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第二章:うわっ……対物ライフルってこんなに重たかったの!?

 同時刻。水色の蒼穹と赤茶色の岩場という風景が広がる場所。
「危ないところだった。あんなのボクでは到底受け止められないし、避けられるかどうかも――」
 アゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)は、はかなげな声で呟くと、遥か先に立つゴーレムを見つめた。彼女との距離はそれなりに開いている筈だが、岩でできた巨体はその凄まじい巨大さゆえに、遠くにいるようには全然見えなかった。
 自分のすぐ横に落下した巨岩を横目で見て、アゾートはホッと胸を撫で下ろした。ゴーレムが見え見えの動作で投げてくれたから良かったようなものの、もしそうでなければ、前もって落下地点から逃げておくなどという回避方法ができはしなかっただろう。
 知能はさして高くないようだが、その反面、ゴーレムの怪力は一級品だ。その怪力によって投じられた巨岩は人一人と同等の大きさがあるにも関わらず、銃弾と同等かそれ以上のスピードで飛んできた。
 あんなものに当たったのならば、ただでは済まないだろう。そして、一度投じられた巨岩を避けるのは、アゾートにとっては至難の業だ。
 だが、彼女のそんな思いは露知らず、ゴーレムは再び自分の周囲に転がっていた巨岩を持ち上げると、アゾートに向けて投じようとする。
 一か八か、アゾートは前方、即ちゴーレムのいる方向に向けて走った。その判断は功を奏し、大きく放物線を描いて投じられた巨岩は彼女の頭上を飛び越す形で遥か後方へと落下する。
 しかしながら、アゾートには巨岩の投擲を回避したことを喜ぶ暇は与えられなかった。ゴーレムは自分のすぐ近くに彼女が来たことに気付くと、岩でできた巨大な手でチョップを彼女に振り下ろす。
 その巨大さからは想像もつかないような俊敏な動きで振り下ろされるチョップ。その速度はアゾートの予想をわずかに上回っていた。 
「……ッ!」
 頭上から迫る巨大な手に思わず絶句するアゾート。だが、その瞬間、どこからともなく声が響いた。
「ここでその少女を叩き潰させるわけにはいかないねぇ〜」
 のんびりとしたようなその声が岩場の地形に反響すると同時、先程ゴーレムが投擲した巨岩が、めり込んでいた地面から一人でに持ち上がると、更には空中に浮遊し、超高速でゴーレムの元へと舞い戻る。
 そして、超高速で飛行する巨岩は横合いから、今まさにアゾートへと振り下ろされようとしていたチョップを打ち据え、その軌道を強引にずらす。
 まるで砲撃されたような衝撃を受け、大きく横へと動かされたゴーレムのチョップは勢い余って近くの岩場へとめり込んだ。
 その光景に一瞬、呆気にとられたものの、すぐに我に返ってアゾートが声のした方向を振り向くと、そこに立っていたのは清泉 北都(いずみ・ほくと)だ。そして、その隣にはユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)も立っている。
 ユリナはたった今、北都がサイコキネシスで持ち上げてぶつけた巨岩の破片がゴーレムの周囲に散らばっているのを見て取ると、彼女自身も素早くサイコキネシスを発動し、無数に散らばった破片の一つ一つを宙へと浮かせ、一斉にゴーレムへとぶつける。
 先程の北斗の攻撃が砲撃だとすれば、ユリナのこの攻撃は機銃掃射だ。先程の岩より小さいながらも、量で圧倒的にまさる破片の数々が一斉にゴーレムへと襲いかかり、岩でできたその身体を削り取っていく。
