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リアクション
【五 プロ達のやる気と悩み】
いよいよ、プレイボールの時間が迫ってきている。
今回のトライアウトで主審を務めるキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)が、相変わらずの異様な風貌でグラウンドに姿を現すと、スタンドや内野席から、何ともいえないどよめきというか、ざわめきのような声が波を打って響き始めた。
キャンディス自身は、百合園の生徒である。
そして百合園の女生徒達の間では、その外観からある種の有名人といって良い存在ではあったのだが、そのキャンディスがまさか、SPBの公式審判員であろうなどとは誰も知らなかったし、更にいえば、信じようとすらしない者も、決して少なくなかったという。
「ふふん……ミーの凄さを分かってない娘っこ共が、本当に多いネ。全く、嫌になっちゃうネ。でも、イイワ。ここでミーの審判技術の凄さを披露して、皆をあっといわせてあげるネ」
ただでさえ金髪が長く伸びる『ろくりんくん』という外観だけでも異様なのに、今回はそれに加えて、『たいむちゃん』の被り物を上から着用し、ジャッジに当たろうとしている。
練習試合だから良いようなものの、これがもし公式戦であれば、没収試合ものだ。審判の奇行で試合が没収されるなど前代未聞だが、公認野球規則に照らせば、自ずとそうなってしまう。
勿論キャンディスとて、分かった上でのたいむちゃんである。後でラズィーヤ辺りから苦言を貰うだろうが、そんなことは既に織り込み済みであった。
キャンディスが腹の底で、怨讐の炎の如き感情をめらめらと燃えさせていると、不意に左手の方から、やんやの歓声が上がった。
見ると、イングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)が三塁側ダッグアウト前でバック転からバック宙の連続技を試み、最後の着地で失敗して派手に転倒しているところであった。
どうやら日本の中部地方にある、某球団のマスコットを真似ているらしいのだが、イングリットの場合、着ぐるみではなく生身のままで演技している為、普通にただのアクロバティック演技としてしか受け取られていなかった。
地面にぶつけた頭を抱えて盛大に痛がっていると、アレックス・ペタジーニがにやにやと笑いながら保冷材を持ってきて、イングリットの頭に押しつけてやっていた。
「んにゃ〜、失敗したにゃ……それよかさ、ペタにゃー。この試合〜、どっちがホームラン多く打てるか、競争やらにゃい? んで、負けた方がメイド喫茶で奢りとかいうのは、どうにゃ?」
「ははは、良いぜ。ちゃんと財布の中身、補充しとけよ」
「何をいうにゃ。勝つのはイングリットに決まってるにゃ」
紅組の先発マウンドをいい渡された七瀬 巡(ななせ・めぐる)が投球練習を開始すると、トライアウト生のマリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)とアヴドーチカ・ハイドランジア(あう゛どーちか・はいどらんじあ)が打席のすぐ外側にまでやってきて、巡の球筋をじっと凝視し始めた。
ふたりとも白組であり、打順はそれぞれ一番と二番だから、いきなり巡と対戦することになる。
巡はふたりが球筋を研究していることなど然程気にも留めなかったが、マリカとアヴドーチカにとっては、最初の打席でどのような結果を出せるかが死活問題なので、とにかく必死だった。
それにしても、巡の投げる球は思った以上に速い。あの小さな体の一体どこから、そして何をどうすればこれだけの速球が飛び出してくるのか、まるで見当もつかなかった。
「こいつぁ、バールをブン回しても、当たるかどうかってところだなぁ」
「……いけませんよ、バールだなんて。聞けばSPBは、地球の公認野球規則に則って試合を実施するとのことですから、パラミタ式野球と同じに考えてはいけないようです」
更にSPBの野球協約では、コントラクターとしての技能や魔法などの使用も一切禁じている。純粋に、野球技術のみでの勝負が求められている――それが、SPBでの野球であった。
一方、マウンド上の巡は、面食らった様子で眺めているマリかとアヴドーチカを見ているうちに、変な悪戯心が湧き起こってきた。
(よぉし……ちょっと驚かしてやれ)
紅組の先発捕手を務めるあゆみから返球を受け取ると、巡は変化球を投げる仕草を見せた。すると一瞬、あゆみはキャッチャーマスクの奥で変な顔を見せたが、すぐに笑顔を返してきた。
どうやら、巡の意図を察したらしい。
(出血大サービスだよ。ボクの得意な球種をよぉく見て、しっかり攻略してよ)
直後、巡はサークルチェンジを投じた。
それまでとは明らかに球筋が異なり、本塁付近で急激なブレーキのかかる変化を見せる白球に、マリカとアヴドーチカは腰を抜かしそうな勢いで、驚きの表情を浮かべる。
