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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第2回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第2回/全2回)
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第7章 街〜守るべきもの(2)

 アガデの都は数百年に渡り、何者にも侵されたことのない都だった。とはいえ、はるかな昔からそうであったわけではない。
 かつて、内乱があった。
 はるか、はるか、遠い昔。そして東カナンを武力統一したハダド家始祖によって建設されたこの都は、市街戦を想定して建てられていた。家屋と家屋の間を縫うように小路地が入り組み、その交わる箇所には必ずアーチ型の小門がある。これを開閉することで行き止まりを作ったり、抜け道を作ったりすることができるのだ。曲線が多用されているのも、見た目の美しさを出すためだけではない。角のない大道は身を隠すことが難しく、曲部は必ず小路地と交差するようになっている。
 居城もそうだ。見はらしのいい岩の上にある城は片側が反り返った斜面になっており、城へ続く道は1本しかなく、その途中は林の中を通るようになっている。
 つまりはこの都自体、敵に侵入された場合のゲリラ戦に適した造りになっているのだ。もちろんこの数千年の間に幾度か建て替えられ、増改築を繰り返してきているが、基本的な構造は変わっていない。美しい赤屋根と白壁、優美な曲線を保ちつつ、この都は数千年間変わらず、襲撃者を迎え撃つことを想定して在り続けてきたのだった。
(多分、そこには爆破も想定されていたんだろうな)
 ラック・カーディアル(らっく・かーでぃある)は爆弾を設置しながらそう考えた。
 北西のこの地点は、かなり早い時点で人々の退避が終わっていた。臨時避難所があった場所からもかなり離れており、北東からの火災も迫る今では人っ子1人いない。爆破しても人的被害はなさそうだった。
(数千年前は、そりゃ火薬があったかどうかもあやしいとこけど、数千年前の建物が今残っているはずはないし)
「多勢に無勢の市街戦だと、建造物爆破は常識」
 とすると、やはり…………そういうことなんだろう。
 まぁ、今さら考えても仕方のないことだけど。ラックは肩をすくめ、スイッチを入れる。赤いタイマーが真上の液晶部に表示された。
「イータ、そっちはどう?」
『続々集まってるよ』
 ラックからの呼び出しに、イータ・エヴィ(いーた・えびぃ)はすぐ応答した。携帯の向こう側の声は相当ひそめられている。
「あとどのくらいで到着しそう?」
『う……ん。多分、15分くらいかな』
「多分?」
 タイマーを設定しかけていた手を止める。
『なんだか動きが不規則で。気がそれるっていうのかな? すぐ横道に入っちゃったり、店の破壊を始めちゃったりして……これじゃあ軍隊っていうより暴徒だよ』
 とりあえず列を作って進んではいるが、軍隊の行進のような規則正しい動きというわけではないらしい。
「そうか」
 とすると、目視で爆破するしかないか? それは効率が悪い。
「仕方ない、トラップを1つ増やすか」
 立ち上がり、ラックは向かいの家屋まで糸を張った。その糸が切れればタイマーのスイッチが入り、1秒後に爆発するようにすればいい。糸を張っているうち、ふと思い立ってこちら側にももう1つ、爆弾を設置した。両側から爆発させればより破壊力が増す。
「次だ、イータ」
『えーっと……ラックが今いる位置から4つめの路地を入って抜けた先』
 カサカサ。地図をめくっている乾いた音がする。
「おまえ、今何か食べてなかったか?」
 声の中、口をモグモグさせているかすかな音を聞き取って問い詰めた。
『えっ!? た、食べてないよっ!』
  ――ごくん。
(あ。今何か飲み込んだな)
 ふーっと息を吐き、こめかみを押さえた。常に食べていないと気がすまないイータには、何かを口に入れていない状態など考えられないのかもしれない。
「……強いにおいのする物は、食べるなよ。敵に見つかるぞ」
『だいじょーぶ、だいじょーぶ。見つかってないから』
 イータの示した位置につき、爆弾を設置していると、先にいた路地で爆音とともに爆発が起きた。糸に魔族が触れたのだ。4区画離れていたが、余波はここまで届いた。瓦礫片にまじって魔族のつけていた鎧や槍が道に落ちてカラカラ回る。
 胸ポケットに入れてあったタロットカードの1枚を引き出した。この工作作業を始める前に、引いておいた1枚だ。
「塔(タワー)の逆位置……突然のアクシデント、油断大敵ってやつだね」
 つぶやいて、またポケットにしまう。
 爆弾を固定し、糸を張ろうと立ち上がったときだった。
 何の前触れもなく、横の路地から少年が飛び出してきた。
「ばかな?」
 ここは避難が完了している区画じゃなかったのか?