 その苛烈な攻撃に押され、ゴーレムは自らの両腕をクロスさせて防戦一方だ。ゴーレムの反応から目を離さずに、ユリナは一緒に『本』の中へと入って来た相手である黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)のことを思い、一人決意を呟く。
「竜斗さんは普段魔法に頼らずに戦っているので、力を失ってしまった今回の戦いは相当辛いはず……。私がしっかり援護して、戦闘後には癒してさしあげないと……!」
 岩塊の機銃掃射を受け、防戦一方になるゴーレム。この隙を逃すまいと動き出す者たちがいた。八王子 裕奈(はちおうじ・ゆうな)枸橘 茨(からたち・いばら)白瀬 歩夢(しらせ・あゆむ)、そしてセレン・ヴァーミリオン(せれん・ゔぁーみりおん)の四人が煙幕付きの落とし穴の作成にかかる。
 やはり、これほどの巨体と岩でできた強固な防御力を持つ相手を倒すにはそれ相応の大掛かりな仕掛けが必要となるのだ。
「『本』の中に入っては見たもののどうも失ったものは『力』らしいわね。だけど、もともと力など使って戦ってはいなくて、罠や知略でもってして今まで戦ってきたんだから」
 岩塊の機銃掃射がゴーレムの注意を引きつけている間に、ゴーレムの死角へと移動しながら裕奈は共に移動する仲間たちへと言った。
「つまり、今回『本』の中で差し出したのが『知恵』や『勇気』なら大幅に弱体化してただろうけど『力』だった以上戦闘力は外とさして変わらないわ」
 次に裕奈は冷静に敵を見据え、相手の戦力を分析するように見つめながら呟く。
「そして戦う相手は知恵のないゴーレム…つまり知略と罠を仕掛けた立ち回りには絶大な効果を催す相手だといえるわね」
 最後に裕奈は仲間たちの緊張をほどよくほぐすべく、明るく微笑んで言った。
「相手との身長差、パワー差を見るとさながら巨獣退治だね」
 その言葉に同調するように茨も言った。
「ふ〜ん、ゴーレムね。力が弱くなっても、別に倒せないわけじゃないわ。ここは今私たちがやろうとしているように、頭を最大限に働かせるのよ」
 言いながら彼女は自分の手元に目を落とし、持参した落とし穴キットを確認するとなおも語る。
「まずは、私たちが用意した落とし穴キットで穴を作ってゴーレムをはめるのよ。完全に落とせなくても、動きを緩めることが多少できるでしょう」
 茨の言葉に頷き、歩夢は自らの決意を口にする。
「アゾートちゃんが大変なことに……そして私は力を……でも私はゴーレムと戦ってアゾートちゃんを助けてみせたい」
 少しでも岩塊の機銃掃射を払おうと、前後左右に手を振り回しながらゴーレムが暴れるせいで起こる凄まじい地響きは、歩夢たちの所へも伝わってくる。
 その地響きが恐怖を誘うが、歩夢は自分を奮い立たせ、仲間たちとともに所定の場所へと急ぐ。
「私の得意な剣術や力を差し出してしまう事になって――それならば、他の魔法が得意な人の力を生かせるようにっ……!」
 地響きのせいで湧き上がってくる恐怖と戦うように、歩夢は努めて力強い声を出すと、自分に言い聞かせた。それを微笑ましげに見ながら、セレンはニヤリと笑みを浮かべて言った。
「さぁて、トラップを仕掛けてゴーレムを倒すとしようかね」
 セレンは今もなお暴れ続けているゴーレムをしっかりと見据え、頭の中で事前に構築しておいた作戦を確認すると、一人ごちた。その声は苦笑し、ぼやくような声ながらも、戦意に満ちていた。
「正直戦うのは面倒なんだが、ここから出て酒を飲むにはあいつを倒さなきゃならんからな。時間さえ稼いでもらえれば落とし穴だろうが何だろうが、ド派手なトラップを構築してやるさ」
