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宵闇に煌めく

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宵闇に煌めく

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「……で、だ。これが財宝だって言うんじゃねぇよな?」
 ひくひくと目元を引き攣らせた壮太が、誰にともなく問い掛ける。
 タコたちの追跡を逃れ、何とか最深部へ辿り着いた洞窟探検組御一行の前には、それはそれは美しい金と銀の巨大なタコがそれぞれ二本ずつの剣を構えてそびえ立っていた。
「うーん……味もゴールド級だったりしないかなあ」
 前向きな北都の言葉に、恋がぴくんと反応を示す。
「セシル殿、タコ焼きは作れますか?」
「タコ焼き? ……そうですねぇ、帰りにタコ焼き用の鉄板を買って帰りましょうか」
 その言葉に嬉しそうに頷く恋を見上げ、エーギルはぱたぱたと尻尾を揺らした。
「ヴィナ・アーダベルト! えーくんもたこやき!」
「そうだね、俺たちも鉄板買って帰ろうか」
「俺は血の色をした赤ワインでも頂きたいな」
 ソーマもまたどこか遠い目をして呟き、公太郎は「ならば吾輩も何か美味いものを頂きたく……」と便乗する。
「お前ら終わった気になってんじゃねぇよ! ほら、タコが来るぞ!」
 臨戦態勢でじりじりとにじり寄るタコたちを見遣り、壮太が声を荒げる。その直後、タコの剣が真っ直ぐに彼を狙って振り下ろされた。
 次の瞬間、『鬼神化』を発動した恋が両手の刀を交差させ、その一撃を受け止める。タコの動きが止まった瞬間を狙い、北都は一気にタコの懐へ踏み込むと、タコの額へ押し当てた銃口から『則天去私
』の一撃を放った。
 重い銃声に次いで、銀タコの身体が揺らぐ。銀タコを助けるべく方向転換を図った金タコはしかし、エーギルと壮太の銃弾によって身動きを阻まれる。
「はっ!」
 その隙に躍り出たセシルが、両手で振り上げたスマッシュアンカーに『スタンクラッシュ』の一撃を乗せて振り下ろす。
「今だよ、えーくん。クロスファイア!」
「わかった、くろすふぁいあ!」
 後方へと倒れ込んでいく銀タコへ、トドメの一撃が降り注ぐ。エーギルの放つ無数の弾丸に挟撃された銀タコは、立て続けに叩き込まれた衝撃を逃すこともできず、静かに息を引き取った。
「壮太殿、逃げようとしているようだが」
 崩れ落ちる銀タコに一同の意識が集まっている隙を狙って逃亡を図った金タコを、公太郎の眼差しがしっかりと見咎めた。
「逃がしませんよ」
 素早く踏み込んだクナイの『破邪の刃』の一撃が、金タコの脚を薙ぐ。
「流石に、ここで逃げられちゃつまらねぇからな」
 クナイと同時に駆け出したソーマは『罪と死』を発動させ、振り下ろした杖で手痛い一撃を加えた。
「……タコ焼きに、なって頂きます」
 高く跳び上がった恋が、両手の刀をそれぞれ振り上げる。
 タコの頭部を狙い叩き込まれた『面打ち』の一撃に、金タコもまた重心を失ってぐらりと傾いた。
 その倒れ込む方向には、いつの間にか壮太が回り込んでいる。
「今日の俺の受難は、全部てめぇの所為だ!!」
 怒りを露に言い放ち、『ブラインドナイブズ』を発動した壮太の一撃は、的確に金タコの心臓を貫いた。
 倒れ込んだまま動かない二頭のタコを見渡し、一同は深々と息を抜く。
「あっけなかったね!」
 得意げに胸を張るエーギルの頭を撫でながら、ヴィナは微笑ましげに「よく頑張ったね、えーくん。この経験が財宝なんだよ」と彼を誉めた。
「じゃ、ご褒美のタコ焼きでも食べに行こうか」
「ま、タコ焼きの材料を手に入れられたということで、良しとしましょうか……」
