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【新米少尉奮闘記】テストフライト

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【新米少尉奮闘記】テストフライト

リアクション

 機関室から戻ってきた小暮がなんだか不機嫌そうなことに首を傾げた操舵室の面々だったが、しかしごほん、と咳払いした小暮が声高らかに離陸を宣言したので、何も聞けずに各々の任務へ意識を戻した。
 エンジンの出力が上がり、心地よい振動が操舵室の床にまで伝わってくる。
 飛空艇の外では、セオボルト・フィッツジェラルドや大岡永谷ら、警備に当たっている面々が見学客を待避させる。
 また、飛空艇と船団を組む事になっている他の小型飛空艇や、箒や、トナカイなども少し離れて離陸の準備を行っている。
 先行する予定の小型飛空艇が何隻か飛び立っていくのを目視で確認して、小暮が発進準備を指示した。
「進路、オールグリーン。視界良好」
「エンジン出力安定、回転上昇」
 操舵室の前方で進路を確認しているシャーレットと、機関室と繋いだ計器を見詰めている高嶋 梓(たかしま・あずさ)が報告を上げる。いつでも発進可能です、とのクレア・シュミットの声に、小暮はぐっと頷いた。

「よし……発進!」

 小暮の合図で、大きな機体はず、ず、と前進を始める。
 高出力のエンジンの力で一気に加速させる。
 十分な速度が出たところで機首を上げると、上昇気流が生じて機体をゆっくりと押し上げていく。
 浮いた、浮いたか、と乗員一同が浮き足立つ中、窓の外の景色が少しずつ傾いていく。そして、離発着用の車輪が地面を離れる確かな感触。

「飛んだ! おい、飛んだぞ!」

 地上では、警備に当たっていた孫策達が見物客に負けず劣らずはしゃいでいる。
 パートナーのフィッツジェラルドもまた、声には出さないが満足そうな顔で芋ケンピを口に運ぶ。

「離陸成功!」
 飛空艇の中に小暮の声が伝声管を通して響き渡る。警備に当たっていた者も、機関室に詰めている者も、それぞれひとまずの成功に歓喜し、あるいはホッと胸を撫で下ろした。
 無論、テストフライトはこれからが本番、とは言え、自分たちが手塩に掛けて発掘・補修してきた飛空艇がやっと空を飛んだのだ。その感動はひとしおというもので。
 計器から目が離せない人々以外は、感慨深い眼差しで窓の外の景色に目を遣っている。パラミタでは空を飛ぶなど珍しい体験ではないが、今日、この飛空艇から眺める空は、皆の目に特別な物に映った。
「油断しないで、持ち場に戻って下さい!」
 そう呼びかける小暮の眼差しも、窓の外に向いている。この瞬間くらい、感慨に浸っても良いだろう。
 と、そこへ外部からの通信を告げるランプが点灯した。
 すわ襲撃か、と小暮の顔に緊張が浮かぶ。慌てて通信を繋ぐと。
「離陸成功おめでとさん!」
 操舵室に響いたのは、教導団生である朝霧 垂(あさぎり・しづり)の声だ。確か先行隊の一員として、機械仕掛けのドラゴンに乗ってだいぶ先を飛んでいるはずだ。呑気なその声に、小暮は拍子抜けする。
「朝霧殿……不要な通信は控えて下さい」
 びっくりするじゃないですか、と思わず本音が漏れる小暮に、朝霧はけたけたと笑った。
「いやー、離陸成功したところで油断してるんじゃないかと思ってさ。ドラゴン出没の噂、忘れてないだろうな?」
「勿論です」
 こちらをからかうような朝霧の言葉に、小暮は些かむっとして言い返す。
「ドラゴンだけでなく、あらゆる襲撃の可能性を想定して、戦略を練っています。安心して下さい」
「あらゆる襲撃、か。噂ではここ最近になって頻繁に目撃されるようになったんだよな、例の影は。もしかして、最近空大に就任してきた新しい校長が散歩をしているだけだったりしてな!」
 朝霧の言葉に、操舵室内の数名が空京大学の校長、嵐を起こすもの ティフォン(あらしをおこすもの・てぃふぉん)の人となり……というか竜となり、というか……を知っている者がぷ、と噴き出す。
「空京大学側には確認済みです、朝霧殿。校長に失礼ですよ」
「ははは、悪い悪い。あと、ドラゴンの形をした飛空挺の空族って可能性もあるかもな!」
「想像で議論するのは建設的とは言えません。それよりも、周辺の探索を――」
 朝霧に探索を指示しようとする小暮の言葉を遮るように、小暮の携帯電話が着信を告げる。
 作戦行動中は携帯ではなく、教導団の回線を使う事となっているはずだ。疑問に思った小暮が通信を繋ぐと、聞こえてきたのは。
「やーやー小暮ちゃん、元気ぃ?」



