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幼児と僕と九ツ頭

リアクション公開中!

幼児と僕と九ツ頭
幼児と僕と九ツ頭 幼児と僕と九ツ頭

リアクション

「よ〜し、スノー! 合体だ!」
 合宿所のどこかにて、佐野 和輝(さの・かずき)はそう叫んだ。「合体」といっても大した意味ではない。要するに魔鎧のパートナーであるスノー・クライム(すのー・くらいむ)を装着するという意味である。そこで合体という言葉を選んだのは、彼が身も心も5歳程度にまで幼児化してしまったからだろうか。
「あう〜。ねぇ、和輝ぃ〜やめようよ〜」
 誘われた方のスノーもまた5歳児になってしまったためか、舌足らずというわけではないが、幼児化の影響で引っ込み思案かつ寂しがり屋になったため、口調がかなり情けないことになっていた。「合体」という言葉になぜか恥ずかしさを覚えているのである。
「え〜、せっかくできるんだからやろうよ〜」
「合体なんて、恥ずかしいよぉ〜」
「別にいいじゃないか。ちょっとやるだけだからさぁ」
「……うぅ、少しだけだよぉ〜」
 和輝の勢いに押され、スノーはしぶしぶ自らの肉体を鎧に変化させる。
 黒地で襟の長いロングコートは和輝の全身を包み、そして和輝自身の肉体までも変貌させる。
「おぉ! 合体でき……って髪の毛が伸びてるー!? しかも顔も女っぽくなってるし!?」
 スノーの魔鎧形態はロングコートだが、どういうわけかその鎧には「装着者の外見性別を逆転させる」という1つの副作用があった。あくまでも外見だけであり、声などを変化させる機能が備わっているわけではないため、佐野和輝を知っている人間から見れば正体がすぐにわかるという程度のものだったが。
 だがそれでもその姿を喜ぶ者は存在する。例えば彼のもう1人のパートナーであるアニス・パラス(あにす・ぱらす)だ。全身を大作ファンタジーRPGに出てきそうな白ローブに包んだ「現在5歳児」は、和輝の女姿を絶賛した。
「お〜っ! かじゅきが女の子になった〜♪ カワイ〜♪」
「女の子じゃねえ!」
 もちろんそれを喜ぶような和輝ではなかった。
「でも、合体したからかスゲェ事ができそうな気がするな!!」
「そうかなぁ……」
 魔鎧を装着してできることとは、とどのつまり「魔鎧のパートナーが使えるスキルが使えるようになる」というものである。普段の和輝であればそれが理解できるのだが、今の彼は5歳児であるため、それを理解することができなかった。子供からしてみれば「普段とは違う技が使える」ということになるため、そういう意味では確かに「スゲェ事」に含まれるが。
「……んあ? なんか見られてる気がする?」
 ふと和輝は周囲の不穏な空気を察知する。殺気とは違うそれは、和輝の後ろにいる数人の契約者――もちろん幼児化している――から発せられていた。
「って、何だよ、お前等!?」
 その数人から発せられる奇妙な空気に和輝とアニス、それから魔鎧化しているスノーが気圧される。
「急に集まってきやがって、一体何のよ――ひぃ!?」
 虚勢を張るべく和輝は声を荒げるが、その声は視界に入った「あるもの」によって遮られる。
 和輝の目に飛び込んできたのは、契約者たちの1人が片手に持っていた木の枝、その先端にいる毛虫だった。
 和輝たちは知らなかったが、実はこの契約者たちはドクター・ハデスによって扇動された「秘密結社の構成員」のメンバーである。大人相手にイタズラをして逃げ回るのが本来のルールだったが、プレイヤーの思考が低年齢化しているためか、いつの間にか「とりあえず女の子にイタズラする」という暗黙のルールも追加されていた。毛虫は言わばその一環である。
「ほ〜れほ〜れ」
「虫を近づけんな!! 俺は虫とかは嫌いなんだよ!!」
 和輝の本来の弱点は「猫舌であること」なのだが、どうやら「虫が嫌い」も含まれていたらしい。そしてもちろん、そんな和輝の叫びを聞くような構成員ではない。彼らはゆっくりとその間合いを詰めていく。