更に次は、縦に大きく割れるカーブを投じた。ふたりのトライアウト生は打席の外で、すっかり青ざめてしまっていた。
マウンド上の巡はというと、もう可笑しくて堪らず、投球練習をやめてその場にしゃがみ込み、肩を揺すって笑いを押し殺さなくてはならなかった。
そんな巡の投球前練習を、バックネット手前で談笑していたルカルカ・ルー(るかるか・るー)、葉月 エリィ(はづき・えりぃ)、秋月 葵(あきづき・あおい)の三人が、苦笑混じりに眺めている。
「巡ちゃんってば、意地悪いんだから……あんなにビビらせなくても良いのに」
葵が小さく肩を竦めると、ルカルカは小首を傾げ、顎先を右の人差し指でなぞりながら小さく唸った。
「んー、でも球種を全部を見せてあげるってのは、別の見方をしたら、親切でもあるよね」
「あたしだったら、絶対やんないなぁ。だって球種少ないもん」
巡と葵は揃って小柄な体躯ではあったが、巡が多彩な変化球を操る技巧派であるのに対し、葵は球威のある速球と高速フォークだけを駆使して、力で捻じ伏せるタイプであった。
それだけに、球筋を見極められるとタイミングを合わされてしまい、めった打ちに遭うことも少なくない。
実際、強打者の多いヒラニプラ相手には、何度も苦杯を舐めさせられた苦い経験があった。
変化球の多彩さではエリィも負けてはいなかったのだが、彼女の場合はスライダーという軸がある為、巡とは投球スタイルが若干異なる。巡がタイミングを崩して討ち取るパターンを得意とすれば、エリィはキレで勝負するタイプだった。
「それでも本当に、ペタっちには苦労したよなぁ。こっちのキレの良し悪しなんてお構い無しだったもんなぁ。しかも今度はマッケンジーとチームメイトだろ? 絶対、あたい達の情報を聞き出して、もっといやらしく対応してくるんだろうぜ」
「あー……それはルカも困るかなぁ」
ルカルカも、ペタジーニには相当苦労させられたクチである。エリィの台詞に、今の段階から何となく気分が重くなってしまった。
と、そこへ一塁側のダッグアウトから、白衣姿のダリルがグラウンドに出てきた。ルカルカの姿を目ざとく見つけると、一直線に歩み寄ってくる。
「ビデオの方はセットしてきた。今日はコンディション的には何の問題も無いが、何せ、久々の実戦だ。勘が狂っているかも知れん。怪我だけには、くれぐれも注意してくれ」
「まっかせといてよ! って胸を張りたいところだけど、本当に久々だからな〜」
珍しくルカルカが弱気にぼやく。ルカルカだけではなく、葵とエリィも久々の実戦であるという点では、いささか不安があるらしく、矢張り同じように浮かない顔を見せていた。
「ペタジーニとは真剣勝負するつもりだけど、他はちょっと……大きな声ではいえないけど、軽く流す程度にしよっかなぁ」
葵が不謹慎な台詞をぼそっと呟く。するとエリィが意外そうな表情を浮かべた。
「へぇ、ペタジーニとは真っ向からやり合うのか。度胸あるじゃん」
「だってさ、今までは同じチームだったからそうそう真剣勝負なんて出来なかったけど、本当いうとね、一度ペタジーニと対決してみたかったんだ」
その心意気、絶対後で後悔するよ――ルカルカとエリィの目が確かに、そう語っていた。
* * *
以下、紅組と白組のメンバー表である。
■紅組
投手
安芸宮 和輝(蒼空)
ブルーノ・アッチソン(ヒラニプラ)
七瀬 巡(ツァンダ)
秋月 葵(ツァンダ)
椿 椎名(蒼空)
カリギュラ・ネベンテス(蒼空)
サルバトーレ・ウェイクフィールド(ヴァイシャリー)
捕手
四条 輪廻(トライアウト生)
月美 あゆみ(ツァンダ)
内野手
ロザリンド・セリナ(トライアウト生)
綾原 さゆみ(トライアウト生)
ミネルバ・ヴァーリイ(ツァンダ)
霧島 春美(蒼空)
オットー・ハーマン(ツァンダ)
外野手
セシル・フォークナー(トライアウト生)
ジェイコブ・バウアー(ツァンダ)
ソーマ・クォックス(蒼空)
ビル・ロビンソン(ヒラニプラ)
■白組
投手
南臣 光一郎(ツァンダ)
ブラッド・キーオ(ヒラニプラ)
ルカルカ・ルー(蒼空)
葉月 エリィ(蒼空)
エリック・ギャラード(ヴァイシャリー)
ミューレリア・ラングウェイ(ヴァイシャリー)
刹那・アシュノッド(トライアウト生)
捕手
ジョージ・マッケンジー(ヴァイシャリー)
蚕 サナギ(トライアウト生)
内野手
アヴドーチカ・ハイドランジア(トライアウト生)
ブリジット・パウエル(ヴァイシャリー)
オリヴィア・レベンクロン(ツァンダ)
イングリット・ローゼンベルグ(ツァンダ)
朝霧 垂(蒼空)
アレックス・ペタジーニ(ヴァイシャリー)
外野手
マリカ・メリュジーヌ(トライアウト生)
クリムゾン・ゼロ(蒼空)
ジェフリー・ソーサ(ヒラニプラ)
レキ・フォートアウフ(トライアウト生)
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