「ドラゴン、ドラゴン、いないですねぇ」
 飛空艇が離陸に成功した頃、「ドラゴンらしきもの」の正体を探りに出ているルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)佐野 和輝(さの・かずき)、それから佐野のパートナーのアニス・パラス(あにす・ぱらす)は、二台の小型飛空艇に乗って空から偵察を行っていた。
 クレセントが乗っているのはレティ・インジェクター。巨大な注射器様のそれに、ちょこんと横座りして、辺りへ視線を配っている。
 一方の佐野は小型飛空艇・オイレの前方座席に、パラスは後部座席に乗っている。
 以前の任務の折にも佐野とクレセントは行動を共にしていた。が、その際「ちょっとした」トラブルがあり、佐野は何となく、クレセントの方へ視線を向けられない。クレセントもまた、落ち着かない佐野の様子が気になっていた。
「あ、あの、佐野さん……この間のことですけど。何で性別を隠してたですか?」
 やおらクレセントが口を開く。あまり聞かれたくない所を突かれ、佐野は瞬間沈黙した。
「その、性別のことは、魔鎧の効果で、他意はないんだ。だが結局、隠したみたいになって、その、すまなかった」
 しかし、誤解させてしまったことは気になっていたのだろう、ぽつりぽつりと、途切れ途切れに事情を語る。
「今まで自分が、他人を欺いて生きてきたから……恐いんだ、素の自分をさらけ出すのは。上辺だけの信頼なんじゃないか、ってね」
 そこまで語ってから、佐野ははっと我に返る。要らないことまで話してしまった。どうも彼女と居ると、調子が狂う。
「そんなことないですよ、佐野さんのこと、ちゃぁんと信頼してる人がいます。少しずつ、慣れていけばいいですぅ」
 戸惑う佐野を余所に、クレセントがニッコリと笑う。その笑顔に、佐野も思わずほっと表情を緩めた。
「あーっ、和輝、デレデレしてるぅ!」
 その笑顔の横顔を後から見付けたパラスが、不機嫌そうに頬を膨らませる。佐野の本心を知っているのは、自分たち佐野のパートナーだけの特権のはずだったのに。
「別に、デレデレなんて」
「面白くなーいっ!」
 パラスがじたばたするものだから、二人の乗る小型飛空艇がフラフラと揺れる。

「あら、アニスの声?」
 佐野のパートナー、スノー・クライム(すのー・くらいむ)ルナ・クリスタリア(るな・くりすたりあ)は、別行動で地上から偵察を行っていた。
 地上を移動出来る動物に乗ることが出来るのが自分たちだけ、とはいえ、特にクライムは護るべきパートナーとの別行動に些か不満そうである。
「和輝の邪魔、していないかしら」
「スノー、スノー」
 聖騎士の駿馬に跨るクライムの背後から、パラミタ虎に跨った……というか、ちょこんと乗った、クリスタリアが呼びかける。振り向くと、辺りをねぐらとしていると思しきもう一頭のパラミタ虎が、クリスタリアの乗る虎の前に座りこんでいる。
「何か聞けた?」
「はいー。この辺りにはレッサードラゴンさんが棲んでいるそうなんですけど、どうも最近ご機嫌斜めらしいんですー」
「レッサードラゴン?」
 レッサードラゴンはドラゴン種の中では最も弱いタイプのドラゴンだ。しかし、油断して掛かれば痛い目を見る事は間違いない。
 虎さんの言うことが本当なら、本隊へ伝えておいた方が良いだろう。クライムはひとまず佐野に連絡を取るべく、携帯電話を取りだした。
 その後ではクリスタリアが、ぐるる、と虎の言葉を真似てお礼(だと思う)を告げていた。


「わたくし、サンドウィッチを作ってきましたの。良い場所があったら休憩して、あ、お昼寝もしないとですの」
 一方こちらでは、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)源 鉄心(みなもと・てっしん)の操るワイルドペガサスの背に乗り、呑気な声を上げていた。
「イコナちゃん、何か居そうか?」
 源が、背後に乗るクックブックに問いかける。呑気そうにしていても、イナンナの加護を受け、さらに殺気を感知できるクックブックは、見張りとしての仕事もしっかりこなしている。
「今のところは何も居ないですの」
「可能であれば、ドラゴンとの衝突は避けたいところだな」
 クックブックの返事を聞いて、源は心なしか安堵の表情を浮かべる。無用な殺生は避けたい。
「しかし、団長まで話が行って居ながら、詳細が不明というのは変な話だな……教導団側が課題として用意した障害の可能性もある、か」
「私、ドラゴンさんとはあまり戦いたくありません」
 隣を強化光翼で飛んでいるティー・ティー(てぃー・てぃー)は、源の推理を聞いて悲しそうに眉尻を下げた。ティーにとってドラゴンは敬愛の対象、傷つけるようなことはしたくない。
「そうだな、戦闘が回避できればいいんだが」
 そう言いながら、源達は引き続き、飛行経路の安全確認を進めていく。