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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第2回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第2回/全2回)
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第5章 街〜守るべきもの(1)

「うわあっ!」
「いやぁーっ!! 助けてーーーっ!!」
「ぎゃああああっ!!」
 悲鳴があちこちで飛びかっていた。
 魔族に追われ、逃げる人々を容赦なく貫く冷たい刃。
 どこかへ隠れようとしても、炎がそれを許さない。
 オレンジの炎にゆらゆらと照らしだされた闇は、なおその濃さを増している。
 現実とは思えない、悪夢としか言いようのない光景を前にして、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)はがくりとその場に膝を折った。
「これが……私がしたことか……」
 彼女は命を守る者、医師を志す者だった。
 ただひたすらに、人命を救うにはどうすれば良いか、その探求に己の生涯を捧げることに迷いもなく、そうある自分に誇りを持って生きてきた。
 これまでは。
 だがもはや二度と、己を誇ることはできなかった。彼女のすべては地に落ちて、跡形もなく踏み砕かれた。
 この未曽有の惨劇の前には、彼女のこれまでの功績など塵芥に等しい。
 なぜこんなことになってしまったのか。
 願ったのは、こんなことではない。
 決して。
「……だれか……だれか、殺して……私を、殺してくれ……!!」
 もう耐えられない。
 息もできない激痛に胸を押さえ、彼女は地に額をつけた。


*          *          *


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
 息を切らせて少女が走っていた。道の両側に連なった家屋はすでに炎にまかれ、いつ倒壊してもおかしくない状況だ。道幅は十分とは言えず、崩れれば少女の身が危ない。
 それでも走らねばならない存在が、少女を追っていた。
「あっ……!」
 ついに追いつかれ、後ろから髪を引っ張られる。伸びきった喉を掻き切らんと、剣を持つ手が水平に引かれたときだった。
「くそたわけがーーーッ!!」
 怒号とともに上空から飛来した小さな影が、地に降り立つよりも早く両腕で構えた武器を振り下した。
 その先についた透明のきらめく鋭い刃が触れた瞬間、髪を掴んでいた魔族の腕が寸断される。
「女性は丁重に扱え!! 少女は特にじゃ! そんなことも知らんのか、このばか者め!!」
 憤慨しながらファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)は己の武器――蒼き水晶の杖を核とし、氷術を用いて作り上げた大鎌――をさらにふるって背後の魔族たちの元まで後退させる。
 突然現れた少女とその猛攻に気圧されている彼らの背後に降り立ったのは、ヒルデガルド・ゲメツェル(ひるでがるど・げめつぇる)だった。
 彼女のブラスターナックルが、彼女に気付いて振り返るよりも早く魔族へ打ち込まれる。
「へッ、油断大敵ってね。背後にいるのは仲間ばかりと限らねーんだぜ」
 最後の1人の頭をわし掴みにし、膝に叩きつけて笑う。
 彼女のほおを、風がかすめた。
 一瞬遅れて、ツーッと血が垂れる。
「ほーんと、油断大敵だよね」
 地面で揺れている、投擲された槍を見、その飛んできた方角を見ようと流したヒルデガルドの視界の隅でエリドゥ・バビロン(えりどぅ・ばびろん)が笑っていた。
「うるせェ!!」
 夜気に鈍く光る銀色の光翼をきらめかせたヒルデガルドは一瞬で飛行型魔族の上をとる。その背に等活地獄を叩き込み、燃える家屋に蹴り落とした。
「うわっ!」
 魔族が屋根を突き破った衝撃で飛び散った火から、頭をかばう。
「延焼を加速させる気か、きさまっ!」
「えー? んなこと言ったって、この一体全部燃えてるぜ?」
 今さらだって。
 腹を立てているファタに、けろりとした顔で戻ってきたヒルデガルドが答える。
「とにかくわしらもいったんここを出るのじゃ。暑くてかなわぬ。
 エリ、来い」
「はーい」
 その言葉を残し、エリドゥの姿は消えた。次の瞬間、魔鎧となってファタに装着される。ファタはさっそくエリドゥのスキル・ファイアプロテクトを使用し、自分やヒルデガルド、そして今助けたばかりの少女を周囲の炎の熱から守った。