 一方その頃、セレア・ファリンクス(せれあ・ふぁりんくす)はゴーレムから少し離れた所に立ち、仲間たちを思っていた。
(健闘様、咲夜様、茨様……)
 一心に仲間たちを思うその姿は、そこに存在するだけでともに戦う仲間たちの力を高めていく。歌姫は存在するだけで仲間の心を躍らせるものなのだ。
 その力を受けてか、ゴーレムと接近距離で戦っている者たちの勢いが良い一層激しくなる。北斗とユリナのタッグによるサイコキネシスでの攻撃に加え、白銀 昶(しろがね・あきら)長曽我部 元親(ちょうそかべ・もとちか)、黒崎 竜斗、エリセル・アトラナート(えりせる・あとらなーと)がゴーレムの周囲を動き回ってかく乱を図る。
「いつもなら前に出てガンガン戦う所なんだが、何故か足が前に出ないぜ」
超絶的な感覚でゴーレムの足音を察知した途端、昶は尻尾も下がって耳も垂れ気味になる。
「うう、何だよこれ」
 げんなりした声を出しながらも、鋭敏な感覚で、頭上から振り下ろされるゴーレムの拳や足裏を昶は次々と避けていく。
「とりあえず援護するから誰かよろしく」
 昶はひとまず、自分に与えられた役目であるかく乱に全力を注ぐことに意識を集中した。このまま上手くかく乱していれば、きっと共に戦う仲間たちがゴーレムに決め手となる一撃を加えてくれるだろう。
 彼のすぐ近くで、やはり同じようにゴーレムをかく乱するべく動き回っていた元親もぼやくように昶へと問いかける。
「なぁ、おまえも大変だな」
 その問いかけに苦笑し、ため息を吐きながら昶が頷くと、元親も合わせてため息を吐く。
「すまねえが、ちっと叫んでもいいか?」
 断続的に振り下ろされるゴーレムの拳を機敏な動きで避け続けながら、元親は再び昶に問いかけた。
「ああ。いいよ」
 全く容赦の無いゴーレムのストンピングを紙一重で避け続けながら、昶は肯定の意を返す。
「すまんな。ありがとよ」
 もう一度ため息を吐いた元親は、先程と今のため息で吐いた分以上の空気を吸い込むと言わんばかりに息を吸い込んだ。そして、大声を挙げて感情を吐露する。
「――『力』を失ったところで戦えって鬼かー!」
 鬱憤を一気に爆発させた元親の叫びは、岩場の地形に幾重にも反響してその場で戦っている者たちの耳に届いた。この分だと、遠距離からゴーレムと戦っている者の耳にも届いたかもしれない。
「大丈夫だ。ここで一回叫んでおけば気が済む……」
 叫び声の残響も通り過ぎた頃、もう一度ため息を吐くと、苦笑しながら元親は言う。
「気にするなって」
 地面へと振り下ろされたゴーレムの手の平を二人で避けながら、昶は元親に返事する。その言葉に微笑みと目線で感謝の意を表すと、元親は昶へと語りかけた。
「結構、頑丈そうな身体してるが、直接殴っても効くと思うか?」
 その問いに対し、同じく頭上から迫るゴーレムの手の平を避けながら、昶は答えた。
「多分。あんまり効かないかも。やっぱり魔法が一番だろうし――」
 その返答を聞くと、迫り来る巨大な手の平から目を離さずに、元親も言葉を返す。
「まぁ力は強いが、動きが鈍いようだから、ちらちらしてイラつかせる程度の事ならできると思うが」
 避けた手の平が地面に接触する瞬間、襲い来る衝撃に備えて、ジャンプしながら元親は一人呟いた。
「俺ももっと強くならねぇとな……」
 そう呟く元親。そんな彼にすぐ近くで戦っていた竜斗がすかさず声をかける。
「大丈夫だ! 元親は一人じゃない。みんなと一緒に戦っているから、心配し過ぎる必要はないぜ!」
 元気の良い竜斗の声に、元親も微笑みを返す。
「ああ。頼りにしてるぜ」
 その返事に竜斗も同じく微笑みを返すと、親指を立てながら力強い声で言う。
