。スイカの判別くらいオイラのこの豊富な経験を生かせばどうにでもなるよー。まあオイラは10歳だけど」
「ほほ〜、色んな意味でしれっと嘘を言うのはこの口かい?」
「むむ〜、ふぉのえんふぇいふぉうひふぇ〜!(この【園芸王子】め〜)」
 いくらか情報を曖昧にしているクマラの口を引っ張り、エースはやはり自分も行くしかないと決めた。
「よし、そうと決まったら――ってまた矢ぁ!?」
 一時解散を宣言しようとした瞬間、エースのカバンにまたしても矢が突き刺さった。もちろん手紙もついてある。
「何々……? 『ついでに豆板醤も1瓶頼む by ダリル』……」
 エースが「指令」を受けると知ったダリルからの追加注文だったようだ。
「……OK、だったら俺がついでに買いに行こうじゃないですか。というわけで、ひとまず解散!」
 こうしてエースたちによる「ミッション・ポッシブルゲーム」が始まった。

 解散の瞬間、ふと思い出したようにエオリアがエースに向き直った。
「そういえばエース、さっきのイカなんですが」
「うん、どうかしたのか?」
「いえね、指令書には『5杯』って書いてありましたけど、実はそれ死んでから食材として扱われる時の単位なんですよ」
「……え?」
「生きているイカは、普通に『匹』でいいんだそうです」
「……マジで?」
「まあ、トリビアみたいなものですけどね」
 割とどうでもいい(?)話だった。

「追加注文はうまく届いたか?」
「バッチリね」
 肉を漬け込んだボウルを大型冷蔵庫に入れ、ひとまず下ごしらえを終えたダリルがルカルカに問う。
「それにしてもエースたちもタイミングがいいんだか悪いんだか。まあ俺たちとしては色々と助かるからいいのだが」
 かまどの燃料となる炭を運んできた淵がエースたちの様子を想像しながら苦笑した。
「まあ、後で美味い料理が待っておるし、精励することを期待しようではないか」
「その通りよ。ルカたちが一生懸命に準備するんだもん。期待してもらわなかったら困るわ!」
 握り拳を作り、その場でルカルカは意気込んだ。
「なんかエースたちの声が聞こえたような、それとも違う奴の声が聞こえたような……」
 その時、別の人物の声が頭上から聞こえてきた。
 あくび交じりの声と共に、頭の上――木の上で寝ていたカルキノスが地面に落ちてきたのだ。落ちたといっても、ちゃんと着地はしたのだが。
 そしてカルキノスは次の瞬間、現時点で最も会いたくない人物と鉢合わせしてしまった。
「カ〜ル〜キ〜ノ〜ス〜?」
 両手の指をこれでもかとばかりに鳴らしながら、ルカルカが迫ってきた。カルキノスは思わずその場から逃げようとしたが、逃げたところでこの最終兵器の一撃から逃れられるとは思えず、結局その場でお縄となった。
 それからカルキノスはレンガにコンクリートを塗ったり、金網を洗ったりと、かまど作りを無理矢理手伝わされる破目になったという……。