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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第2回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第2回/全2回)
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第11章 街〜守るべきもの(3)

 隊列を組み、進攻していく魔族の軍兵。その先頭を行く魔族は、前方をふさぐ物を破壊しながら進んでいた。
 街燈だろうとゴミ箱だろうと。そして人間であってもそれは変わらない。それどころか人間であった場合、彼らの加虐意識を刺激するのか、しばしば彼らは戦列を離れて逃げる人間を追いかけた。それは悲鳴かもしれないし、逃げる背中かもしれない。彼らをおそれる恐怖をかぎ取っているのかも。あるいはその全部が魔族にとって、追わずにいられないファクターなのかもしれなかった。
「……うわあああっ!!」
 今また逃げた男性を追って、路地に数名の魔族が走る。その姿に、本郷 翔(ほんごう・かける)は内心、彼が逃げ延びることができますようにと祈った。周囲の魔族たちの手前、面には決して出さなかったが。
 しかしその祈りがかなうことはなかった。すぐに先の男性の断末魔らしき悲鳴が聞こえてくる。
 これでもう何度目か。返り血を浴びた魔族がひょこひょこと路地から戻ってくるのを見て、それとなく背を向けた。人を殺して満足げに笑う姿など見たくなかった。
 周囲にたちこめているのは、むせるほどの血臭。それがのどをふさいで気分が悪かった。行く先々でおびただしい血が流れており、歩くたび、ねばつく血の粘着を靴底に感じずにいられない。
 魔族の進攻が始まってからずっと、翔は一生懸命魔族に訴えていた。
「火を放つのであれば、燃えやすい場所に放った方が効果的ですよ」
「人間と戦いたいのであれば、外壁の外に手ごわい東カナン軍人がいますよ」
「壊したいのであれば、たやすく捕まってすぐ死んでしまう人間より、建物の方が派手でよくありませんか?」
 昼間のうちに見つけておいた、燃えやすい物が多そうな地点を書き込んだ地図を見せたり、破壊に適した場所を教えたりもした。しかし人間である彼の意見に耳を傾けてくれる魔族はほんのわずかで、聞いてくれた魔族も聞いている途中で笑い出し、手を振りながら去ってしまった。目前の人間という獲物を前にしての衝動と比べ、翔のする提案など一顧だにも値しないと思っているのか。最後まで翔の話を聞く魔族はいなかった。
 それでも、くじけず説得に努めてきたのだが。
 変わらず人は殺され続け、街は燃え続ける。
 翔は、己のしていることにむなしさを感じずにいられなかった。
 人を獲物としか思っていない者たちを相手に、こんなことが何になるのか……我知らず、地図を持つ手に力が込もる。
(……いいえ。1人説得できれば、1人人間が助かるかもしれない。2人説得できれば2人。決してあきらめたりしません)
 消え入りかけていた決意を新たに掻き起こし、魔族へと近づく。
「あの――」
「おいそこのおまえ! さっきからそこで何をしているのです!?」
 あきらかに翔に向けて発せられたに違いない、叱責の声が背後で起きた。
 小さな子どもの声。振り返ると、そこにいたのは大きな獣耳とシッポを持つ、黒いポンチョ姿の悪魔だった。
 たしか魔神ロノウェの副官ヨミだったか。
「よけいなことをして、兵を惑わせるんじゃないのです!」
「申し訳ありません、ヨミ様」
 その場にしゃがみ込み、片手をつく。ヨミは、相手が自分を知っていたことに「おや?」と耳をピクピクさせた。
「おまえ、どこの軍の所属ですか? 名乗りなさい」
「はい。本郷 翔といいます。バルバトス様の秘書をしております」
「バルバトス様の。それで、その秘書がここで何をしているのです?」
「は……」
 翔はかしこまりつつ、先までしていた説得を繰り返した。ヨミは、翔が昼間のうちにそういったことを調べ上げ、書き込んだ地図まで用意していたことに興味を持ったようだった。