「質より量! 一緒に戦う仲間がこんだけいるんだから大丈夫だぜ!」
 昶、そして元親と頷き合うと、竜斗はゴーレムの周囲を旋回するように走り回り、ゴーレムの攻撃を引きつけ、更にかく乱していく。
「私も協力します!」
 彼等三人の会話に元気良く入って来たのはエリセルだ。蜘蛛の肢を使った高速移動でゴーレムを翻弄しながら、彼等三人へと声をかける。
「おう! 頼むぜ!」
 その言葉に竜斗は再び指を立てると、威勢良く言葉を返す。
「ってことで、改めて一緒にかく乱よろしく」
 竜斗に続き、昶もゴーレムからの激しい攻撃の合間を縫って、エリセルと目を合わせつつ言葉をかける。
「ちらちらしてイラつかせる程度の事でも十分に意味はある筈だからな、俺からもよろしく頼む」
 二人が言葉をかけ終えたのを見計らって、元親もやはり激しく襲い来るゴーレムからの攻撃を避けながら襟セルへと言葉をかけていく。
「ありがとうございます――きゃぁっ!」
 心強い言葉をかけてくれた三人にエリセルが礼を言おうとした時だった。ゴーレムが地面へと振り下ろしたチョップの手をそのまま握り込み、チョップを紙一重で避けたエリセルを巻き込むように追撃をしかけてきたのだ。
 しかし、危機一髪の所でエリセルは、姿の見えない誰かに抱きとめられ、エリセルを抱きとめたその誰かは、彼女を抱きとめたまま後方へと大きく飛び退いて安全圏までエリセルを逃がす。
 姿の見えない誰かがエリセルを抱きとめたまま飛び退く光景は、あたかもエリセル自身が一人で後方へと飛び退いたかのようだ。
「ふー。なんで、私まで一緒に……まあ護衛だものね」
 安堵の息を吐いて、姿の見えない誰かは、能力を解除して姿を現す。
「……ヴィー!」
 声を聞き、自分を助けてくれた相手の姿を見たことで、その正体を理解したエリセルは歓喜と感謝の感情が滲んだ声で、その相手――トカレヴァ・ピストレット(とかれう゛ぁ・ぴすとれっと)を愛称で呼ぶ。
「ま、エリセルが無事で良かった」
 その言葉に頷くと、エリセルは再びゴーレムを見据える。
「行きましょう、ヴィー」
 その言葉に今度はトカレヴァが頷くと、二人は再びゴーレムへと向かって行った。
 他方、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の二人はゴーレムから遠く離れた岩場を歩き、狙撃ポイントへ移動していた。
「うわっ……対物ライフルってこんなに重たかったの!? それに引き金も……」
 セレンフィリティは『本』の中に入る為に『力』を差し出してしまっていた。そのせいで、普段なら難なく取り回せる、扱い慣れたスナイパーライフルの重さに今日ばかりは苦労していた。更に、『力』を差し出してしまったせいで、狙撃ポイントとして最適な岩山に登るのも一苦労だ。
「そう言わないで頑張って、セレン」
 そうセレンフィリティに声をかけたのは、彼女の隣で一緒に岩山を登っている相棒――セレアナ・ミアキス。
彼女もセレンフィリティと同じく、『本』の中へと入る為に『力』を差し出してしまった為、愛用の槍を持つのにも大変な思いをしていた。
 いつもより遥かに重く感じる愛用の槍を背中に背負いながら、セレアナはセレンフィリティの対物ライフルを一緒に持ってやっていた。
「はいはい。分かってるわよ」
 げんなりした調子で力なく答えると、セレンフィリティは苦笑して岩山登りを再開する。『力』を差し出してしまった二人にとってこの岩山は少々きついが、それでも距離に見通し、そして安全性の面とどれをとっても、この岩山を登りきった場所が狙撃ポイントとして最適なのだ。
「……で、その分『知恵』と『勇気』のありがたみも判ったって訳ね」