「鮮やかなキノコには毒があるって言うけど、タコはどうなんだろうねぇ」
 ずりずりと金銀タコを引き摺りながら、一行は元来た道へ向けて歩き出す。
 がっくりと肩を落としたままにそれを暫く見送ってから、壮太は慌てて彼らを追い掛けた。



「……ところで、私は武器を持っていないんですよ」
 ふと思い出したようにヴラドが呟き、
「……俺も、だが」
 シェディが事も無げに首肯を落とす。
「私も、今日は校長の人形に気を取られていて」
 その隣でエメもまた同意を示し、
「ボクも、あの人形運んできたから……」
 ファルも苦い表情を浮かべてうんうんと頷く。
「実はボクたちも楽器を持ってきたから……こんなことになるとは思わなかったしね」
 トドメとばかりにクリスティー、そしてクリストファーも頷きを落とす。
 つまり現在、この一行に戦闘能力は無かった。
 そんなことを知ってか知らずか、剣を構えた小柄なタコの一団がじろりとヴラドへ目を付ける。
「どうしましょうねぇ、これ」
 タコの一団は同時に大きく息を吸い込むような仕草をすると、巨大な火炎弾を次々に吐き出した。
 迫る炎を眺めながらも、ヴラドはどうしたものかと首を捻る。
 庇うように自分の前へ踊り出したシェディの姿を目に留めて、ヴラドがようやく驚いたように目を見開いた、その刹那。
「あ、危ないっ!」
 一行を囲むように展開された『フォースフィールド』が、襲い掛かる炎の雨を弾き飛ばす。シェディと炎との間に割り込んだ皆川 陽(みなかわ・よう)は、一瞬の『行動予測』の間の後に、「左!」と声を上げる。
 それに呼応するように、テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)はタコの群れの左側面へと回り込んだ。一匹のタコが右手に持つ剣を我武者羅に振り回すうちに、『一刀両断』の一撃でその体躯を切り裂く。
「ここは、その……僕たちに任せて、逃げて、下さい」
 それを見届けてから、陽はヴラドたちへと向き直った。
「安心して下さい。皆さんの所には、行かせませんから」
 引き締められた陽の表情には、僅かながら確かな恐怖の色が浮かべられていた。
 それを見咎めたシェディが口を開き掛けるのを、ヴラドは彼の袖を引いて制止する。
「分かりました。お願いします、お二人とも」
「はい。……きっと、必ず、大丈夫です」
 自分に言い聞かせるような陽の言葉に頷くと、ヴラドたち一行は素早くその場を離脱した。追い縋ろうとするタコは、テディの一撃によって容易く真っ二つに切り裂かれていく。
(大丈夫、怖く……ない)
 テディへ迫るタコの雷術を瞬時に見極め、陽は彼の元に『対電フィールド』を展開する。テディもまた陽のサポートを疑う様子も無く真っ直ぐ雷術へ突っ込んでいき、すっかり威力を削がれた雷諸共術を放ったタコを切り捨てる。
 パーティーの最中。共にいながら共にいないような、ぎくしゃくとした不自然な遣り取りが嘘であったかのように、二人の連携は完璧なものだった。何よりこの瞬間、彼らは僅かたりとも互いのことを疑っていなかった。
 防御に徹底する陽を見咎めたタコの一匹が、鈍く輝く剣を振り上げて陽へ迫る。しかし陽は、同時にテディの背後へ迫る炎弾をはっきりと認めていた。
 何も迷うことは無い。陽は迫りくるタコを見据えながら、テディへ向けて『フォースフィールド』を展開する。
(怖いけど、怖くない。……テディは必ず、ボクを守ってくれるから)
 テディもまた、自分を狙う炎弾が陽のフィールドによって弾かれることを信じ切っていた。
 だからテディは一直線に陽を狙うタコを切り裂き、背後で炎の弾かれる音を聞く。間近で重なり合う視線は一瞬のこと、それだけで充分だった。
(ボクたちの絆はまだ切れていないって、そう、信じているから)
