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リアクション
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「まだよ……まだまだ……」
体重計に乗りながら、御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)が呪文のようにつぶやいた。
現在、彼女はダイエット中だ。コンロンのボーローキョーの山奥で、毎日山登りと川下りで脂肪を燃焼させている。
現在66キロ。これをプロフィールにある60キロに戻すのが目標である。いいかげんプロフィールの詐称はよくない。とはいえ、現実を記載するのはちょっと……。と言うことであれば、頑張ってプロフィール通りの肉体に戻すしかないではないか。
その全記録は「1ヶ月ダイエット記録日記」というタイトルの自由研究に纏め中である。ゆくゆくは、これを出版して一儲け……いやいや、ただの独り言だ。
いろいろな野望を胸に秘め、ほとんど毎日欠かさず山登りをしていったわけではあるが、もともと体力自慢であったこともあり、ダイエットというよりも、筋肉強化トレーニングになってしまったような気も多々する。
「体脂肪は着実に減っているのに、体重があまり減らないのはなぜ……。まさか、筋肉に変わってきている?」
日々の体重と体脂肪の変化グラフを前にして、御茶ノ水千代がつぶやいた。
効果はちゃんと出ているのだが、なんだか少し別の効果になっているようだ。
「まあ、トレーニングは楽しいからよしとしましょう。なんだか、今なら野生のコンロン熊にも勝てそうな気がします」
カヌーで一気に川を下りながら御茶ノ水千代が言った。
激流下りは、かなりの体力を必要とする。山登りで下半身を鍛え、川下りで上半身を鍛える。完璧だ。いや、鍛えつつダイエットである。ダイエット、ダイエット……。
つい目的と手段を取り違えそうになりつつ、御茶ノ水千代は川を下っていった。
水飛沫をあげ、カヌーはかなりのスピードで流されていく。よくは見えないが、そばでは一メートル級の鮭が激流を泳いでいるらしい。
「えっ、誰、川の中にいる人は。危ないわよ、どいてどいて!」
カヌーの進む先に何やら大きな人影を見つけて、御茶ノ水千代が叫んだ。さすがに、この激流では、簡単に進路を変えられない。
「くまー!?」
「ええっ、本当にコンロン熊!?」
人だと思った物が、鮭を捕っている熊だと分かって御茶ノ水千代が焦った。まさか、本当に遭遇してしまうとは。
「どいてどいてどいて……きゃー!」
「くっ、くまあぁぁぁ!」
互いにうまく身動きがとれず、ついに両者が激突してしまう。
「どりゃあ!」
「くま……きらん」
カヌーに弾き飛ばされて覆い被さってきた熊を、御茶ノ水千代が思いっきり上へ撥ね飛ばした。クルクルともんどり打って回転しながら熊がお星様になる。
「はあはあ、やっちゃった、本当にやってしまった……」
その後、ヒラニプラで「熊殺しダイエット」という本が出版されたらしいが、さすがに実現不可能ということでほとんど売れなかったらしい。
★ ★ ★
「それでは、調べさせていただきます」
目の前のお皿の上に、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)の本体であるユア・クックブックを載せながら、ナイフとフォークを両手に持ったティー・ティー(てぃー・てぃー)が言った。
「ちょっと待ってください、なんですか、わたくしを食べる気満々のようなその準備は!?」
ちょっと焦ってイコナ・ユア・クックブックがティー・ティーを止めに入った。
「いえ、まずは材質からお調べしようと……」
「材質なら、多分雲海わたあめです。勘ですけれど……」
「やっぱり食べられる紙でできているんじゃないですか。もぐもぐもぐ……」
「きゃあ、痛い痛い痛い……」
ほんとにページの端を囓られて、イコナ・ユア・クックブックがティー・ティーの背中をぼかぼかと叩いてやめさせた。
「桃の味がしました」
さすがにページを食い破ってもぐもぐすることまではしなかったが、充分に味を堪能したらしいティー・ティーが感想をレポート用紙にメモしていった。
「桃は美味しいですから……。ち、違います、もうこれ以上囓ったりしたら見せてあげません!」
「ごめんなさい。だって、イコナちゃん食べてしまいたいほど可愛いんですもの
自分の本体を取り返そうとするイコナ・ユア・クックブックに、ティー・ティーがあわてて謝って中を見せてもらった。
「ふむふむ、お父さんが最後に書いた本で、ナラカから呼び戻したイコナちゃんの魂が封じ込められているのですね。それとも、封じ込められていたでしょうか。うーん、まるで日本神話の伊弉諾伊弉冉の話や、ギリシャ神話のオルフェウスの話のようですねえ」
目の前のイコナ・ユア・クックブックをじーっと見つめて、ティー・ティーが言った。
「さあ、魔道書としてのわたくしと、封じられたというエルドグリームお父様の娘さんが同じ存在かについては、はっきりとは……」
「それもそうですねえ。まあ、イコナちゃんはイコナちゃんで、違いなどないわけですけれど」
本の記述と合致していようと矛盾していようと、それはあまり関係がないとティー・ティーが決定づけた。もともと、著者が最後には正気を保っていたとは思えないような文章でこの本は綴られているのだ。もしかすると、この文章その者が何かの呪文となっているのかもしれない。なにしろ、著者は禁呪を研究していて、自分自身をも魔道書化してどこかへ消えたという伝承があるくらいなのだ。
「でも、なんで料理本なんでしょう?」
ユア・クックブックを読み進めながら、ティー・ティーが小首をかしげた。これは、もしかしてもの凄い高度な隠し呪文があるのかもしれない。もし解読したら、核融合ができてしまうとか、空間消去ができてしまうとか……。
さらに読み進んでいくと、突然文体が変わって、まともな料理のレシピが記述され始めた。
「これって……」
「はい、せっかくの料理本なのですから。わたくし、ちゃんと料理本を極めたいのです」
確固たる信念を持って、イコナ・ユア・クックブックが答えた。
もともとの魔道書が薄く、しかも途中で絶筆になったためか、実は半分近くは白紙だったのだ。そこへ、イコナ・ユア・クックブックが、自分で開発した料理のレシピを順次書き加えていたのである。
「やっぱり、実践あるのみでしょうか。頑張りましょう、イコナちゃん」
何か思いついたらしく、ティー・ティーがイコナ・ユア・クックブックの手を固く握りしめた。