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第2章 元百合園生は穏やかに夏を乗り切りたい

 キマクのとある場所。そこでサーシャ・ブランカ(さーしゃ・ぶらんか)は自分宛のテープレコーダーが届いているのを知った。どう考えても今流行のゲームのそれに違いない。そして、このようなものを送りつけてくる人物にも心当たりがあった。
「マスター、だよね……」
 1人呟き、カセットテープを再生する。
 数秒後、サーシャの耳に慣れ親しんだ飼い主の声が流れてきた。
『……おはようブランカ君』
 獣人サーシャの飼い主――伏見 明子(ふしみ・めいこ)がテープレコーダー越しに要望を伝え始める。
『最近の情勢の変化により、シャンバラとエリュシオンの戦争が終わったのは知っていることだろう。戦争が終わったのでのんびりしたいこの明子さんだが、荒野を歩くと否が応にもヒャッハーな連中が目に入ってしまい、ついついシメに突入してしまうのでとにかく都合が悪い。大人しくのんびり過ごすためには、どうしても引きこもり態勢に入らなくてはならないところだ』
 不良を張り倒して慈善事業に無理矢理従事させるというのが趣味の、この元百合園生が条件反射的な行動を抑えるためには、その状況そのものに出会わないようにするしかない。
『そこで今回の君の任務だが、同封したお金を使って、夏を快適に過ごすためのグッズを用意することにある』
 具体的には近くのコンビニでアイスとラムネを買うこと。及び、私物としている倉庫から扇風機を引っ張り出すことである。現在明子が住んでいるキマクの下宿には扇風機すらなく、常時蒸し風呂状態なのだ。
『例によって君、もしくは君のメンバーが、お近くのヒャッハーに殴り倒されカツアゲされたとしても、当局は一切関知しないからそのつもりで。ただし指令達成の暁には茹でた素麺をご馳走しよう。また買い物時のお釣りはお駄賃にして結構』
 何も言わずにサーシャは明子の言葉を聞いていたが、次の言葉が聞こえると同時にサーシャはその場から全力で走り去っていた。
『なお、このテープは自動的に消滅する。成功を祈る』

「……危なかった。まったく、最近マスターはギャグだと思って火力に遠慮が無いんだよね……」
 明子の声が聞こえなくなると同時に、音声を流していたカセットテープは大爆発を起こしていた。通常ならテープは化学反応を起こして融解するのだが、基本的にやることが派手な明子はテープの消去方法として爆発を選んだ。しかもただ粉々にするだけでは飽き足らず、通常の倍以上の火薬を使ったらしく、いまだに部屋からは煙が上がっていた。
 一時的にサーシャが寝泊りするスペースが破壊されたとはいえ、今はそれに文句をつけている場合ではない。まずは明子からの指令を遂行しなければならない。
「とにかく、アイスとラムネだね。何買おうかな……」
 幸いにして徒歩で数分の所にコンビニがあったため、食料の調達は楽にできそうである。
「折角だから僕はこのパラミタトウモロコシ味を……。いや却下。これは歯が折れる」
 この際とばかりにシャンバラのご当地アイスでも買おうかと思ったサーシャだったが、それで変なものを選んで明子の怒りを買うような真似だけは避けたいところだった。そもそもの指令が「暑さを乗り切るためのものを揃えること」であり、変わったアイスを買うことではない。
 結局選んだのは、大き目のカップアイス、それも無難にバニラ味だった。1個だけでは足りないだろうと思うのでいくつか纏め買いしておく。もちろんラムネも忘れずに買っておいた。
「さて、次は扇風機、と」
 アイスが溶けてしまう前に扇風機を見つけ出さなければならない――一応溶けないようにとドライアイスを入れてもらってはいたが。猛暑の中、汗をかきながらサーシャは倉庫の中を漁る。
 扇風機それ自体はすぐに見つかった。倉庫の中にあったのは、どちらかといえば武器として扱うタイプの「巨大扇風機」だったからである。
「……武器じゃないかこれ」
 そう、武器である。確かにこの扇風機は暑さを乗り切るためにも使えるが、本来的な用途としては、強風で敵を吹き飛ばすことにあるのだ。
「いやまあ、確かにこれ扇風機としては使えるけどさ……。まったく、ギャグどころか、最近のマスターは常識がどんどん無くなっていってる、いや、崩壊気味だなぁ」
 実力行使をいとわない傲慢さを持つガキ大将とも呼べる明子だが、その一方である程度の常識をわきまえるだけの頭脳を持ち合わせていた。だがこの暑さが原因なのか、それとも百合園女学院から波羅蜜多実業高等学校に転校したのが原因なのか、最近の明子はどことなく非常識人に近いように思える……。
(いやまあ僕としては面白いからそれはそれでいいんだけどね)
 巨大扇風機を引っ張り出しながらサーシャは誰ともなしにこぼした。

 倉庫から出した巨大扇風機を自分の連れているレッサーワイバーンに乗せ、アイスとラムネの入った袋は落ちないように自分の腕に括りつける。
 準備は整った。後は明子がいるであろう場所に向かうだけだ。
「えーと確か今度の下宿は……、アトラス前だったかな」
 飼い主はどうやら「アトラスの傷跡」近くを現在の根城にしているらしい。レッサーワイバーンを駆り、乗せた扇風機を落とさないように、白狼の獣人は慎重に空を飛ぶ。
 目的地まではそう遠く離れているわけではなく、ものの10分程度で辿り着いた。場所それ自体が近いこともあるが、短時間飛行を可能にしたのはワイバーンの力によるところも大きい。
 下宿先としているその部屋のドアを叩くと、ちょうど素麺を調理していたのか、エプロンを身につけた明子が出迎えてくれた。
「おー、いらっしゃいサーシャ」
「マスター、頼まれてたもの、持ってきたよ」
「アイス?」
「それからラムネ。あと扇風機も」
「いやー、ありがとね。あなたいい子だよ」
 避暑アイテムを持ってきてくれたのがよほど嬉しいのか、汗をかきながら明子は笑顔でサーシャを招いた。
「素麺も茹で上がったしね。早く食べないと報酬がおいしくなくなっちゃうよ」
「じゃあ遠慮なく」
 茹でた素麺を氷水で冷やし、大き目の鉢に移す。小鉢につゆを注ぎ、少しずついただく。最近非常識かもしれない飼い主だが、こういった約束はきちんと守るのだ。
(何だかんだ言って、やっぱり僕はいい飼い主に拾われたよね……)
 享楽的で刹那主義的ではあるが、この飼い主を支えたいというのだけは変わらない。
 夏の味覚を、少々非常識な飼い主と、自らを犬畜生と称する獣人の2人はゆっくりと味わった。