(たとえ中が拗れてしまった今でも、騎士としての誓いは永遠だから。そして自分のこの気持ちも、永遠だって誓えるよ)
 それぞれの思いを胸に、交差した二人は再びタコへと牙を剥く。
 言葉すら必要としない彼らの連携は次々にタコを薙ぎ倒し、周辺の水をタコの血で青く染め上げていった。


「折角の楽しいパーティー、魔物の好きにはさせられないのだ! これは皆を守るために我輩も戦わなくてはいけないのだ!」
 そう力強く宣言するや否や鉄砲玉の如く飛び出して行った木之本 瑠璃(きのもと・るり)を見送り、相田 なぶら(あいだ・なぶら)はどうしたものかと溜息を吐き出した。
「突っ込んで行っちゃった……また、瑠璃のお守りするのか……」
 既に姿の見えなくなった彼女を放っておけば、危ないのではないだろうか。
「行こう……」
 やがて意を決したなぶらは、瑠璃の消えて行った方向へ向けて泳ぎ出す。
 するとその先では、予想外の光景が繰り広げられていた。
「ほう、お主も拳を武器に戦うのだな。面白いのだ、ここは我輩と一対一の勝負なのだ!」
 そう愉しげに声を上げた瑠璃の正面には、八本の脚にそれぞれグローブを嵌めたタコが威嚇するようにその脚を持ち上げている。
 今まさに突っ込んで行こうと身を屈めた瑠璃は、寸での所でなぶらに気付くと、軽く手を振った。
「なぶら殿は手を出さず、我輩に任せてほしいのだ!」
「……え?」
「行くのだぞ、タコ殿! うぉりゃああー!」
 『鳳凰の拳』を発動して向かっていく瑠璃と、それを八本の足で迎え撃つタコとの殴り合い。
 素早く繰り出される互いの拳撃を眺めながら、なぶらはやれやれと肩を竦めた。
「何を楽しんでるんだか……おーい、あんまり無茶するなよー」
 なぶらの声が届いているのかいないのか、瑠璃は一匹目のタコを撃破したかと思うと、一目散に次のタコへと突っ込んで行くのだった。
「葦はやらせないわよ!」
 彼らの傍では、リディア・カルニセル(りでぃあ・かるにせる)が力強く戦闘用ビーチパラソルを振り回していた。その隣では、フィオレッラ・ベッセル(ふぃおれっら・べっせる)もまた容赦なく氷術や雷術をタコへ叩き込んでいる。
 リディアがこの場所を訪れたのは、自然好きなフィオレッラが不思議な葦に興味を惹かれたためだった。そして今彼女たちの前では、タコたちが正に火術でその葦を焼き払おうとしている。
「その葦を燃やされたら、ここにいる皆が困るじゃない!」
 大義名分を口にしながらタコを突き刺すリディアだが、彼女の胸の内は異なっていた。
 他ならない義姉、フィオレッラの好む葦を燃やされたくないのだ。しかし彼女がそれを素直に口にする筈もなく。
「そうそう、自然はやらせないんだからねぇ」
 そしてフィオレッラが彼女の内心に気付くこともなく、のんびりとした言葉と共に、フィオレッラは次々に術を繰り出していく。
「おう? ちょっと待ってくれ、俺は味方だよ」
 すると、丁度付近で戦闘していた榧守 志保(かやもり・しほ)の足元を雷術が掠めたらしい、驚いたような声がフィオレッラの元へ届いた。
「ごめんなさいねぇ、リディアのことしか気にしてなかったわ」
 のんびりとしたフィオレッラの返答に、悪意は無い。
 それを察してしまった志保は困ったように後頭部を掻くと、「まあ、気を付けてくれ」と穏やかな言葉を返すに留めた。しかし、ちゃっかり周囲に『対電フィールド』を展開することは忘れない。
「ま、これなら俺の攻撃にも丁度良いか」
 雷撃系を得意とする志保が一人頷いていると、正にタコを切り捨てたばかりの骨骨 骨右衛門(こつこつ・ほねえもん)が彼の傍へと戻ってきた。
「しかし、本当にこのような事態になろうとは……」
「暗い水中に美しい光となれば、引き寄せられるのは人間だけじゃないだろう。こうなるのは必然だっただろうな」