 セレンフィリティと一緒にやたらと重く感じる対物ライフルを岩山の頂上へと必死に押し上げ終えると、セレアナは苦笑してそう呟いた。
 その頃、ゴーレムから少し離れた戦場では、東雲 いちる(しののめ・いちる)ノグリエ・オルストロ(のぐりえ・おるすとろ)石田 三成(いしだ・みつなり)大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)御劒 史織(みつるぎ・しおり)バル・ボ・ルダラ(ばるぼ・るだら)の六名が魔法や使い魔などの遠距離攻撃を用いて一斉攻撃を放っていた。
「私が『本』の中に入る為に差しだしたのは『力』ですね。私にとってはもともとあってないようなものでしたし。いえ、弱点がない方がもちろんいいのですが」
 いちるは隣に立ち、自分と同じくゴーレムに遠距離攻撃をしかけている仲間たちへと言うと、魔法を展開して天から雷を呼び、それによってゴーレムを攻撃する。
 元来、魔法への耐性があまり無い上に、凄まじい破壊力の雷に打たれたということもあってゴーレムは大きく怯む。だが、あまりに強力なその雷は、ゴーレムの足元で戦っていた元親もあやうく打ちそうになる。
 遠目に元親があわや感電というところで間一髪雷を避け、こちらに向かって何か言っている、もとい叫んでいるのを見て取りながら、いちるは更に雷を呼び出し、追撃を加えていく。
「でも本の魔女は何をしたいのかなぁ。閉じ込めるとかが目的だったらさくっとこっちが得意なものを奪っちゃった方が楽だと思うんだけどなー」
 先程のいちるの言葉にノグリエが反応する。その声はいくらかの疑念を含んでいた。半ば自分に対して問いかけるような口調で疑念を呟きながら、ノグリエは使い魔やアンデッドを召喚していく。
 そして、使い魔であるコウモリと、アンデッドである包帯ネコ――ネコのミイラを自分の眼前に揃えると、ニコニコした目でゴーレムを、そしてそれよりも向こうにいるであろう魔法使いに向けて呟いた。
「遊びのつもり? 魔法学校的な試練? でも僕、転がすのは好きだけど転がされるのって好きじゃないんだよね」
 そして、その言葉が合図となったかのように、彼の使い魔のコウモリと、アンデッドの包帯ネコが一斉にゴーレムへと襲いかかる。コウモリは飛行能力を活かし、包帯ネコはネコ特有の瞬発力を活かし、それぞれが高機動戦闘を行う。
 人間よりも更にサイズの小さい相手からの攻撃とあってか、ゴーレムは更に対応に苦慮しているようだ。コウモリを捕まえようと、手を開いたり閉じたりしているが、寸前の所でコウモリは離脱を繰り返す。それと並行してゴーレムは包帯ネコを踏みつぶそうとするが、やはりネコならではの俊敏さで踏みつけを避け、迫り来る足裏を幾度となくかわしていく。
「私も出来る限りの手伝いはしよう。最近は魔法の方も学んでいたからな、よい機会、とでも思っておこう」
 いちるの魔法に合わせて雷術を選択し、それを放ちながら三成は自らを叱咤する意味も込めて前向きな言葉を口にする。そして、それとともにゴーレムのすぐ足元で戦う元親を思いながら、胸中で呟いた。
(元親、お前だけ戦わせているようで心は痛むが……)
 そう呟き終えた後、今度は横目を動かしてすぐ近くで戦っているノグリエをちらりと一瞥し、三成は再び宮中に呟いた。
(私としてはそっちの悪魔が何かしでかさないか気になる。食えない奴だという認識はあるからな)
 当のノグリエはと言うと、三成の思惑には気付いた様子は無く、相変わらず使い魔やアンデッドに指示を出して戦っている。
「『色男 金と力は なかりけり』……ほな、僕は色男か?」