「なぜそのポイントの建物を破壊したり火を放ったりしなければいけないのです?」
「その方が効率的だからです。人は、追われれば建物や物陰に隠れたりします。けれど、燃えていたり破壊されていれば、隠れることはできません。そしてこの辺り一帯は下町で、特に道が細分化しており、建物が密集しています。ここに逃げ込まれては厄介です」
 本当は、ここの者たちは全員避難していることを確認していたからだ。そして外壁の破壊が行われているのは南東付近。火災は北東〜東が最も強く、南西に逃げる者はまずいない。
「炎は東から南や北に広がりつつ、西に迫っています。特に南西はまだ火の手がありませんから、人が逃げ込んで隠れている可能性が高いかと」
 その返答に、ヨミの耳がピクピク動く。
 彼が何か言おうとした、そのときだった。
 人間か、獣か、判断のつきかねるモノが、彼らと同じ道に現れた。



(なんか、変だ……)
 街を歩き出して早々に、ロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)は己の不調にとまどった。
 アガデに着いたばかりのころはやる気満々、体調も抜群で
「これから街にあふれかえった魔族どもを、この俺が倒してやる!」
 と気勢を上げていたのだ。
 今から思えば、それも変だった。妙に舞い上がりすぎていた。
 外壁に植えられたというクリフォトの樹。街を歩き回ってわざわざ捜さなくても、その近くにいけばいくらでも魔族はいる。
 そう考えて、向かったはずだった。だけどそれも、今となってはあやしい。
(ああ、頭がクラクラする……)
 何か、絡みつく感じで。引き寄せられている気がするのは、超感覚で敏感になりすぎているのか。
「だめだ……やめないと……」
「ロア? さっきから何をぶつぶつつぶやいているのだ?」
 気遣って、少し後ろを歩いていたレヴィシュタール・グランマイア(れびしゅたーる・ぐらんまいあ)が支え手を出した。さっきからふらふらと体が揺れている。
「ロア、撤退しよう。話には聞いていたが、ここまでとは。ひどすぎる。これではもはや何をしてもこの国は救えない」
「……うるさい……」
 伸ばされた手を突き飛ばす。けれど、よろめいたのはロアの方だった。
「ロア?」
「まだ……何もしてない……じゃないか……」
 どこか、酔ったような声。もしかすると、このむせかえるような血臭のせい?
 レヴィシュタールは今一度説得を試みた。
「ロア。聞いてくれ。自覚していないかもしれないが、変だ。そんなふらふらの状態でこのまま魔族と戦ったところで返り討ちにあうだけだ。ここは聞き分けて、撤退してくれ」
「……変?」
 顔をおおった手の隙間から、ロアの目がぎらりと照ったように見えたのは錯覚か。
「何を言っている、レヴィ。俺は絶好調だぜ」



「あれは? 何なのです?」
 ヨミはきょとんとして、前方に現れたモノを見た。
 頭にねじれた鋭いヤギ角を持っているところを見ると悪魔のように見えるが、気配が魔族のそれと違う。
「……ヨミ様、おさがりください」
 翔は本能的にヨミを背中にかばった。悪魔を相手にこんなこと、おかしいかもしれない。だが外見3歳児で、手にオモチャのピコピコハンマーを持っている表情豊かなこの悪魔は、翔の中の保護意識を刺激してくるのだ。
  ――ゴガアアアアアッ
 そのモノは、野獣の咆哮のような声をあげた。そしてまっすぐ彼らへと突っ込んでいく。
(あれは人間……ですよね?)
 半信半疑ながらも翔は仕置きの鞭をかまえる。
 何も武器は持っていない。ということは、モンクかグラップラーだろうか? それにしては、手に何もそれらしい物はつけていないが……。
「早い……っ!」
 それはあっという間に距離を詰め、彼らに襲いかかった。翔を突き飛ばし、その横にいた魔族に組みつく。そして両手でわし掴むなり、魔族の二の腕に噛みついた。
「……ええっ?」
 驚愕に目を瞠る翔の前、そのモノは、凶悪な牙で魔族の腕を噛み千切った。
(……あれは、本当にロアか?)