 ポスターを見た段階から既にこのイベントに潜む危険を見抜いていた志保は、迫るタコへ焦るでもなく片手を伸ばすとライトニングブラストの一撃を放つ。怯んだ所へ素早く骨右衛門が切り込み、見事な刀捌きでタコの脚を断ち、丸裸に変えていく。
 そこへ、天禰 薫(あまね・かおる)の放つ無数の矢が立て続けにタコへと突き刺さった。
「まったく、楽しいところにうねうねと邪魔してきてさあ! 皆さんに迷惑でしょ!」
 薫は続けて九本の矢を一気に弓へ番えると、ぎりぎりと大きく引き絞る。限界を迎えた所で一匹のタコに狙いを定めると、勢い良くその手を離した。
「タコの足は八本! 頭にも一本必要! 合計九本、くらってしまえっ!」
 彼女の宣言通り、矢は真っ直ぐにそれぞれの部位へと向かう。同時に各所を貫かれたタコは身動きを止め、ぐったりと沈黙した。
 その隣では、熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)が疑問気に「タコに死角なんてあるのか?」と呟いている。彼の手には一本の短剣。急所への一撃で、一気に勝負を決めようというのだ。
「さて、どうするか……ああ」
 不意に孝高の視線を受けた骨右衛門は、驚いたように骨の肩を跳ねさせた。しかし孝高の目は更にその先、ゆらゆらと揺れる葦へと向けられている。
「あったな、死角が」
 『隠れ身』を発動し、孝高はタコの目を掻い潜って葦へと身を隠す。
 孝高を見失ったタコがきょろきょろと周囲を見回しながらその正面を通り掛かった直後、孝高は勢い良く葦から飛び出すと、タコの脳天へ刃を突き立てた。
 タコはびくりと痙攣すると、だらりと脚を伸ばして動かなくなる。それぞれに繰り広げられる戦闘の光景に見入っていた志保は、しかし自分へ迫る脚に気付くと、油断なくライトニングブラストを浴びせていった。
「水中という悪条件、これも良い修行になるでござるよ」
 骨右衛門もまた、張り切って次々にタコを仕留めていく。引き続きそんな光景を眺めていた志保は、ふと思い立ったように懐を漁った。
「そう言えばさっき、タコを喰いたいって奴の声が聞こえたような……」
 そうして彼が取り出したのは、一本の丈夫なロープ。
 骨右衛門と目配せを交わし合い、志保はそろそろとタコへ接近を始めた。


「やはりいたな、魔の者!」
 実はパーティーの開始時からずっと警戒を続けていた尋人は、『殺気看破』で見付けたタコと早々に戦闘に入っていた。水中であれど彼の振るうウルクの剣の切れ味が鈍ることは無く、また「殴ると肉が柔らかくなる」と聞き及んでいる故に時折素手での攻撃を振るいながら、尋人は次々に現れるタコを片付けていく。
「ブルーズさんがすごく上手に調理してくれそうだしなあ……だけど、タコと闘うことが多い気がする……しかし、何故湖の底にこんな空間が……」
 取り留めのない考えを巡らせながら剣を振るう尋人の周辺からは、気付けばタコの姿が無くなっていた。
 全て倒し切ったかと思われた、その直後。ぎらりと鋭利な輝きが、尋人の目に留まる。
「あれは、剣を扱う……騎士タコ?」
 両手に剣を携え、マントを羽織った純白のタコ。反射的にそんな名付けをしてから、尋人は両手で剣を構え直す。
 その直後、素早く接近した騎士タコが片手の剣を振り下ろした。即座に弾き返した尋人の隙を突くようにもう一太刀が振るわれ、咄嗟にその場から飛び退いた尋人の頬に浅い傷を残す。
「成程、相手にとって不足無し!」
 ごく浅いものの、タコから一太刀を浴びせられた。それは尋人の矜持を傷付けるというよりも、彼の中の騎士としての闘争心を煽る結果となる。
 尋人は活き活きとした笑みを口元に湛えると、剣を持つ両腕を体の脇へ深く引き絞った。