 その距離が数メートルに達した瞬間、和輝の中で何かが切れた。
「うわああああっ、コッチ来るなー!!」
『うわああああん! 和輝、早く逃げて〜!』
 身を翻し、和輝はスノーを身に纏ったままアニスと共にその場から逃走する。ついでに虫を持った契約者たちも、そんな和輝たちを追いかけ始めた。
 そして、その光景を少々離れた所から眺める者がいた。和輝の3人目のパートナー、ルナ・クリスタリア(るな・くりすたりあ)である。
「おお〜? なにやら、面白い事態になってるですぅ〜♪」
 元から掌サイズの彼女は、和輝たちの中で偶然にも瘴気の影響を受けなかったメンバーである。足で歩いているとどうしても移動速度が極端に遅くなるため、常に浮遊状態の彼女は、幼児化した3人の様子をのんびりと眺めていた。ただそれだけのつもりだったが、他の幼児化契約者が現れたところでイタズラ心が鎌首を持ち上げたらしい
 早速ルナは行動に移る。騒動を大きくするために、彼女は「野生の蹂躙」を騒動の中心――幼児化契約者と和輝たちの間に放った。
「どわ〜〜〜〜〜!」
「だれだー! サイコロふってどうぶつよんだのはー!」
 契約者たちを混乱させたのは、パラミタ虎、パラミタ猪、賢狼の3体だった。その内ルナはパラミタ猪の背に乗って突撃を行ったのである。実はこの3体、彼女がペットとして連れている動物であるため、厳密な「野生」というわけではなかったが、それでも攻撃手段としてはかなりの効果をあげたようだ。本当は「落とし穴キット」で落とし穴を掘って他の契約者に対する妨害も行いたかったが、屋内にいてはさすがに使えなかった。
 だが少なくとも、この突撃のおかげで和輝たちの精神に少々の余裕が生まれたのは違いない。
「これはチャンス! というわけで、食らいやがれー!」
 逃げるをのやめ、振り返った和輝は懐に隠し持っていた白い粉の塊を取り出した。事前に調理場で盗んでおいた小麦粉で作製した「小麦粉爆弾」である。ニンジャの技を知る和輝にとって、トラップとしての小規模爆弾を作るなどお手の物だった。
「ぬはははっ、食らえ食らえー!!」
 白い爆弾を連続で投げつけ辺り一面の視界を白く染め上げる。小麦粉を吸い込んで咳き込む契約者たちにさらに攻撃をすべく、和輝はロングコートに呼びかけた。
「スノー! 何か足止めできるような技って知ってるか!?」
『ええ、足止めのスキル〜!? ええと、ええと……』
 しばらく考え込んだ末、スノーは「バニッシュ」を使うことを勧めた。
「バニッシュだな! よーし、それじゃまとめて食らえー!」
 魔鎧状態のスノーが知るスキル「バニッシュ」の光が和輝の手から照射され、体が白くなった契約者たちに浴びせられる。
「ぼくたちはアンデッドじゃな〜い!?」
 死霊・不死人――俗に言うアンデッドに最も効果のある光は、実はまともな肉体を持つ者にも多少のダメージを与えられる。小麦粉爆弾とバニッシュという連続攻撃を受けた契約者たちは、肉体的にはそれほどの被害を受けていないが足止めを食わされることとなった。
 だが彼らの受難はこれで終わったわけではない。パートナーのピンチに対し、助けるべきだと奮起したアニスが魔法を放ったのである。正確には、アニスは契約者たちの行動を「和輝を奪い取るため」のものだと勘違いし、大事なパートナーを奪わせまいとしての防衛行動だった。
「駄目ー!! かじゅきはあにしゅのー!!」
 和輝は自分のものだと主張するアニスは、まず粉まみれの連中に氷術による氷塊を飛ばした。
「ぎゃー! 冷たいー!」
 続いて、持っていたプティフルスティックから雷術を放つ。
「じ〜〜び〜〜れ゛〜〜る゛〜〜!」
 これだけでも契約者たちにはかなりのダメージになるのだが、アニスの猛攻は止まらない。アニスはトドメと言わんばかりに火術による火炎放射を放った。