「あ……」
 少年もまた、ラックがいたことにビックリして足を止める。蒼白し、おびえた表情。ラックは声をかけようとして、少年を追って路地から走り出てきた魔族を見た。魔族は獲物の少年しか目に入っていない。魔族の剣は、今しも少年に向かって振り下ろされようとしている。
 ラックはとっさにシャープシューターで射た。それで少年を助けることはできたが、仲間の魔族を呼び寄せることになってしまった。
「あのカードの卦は、もしかして俺をさしていたのかね」
 少年の足では追いつかれてしまう。肩にかつぎ上げ、離れた路地に飛び込んだ。そこから糸を引き、タイマーを作動させる。
 破壊力を増加させてあった爆弾は魔族たちを軽く吹き飛ばし、向かいの街燈や壁に叩きつけた。まき散らされた撒菱がその体を容赦なく切り刻んでいる。
「坊主、無事か。けがはないか?」
「う……うん……」
 突然の爆発に驚き、呆然となったまま、少年はうなずく。
「と、すると、だ」
 さて、これからどうするか。まさか子ども連れで爆破作業を続けるわけにもいかないし。
 ふむ、と考え込む。一度イータに戻ってきて連れて行ってもらうか。そう考え、携帯を取り出したときだった。
 バーストダッシュを用いて、セルマ・アリス(せるま・ありす)が角を曲がって同じ路地に現れた。
「さっきからの爆発はあなたですか?」
「そうだ。俺はラック・カーディアル。シャンバラ教導団所属だ。きみは?」
「セルマ・アリスといいます。葦原明倫館に所属しています」
 セルマは幾分用心しながら答えた。距離をとり、あまり近づきすぎないようにする。
 この都には、ザナドゥ側についたコントラクターが多数侵入しているとの報告を受けていた。その者たちによる無差別爆破により、今大火災が発生しているのだ。彼はここで爆破をしていた。そのことが、自然とセルマの手を腰のウルクの剣に添えさせる。
 だがラックの後ろからひょこっと頭を出した少年の姿が、セルマの警戒を解いた。
「その子どもは? どうしたんです?」
「ああ。さっき魔族に追われていたのを助けたんだ」
「そうですか。――ああ、では俺が預かります。俺は避難経路から離れた場所に取り残された人がいないか、見回っていたんです」
「それはちょうどよかった」
 ラックは肩の荷が下りた気分でニッと笑って、少年の背中をセルマの方に押した。少年はいきなり現れたセルマと自分を助けてくれたラックを交互に見て、ラックの手にギュッとしがみつく。
「ほら、この人と行くんだ。お父さんかお母さんか、だれか会いたい人がいるんじゃないか?」
「お母さん……会いたい……」
「だろ。ほら、あの人が連れて行ってくれるよ」
 よろしく頼む、と言って、ラックは爆弾の入ったバッグを手に、イータの指示する次の爆破ポイントへ向かう。
「気をつけてください。この火災は敵方の爆破で起きたんです」
「ああ、それか」
 この地区で新たに火災が発生するのを懸念するセルマに、ラックが振り向いた。
「火の出ない爆破法はいくらもあるんだ。それにここは爆破する場合も考えて、耐火構造で建造させている。滅多なことでは燃えないよ。なんといっても市街戦が考慮された都だからな」
「え? じゃあどうして燃えたんです?」
「そりゃ、火が出る爆破法もあるからさ。粘性の燃料をタップリ仕込んだ爆弾が爆発する、火のついた燃料が飛んで、ボンッ!」
 顔をしかめるセルマに、ラックは手をひらひら振って去って行った。
「……わざと、燃やしたんですね……」
 たくさんの人が生活していた、この美しい都を。
 火は残酷だ。そこに住んでいる人たちの何もかも……思い出の品までも奪っていく。中には、形見の品だってあっただろう。すべてを失い、焼け出された人々は、明日から何を支えに生きていくのか。
「命さえ助かればいいなんて、ごまかしだ。人は、命だけでは生きていけないんだ。
 こんなことをしたやつを、俺は絶対に許さない」
 セルマは魔族も許せなかったが、それよりも、魔族についた人間が許せなかった。魔族は敵だ。戦争をしている相手なのだから、人間を襲うのは分かる。だが彼らはそれに乗っかっているだけだ。いつだってそうだ。相手の都合に乗っかって、簡単に同胞を傷つける。
 だからセルマは、こうして取り残された人々を捜しながら、街のさまざまな映像を銃型HCで撮り続けていた。どこかに何か、だれか、不審な人物が映らないとも限らない。それを照会すれば、もしかしたら過去に犯罪歴がある者と判明するかもしれない。不審な動きをしている姿が映るかもしれない。自分だけの映像で無理でも、ほかの協力者の映像と合わせれば、あるいはもっとはっきりするかもしれない。
 そうすれば、告発できる。
「……ミリィ、そっちはどう? 今から子どもを避難させに行こうとしてるんだけど、魔族たちに見つからない経路、ある?」
 セルマは少年と手をつないで歩きながら、パートナーのミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)に連絡をとった。
 彼女は今、街に数ある塔の1つに上って、そこから街の様子を伺っている。
『あ、ルーマ。あのね――』
 ミリィからのなんでもない報告を聞きながら、セルマはあいづちを打つ。本当は、彼女も銃型HCを持っているから情報を送ってもらうだけでも済むのだ。だけど、彼女の声が聞きたかった。彼女の声が、殺伐とし始めていたセルマの心を少しずつ癒してくれる。
『ルーマ? どうかしたの? ちょっと声、ヘン』
「なんでもないよ」
 そう答えるセルマの口元には、自然と笑みが浮かんでいた。