 泰輔は苦笑しつつ一人呟くと、いちると同じ魔法を展開し、天からの雷を呼び寄せていく。三成の雷術がゴーレムの胴体に命中し、いちるが呼び出した雷が左肩に、そして泰輔が呼び出した雷が右肩に命中する。
 上手い具合に成立した連携にほくそ笑みながら、泰輔はいちるに語りかけた。
「おおきに。連携、ごっつ上手く行ったわ」
 その言葉にいちるも微笑みながら言葉を返す。
「こちらこそ、ありがとうございます」
 相変わらず笑みを浮かべながら、泰輔はいちるに語りかける。
「それはそうと、いちるはん。どうやら僕はもとからなけなしの『力』を失ったみたいや。……ちゅうことは、基本いつもの戦闘スタイルでかまへんっちゅうこっちゃね」
 そう語りかけながらも魔法を展開する事は忘れない。泰輔は再び天からの雷を呼び出すと、ゴーレムの右肩へと落としにかかった。先程攻撃した部分を更に狙い、攻撃の集中によるダメージの蓄積を狙う作戦だ。
 そして、その意図を敏感に察したいちると三成が、泰輔に続いてゴーレムの右肩に雷による攻撃を加える。再び、目配せ一つ無く見事な連携を成功させられるほど、深く協力してくれた二人に向けて、泰輔はしみじみと語る。
「力を合わせてゆけば、どんな敵でも、まあちょっとは恐いけど、おそれる必要はなくなる」
 真面目な顔をしてそう語った後、再び泰輔は微笑みを浮かべると、くすりと笑って呟く。
「しかし、本の中かぁ。いろんな体験ができて面白いよ、やっぱりパラミタは」
 更にもう一度くすりと笑い、彼は冗談めかして言った。
「本から出たら、魔法使いの婆さん、落書きして、むっちゃべっぴんさんに化粧したろ。それだけを楽しみに、冒険クリア目指すかね?」
 二人の会話を岩陰で聞ききながら、史織は数々の使い魔を召喚していった。
「私も魔法でご主人様たちを援護しますぅ」
 岩陰に隠れながらも、必死に勇気を振り絞って史織は数々の使い魔――フクロウ、ネコ、ネズミ、カラスを自らの目の前に並ばせると、突撃の指示を出して一斉にゴーレムへとけしかける。
「我も助力致そう」
 史織のすぐ付近に立っているバルも、彼女が使い魔をけしかけたのを合図とするかのようにゴーレムへの攻撃を開始する。
 彼は腹の中で飼いならしている毒虫の群れを口から吐き出し、それをゴーレムへと襲いかからせる。動物たちよりも更に小さい敵からの攻撃を受け、更に大わらわの状態となるゴーレム。着実に彼等の攻撃は効果をあげているようだ。
(我としては今回の件には乗り気ではなかったが……人の食後のデザートを勝手に奪うのは許せんな)
 毒虫の群れをけしかけながら、バルは胸中でアゾートの姿を思い浮かべながら、そう呟いたのだった。
 そうして稼がれた時間のうちに、セレンたちは落とし穴の完成までこぎつけていた。
「さて、と……これで準備完了だね」
 歩夢が最後の仕上げを終えたのを確認し、セレンは満足げに呟く。そして、茨はすぐ近くで小型飛行艇に乗って待機していた健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)へと、良く通る声で合図を出す。
「健闘君! こっちの準備は完了よ!」
「ふん、上出来だ」
その合図を受けて、勇刃は言外に了解の意を込めた言葉を返しながら、小型飛空挺に乗ってゴーレムを落とし穴まで誘導しにかかる。
「俺達が差し出したものは『力』か……くう、これじゃいつものように戦えないな」
 操縦席で一人呟き、一瞬でもタイミングがずれれば、即座にはたき落とされてしまうギリギリの距離を飛行しながら、勇刃はゴーレムの手を引きつけていく。
「……だけど、本物のヒーローだったら、これしきのピンチでビビったりはしないっ!」
