イルミンスール魔法学校

リアクション

第１章「それぞれの目的」
　
　
　シャンバラ北東部にあるジャタの森――
　
　ザナドゥの世界樹であるクリフォトが出現した影響で各所に穴が空き、崩壊を迎えようとしている洞窟を目指して歩いている男女がいた。
「ふむ、依頼に書いてあったのはこの辺りのはずじゃな」
　片割れであるアレーティア・クレイス（あれーてぃあ・くれいす）が柊　真司（ひいらぎ・しんじ）へと確認を取る。二人はとある『組織』の依頼を受け、洞窟を荒らそうとしている盗賊達の退治を行いにやって来ていた。
「そうね。多分あの先を曲がったら見えてくるんじゃないかしら」
　真司の方から女声で返事がする。魔鎧として纏われているリーラ・タイルヒュン（りーら・たいるひゅん）だ。
「それにしてもこんな所で泥棒だなんて、暇な盗賊達もいるものね」
「こうしてそれに付き合うわらわ達も他人の事は言えぬがな。まぁ目的の洞窟は獣人の宝物庫という話じゃ。こうしてお灸を据えに行くのも悪い話ではなかろう」

　なおも歩き続ける真司達の後方からエンジン音が聞こえてくる。振り返ると、そこにはサイドカー付きのバイクに乗った和泉　猛（いずみ・たける）の姿があった。向こうもこちらに気付いたらしく、速度を落として近づいてくる。
「見覚えのある姿とは思ったが、柊　真司か。こんな所でどうした？」
「依頼だ。盗賊退治のな」
　三か月ほど前にとある遺跡での活動で面識のある二人が淡々と言葉を交わす。
「盗賊？　わざわざこんな所で悪事を働くとは暇な奴らだな」
　先ほどのリーラと同じような事を言いながら携帯電話で各地から出されている依頼を確認する猛。すると確かに盗賊退治の依頼が出されていた。ただし提示されているのは二件、しかも同じ場所が目的地となっている。
「なるほど、あの教授の依頼か。今度はマジックアイテム絡みでは無いようだが」
　最初に詳細を確認した方の依頼は、シャンバラ各地を巡ってマジックアイテムを中心とした調査を行っているザクソン教授が出した物だった。真司と猛は共に三か月前の遺跡調査で――さらに言うなら真司は二か月前の廃神殿の調査でも――ザクソンに協力した経緯があった為、今回も同様のケースなのだと結論づける。
「……教授？　また何か依頼でも出したのか？」
　だが、それを真司が否定した。それどころか彼はザクソンが依頼を出した事自体を知らないようだった。再度猛が確認を行うと、もう一つの依頼の方が掲載時間が早いのが確認出来た。どうやら真司はこちらを受けて来たらしい。とは言うものの――
「一応聞いておくが……教授が出した依頼で無いのなら、そちらは『組織』が出している物だぞ。それは構わないのか？」
　猛が真司に尋ねる。それも当然で、『組織』とは二か月前の廃神殿の調査の際、真司達ザクソン側の人間と対立した集団の事だからだ。ちなみに猛はその際、自身の研究も兼ねて組織側に協力をしていた。
「む……そうだったのか。あまり依頼主は気にしていなかったからな。だが、依頼は依頼だ。一度引き受けた以上はきちんと果たさせてもらうとしよう。幸い盗賊退治という事だしな」
　依頼主の事を少し意外に思う真司だったが、やる事は変わらないとばかりにそれだけを告げた。対する猛もどうするべきか頭の中で考える。
（さて、盗賊がこの辺りを荒らしているとなると近くに住む獣人達も散るなりしているだろう。そうなると今回の研究に支障が出る訳だが……）
　ちらりとサイドカーで休んでいる松川　咲（まつかわ・さき）を見る。彼女はつい最近パラミタへの適合手術を受けたばかりの強化人間で、獣人を研究する事でさらなる強化を行えないかと猛が考えた事が、今こうしてジャタの森を訪れている理由だった。
（ふむ……成り行きとはいえ、盗賊退治に手を貸した方が得策か。研究の邪魔をした報いを受けてもらう必要もあるだろうしな）
　結局真司達と共に洞窟へと向かう事にする猛。時に味方、時に敵となってきた両者の立場は、今度は組織という立場の中で再び協力する事となるのだった。
　
　
　崩落によって新しく出来た洞窟の出入り口。その一つの前に立つ、『組織』に属する白衣の男は次々と現れる協力者に現在の状況を告げ、内部へと送り出していた。
　今は二か月前にも組織に協力をした事がある大石　鍬次郎（おおいし・くわじろう）達が男から話を聞いている。
「ほぅ、獣人を護る御神体か。ただの洞窟かと思いきや、随分ご大層な物があるじゃねぇか」
「この辺りの部族にはそれなりに有名な話ではあるらしいがな。もっとも、盗賊達は知らないのか気にしていないのか……構わず中に入っていったようだが」
　実際の所はその両方。洞窟内部にいる盗賊達は今、御神体の意を受けて起動したガーディアンに驚きながらも数を頼りに宝を目指している所だ。
　それを知る由も無い鍬次郎は内部の攻略を頭で考え始めるが、その横にいる天神山　葛葉（てんじんやま・くずは）から伝わる憎しみのオーラに気が付いた。
「へぇ、御神体ですか……じゃあここはあの娘の集落なんですね」
「何だ白狐、この辺に来た事があんのか？」
「昔友達だった女の子から聞いた事があるんですよ、鍬次郎さん。洞窟にある守り神が悪い人達を懲らしめてくれるって。それから……祀られてる御神体に獣人が祈りを捧げると、それに応えてくれるって……」
　葛葉は自身がとある部族の中で暮らしていた頃、この近くの集落に住む獣人の女の子、ミソラと知り合っていた。二人はそれからも何度か出会い、その際にこの洞窟についても教えてもらった事があったのだ。
「相手が『盗賊』なら遠慮はいらないですよね。鍬次郎さん、行きましょう……御神体の所に」
　葛葉は普段から優しい笑みの裏に狂気を宿している風ではあったが、今のそれはさらに暗く、黒い狂気だった。その理由を知ってる鍬次郎は近くの岩に座って休んでいた斎藤　ハツネ（さいとう・はつね）と斎藤　時尾（さいとう・ときお）の二人を呼び寄せる。
「ま、そんなもんがあるってんなら好きにしな。おし、ハツネ、時尾、中に入るぞ」
「分かったの。お母さん、一緒に行くの」
「はいはい。洞窟なんてだるいんだけどね〜」
　鍬次郎の所にやって来る二人。その姿はまるで親子のようだ。そんな時尾が洞窟へと入ろうとした時、一つの視線に気づいた。見ると白衣の男がこちらを注視しているのが分かる。
（ん……？）
　何も言わず、かといってたまたま意識が向いたとは思えない視線を向けてくる白衣の男。結局二人の間に交わされる言葉は無いまま、時尾達は洞窟の闇へと消えて行った。
（あたしはハツネ達と違って組織に力を貸すのは初めてのはずだけど……あたしの『素』があの男と知り合いだったんかね〜。正直、あんな胡散臭いのと知り合いではあって欲しくないよ、本当）