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いけないご主人様・お嬢様をねじ伏せろ!

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第四章 千客万来・メイド喫茶 4

「お待たせしましたにゃあ」
 そう言いながら、ルカが周のテーブルにオムライスを置く。
「おいしくな〜れ、ですにゃ」
 もちろん、最後におまじないをすることも忘れない。
「オムライス、なんて書きます?」
 未散の言葉に、ハルは「ハートマークを」と言いかけて、慌てて飲み込む。
「未散くんにお任せします」
 代わりに出てきたのは、そんな言葉。
「そちらは?」
 次に尋ねられた隣のダリルは、「ふむ」と一度頷いてから、こんなことを言い出した。
「こういうときは、ハートマークを頼むものかもな」
 ハルが驚いたようにダリルの方を見るが、ダリルはかすかな笑みを浮かべたままである。
「かしこまりました、と」
 やがて、相変わらずちょっとツンツンした様子で未散がオムライスに絵を描きだす。
 まずはダリルのオムライスに、注文通りのハートマークを。
 そして、ハルのオムライスには……いかにも「考えるのが面倒だから同じにした』風を装いながら、こちらにもハートマークを。
 そのハートマークは、気持ち程度ではあるが、ダリルのものより大きかったようにハルには思えた。

 と、そうしたサービスが一段落したところで。
「それじゃ、みんなで歌って踊って場を盛り上げよっか!」
 突然、ルカがそんなことを言い出した。
「そうですね、やりましょうか」
 頷く未散。
「お、俺もやるのか!?」
「もちろん」
 驚く淵も、有無を言わさず。
「いやいやいや! ぼ、僕は無理だって〜!!」
「無理じゃないから」
 抵抗する雫澄も引きずって、そのままステージに上げてしまう。

「それじゃ、いくよぉ〜!!」
 ルカの合図で音楽がスタートし、余興と言うにはいささか豪華なミニライブが始まる。
 ルカの美しい歌声に、アイドルでもある未散のチャーミングなダンス。
 淵も見よう見まねでそれなりにうまくこなし……雫澄はというと。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!? ちょ、何してるの!?」
 こちらも見よう見まねで、と思ったのだが、やはり恥ずかしいからとステージの端へ端へと移動してしまう。
 しかしそれがかえって仇となり、ステージ下にいた観客に思いっきりスカートをめくられてしまったのである。
 その様子に、ルカと未散は顔を見合わせ、人の悪い笑みを浮かべる。
 要するに、自分たちは助けに入らず、演出扱いで処理しよう、ということである。
「ど、どこに手を突っ込んでるんだぁぁぁ!」
 うまく逃げるに逃げられず、なかなか助け船も入らずにジタバタする雫澄。
 そこへ、ようやっとステージの反対側から来た淵のカットが入った。
「イタズラはそのくらいで頼む」
 スカートをめくっていた観客を下がらせ、手の届きにくいステージ中央付近に雫澄を押しやる。
 こうして、その後は特に問題なくミニライブも終了したのであるが。
「ひ、酷い目に遭ったよ……本当、どうしてこうなった……」
 さすがにこれはショックが大きかったのか、雫澄はその後しばらくの間休憩となったのであった。

 さて、一方周はというと。
(こうなれば、メイドさんのスカートの中が見たくなるのが紳士ってもんだよな?)
 ……と、何やら妙な決意を固めていた。
 それは紳士は紳士でも、紳士と書いてナントカと読む方の紳士ではあるまいか。ナントカの詳細についてはあえて触れないが。
 ともあれ、パッと見た感じではいろいろなメイド服のメイドさんがいるが、わりとスカートの短いメイドさんも多い。
 そういった相手なら、ちょっとローアングルで見られる態勢を作れればいけるのではあるまいか。
 例えば、うっかりフォークとかをテーブルの下に落として、拾おうとしているような顔をして。
 そうと決まれば、早速実行あるのみである。
 ターゲットの動きをそれとなく観察し、絶好のスポットに到達するタイミングでちょうどテーブルの下に入れるタイミングでフォークを、わざとらしくないように落とす。
 緻密な計算と高い演技力が必要とされるこの作業を、彼は見事にやり遂げた。ただただメイドさんのスカートの中が見たいという一心で。
(よっしゃ!)
 あとは、ごくごく自然な動作でテーブルの下に入り、ちらっと視線を上に向けるだけである。
 我が事成れり、と周が思った矢先だった。
 メイドさんを呼ぶベルの音が、予期せぬ方向から鳴る。
 それを聞いてメイドさんの一人が向きを変え……タイミングがズレるどころか、このままでは見とがめられる可能性がある!
 テーブルの下に潜ろうとしていた態勢から、慌てて頭を引き抜こうとして。
「ってぇ!!」
 思いっきり、テーブルに後頭部をぶつけたのであった。

 とはいえ、この程度では懲りないのがナントカ、いや、紳士の紳士たる所以である。主にナントカと読む方の。
(覗くのが無理なら……そっとお尻にタッチくらいは……)
 いやもうそれ完全にバレるじゃないか、などというツッコミは無粋である。
 手を出しやすいように通路側に身体を動かし、メイドさんが通りかかるのを待つ。
 触りやすいのは自分の向きと同じ方向に進むメイドさんだが、これは接近を察知するのに視覚を使えないと言う制限がある。
 故に、目を閉じて役に立たぬ視覚を封じ、ただ、背後からの足音と気配に集中する。
 気分はまさに獲物を待つハンター。これぞ肉食系男子である。
 やがて、周の耳におあつらえ向きの獲物の足音が飛び込んでくる。
 あと10m、あと5m……!!
「お待たせいたしました、ご主人様……ご主人様?」
「えっ!?」
 慌てて目を開けると、そこにはちょうど周の注文した料理を運んできた淵の姿があった。
「いかがなさいましたか?」
「い、いや何でも! いっやぁ、俺肉食系だし、肉大好きだぜ! あ、ありがとなー!」
 にこやかにその場をごまかし、淵が立ち去った後でがっくり落ち込む周。
(くそ、この世に神はいねぇのか……)
 だが、神はちゃんといた。
 その証拠に、空のグラスを回収して戻る途中のアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が、彼のテーブルの横で立ち止まったのである。
「ご主人様」
「え?」
 きょとんとする周に、アイビスは営業スマイルを浮かべたまま、片手でグラスを握りしめつつこう言った。
「不埒な行為は容赦なく排除致しますよ?」
 その言葉とともに、グラスにピシッとヒビが入る。
「はい……もう二度としません」
 神は全てを見ておられるのである。多分。