「歩けるか?」
「は……はい。ありがとうございます……」
 少女をかばうように2人の間にはさみ、ときに氷術を使って炎を吹き飛ばしながら駆け抜ける。その間にも、悲鳴は聞こえはしないか、取り残された者はいないか、周囲に目を配るのを忘れない。そして実際、何人かを炎の家屋や路地から救い出し、連れ出すことに成功した結果、ほんの数区画走ったところで彼らは結構な大所帯になっていた。
 今、魔族とはち合わせでもしたら厄介だな。そんなことを考えて角を曲がると、まさにその通りの現場に遭遇してしまう。大道を北上している一部隊だ。だが幸運にもそれは後ろ姿で、彼らは背後のファタたちに気付いていないようだった。
 向かい側にある路地との距離を目算する。
「よいか? そっと、気付かれないように1人ずつ向こう側へ――」
 そのとき。
 ファタは見てしまった。魔族たちの進路に路地から飛び出した親子が彼らに気付き、蒼白して声もなくその場にうずくまるの姿を。
 あのままでは殺されてしまう。
「どうした? アネゴ」
「おぬしはそこでその者たちを守っておれ!」
 地獄の天使を広げ、一気に距離を詰める。彼女の接近に気付いた魔族が、振り返りざま魔弾を撃った。
(……1、2、3、4……8か。これは、わしだけでは少々骨が折れるのう)
 氷術をぶつけて相殺したファタは、その爆発に紛れるように白き悪魔ローザ・オ・ンブラ(ろーざ・おんぶら)を召喚した。
「あら。ご機嫌いかがです? マスター」
 宙に現れ、ふわりと壁の上に着地したローザは周囲を見渡す。
「ああ、これは……。一面なめ尽くすかのような炎、そこかしこに怨嗟と絶望が満ちて……ふふ。こんなすてきな場所へ呼び出してくださるなんて、マスターも粋なことをしてくださるんですのねぇ」
「いいから手伝わんか!」
 なんでわしの周りにおるのはこんなたわけ者ばかりなんじゃ!
 魔法仕掛けの懐中時計を用いた高速攻撃で魔族の首をはねながら、ファタは内心頭を抱えてしまう。
「おや、それは申し訳ありません。マスターが私に何をお求めか、分かっておりませんでしたので」
 うそかまことか計りかねる顔でふふっと笑ってローザはピーピング・トムを呼び出し、足下の魔族たちに向かわせた。
 ローザも魔族だが、アムトーシスの生まれ。ロンウェルの街の魔族であるロノウェ軍には何の義理もない。己のフラワシが下の魔族を屠る間、さながらセレナーデに聞き入るかのごとく、夜風が運んでくるとぎれとぎれの悲鳴や魔族の咆哮に耳を傾けていた。
「……うん?」
 ひと通り戦闘を終え、ファタが腰の抜けた親子を保護したころ、ローザが何かに気付いたような声を発した。
「どうしたのじゃ?」
「いえね、すぐ先でもやはり戦闘になっていたのですが、どうやら苦戦しているようで。人間が倒されたようです」
「そういうことは早く言え!!」
 大鎌をかつぎ、ローザの指し示す方向へファタは走った。



「孝高!」
 振り切られた魔族の剣。
 ぐらりとかしいだ熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)の背中を見て、天禰 薫(あまね・かおる)は悲鳴のようにその名を呼んだ。
 すぐさまカムイ・クーを放ち、孝高を斬った魔族を打ち抜く。
「大丈夫、少し肩をやられただけだ」
 あてていた手をはずして、そこについた血の量で傷の具合を計る。すり傷とは言い難いが、軽傷だ。剣をふるうには問題ない。
 そうと判断するや、孝高はすぐさま三尖両刃刀で間合いに入った魔族に斬りつけた。
「無事か?」
 自分たちを取り囲んだ魔族に油断なく目を配しながら、彼と隣り合わせで戦っていた騎士を助け起こす。
「ああ……なんとか……」
 彼は気丈にもそう答えたが、孝高の目をごまかすことは無理だった。斬り裂かれた脇にあてた手の下から、血のにじみがどんどん広がっている。
「ここは俺でもなんとかなる。下がっていてくれ」
 せめてヒールの使い手がいればよかったのだが、残念ながら孝高も薫も、回復魔法を習得していなかった。
 後衛を務めている薫の元へ軽く押し出す。
「天禰、止血の圧迫を」
「うん」
 薫は煙よけにと避難所から持ち出してきていた布を裂き、包帯にする。そしてそれを、すぐ近くにいる女性に見せた。
「同じようにしてくれる?」
「分かりました」
 騎士の服を裂き、傷口がよく見えるようにして、たたんだ布を押し当てた。本当は水で洗いたいのだけれど、水は手元にない。
