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第三章 チェイス・チェイス・チェイス 

「なんじゃこりゃああああああああ!!」
 どこかで聞いたような叫び声をあげていたのは、瀬島 壮太(せじま・そうた)である。
 リリィたちが押し入ろうとするよりも早く、ジョージアの指示を無視して倉庫内に押し入ろうとした彼であったが、いきなり警備ロボットに取り囲まれたあげく、お決まりのスタンガンの一撃を受けて気を失ってしまっていたのである。

 ……と、ここまでが彼の覚えている範囲なのだが。
 目が覚めた時には、彼は倉庫の中に放置されていた。
 いつの間にか、あのときジョージアが指示したフリフリピンクのゴスロリドレスに着替えさせられた状態で。
「何で俺がこんな格好しなきゃなんねえんだよ……ていうか、オレの服どこいった?」
 あわてて辺りを見回してみても、もちろん服など見当たるはずもない。
 代わりにあったのは姿見で、そこに映った自分の姿に再度絶叫しそうになってしまう。
 頭上は気づかなかったが、いつの間にか金髪ロン毛のかつらまでかぶらされていたのだ。
「おい、冗談じゃねえぞ……」
 ともあれ、こんな格好を見られるわけにはいかない。
 慎重に、慎重に物陰を行こうとした、まさにその時。

「お、瀬島。気がついたのか」
 不意に背後から声をかけられ、心臓が口から飛び出しそうになる。
 そのまま立てつけの悪い扉のようにぎぎいっと後ろを振り返ると、そこには水神 誠(みなかみ・まこと)の姿があった。
「な、なんだ、水神弟か……って、お前なんだよその格好は!?」
 彼もまた、今朝仕事前に見かけた時の服装ではなく。
 ずいぶんと丈の短いミニスカのメイド服を着せられた上、頭にはけも耳つきのヘッドドレスが見える。
「いや、お前人のこと言えるのかよ」
 誠の切り返しで、壮太は三度自分の格好を思い出す。
「ていうか、一体オレの知らない間に何があったんだよ?」
 軽く凹みつつそう尋ねると、誠はぽつりぽつりと話しだした。

 壮太が強行突破を選んだ時、誠は別の選択をしていた。
 さすがにこんな怪しい雰囲気の服は断りたかったのだが、ジョージアがそれを許してくれそうもなかったので、やむなく諦めてこれを着ることにしたのだ。
 その結果、彼はすんなりと倉庫の中に入って仕事をすることができた。
 その一方で、強行突破や潜入を図った者の大半は撃退されるか捕縛され、捕縛された者は「強制的に」着替えを余儀なくされたのだという。

「……なんだよ、このおかしな職場」
 想像を超えた事態に、もう一度ため息をついた壮太。
 そんな彼に、誠は沈痛な面持ちでこう告げた。
「あと、もう一つお前に話しておかなきゃいけないんだけどさ……エメさんがお前を迎えにきてる」

 ちょうどその少し前。
 エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)は、壮太を昼食に誘うべく、この倉庫を訪れていた。
 彼には朝のうちにメールで連絡してあるので、その点は全く問題ないはずだった。
 問題だったのは、むしろこの倉庫の状態であり……そしてそれ以上に問題だったのは、彼がかなりの「天然さん」であったことだった。
「おや、もうハロウィン気分ですか。楽しい職場ですね」
 強制コスプレ状態の一同も、彼の目には楽しそうにしか映らず。
「倉庫へ入るなら、これに着替えてください」
「私もですか? それでは、せっかくですからそうさせていただきますね」
 ジョージアに渡された衣装に、何一つ疑いを抱くことなく着替え。
 気がついた時には、すっかりかぼちゃパンツの王子様姿になっていた。
 しかも、背中には派手な蝶の羽つきである。

「壮太君? どこにいるんですか?」
 彼を捜しにきたエメを、物陰から見つめる壮太。
「いや、どうしてエメまであんな格好してんだよ……ていうかなんでノリノリなんだよ」
 不測の事態がさらにもう一つ重なり、げんなりする壮太。
 だが、現実はさらに残酷だった。
「あとな瀬島。俺、もう一つ報告しなきゃいけないことがあるんだ」
「……何だよ?」
「俺、朝忘れ物しちまってさ……樹に届けてくれるように頼んじまった」
 ああ、ここで不測の事態がもう一つ。
「な、なんだってー!?」
 つい、壮太はそう大声を上げてしまい――当然のごとく、エメに発見されてしまった。
 もちろん、この服装で外へ食事になど行けるはずもないし、そもそも壮太に至ってはもともとの服がどこにあるのかもわからない。
「おい! ……瀬島、逃げるぞ!」
「え、あ、おう!」
 そういって、二人は直ちに逃走を開始し、当然のごとくエメがそれを追いかける展開となるのだった。

 そして悪いことに、そこに水神 樹(みなかみ・いつき)が到着してしまう。
「ここの倉庫のはずなんだけど……」
 そう思いながら倉庫を覗き込んだ樹の目に飛び込んできたのは……。
 女装して逃げ回る二人と、それを王子様ルックで追いかけるエメだった。
(な、何だかよくわからないけど、誠も瀬島さんもとても可愛い格好してるし、エメさんはとても楽しそうだし!)
 こんなシャッターチャンスを逃すわけにはいかない。
 そう考えて、デジカメ片手に倉庫に駆け込もうとした瞬間。
 もちろん、ジョージアがその行く手を阻んだのだった。

「おいエメいい加減追ってくんな!」
「エメさん! さすがにしつこいって!!」
 追いかけるエメから逃げ回る壮太と誠。
 しかし、エメにしてみれば逃げられる理由がわからない。
「あいにくですが、こちらが先約です!」
 先約も何もこんな格好で昼食に出られるわけもないのだが、エメはその辺りの事情にさっぱり気づかないのである。
「ああ、もうそろそろ諦めてくれよ!」
 慣れない格好で走らされて、二人がそろそろ疲れてきたその時だった。
「誠! 瀬島さん!」
 聞き慣れた声に、誠がはっと顔を上げた。
「樹!」
 目の前に飛び込んできたのは、黒のライダースーツに身を包んだ樹の姿。
 彼女は二人に向かってにこりと笑うと、いきなりデジカメを構え――。
「……って、樹、お前もかー!」
 急遽方向転換して、素早くファインダーの外に飛び出す二人。
「おい、待て待て水神! なんだよそのカメラは! まさかこの格好撮ろうってのか!?」
「もちろん撮影するに決まってるでしょう? こんな可愛くておもしろいワンシーンを逃すわけには!」
 かくして、助け舟かと思ったら、追っ手が二人に増えてしまったのであった。

「さ、観念して撮影されなさい!」
「絶対断る!」
「お姉さんも来ていますよ、無駄な抵抗はやめて大人しくしなさい」
「できるかあっ!!」
「今ならまだ間に合います!」
「ていうか、お前ら全員鏡見ろ鏡ー!!」

 そんなこんなで、四人の追いかけっこはいつ果てるともなく続いたのであった。