自分に気合いを入れるべく殊更大声で、まるで雄叫びのように叫びを上げると、勇刃は操縦桿を思い切り倒した。急激に旋回した小型飛空艇は、間一髪の所でゴーレムの巨大な手によるビンタを回避する。
 今のビンタが空振りに終わったことに苛立ったのか、ゴーレムは更に小型飛空艇を追いかけ、小走りに走り出した。背後から響く地鳴りの音でそれを感じながら、勇刃は誘導コースを頭に描き、落とし穴の位置とゴーレムの移動コースが見事に重なることを確信し、叫び声を張り上げた。
「かかったなっ! 落ちろぉぉぉっっ!」 
その叫びが岩場に響き渡ると同時、今までの地響き――ゴーレムの足運びとは比べ物にならないほどの巨大な地響きが辺り一面を揺るがして行く。勇刃は見事、ゴーレムを落とし穴に落とすことに成功したのだ。
「俺たちを倒そうなんて、まだ百千億年早いぜ!」
 まだ続く地響きの残響を聞きながら、勇刃は背後のゴーレムに向けて叫んだのだった。
 そして、落とし穴にゴーレム落とし、動きを封じたところでレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)ミア・マハ(みあ・まは)が魔法の展開を開始する。
「力が入らないけど、魔法使えるし攻撃は任せてよ」
「ふっ、わらわは元々非力じゃ。力を奪われたとて問題はない」
 魔力を結集し、二人はそれぞれ違った魔法を構築していく。レキは炎術を、ミアは氷術を――まったく逆の性質を持つ二つの魔法を同じ場所に時間差で放つことにより、急激な温度差による攻撃をしかける作戦だ。
 次第に魔力が収束されていくのを如実に表すように、レキの眼前には炎の球体が、ミアの眼前には冷気の球体が生成される。 
そして、時間にすればほんの一瞬の差で、僅かに早くレキが炎の球体を放つ。続いてミアが絶妙のタイミングでレキに次いで冷気の球体を放った。
 二つの球体は阿吽の呼吸による完璧なタイミングで放たれた。絶妙な時間差を出す際に、そのタイミングを誤れば相反する二つの性質を持つ魔法同士がぶつかり、もしかすると相殺されてしまう危険性すらある。だが、互いに心が通じ合った二人ならば、そうした高難易度の連携すらも問題ないようだった。
 落とし穴に落ちて動けなくなっているゴーレムは、元々身体が大きい事に加えて動きが止まっていることもあり、格好の的だ。
 二人が放った炎と冷気の球体は寸分違わずに同一の場所――ゴーレムの胸部へと時間差で命中する。急激な温度変化を一瞬と言う極めて短時間の間に起こされたゴーレムの胸部に大きな音を立てて亀裂が走る。
 そして、ライフルスコープ越しに遠方から戦闘の一部始終を観察していたセレンフィリティはその瞬間を見逃しはしない。
 岩場に体勢を固定し、しっかりと構えた対物ライフルの射角を微調整すると、引き金に指をかけ、最後にもう一度精神を集中させた後に、引き金を引いた。
 普段の彼女ならともかく、『力』を差し出した今の彼女にとってはただ引き金を引くだけでも大層な重労働だ。やっとの思いで引き金を引くが、銃弾が発射される瞬間に銃身を伝う凄まじい反動で思わず銃口が逸れ、銃弾はゴーレムから離れた場所へと着弾する。
「――やっぱり、今のあたしの『力』じゃあ、これは扱えないか……」
 弱気になりかけたセレンフィリティは、それが分かる声で小さく呟くが、それをすぐ横で聞いていたセレアナが彼女を叱咤する。
「もう一度よく狙って。今度は私も一緒に支えるわ」
 その言葉でセレンフィリティを叱咤すると、セレアナは対物ライフルの銃身をしっかりと両手で掴む。
「ええ……!」
 再び瞳に闘志を取り戻すと、セレンフィリティは対物ライフルのボルトを操作して空薬莢を排莢する。そして、更にもう一度ボルトを操作して次弾を薬室に送り込むと、精神を集中し、ライフルスコープを覗きこむ。