「ここ、ぎゅうっと押さえてて」
 傷口を圧迫してもらっている間に、手早く布の包帯で巻いた。
「分かる? 強めに巻いて、しばって」
「はい」
 脇で見ていた女性に指示を出し、彼女が頷いたのを確認して、薫は再びカムイ・クーを手に戦列に戻った。
 戦いの見通しは、決してあかるくなかった。
 多分、逃げた人々を集めるのに時間をとりすぎたのだ。襲撃者におびえ、混乱した人々は四方八方に散らばり、それを薫と孝高だけでかき集めるのは至難だった。途中で出会った4名の騎士が手助けしてくれたが、それでも十分ではなかった。だが見逃したりすれば、彼らを見捨てることになる。そんなことはできない。
「だめだ、天禰。これ以上ここにいては、集めた人たちが危ない」
 ギリギリ、火の回る寸前まで捜索に費やした。25名の人々を連れ、炎と魔族の街から脱出を図る。
 最初、逃げ場はないと思われていたのだが、捜索しているときに孝高が情報を仕入れてきていた。
「え? 外壁?」
「そうだ。南東の外壁を破壊することで、都から人々を逃がそうとしている動きがあるらしい」
「でも外壁って……魔族たちもそこから現れてるんじゃ……」
「ああ。まあ、一筋縄ではいかないだろうな。おそらく、近づくたびに敵の数は増える。だが、そこに騎士たちやコントラクターも大勢集まっているということだから、彼らと合流すれば、何とかなるかもしれない」
 少なくとも、2人でどうにかしようとするよりは助かる公算がある。
「……分かった。南東の外壁へ向かおう」
 こくりと頷き、薫はほかの4名の騎士と民に事情を説明した。そうして得物を手に、油断なく周囲に気を配りながらここまで来たのだが。
 魔族の部隊と行きあってしまった。
 これはどうしても避けられない一戦だった。魔族の輪を突破しなければ、外壁へはたどり着けない。しかし、層が思った以上に厚かったのが誤算だった。やはり時間をかけすぎたのだ。もっと合流する前だったらいけただろうに。
(騎士4人……いや、今は3人か。それに俺、天禰で、突破できるだろうか?)
 戦意に関係してくるため口にはしなかったが、孝高は剣をふるいながら一度ならず考えた。
 背後からは炎が迫りつつある。炎がくれば、魔族は逃げるか? ――あるいは。しかしおそらくそれまで自分たちがもたないだろう。
 死闘の緊張感が激しく彼らを消耗させていた。劣勢であることも、それを加速させていた。
 一瞬のめまい、ふらつき。そういったものが判断をにぶらせ、手元を狂わせる。
 それを少しでも補うため、本能的に孝高は超感覚を発動させていた。長い髪の間からは熊の耳が、臀部には熊の尾らしいふくらみができている。
 だが普通の騎士たちはそうはいかない。
「あっ……」
 一番端で戦っていた騎士が隙をつかれて剣を飛ばされた。武器を失った彼に向け、魔族が槍を引く。
「天禰!」
「だめ! この角度だと彼が……!」
「ちィッ!」
 孝高は飛び出したが、彼の超感覚を持ってしても助けるのは無理だと悟っていた。
 魔族の槍が、まさに腹部を貫かんとしたとき。
 爆音とともに貫かれていたのは、魔族の方だった。
「ハッハァー!! やわいやわい!! もっと鍛えときなァ!」
 ブラスターナックルの硝煙をくゆらせながら、ヒルデガルドが死んだ魔族の体を突き飛ばす。ぶつけられ、体勢を崩した魔族に再びこぶしを突き込んだ。爆音。胸甲を貫き、魔族を貫いた銃弾が壁にめり込む。
「おまえは……」
 まるで降ってわいたような突然の登場にまだ驚きから脱せないでいる孝高の前、ヒルデガルドは早くも2人の魔族の頭をわし掴み、打ちつけていた。
「ローズぅ! てめェのフラワシ近づけんじゃねーぞ! 手の届く範囲の敵は全部あたしのもんだ!!」
「はいはい」
 返り血を浴び、笑いながら戦っているヒルデガルドに、攻守交代したローズが応える。
「あの……」
「気にするな。あれは戦闘狂で、喜んどるだけじゃ」
 やはりいつの間に距離を詰めていたのか、少女が氷製の大鎌をふるっていた。
 相当戦闘慣れしているらしく、どちらも高速攻撃で次々と魔族をほふってゆく。そして彼らからは少し離れた位置で、見えない敵にからの炎と風の攻撃で倒れる魔族の姿もあった。あれが彼女の言っていた、フラワシなのだろう。
 勝機が見えた。
「よし。俺たちも行くぞ! 道が開いたら確保! 天禰は殿だ。みんなとともに一気に駆け抜けろ!」
「はい!」
「うん!」
 気勢を取り戻した騎士たちとともに、孝高、薫もまた魔族に攻勢をかけた。
「絶対に、離れるなよ……天禰」
「うん。孝高もねっ! 「絶対に」生きようね!」