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SPB2021シーズンオフ 球道inヴァイシャリー

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SPB2021シーズンオフ 球道inヴァイシャリー

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【八 悩みはひとそれぞれ】

 練習試合は、回が進んでゲーム中盤。
 三回の首尾を終えてダッグアウトに戻ってきたレキは、随分と落ち込んでいる。それもその筈で、この三回が終わるまでの間に、レキは都合四回、拙い守備で投手の足を引っ張ってしまっていた。
 同じ外野でも、中堅を守るクリムゾン・ゼロは無難にこなしているというのに、レキは、セオリーに従って守備位置を取れば処理出来た筈の打球を、非常に苦労して追いかけ回していた。。
 これ、単にレキがトライアウト生だからという理由だけでは済まされない。実は彼女、守備位置を『女の勘』で決めてしまっていたのである。
「おかしいな……ボクって、こんなに鈍臭かったっけ」
 レキはそう自問するが、それは寧ろ逆で、拙い守備位置を取っているにも関わらず、結構な俊足を飛ばして何とか打球に食らいついているのだから、相当に俊敏な方であるといって良い。
 だが前述したように、守備位置を女の勘とやらで決めてしまっているのが決定的に間違いであった。
 ベンチで項垂れるレキの傍らに、垂がひと息入れながら、のっそりと腰を下ろしてきた。
「そりゃあれだけ守備位置を適当に取っちまってんだ、駄目に決まってるだろう」
 この日、垂は一軍選手達の動きを『盗む』つもりで参加していたのだが、まさか自分が説教する立場になろうとは、思っても見なかった。
「ボクの守備位置が悪いの?」
「悪いなんてもんじゃねぇさ。内野の俺が見てても、一目で分かるぐらいにおかしなところで守ってるぜ」
 野球の守備は、特にプロの場合は決して勘だけに頼って良いものではない。
 捕手がミットを構えた位置、打者のバッターボックス内での立ち位置、投手の球質、走者の有無など、ありとあらゆる状況を加味して打球が飛んでくるコース、或いはゴロなのかフライなのかをある程度予測しなければならない。
 例えば、右打者に対して捕手が外角低めにミットを構えた場合を考えたとする。
 余程パワーと技術のある打者でなければ、外角低めの球を引っ張って外野に飛ばすなど、そうそう出来るものではない。せいぜい引っ掛けて内野に転がすか、上手くタイミングが合ったとしても、一塁線におっつけるといったところであろう。
 であれば、守備位置はおのずと決まってくる。
 特に外野の場合、右翼寄りにシフトし、右翼は一塁線を警戒し、中堅は一二塁間を破られた際の守りを意識しておく必要がある。
 このように、少しでも守備を成功させる確率を高めるのが、野球という競技であった。
 別のいい方をすれば、野球は確率のスポーツでもある。打率、防御率、勝率といった具合に、野球にはことごとく『率』が付きまとうが、それは何も結果に対してだけではなく、全てのプロセスに於いても、セオリーに従った確率を重視する。
 野球が特に頭脳を必要とするスポーツであるといわれるのは、統計学と確率論が試合の行方を大いに左右するところも、その論拠となっているだろう。
 垂がレキに守備位置は理論と技術だと諭していると、マリカとアヴドーチカの両名が、いつの間にか垂とレキの座すベンチの両サイドを挟むように腰を下ろして、垂の説明に感心した様子で聞き入っていた。
「成る程、投球毎に守備位置を変える、というようなことを先程どなたかがおっしゃっていましたが、そういうことだったんですね」
「ふーん……見てる方は適当にやってるもんだと思ってたけど、案外奥が深いんだなぁ」
 おいおい大丈夫か……垂は口にこそ出さなかったが、内心すっかり呆れてしまっていた。
(よくこんなのでトライアウト受ける気になったな……ま、ライバルチームの心配してられる程、俺も余裕がある訳じゃねぇけど)

