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第一章 着せ替え狂想曲 9

 ここで、話は再び再び倉庫前に戻る。
「全く、何だってんだよ……」
 周囲の喧噪に取り残される形で、カールハインツ・ベッケンバウワー(かーるはいんつ・べっけんばうわー)は憮然とした表情で立ち尽くしていた。
 そこへ、一人の少女……のような姿をした(させられた)少年が、何着かの服をもってやってくる。
「カールハインツさん」
「……ん?」
 振り向くカールハインツに、その少年――恭也は、手にしていた服を笑顔で押しつけた。
「これは……さっきの服かよ」
「はい。でも、俺の服よりマシじゃないですか」
 言われて、カールハインツは恭也の姿を改めて見る。
 よりにもよって百合園女学院の新制服。確かにこれと比べれば……少なくとも最初の二着は、まだ多少マシなような気もする。
「そもそも、三着の中から選べるなんてずるいですよ。俺は有無を言わさずこれだったのに」
「そ、そうなのか……」
 すっかり毒気を抜かれたカールハインツに、恭也はさらに畳み掛けた。
「諦めも肝心だと思うんで着て下さい。どれがいいですか?」
「どれがいい、って言われてもだな……」
 渋るカールハインツに、とどめとばかりにもう一着の服を突きつける。
「ああ、さっきジョージアさんがいってましたが、このヘッドドレスつきのゴスロリ服でもいいそうですよ? 四着から選べるなんてすごいじゃないですか」
「うう……」
 さすがにたじたじになるカールハインツ。
 するとその時、横合いから伸びてきた手が、そのゴスロリ服を奪い取った。

 服を手にしたのは、カイナ・スマンハク(かいな・すまんはく)だった。
「これを着ればいいのか?」
 そう言うや否や、いきなりその場で着替え始めようとする。
「待て、いきなりここで着替えようとするな!」
「それにそもそも、その服はカールハインツさん用ですからサイズ合いませんよ!」
 カールハインツと恭也があわてて止めに入ると、カイナはきょとんとした顔でこう言った。
「でも、たしかに服がかわいそうだぞ。服は着られるためにあるのに、着られないで捨てられるのはかわいそうだ」
 その言葉に、恭也が人の悪い笑みを浮かべる。
「ほら、カールハインツさん。言われてますよ? ちゃんと着てあげないと」
 そんな恭也がと、じっと見つめるカイナをしばし見比べて……やがて、カールハインツはヤケ気味に言った。
「わかったよ! 着りゃいいんだろ、着りゃあ!!」
 そう言いながら、ロクに見もせずに服を一着恭也から奪い取り――よりにもよって蒼空学園の旧女子制服を引いてしまったことに愕然とするが、今さらもう後に引ける状況ではない。
「さすがカールハインツさんです。わかってくれると思ってました」
「うんうん、きっと服もよろこぶぞ!」
 完全敗北を悟ったカールハインツががっくりと肩を落とす。
 そこへ、蘇我 英司(そが・えいじ)がジョージアを伴ってやってきた。
「どうかしましたか?」
 尋ねるジョージアに、恭也とカイナが言う。
「カールハインツさんもわかってくれましたよ。ちゃんとあの服を着てくれるって」
「うん。それと、俺は何を着たらいい?」
「そうでしたか。それはよかった」
 ジョージアは満足そうな笑みを浮かべてから残りの服を回収し、それからカイナに別の服を手渡した。
「あなたはこれを着てください。着替えはあちらで」
「そうか! それじゃ行こう!」
 服を受け取って嬉しそうに進むカイナを先頭に、それを見守る英司が続き、その後ろにカールハインツが恭也に背中を押されるようにして続く。
「今さら逃げないでくださいね」
「わかってる!」

 とまあ、そんなこんなで。
「よく似合ってますよ、カールハインツさん」
「……るせえ」
 よりにもよって一番避けたかったピンクの女子制服を着せられ、カールハインツが力なく呟く。
「それにしても、この和服とやらはどうも着にくいな」
「でも、傍目で見る限りではちゃんとなってると思いますよ」
「そうか」
 そんな応答をしつつも、着物姿の英司はどうも心ここにあらずといった様子である。

 ……と、そこへやってきたのは北都とリオンの二人だった。
「ああ、カールハインツ君。君がどんな格好をしているのかちょっと気になってきたんだけど……すごいことになってるねえ」
「……るせえ」
 普段の強気な言動はどこへやら、すっかり意気消沈した様子のカールハインツ。

 着替えを終えたカイナが戻ってきたのは、ちょうどその時だった。
 彼女が着ているのは、オーソドックスな感じのメイド服。
 ただ、胸元が少しきついのか、襟元はだいぶ開けていた。
 さらに、普段はショートの髪をウィッグでロングヘアーにしている。
 普段はあまり女性らしさを感じさせないカイナであったが、今は全く違っていた。
「あー……なんだ。その……とても似合っている」
 少し照れながらも、そう褒める英司。
 ところが、それに対するカイナの反応はというと。
「とてもにゃーってるってなんだ? 猫のマネか?」
 残念ながら、彼の真意は全くもって伝わらなかったらしい。
 それでも楽しそうににゃーにゃーと猫のマネをしているカイナと、その様子を幸せそうに見ている英司を見る限り、少なくとも当の二人にとっては結果オーライのようであった。

 と。
「そうだ、折角ですし、記念写真を撮りませんか?」
 突然、リオンがそんなことを言い出した。
「おー! とろうとろう!」
「わかった。写真ができたら後で焼き増しを頼む」
 真っ先にカイナがその話に飛びつき、英司がすぐそれに続く。
「リオンは楽しそうだねぇ。カールハインツくんたちももちろん一緒に撮るよね?」
「そうですよ。せっかくだしカールハインツさんも一緒に撮りましょうよ」
 北都と恭也の二人が、逃げないように素早くカールハインツの両脇を固め。
「……ああ、もうカメラでも何でも持ってこいっ!」
 カールハインツも、最後はやけっぱちのようにそう叫び……。

 こうして、素敵な(?)記念写真が完成したのであった。





 ところで、あの無茶振り三連星はどうなったかというと。
 ラブの言葉通り、やっぱり残っていたのは着ぐるみの道のみだった。
「まさか、成体になる前に竜の姿になろうとはな……」
 感慨深げにそう呟くゴルガイスが着ているのは、竜というよりはどこぞの怪獣王風の着ぐるみである。
 竜に似た怪獣の着ぐるみを着たドラゴニュート。かなりシュールな光景と言えよう。
「わ゛あ゛い゛、か゛わ゛い゛い゛で゛し゛ょ゛う゛」
 上機嫌のいちごが着ているのはピンク色のうさぎの着ぐるみである。
 いちごが普通に着られる時点でサイズについてはお察しください、というしかないのだが、まあ、サイズを除けば「かわいい」と言えなくもないだろう。
 そして信じがたいことに、この倉庫にはハーティオンが着られるサイズの着ぐるみも存在した。
「いや、まさかとは思ったが……何でも言ってみるものだな!」
 すっかり上機嫌のハーティオン。
 ゴルガイスも十分シュールな光景だが、「怪獣の着ぐるみを着たヒーロー風ロボット」というのは、さらにその上をいくシュールな光景である。
 ちなみにこの着ぐるみであるが、本来は二人がかりで動かすものであることを念のため追記しておく。

 なお、この着ぐるみ案の発案者であるラブはというと、普段はなかなか着られないような「アイドルのステージ衣装のような服」を渡され、とても上機嫌であったとのことである。