 さてここで状況を確認したい。辺りは小麦粉爆弾で生み出された粉の結界、ふわふわ漂う粉の密集地帯に火を放てばどうなるか。
「あ、バカ、アニス! ここで火は使っちゃダメだ!」
「ふぇ!? もう撃っちゃったよ〜!?」
 小麦粉のような「可燃性の粉塵」が密集している所に火をつける。ついた火は隣の粉塵に燃え移り、連鎖的に燃える結果、高速燃焼による爆発が起きる。これぞまさに「粉塵爆発」である。
「や、ヤバい、燃え……!」
 サイコキネシスで飛び散った小麦粉を動かして防御しようとするが、ミクロ単位の粉全てを動かすことはさすがに不可能だった。これが塊状態であったならばまだどうにかなったが、「一度に動かせるのは1つのみ」という制限の中では粉1粒1粒を全て自分から引き離すのは至難の業である。
「ゴーレムさん、和輝さんたちの前に出てガード――間に合わないですぅ!」
 ルナが防御のために、連れてきていたゴーレムを前に出そうとするが、それよりも粉が燃える方が早かった。
 だが結果的に彼らは全員助かることになる。
 小麦粉に火がつき、全てが燃えて大火事になる寸前、1人の男が舌切り鋏――鬼が人間の舌を切る際に使われたという曰くつきの巨大鋏を振り回し、宙を舞う火を全て吹き飛ばしたのである。
「やれやれ、まさか大火事寸前とは……。危ないではないか」
 巨大鋏を持ったのは漆野 檀(うるしの・まゆみ)だった。体も思考も幼児化していない彼は、危険行動の多いパートナー、及びそれと似たような行動を起こしかねない幼児化契約者たちの監督を行おうとこの合宿所に残ったのである。粉塵爆発の現場に居合わせたのはほとんど偶然だが、状況が危険なことになればすぐに飛び出す準備はしていたため、運よく被害ゼロに抑えることができた。
「いくらなんでも粉が飛び散っているところで火を振りまくのはご法度だ。まあ、今のを見たらそれがわかっただろうが……」
 鋏をこれ見よがしにアニスに見せつけながら、檀は幼児化した連中を脅しつけた。
「……ごめんなさい」
「なんつーか、色々とすまなかった……」
「うむ、それでよい」
 アニスや和輝たちから謝罪の言葉を聞いた檀はゆっくり頷くと、その場を後にしようとした。
 だがそんな檀の行動は別の人間によって妨げられることとなる。檀のパートナーである楮 梓紗(かみたに・あずさ)が合宿所内で暴れそうになっていたのだ。
「おい、そこの暇そうな奴! ちょっとあたしと手合わせでもしようか!」
「なあっ!?」
 その声に驚く檀の視線の先には、綾刀と脇差しの2刀を手に手近な契約者と戦おうとしている、幼児化した梓紗の姿があった。
 今にも両手の刀を振り回しそうな梓紗を檀は止めに入る。
「こ、こら梓紗殿! 大人しくしていろと言ったではないか!」
「え、それってつまり好きに暴れまわっていいってことだよな?」
「はあっ!?」
 もちろん檀は「静かにじっとしていろ」と言ったつもりだったのだが、一体どういう思考が働いたのか梓紗は「何をしても構わない」と解釈したらしい。
「こんな所で暴れたら色んな意味で被害が出るだろうが!」
 もちろんそのような蛮行を許すような檀ではない。当初の予定通り、舌切り鋏を突きつけて脅そうとするが、梓紗はそれに屈するような人間ではなかった。
「おいおい、そんなのでこのあたしが引くと思ってるのか?」
 言いながら梓紗は額と頭の横から角を生やし、その肉体を筋肉質のそれに変えていく。
「舌切り鋏ってのはなぁ、こう! 使うんだよ!! ひゃはははは!!!」
 鬼神力を発動させた梓紗はその状態のまま檀に襲いかかる。だが檀の方も負けてはおらず、梓紗の攻撃をかわし、すぐさま外へと走り出した。
「おいおいおい逃げるのかよ! さっき脅してくれた分はどこ行ったんだ!?」
 檀を追う形で梓紗は合宿所の外へと出て行く。
「……それで、結局あれは何だったんだ?」
「さあ……?」
 取り残された和輝たちの耳には、外で戦い合う梓紗と檀の剣戟が響き渡っていた……。