 三回の裏から、白組は投手を変えていた。二番手としてマウンドに上がったのはルカルカである。
 今回の練習試合に臨むプロ選手達のスタンスは、大別するとふたつのタイプに分けられる。
 一方は、実験的に色々試してみて収穫を得ようとする者達、そしてもう一方は、練習試合だからといって一切手を抜かずに真剣勝負を挑む者達。
 前者は比較的投手に多く、後者はどちらかといえば野手に多く見られる傾向にあった。
 ルカルカは、前者であるといって良い。勝負球と際どいコースで相手打者を切って取るのではなく、色々な球種と色々なコースで情報を得ようという明確な意図を持っての登板だったのだが、どうにもいまいち手応えが無いように感じられた。
 対戦したのが、たまたまトライアウト生ばかりだったのだから、仕方が無いといえばそれまでだが。
「いやー、ナイスピッチやったなぁ。記念に携帯教えてや」
 冗談なのか、それとも本気でナンパしているのか、こちらもいまいちよく分からないという点では共通している捕手のサナギが、ベンチで休むルカルカの隣に腰を下ろして笑いかけてきた。
 ルカルカは、つい苦笑を漏らした。
 プロである彼女がトライアウト生に過ぎないサナギに褒められるというのは、立場が逆というものであろう。しかし敢えてルカルカは何もいわず、愛想笑いを返すのみである。
 するとそこへ、ブリジットが心底嫌そうな顔を浮かべて、サナギをしっしっと追い払う仕草を見せながら、背もたれの裏側から顔を挟んできた。
「駄目よ、彼女には愛しいひとが居るんだから、あなたなんか、お呼びじゃないわよ」
「え〜、そうなんか。そら残念やわ。わしみたいなイケメン差し置いてこんな可愛い子を射止めるなんて、どこの男前や」
 ぶつぶついいながらも、笑いながらそそくさと逃げていくような仕草を見せるサナギに、ブリジットは笑いながら手を振る。そんなブリジットに、ルカルカはふと何かを思い出したように問いかけた。
「今日は何だか、タイミング合ってないね。力んでる?」
「うーん、かも知れないわね。真剣勝負で全力で迎え撃ってやろうって思ったのが、良くなかったのかしら」
 ルカルカの指摘は的を射ていた。
 実際ブリジットは、スイングの際に相当力んでいた。地元でのデビュー戦ということもあって、いささか意識過剰になっていたのかも知れない。
「あゆみちゃんだって、こっちの手の内は知り尽くしてるだろうから、そう簡単には打たせてくれないか」
 さばさばと開き直った様子でベンチの背もたれに顎を乗せるブリジット。しかしその眼差しは至って真剣そのものであった。

 四回の表の攻撃は、あっさりと終了した。
 回の最後の打者として、力の無いボテボテのゴロに打ち取られたオリヴィアが、小さく唸りながら一塁線上でペタジーニからグラブと帽子を受け取る。
「う〜ん、何だか打球が死んじゃうわね……」
「そりゃぁおめぇ、振り子打法って難しいんだぜ」
 渋い表情でぼやくオリヴィアに、寧ろペタジーニの方が驚いた顔を向けた。
 かつて天才と呼ばれた打者をリスペクトしているオリヴィアは、自らも振り子打法を取り入れて打撃練習を重ねてきていたのだが、それは無謀だ、とペタジーニが守備につきながらいう。
「あのイチローだって、後年は振り子打法の問題に気づいて、結局やめちまったんだ。あの打ち方は余程軸をしっかり固定させる技術が無いと、逆に打撃を崩しちまうぞ」
「それは分かってるけど……」
 一方、紅組のベンチでも、色々と悩み多き声がそこかしこで聞かれた。
 深刻だったのはセシルだ。
 いくらニューヨーク在住時代によく野球観戦していたからといっても、自分自身が野球の素養があるという訳ではない。全くゼロからのスタートである為、守備にしろ打撃にしろ、まず形にするところから入らなければならなかったのである。
 特に彼女の場合、やたら大きな一発を狙いたがる性格なのか、どうしてもバットが外から回り込むスイング、いわゆるドアスイングになってしまっており、タイミングなどまるで合っていなかった。
「困りましたね……ちっともかすりもせずに三球三振というのは、どうなんでしょう」
 この四回裏も、打席が回ってくる。
 セシルはベンチでバットを握ったまま、その端整な面を僅かに曇らせていた。
 流石に二度目ともなると、何とか結果を出さないと拙いのではないか。そんな恐怖心にも似た圧迫感が、彼女の心にずしりと圧し掛かってきていた。
 すると、そんなセシルを見かねたオットーが、ジェイコブを引っ張ってきてセシルの前に立った。
「ジェイコブ殿にお聞きし申す。本塁打を放った時、ジェイコブ殿が狙っていたのは大きいのか、それとも小さいのか?」
「妙なことを聞くものだな……勿論、一番打者の仕事はまず、塁に出ることだ」
 つまりジェイコブは遠まわしに、四球か単打狙いだ、といっているのである。セシルが意外そうな顔でジェイコブの長身を見上げていると、オットーがこれまた上体を反らして胸を張った。
「それがしは狙って打とうとしてもなかなか大きいのが出ないが、ジェイコブ殿は自然に飛び出す。この差であろう」
 つまりオットーは、本塁打はヒットの延長に過ぎない、と言外に匂わせているのであるが、それは同時に、自分自身に対する戒めの言葉でもあった。