 後方より援護の氷術を放ちながら、レヴィシュタールも頭を内心ではひねっていた。
 魔法での後方支援を指示したり、人間と魔族の区別はついているようだが……。
(いや、今はよそう)レヴィシュタールは頭を振った。(今は援護に徹して、考えるのは後回しにせねば)
 ロアを槍で突こうとする魔族に氷術を放ち、立ち上がった人間には光術をぶつけて目くらましをかける。その間にも、ロアは腕の半ば以上を噛み千切った悪魔の頭を路面に叩きつけ、氷術に腕を凍らせた悪魔の頭を壁に叩きつけた。
 そしてヨミへと迫る。
 今のロアには外見年齢など関係なかった。魔族か人間か。それ以外を判断する意識は麻痺している。
「来るんじゃありませんっ!」
 ピコピコハンマーを両手でかまえるヨミ。ロアの血濡れた両手と口が肉薄する。
 寸前、風のようにヨミをさらい、危機から救ったのは魄喰 迫(はくはみの・はく)だった。
「へっへ」
 ヨミのポンチョのうなじのところをくわえて、壁の上で笑っている。
「迫っ」
「よお。危ないトコだったじゃねーか、ヨミ。あたしが間に合ってよかったな」
「ヨミ様と呼ぶのですっ。あれほど言ったでしょうっ」
 ピコピコピコ。ハンマーで叩く。
「ててっ。それが助けてやった恩人にすることかよ!」
 そう言いながらも迫は牙を見せて笑っている。傍から見れば、まるで白犬と茶犬がじゃれ合っているようだ。
「ま、しばらくここで見てろよ。今から姐さんがアイツを追っ払ってくれるぜ」
 迫が指差したのは、ヨミが先までいた場所である。そこに、シャノン・マレフィキウム(しゃのん・まれふぃきうむ)が舞い降りた。
「ヨミ様に牙をむくとはおろかなけだものだ。そんなにこの私に狩られたいとみえる」
 シャノンの登場を警戒し、遠巻きにして威嚇のうなりを上げているロアに向かい、天の炎を放った。
「ロア!!」
 レヴィシュタールが氷術で相殺を図るが、魔法の桁が違う。頭上より落下した炎はレヴィシュタールが生み出した氷の壁など紙のように突き破り、ロアを打った。
  ――グガアアア……ッ!
「ふん。卑しいけだものめ」
 エンデュアを発動させていたおかげか。即死するには至らず、大けがを負った身で立ち上がろうともがくロアを、シャノンは冷笑とともに見下す。
「もしもヨミ様にかすり傷でも負わせておれば、決して許しはしなかったが……。
 そこのおまえ。さっさとこのけだものを連れて帰れ。しつけられぬのであれば、次からは首輪をつけて、檻にでも入れておくことだな」
 レヴィシュタールがロアを連れて消えたあと。
 シャノンは壁の上で迫と並んで座っているヨミに、スッと頭を下げた。
「ヨミ様。遅くなってしまい、申し訳ありません。これよりのちは私と、そしてこの者たちが――」
 と、シャノンの左右に召喚獣:サンダーバードと召喚獣:フェニックスが現れる。
「常におそばにつき従い、ヨミ様の敵となる者はすべて、灰燼に帰してみせましょう」
 その言葉に、当然とばかりにヨミが鷹揚に頷く。
 ふと、その視線が後方に控えようとしていた翔へと向いた。
「そこのおまえ! 人間の身でありながら、このヨミを守ろうとは立派な心がけなのです。頭もそこそこ回るようですし、今日からヨミの下につきなさい。バルバトス様にはヨミから話を通しておきましょう。いいですね?」