 スコープの十字線――レティクルがゴーレムの胸部に走った亀裂と重なった瞬間、セレンフィリティは引き金を引いた。
 そして、銃身を伝う凄まじい反動。ともすれば吹っ飛ばされそうになるのをセレアナと二人で必死に押さえ、銃口を固定する。
 そのおかげで、銃口から放たれた銃弾は狙い過たずゴーレムの胸部に走る亀裂に命中し、対物仕様の威力を惜しげも無く発揮する。
「……ったく、今まで気づかなかったけど、銃を撃つのってこんなに力がいるなんて思いもよらなかったわよ……疲れた……あー、シャワー浴びたい……」
 ボルトを操作して排莢動作を済ませ、セレンフィリティは苦笑と共に呟いた。
 ゴーレムはと言うと、落とし穴から出られずにもがきつつも、何とか抵抗を試みようとしているのか、手近にあった石を片手で掴むと、力任せに投げつける。
「そうはさせません!」
 高速で飛来する投石に反応した天鐘 咲夜(あまがね・さきや)は、いくつもの冒険を経ることで学んだ身を守るコツを総動員し、手にした盾――女王のバックラーで投石を受け止め、仲間を守る。
「本の中に入るためには何かを差し出さなければいけないらしいが、俺はどうやら『力』を失ったようだ。魔法が使えればいいが生憎とそっちは門外漢だしな」
 ゴーレムから中距離の位置で、無限 大吾(むげん・だいご)は手の中の銃を見つめて一人ごちた。
「非力になって銃を長時間構えてられないし、反動も抑えきれないだろうが、気合で頑張るぜ!」
 自らを叱咤すると、大吾はゴーレムの胸部に向けて発砲するが、その反動に耐えられず銃口をぶらしてしまう。一発目は外したが、すぐに気を取り直すと大吾はもう一度ゴーレムの胸部に銃口の狙いをつけた。
「負ける訳には行かないんだ……俺が、俺たちが、アゾートさんを助けるんだ!」
 大吾は必死に反動に耐えながら、破損した部位を狙ってもう一度トリガーを引いた。大吾の気合いが通じたのか、反動で揺れる銃身を何とか押さえきることに成功し、ゴーレムの胸部に銃弾が命中する。
 それにより、更に破損するゴーレムの胸部。大吾の持つ拳銃から排出された空薬莢が飛び出すと同時、ゴーレムの上空に小型飛空艇で移動していたセイル・ウィルテンバーグ(せいる・うぃるてんばーぐ)が大剣を構えて呟く。
「何かを差し出さなければいけないようですが…むぅ!? 剣が重い。どうやら『力』を失ったようですね。これではまともに振り回せません。う〜ん、どうしたものか……うん、だったら振り回さなければいいんです」
 そう呟き終えると、セイルは剣と一緒に飛び降りて真下に落下。加速ブースターでさらに落下速度を付け、そして、そのままゴーレムの胸部に剣を突き立てた。
 落下と加速ブースターによる勢い、そしてセイルの自重と大剣の重量――それら全ての要素が上乗せされた切っ先が、度重なるピンポイント攻撃で崩壊寸前となったゴーレムの胸部へと突き立つ。
 その一撃が決め手となり、ゴーレムの身体は胸部を中心として縦一直線に亀裂が広がり、遂には真っ二つに割れた。真っ二つに割れた破片は霧のようになると、文字通りあとかたもなく霧散して消えていく。
「アゾートちゃん…!? 無事でよかった…!」
 ゴーレムが消え果てた後、歩夢はアゾートへと駆け寄ると、思わずぎゅっと抱き締める。
「あっ…ご、ごめんね! アゾートちゃんが無事で嬉しくて……」
 照れたように言う歩夢にアゾートは微笑みかけると、礼を言った。
「ありがとう」
 その光景を微笑ましげに見守る仲間たち。こうして、ゴーレムとの戦いも学生たちの勝利で幕を閉じたのだった。