 こうして合宿所の内外で契約者による混沌が展開されていった。もちろん一部の「思考がまともな」契約者の中にはこの状況を改善しようと考える者がいるのだが、契約者としてのパワーと子供の思考で暴れられては、さすがに体力と気力が削られる一方だった。
 そしてこれらの混沌の中、一際目立っていたのが戎 芽衣子(えびす・めいこ)であった。
 男女問わず年下好みの変態であるという点を除けばそれなりに冷静な判断ができそうな人間だったが、今の彼女は完全に使い物にならなくなっていた。
 別に幼児化しているというわけではなかったのだが、彼女は自らが置かれた環境に狂喜乱舞し、人目もはばからず合宿所の中で狂い悶えていた。
 その状況を無理矢理文字にするとこうなる。

「ショタ! ショタ! ショタ! ショタぁぁあああわぁああああああああああん!!! あぁああああ……ああ……あっあっー! あぁああああああ!!! ショタショタショタぁああぁわぁああああ!!! あぁクンカクンカ! クンカクンカ! スーハースーハー! スーハースーハー! いい匂いだなぁ……くんくん! さっき見た白髪のショタたんかわいかったよぅ!! あぁぁああ……あああ……あっあぁああああ!! ふぁぁあああんんっ!! あぁあああああ! かわいい! ショタたん! かわいい! あっああぁああ……いやぁああああああ!! にゃああああああああん!! ぎゃああああああああ!! 逃げられたああああああああああ! ぐあああああああああああ!!! この! ちきしょー! やめてやる!! 現実なんかやめ……て……え!? 見……てる? ショタが僕を見てる? ショタが僕を見てるぞ! さっきのショタが僕を見てるぞ!! よかった……世の中まだまだ捨てたモンじゃないんだねっ! いやっほぉおおおおおおお!!! 私にはショタちゃんがいる!! やったよ私!! あ、明倫館のショタちゃああああああああああああああん!! ロ、ロリっ娘!! 男の娘ぁああああああ!! (ここだけ解読不能の叫び)ぁあああ!! ううっうぅうう!! 私の想いよショタへ届け!!」

 もうおわかりであろう。「二次元キャラに対する愛を叫ぶための定型文」を状況に応じて改変したらしいセリフ――実際の文章はもっと長いものだったが……――を叫んでいたわけである。誰の目にも、彼女は「狂っている」としか映っていなかった。多少変態的なところはあったにせよ、これほどまでに壊れるというのはさすがに今までに無かった。自分の周囲に好みの「年下」が大勢いるというのであれば、こうなっても仕方が無いのかもしれないが……。
 彼女のパートナーであるフィオナ・グリーン(ふぃおな・ぐりーん)は、そんな芽衣子に「哀れみ」以外の目を向けられなかった。
「……人の、……人の、業の深さを、垣間見た……と判断します」

 まったくである。

「これはこのまま放って置いた方が良いのでしょうか。あのマスターは幸せなのでしょうか」

 一応喜んではいるらしいので、幸せといえば幸せなのだろう。

「否、生き恥を曝し続けさせるより、介錯を勤める事が侍従としての私の務めであり、マスターの望むところだと判断します」

 そもそも変態である芽衣子にしてみればこの状況はむしろ本望と言うべきだったのだが、合理性を追求するためにある意味常識人として動くフィオナにとってはそうではないらしい。
 もはや諦めの境地に達したフィオナは、静かに合宿所の障子を全開にし、外が見えるようにする。

「私に累が及ぶ前に……もとい、これ以上マスターの姿が衆目に曝される前に……」

 そして反対側に回り込み、いまだに狂い悶える芽衣子を挟んで、合宿所の中から、広々とした外に向いた。

「……さようなら、マスター」

 言いながら彼女は、自らに搭載されたミサイルポッドの射出口を芽衣子に向け、そして全弾を撃ち込んだ。
 1発のミサイルが芽衣子の体を飛ばし、2発目のミサイルが彼女の体を合宿所の外へと追い出す。3発目のミサイルが宙に浮いた芽衣子の体を上向きに打ち上げ、4発目のミサイルが下から潜り込むようにして芽衣子の体を高く打ち上げる。さらに5発目のミサイルがより高みへと芽衣子の体を運び、最後のミサイルが彼女を彼方へと飛ばした。
 何10メートルも飛ばされた芽衣子の体はジャングルの中へと落ち、しばらく帰ってくることは無かった。もっとも、肉体が合宿所に帰ってきたとしても「あちらの世界」に行ってしまった精神が帰ってくることは無いだろう。契約者たちが己の体を取り戻さない限りは。

 戎芽衣子、叫ぶだけ叫んで再起不能(リタイア)。というか、登場時点ですでに精神的に再起不能(リタイア)。